19 今は魚の気分
乗合馬車に揺られること数時間。
ラックとアニダはマフラスの街に降り立った。
ラックの立ち位置から言うとマフラスに戻ってきた事になる。
検問を過ぎ、網目のように入り組んだ路地を進んだ先。
マフラス中心の小高い丘に位置する貴族街を見通せる大通りで、二人はせわしなく行きかう人や馬車を目にしているところだ。
「マフラスにはよく来るけど、学院には行ったことないんだよね。案内してもらえるかな?」
「んー。よくわからない」
アニダの問いかけに首をかしげるラック。
確かにラックは学院に行ったことはあるが、前回はお嬢様であるティナと共に馬車で登校していた。
直に歩いて登校した訳ではないため、覚えていなくても無理はない。
「そっか。まずは場所からか」
ラックの様子を見ていたアニダだったが落胆した様子は無く、なんだか嬉しそうにも見える。
「あにだ、ごはんまだー?」
アニダの出鼻をさらに挫くようにラックがご飯をねだる。
アニダにねだればご飯をもらえることを学習したようだ。
「そういえば、もう昼を過ぎているね。じゃあ情報収集を兼ねて露店でも見に行きますか」
露店がある場所は知っているのだろう。
そう言うとアニダは歩き始める。
そしてその後を尻尾をフリフリしながら、ご機嫌のラックが着いていくのであった。
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ここは多くの露店が軒を連ねる市場地区。
時刻はすでに昼を過ぎているが、朝市の活気はいまだ冷めやらぬといったところか、多くの人で賑わっている。
中でもこの時間は昼食メニューを提供している露店に人だかりが出来ている。
「キミは何が食べたい? 肉かい? 魚かい?」
数多くの露店がある中、アニダは同伴者の希望を問う。
「んー、いまはさかなのきぶん」
思えばここ最近ラックはずっと肉類を食べている。
たまには野菜も食べたほうがいいのだが、ラックの口からはそのような希望は出てこないだろう。
「そっかそっか、じゃあ魚の店を探そう」
ニカッと笑うアニダ。
ラックがご飯をねだることを覚えたように、どうやらアニダも自分の後ろをついて回る黒耳黒尻尾の少年に保護欲が湧いてきたようだ。
所狭しと並んでいる露店を物色して歩く二人。
天井から豪華な飾りのように吊るされた腸詰、狭いスペースに山のように積まれた色とりどりの野菜やみずみずしい果物、怪しい老婆の前に積まれた干物の数々。
「あにだ、あれあれ」
ラックが一つの露店を指さす。魚屋だ。
「行ってみようか」
二人は人だかりの中を縫うように進んで行った。
「へいらっしゃい。なんにしやしょう」
頭の禿げた男の店主が威勢のいい声を上げる。
どこかで聞いたことのあるフレーズが心地よい。
「ふーむ。生魚に、塩漬けか」
店先に陳列されている魚を見定めるアニダ。その眼光は鋭く、冒険者の、いや獲物を狙う主婦の目の様だ。
「おっとべっぴんなお嬢さんじゃないか。そんなお嬢さんにはサービスするよ、何がいい?」
客商売の店主ともなればおべっかの一つや二つ朝飯前であろう。
だがしかし彼の目の前にいるのは長身でプロポーションの良いビキニアーマーの女冒険者。
わざわざおべっかを使うというよりは、美しさを褒めたたえて気に入ってもらいたいという男のサガを感じる。
古今東西、美人だといろいろ得である。
「うーん、キミは何がいいのかな?」
慣れたように店主のセリフをスルーする。
そして自分の後ろでキラキラした目で魚を見ているラックに声をかける。
「さかな!」
ラックは一言そう答えたが、きっとそれはアニダも分かっていると思う。
「おっと、お嬢さんの弟さんかい。黒い耳の毛並みがいいカワイイ弟だね、って、げげっ!」
店主がラックの顔を見て奇声を上げる。
「んー?」
ちらりと声の主に目を向けるラック。
「お、おまえはこの前の泥棒猫野郎」
ラックは以前にあまりの空腹に我を忘れて店の魚に食いついたことがある。そしてそれを目撃した店主の怒声に驚いて魚をくわえたまま逃げた。
その事件の事を言っているのだろう。
「んー?」
首をかしげるラック。
どうやらそのことも店主の顔も覚えていないようだ。
「おいボウズ、ここにあるのは売りもんだ。食べるなら金を払えよ金を」
どこから取り出したか、店主は棍棒を取り出している。
「どうか?」
「お、おお、銅貨だ。わかってるんならいいんだよ」
思いがけない返答に店主は面食らったようだ。
だが今回は悶着がなさそうだという安堵感も見え隠れする。
「えらいぞ、とうとう銅貨を覚えたんだね」
アニダが満面の笑みを浮かべる。
あれだけ教え込んだのに貨幣の価値をわかってくれなかったラックに、もはやあきらめムードだったのだ。
「じゃあこれを渡そう。魚をもらうときに渡すんだよ」
アニダは懐から数枚の銅貨を取り出し、ラックに手渡す。
「どうか。これはたべられない」
受け取った貨幣を見ながら、今までの知識を反芻するラック。
「で、ボウズ、どの魚が欲しいんだ? シューティングスターフィッシュか? 今ならコモドランドマスが旬かな」
金さえもらえるならと、商売モードに移行する店主。
「おじさん、生や塩漬けは調理しないといけない。今すぐに食べたいから調理済みのものが欲しいんだけど」
「調理済みのものか。そうだな、こいつはどうだ? 味見してみるかい?」
親父は鍋に入った魚料理を一切れずつ取り出して二人に渡す。
「すっぱーい!」
ラックが酢の味に仰天する。
耳の先からしっぽの先まで毛が逆立っている。
「確かに。酸っぱいね。おじさんこれは?」
アニダもそれを咀嚼しているが、その酸味を含めて魚の味を確かめているようだ。
「おお、こいつはメジコルーンガルフィッシュを焼いて酢漬けにしたものだ。もともとの栄養価も高い上に酢の力で日持ちもするしい健康にもなれるぞ」
「あにだ、これすっぱい。もっとたべたい」
どうやら気に入ったようだ。
まだ衝撃が残っているのか、毛は少し逆立ったままだ。
「よしよし、わかった。おじさんそしたらこれを二人前くれるかい」
「まいど」
注文と共に手際よく準備を進める店主。
「さあラック、魚を受け取ったら銅貨を渡すんだぞ」
アニダ先生がさりげなく内容を反復する。
「ほらこいつを渡そう。食べやすいように骨のない部分を串で刺しておいた。食べ応えあるぞ」
店主は太い串に刺した酢漬けをラックに差し出す。
どうやらこの魚は大型魚のようだ。
ラックの肘から指先ほどの長さがある切り身。
「はいどうか」
きちんと銅貨を渡すことに成功したラック。
とうとう貨幣経済を会得したのだ。
はじめてのおかいもの、の称号を与えたい。
「そうそうおじさん。私達学院に行きたいんだけど、どこにあるか知らないかい?」
アニダは店主から魚を受け取りつつ、話を交わす。
ここに来た当初の目的も忘れてはいない。
「学院? オルサリィ学院の事かい? それなら、この市場地区を抜けて町の中央に向かって……」
アニダが店主に学院の場所を聞いていることはお構いなしに、ラックは串にささった魚をむさぼり食っていた。
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「さてと、ここがオルサリィ学院かい」
ラックとアニダは露店の店主に場所を教えてもらい、なんとか学院の前までたどり着いた。
「そう。ここが、がくいん。りーずいるよ」
「んー、警備員の人がいるけど、通してもらえるのかな。明らかに関係者以外立ち入り禁止なんだけど」
ビシッと直立不動で校門横を守護している警備員さんが見える。
女学生達の安全を守る警備員さん。学院には警備員さんのほかにも種々の防衛システムが備えられている。
「おじさーん」
そんなアニダの心配をよそに、ラックが警備員のもとに走り寄る。
「おお、ラック君じゃないか」
一目見ただけで言い当てる警備員さん。不審者を見抜くその目に狂いは無いぞ。
「あれ? ラックって関係者?」
アニダは親しげに話す二人の様子を見て驚いた。
「久しぶりだねラック君。そうだ、飴ちゃんあげよう」
「ありがとうおじさん」
知っているひとから食べ物をもらうのは大丈夫。
そこにアニダが近づいて行く。
「あの、警備員さん。私達リーズさんに会いたいんですけど」
「あなたは?」
警備員のおじさんはアニダの姿を見る。ビキニアーマーを身に着け腰には帯剣している。これは不審者でなくても学院には入れたく無い出で立ちだ。
「あにだ。ごはんくれる」
ラックが紹介する。が、重要な情報は名前しか入っていない。
「アニダさんですか。ええと、ラック君とはどういう関係ですか?」
「冒険者仲間です。今受注しているクエストでラックに助けてもらってます」
「そうですか。先ほどリーズさんに会いたいとおっしゃいましたが」
「はい。実はこの鎧のことでリーズさんに相談できないかと思いまして」
「そうですか。」
そこで一呼吸入れる警備員さん。
「わかりました。学院への入院を許可します。ただし、その腰に下げている剣はここに預けてくださいね」
思いのほかあっさりと許可が下りた。
もしかして魔法具の事でリーズに相談に来る人は結構多いのだろうか。
「ありがとうございます」
一礼するアニダ。
そして、剣を取り外して警備員さんに手渡す。
「リーズさんの教室はその校舎、二階の高等13の教室になります。」
特徴的なT字校舎の運動場を挟んだ2階を指さす警備員さん。
そして二人を警備員室の横の来客用入口に案内する。
「まだ授業中ですので、院内は静かに移動してくださいね。ではこちらからどうぞ」
「わかりました。ありがとうございます。さあ行くよラック」
「またねー」
飴を舐めながら警備員さんに手を振るラックであった。
校舎内は静けさに包まれている。見通しの良い一直線の廊下には人影は全くなく、なにやら厳かな雰囲気が醸し出されている。
「学校なんてものは初めてだけど、いやはや。お金持ちの雰囲気が漂ってるね」
物珍しそうにあたりの様子をうかがいながら歩くアニダ。
壁に設置された案内板を目にしたアニダはそこで足を止める。
「確か高等13の教室って言ってたね。……次の角を曲がって、突き当りの階段を上がって2階か。案内があるってのはいいね。魔物ばかりのダンジョンとは大違いだ」
「んー。がくいんにもごーれむとかいるよ」
「へー。防衛用かな」
そんな会話をしながら目的の教室に向かう。
最初の角を右に曲がって、廊下一直線に進む。職員室を超えて、下駄箱を超えた先には初等の教室が並ぶ。
皆授業に集中しているようだ。
窓から見える教室内では女学生達がまじめに教師の話を聞いている様子がうかがえる。
廊下の突き当りの階段を上がると2階だ。
階段を上がってまずは高等14の教室がある。その隣が高等13の教室だ。
「やっぱりまだ授業中だね。邪魔しちゃだめだからしばらく待つとするか」
とアニダが言ったそばから、ラックは教室の窓ガラスにはりついて中をのぞき込む。
「ちょっと、ラック」
ラックに駆け寄るアニダ。
「きゃあ!」
教室の中から悲鳴が聞こえる。
いきなり教室の窓ガラスに顔を押し付けた少年が現れて、それを目撃したのだ。無理はない。
「あ、あれ、ラックさんじゃないかしら」
悲鳴を発端に注目が集まったところ、教室内の一人がラックだと気づいたようだ。
「ラックさん?」
授業をつまらなさそうに聞いていた一人の女学生がその言葉に反応して廊下側の窓を見る。
ハーフリングのメガネっ娘、リーズだ。
「ラックさんの傍にいる女性はどなたかしら。は、ハレンチな恰好をしてますが」
突然の来訪にざわつく教室内。
「はい、静かにしなさい。授業中ですよ」
女性の先生が女学生たちを嗜める。
――ガラリ
そしてドアから出てラック達のほうへと向かってくる。
「あなたたち、いったいなんですか! 今は授業中ですよ。邪魔しないでください!」
先生はご立腹のようだ。
厳しい口調で二人をしっ責する。
「す、すみません。今すぐどきますので。ほらラック授業が終わるまで待ってるよ」
「りーずー」
ラックは教室内のリーズに気づいたようだ。窓の外から手を振っている。
「こら、ラック。さあ行くよ。すみませんすみません」
ラックを窓から引きはがし、先生に平謝りするアニダ。
「あと20分もすれば授業が終わります。それまでは授業の邪魔にならないところでお待ちください」
そういうと先生は教室内へ戻っていった。
「ラック、階段のところで待ってよう」
「わかった。あのたのしいやつだ!」
階段の横に置かれた備品を目にしたとたん、ラックは飛びつくように傍に走りだした。
廊下は走ってはいけません。
そして、3つの突起が突いた備品にじゃれつき始めた。
この備品は以前にもじゃれていたものだ。
どうやらこの動きに、本能的に逆らえない様子だ。
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そうこうして時間をつぶしていると、鐘の音がなった。
「おっと、終了の合図かい?」
それと同時に教室の扉が開き、女学生たちが我先にとラックのもとへと集まってきた。
「わわわ」
女学生たちにもみくちゃにされるラック。
「今日はお嬢様は一緒ではないようだわ。いまがチャンスよ」
「あの方はどなたかしら」
「きっとお姉さんよ。だからライバルにはならないわ」
そのような会話が聞こえる。
「えっと、ラック、それでリーズさんはどなただい?」
「んー」
女学生たちにしっぽを撫でられたり、耳をモフモフされたりしているラック。
ラックは辺りを見回してみるが、取り囲んでいる女学生の中には見当たらない。
「りーず!」
見つけた。
最初の女学生たちから少し遅れて教室から出てきたようだ。
「ラックさん」
リーズもラックの姿を見つけた様だ。
「ほほう、あの子がリーズさんね。はいはいお嬢さんがた、私たちはリーズさんに用があるから通してね」
女学生たちにもみくちゃにされているラックを持ち上げるアニダ。
「あ~」
という残念そうな声が聞こえる。
「りーずー」
アニダに持ち上げられたまま手を振るラック。
「ラックさんお久しぶりです。どうして学院に?」
リーズが傍に駆け寄ってくる。
「んー、あにだがこまってる」
「初めましてリーズさん。私はアニダ。今はラックとクエストをやっている仲間だ」
抱え上げたラックを横に降ろしてアニダは自己紹介に入る。
「初めましてアニダさん。私はリーズと申します」
スカートのすそをつまみ上げ、頭を下げて礼をするリーズ。
行き届いた淑女教育の賜物だ。
「それでお困りごとというのは、私にですか?」
「ああ、ラックに聞いたんだけど、凄腕の魔法具士と見込んでお願いがあるんだ」
「ラックさんに……。そうですか、わかりました。ここではなんですから、工作室のほうに行きましょう」
遠巻きにやり取りを眺めている同級生達の前ではやりにくい。
そう思ったのか、リーズは場所を移すことを提案するのであった。




