18 睡眠、魅了、発情はおまけ
「さーて、ラックが目を覚ます前に街にもどるかな。でもまあ、あと少しだけ」
そう言ってラックの頭とふかふかの耳をなで始めた。
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アニダは眠っているラックを背負うと、出口への道を探し始めた。
アニダの独り言によると、キングリザードのいる場所は封印の間と呼ばれていて、遺跡の正しいルートを進んだ終着点ということらしい。
なので、正しいルートにつながる道が必ずあるはずだ。と言いながらその道を探していた。
封印の間には魔物の類はまったく存在しなかった。あのキングリザード以外には。
途中で風化した骨のようなものを見つけたが、キングリザードの食事となった魔物なのかもしれない。
探索を始めてある程度時間がたったところで正しいルートを見つけ、そこから遺跡の中へと戻った。
そこからは来た道を逆に戻る。
遺跡を出て壁が光る洞窟に戻り、一本道の真っ暗で狭い洞窟を下って、出口へと到達したのだ。
この時点で日の出を迎えている。
アニダは休息をとらずにフォルウーの町への帰路へと着いた。
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――ドンドン
扉をたたく音が聞こえる。
――ドンドン
ここはフォルウーの町にある一軒の家。
町のメインストリートである街道からいくつかの通りを超えたところにある。
「頼む、朝から済まない、開けてくれ」
騒音を立てている主はアニダだ。
山脈のふもとから町まで帰ってくるのにいくらか時間がかかったとはいえ、まだ早朝も早朝。住人もまだ寝ているだろう。
――ドンドン
それでもたたき続ける。
あまりの煩さに業を煮やしてか、ゆっくりと扉が開く。
「誰じゃい、朝っぱらから騒々しい」
中からは黒いローブを身に纏った老婆が姿を現した。
「ばあさん、頼む、この子を治療してやってくれ」
アニダが老婆を見るなりたたみかける。
「おや、お前さんはいつぞの」
どうやら面識があるようだ。
「その節は世話になった。それで、申し訳ないんだけどまた世話になりに来た」
「またかい。あの時きちんと忠告しておいたと思ったんだがね」
じっとアニダの目を見つめる老婆。
「忘れずに今も覚えてる……。それでも、すまないがこの子を」
背中に担いだラックを老婆に見せる。
ただ寝ているようにしか見えない、黒耳黒尻尾の少年。
「わかった。中に入りなさい」
「ありがとう。助かる」
アニダの表情が少し和らいだようだ。
扉が閉まる。どうやらここは魔法具屋のようだ。
扉が閉まった勢いで、看板が揺れているのが見える。
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「いいかい、うちは魔法具屋であって教会や治癒所じゃないんだよ」
ベッドにラックを寝かせた後、老婆はそう口を開いた。
無論この部屋も私室だ。魔法具を陳列している店先ではない。
「すまない。大きな町まで行く猶予は無かったんだ」
「それも朝っぱらから」
ブツブツと文句を言っている老婆。
そう言いながらも、脈、呼吸、瞳孔などラックの状態を事細かに調べている。
「睡眠、それと魅了、発情はおまけか」
ラックの状態異常をサラサラと口にする老婆。
「睡眠は、眠り粉を使ったからね」
「ちょいと、先に言いな。まったく。それで、何があったんだい?」
アニダは事の顛末を話し出す。
「あんた、また前と同じことを。あの時こっぴどく注意しただろ」
「ああ、すまない。大人じゃなく子供なら大丈夫かと思ったんだ。反省してる」
「ええい、辛気臭い顔をしおって。別に怒っておらん」
あまりにも沈んだ雰囲気のアニダに、老婆がフォローを入れる。
「さっきも言ったとおり、うちは教会や治癒所じゃない。応急処置はできても完治は出来ないからね」
「ああ、迷惑をかける」
「睡眠はじきに解けるじゃろう。とりあえず魅了を何とかする。発情は、知らん」
老婆はそういうと、ラックの額、両腕、腹、両足に札のようなものを張り付けていく。
札には奇怪な模様が描かれている。状態異常回復用のマジックアイテムだろう。
「はあっ!!」
老婆が気合を入れる。というわけではなく手から魔力を札に送り込んだ。
魔力を受けた札の模様が光りだす。
「ふう、老体には堪えるわい。まあこれでじきに魅了は収まるじゃろ。あくまで応急処置じゃが」
老婆はやれやれというように椅子に腰かける。
「それで、お前さんの鎧、リリーヴォルトじゃったか。前にも言ったとおり、そいつが原因で間違いないじゃろう」
老婆はアニダの姿を見る。露出度の高いビキニアーマーを纏った姿。年頃の若い娘がする格好ではない。
「あんた、なんでこの鎧の名前を!?」
アニダが椅子から立ち上がる。
その顔には驚きの表情が見て取れる。
「落ち着きな。べつに取って食おうってわけじゃない。わしも魔法具士の端くれ。歩く秘密のような鎧があるなら興味を持ってもおかしくはあるまい」
「あ、ああ」
アニダは席に着く。
「残念ながらわしも年じゃて。足を使う調査はもう無理故な。わかったのは鎧の名前と特徴だけじゃ。まあ強大な力の代償というものはどこの世界でもある話じゃ。その結果がこの子の状態ということじゃろう」
「そうか……。何か解決策はないんだろうか」
「解決策じゃと? そんなの分かり切っておる。その鎧を使うのをやめることじゃな」
「それは、出来ない」
「どうしてじゃ。お前さんがその鎧の力に頼り切りじゃからかの?」
「それもあるけど……。この鎧脱げないんだ」
「な、なんじゃと? じゃあお前さんどうやって用を足しとるんじゃ?」
「えっ、その、気になる所そこ? いやそのね。なんかそのままする。そしたらどこかに消えるから……」
恥ずかしそうに答えるアニダ。頬が少し上気している。
別に答えなくても良い質問だった気もするが。
「ふーむ。興味深いのう。異空間に消えるのか、それとも鎧の養分になってるのか」
「鎧の養分!?」
「いや、まあ推測にすぎん。気にするでない」
「あ、ああ。ちょっと今後用を足しにくくなったよ」
「しかし、となれば湯あみも鎧のままじゃろ。足の部分に湯とか溜まらんのか?」
「ちょっとばあちゃん! なんでそんな質問ばかりなのさ」
「素朴な疑問じゃよ」
「はぁ、しかたないね。それがね、よく解らないんだけど、足は外れるんだよ」
そういうとアニダは脚部の鎧を脱いで見せる。
「ふむ。興味深い。足は取り外し可能な理由か。もしかして水虫になったら鎧がこまるからじゃろうか?」
「やだね、なんかこの鎧が怖くなってきたよ」
「他に外せるところはあるのかの?」
「いや、胸部分も腰部分も外せないよ」
「そうか。それで以前も無事じゃったのか」
「ああ。あの時は世話になったね」
先ほどまでとは打って変わり、アニダの表情が曇る。
「あの時私は複数の男に襲われていた。もちろん魅了状態の男達だ。力任せに私を押し倒してきたが、鎧に阻まれて何もできずにいたね」
アニダの過去。低い声のトーンで話をするアニダ。
「仮にも仲間だったし、剣でぶった切るわけにはいかなかったし、どうにもならなかったところで通りかかったばあちゃんに助けてもらったんだ」
「なんじゃお前さん、あの時そんなことを考えておったのか。案外図太いんじゃの」
「本当に助かったよ。ばあちゃんが通りかからなかったらあいつらの腕の一本や二本無くなってたからね」
あっけらかんと言い放つアニダ。
「反省しておるんじゃなかったのかい?」
「本当に反省してるよ。あれから、男とはPT組まないようにしてるし、女と組む時も注意してる。女でも魅了してしまうかもしれないからね」
「ふーむ。まあよかろう。そもそもこの鎧が外せないかどうか。わしも魔法具士の端くれじゃて」
老婆が立ち上がりアニダに近寄る。
そして鎧に触れながらゆっくりと手を動かす。
「どうだい? 外せそう?」
「ふーむ。こいつは恐ろしいほど精工な造りをした魔法具じゃな。こいつはわしでは無理じゃな。老婆じゃし」
「やっぱりそうかぁ」
「ふわー」
そこに、のんきなあくびが聞こえる。
耳をピコピコさせながら口に手を当てて大あくびをしているラック。
「ラック! よかった!」
体を起こしたラックにアニダが飛びかかる。
「あにだ?」
「ごめんね、キミをこんな目に会わせてしまって」
ラックを抱きしめるアニダ。その目には涙が光っている。
「いたい、いたいあにだ。かたい」
鎧の胸部分がラックの顔をもみくちゃにしている。
「ああ、ごめんごめん。よしよし、ほらまだ起きると辛いだろ。お姉さんの太股で休みな。ここなら柔らかいぞ」
アニダはベッドに座ると、膝の上にラックを寝かせる。
「こら。魅了は完全に抜けたわけじゃないんじゃぞ。性的な挑発をしてはならん」
いちゃつく二人に苦言を呈す老婆。
「あ、ああ。そうだった。しかたない」
しぶしぶラックを膝から降ろす。
「んー、あにだ。ここどこ?」
部屋の中を見回すラック。知らない天井だ。
「ここはフォルウーの町のこのおばあちゃんの家だ」
「ラックと言ったかのう。わしが老婆じゃ」
「ろうば?」
「うむ」
頷く老婆。
「らっく、おなまえ」
ラックも名前を名乗る。
どうやら自己紹介が終わったようだ。
「そうそうラック。ごめんね。私の不注意でクエストは失敗してしまった」
「しっぱい?」
首をかしげるラック。
「そう。欲しかったものは取れずに逃げ帰ってきたのさ」
「んー、あにだはそれでいいの?」
「いや、よくはないんだけど、これ以上キミに危険な目に会わせるわけにもいかない」
「そうは言うがお前さん、キングリザード相手に一人じゃ無理じゃよ。鎧を外して相応のパーティーを組んで挑まねば」
「だけど、そもそも鎧は外せないしね。どうしたものか」
「はずせない?」
「ああ、外せないよ。だからキミに迷惑をかけてしまう」
「はずせたらいい?」
「うーん、外せたらいいけど、外したままだと困るかな」
「んー、はずしたいけどはずしたらだめ? むずかしい。だけど、はずせるひとしってるよ」
「ラックよ。この鎧は並大抵のものではないぞ。そんじょそこらの魔法具士では外すことはおろか、構造をつかむことすらできぬ」
「できるよ。りーずなら」
「リーズ?」
アニダは頭の中で自分の知る名前と照合してみたのだろうが、思い当たるふしは無かったようだ。
「リーズじゃと、それはまさか、裏魔法具士ランキング10位以内には必ず入っとる若き天才、不死の道化の異名を持つあのリーズのことか?」
老婆のテンションが格段に上がる。
「よくわからないけど、りーずだよ。がくいんでくびわとってくれた」
「おお、リーズはまだ未成年故、学院で学んでいると聞く。本物じゃ。本物の不死の道化じゃ」
「えっと、おばあちゃん? そのリーズって人凄いのかい?」
老婆の食いつきに気おされながらも話についていこうとするアニダ。
「凄いとも。齢13にしてたぐいまれなる才能をもった天才じゃ。わしなどとは大違いじゃ。そうじゃ、リーズならその鎧の外し方も、その鎧の機能そのものについてもわかるかもしれん」
「それって、仲間を魅了状態にしなくなるってこと?」
「そうじゃ。よかったなお前さん。この縁を大切にするがいい」
「わかった。じゃあそのリーズって子に会いに行くとするか」
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魔法具屋の老婆のもとを後にした二人。
老婆にはもう二度とくるんじゃないよ、と念を押された。
無論、鎧の使い方を誤るんじゃないよ、という意味を込めてだ。
「あにだ。ごはんたべたい」
朝だ。ラックの本能はご飯を求めている。
「んー、もうそんな時間か。ふぁぁ~、私徹夜なんだよね。眠たい」
「あにだねむいの? いっしょにねる?」
「キミと一緒に寝るのは実に魅力的な提案だけど、私に考えがある」
「ごはん?」
「うん。ご飯は用意するよ。それよりもだ。乗合馬車でマフラスに向かう。リーズって子に早く会いたいしね」
「のりあいばしゃ?」
「そうだ。ここからマフラスの街までは結構な距離があるからね。乗合馬車で揺られている間に私は寝ることにするよ。キミも一緒に寝るといい」
「んー。ごはんのあとねる」
「そうだね、まずはご飯だけど、乗合馬車の時間もすぐ来るはずだ。なのでキミには干し肉をあげよう。ごちそうだぞ」
「ほしにくごちそう!」
ラックはアニダから受け取った干し肉を頬張りながら大人しく乗合馬車の発着場へと向かうのだった。
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乗合馬車に乗り込んだ二人。
これからマフラスの街までのんびりとした馬車旅となる。
「ふあー、それじゃあ私は寝るよ。マフラスに付くまでは時間がある。キミも一緒に寝よう」
ぽんぽんと自分の座っている横をたたく。
おいで、ということだろうか。
一つ大あくびをしたラックは、アニダにもたれかかるようにして丸くなった。




