13 幌の上は寝心地最高
ここはマフラスの街。王国第2の城塞都市だ。
今日も人々は活気にあふれた日常を送っている。
早朝から始まった朝市も一段落し、銘々がお目当てのものを手に持って朝市を後にしている。
太陽からの暖かな日差しが辺りを包んでいる。
この辺りは温暖な気候で過ごしやすいことも街の栄えている理由の一つかもしれない。
「むにゃむにゃ」
市場の裏手に停められている幌馬車の幌の上。
黒髪黒耳黒しっぽの少年がきもちよさそうに丸まって眠っている。
柔らかな馬車の幌に誘われたのか、ひなたぼっこをしているようだ。
だって猫だから。
しばらくすると、無人だった馬車に持ち主が戻ってくる。
「よーし、それを馬車に積み込んでくれ」
背が低い小太りの男が指示をだしている。
「了解です、バダンさん」
使用人だろうか。中年手前の男が両手に抱えた箱を馬車に積み込む。
その重みで馬車が少し揺れる。
馬車の幌の上で寝ていたラックの黒耳がピクリとわずかに動いたが、何事もなかったように丸まっている。
「バダンさん、こいつはどうするんだい?」
背の高い女性が、手に持った荷物の処遇について尋ねている。
この地方の出身なのだろうか。
肌は綺麗な褐色であり、黒髪を後ろで束ねている。
整った顔立ちをしており、年頃は20歳前後くらいか。
「おっと、アニダ、気を付けてくれよ。そいつは今回の目玉だ。傷一つ付けちゃいけねえ」
「わかってるよ。馬車の中に入れとくよ」
「頼んだ」
アニダと呼ばれた女性が、馬車の後ろから目玉商品を積み込む。
その様子を、バダンはしゃがんで下から見上げるように眺める。
「ちょっと、バダンさん、なにやってるんだい」
荷物を積み終わったところで、怪しい挙動のバダンの姿を捕えた。
「いや、そんな恰好してたらしかたないだろ。これは礼儀だよ礼儀」
そう、おそらくバダンでなくてもその姿には興味をそそられることだろう。
アニダは鎧を身に着けている。
しかしそれは騎士が身に着けるようなフルプレートの鎧ではなく、非常に面積が狭い。
その豊満な胸の半分ほどを覆う金属部分。
胸の谷間はその鎧に強調され存在を主張している。
上半身はその強調された胸部と左右の肩当てのみ。
腹部は露出したままである。
下半身も同様に露出が多く、申し訳程度の面積で股間を守っている。
ただし、足に関しては膝までがフルプレートの鎧と同じくがっちりと守られている。
裏を返せば、太股は露出しているということだが。
遠目で見るとその姿は水着を着ているようにも見える。
そう、いわゆるビキニアーマーである。
「はいはい。それ以上見てると追加料金をもらいますからね。そこ邪魔ですよ、どいてください」
慣れっこなんだろうか。アニダはさらりと流す。
「バダンさん、荷物を全部積み込みました」
「よし、ハモンド出発するぞ。アニダも頼んだぞ」
眼下でこのようなやり取りが行われていることも気にせず、ラックは日の光を体全体に浴びてリラックスしていた。
そんな様子を3人は知ってか知らずか、馬車はラックを幌の上に乗せたまま動きだす。
市場地区を抜けて街の外周に。
そしてそのまま街出口の検問を超えて、街の外に出て行った。
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街道沿いを走る馬車。
馬の蹄の音がリズム良く辺りに響いている。
馬車を操っている御者はハモンドと呼ばれていた男だ。
バダンとアニダは馬車の中だ。
「それにしても、いい馬車ですね」
「そうだろ、軽くて頑丈な竜骨を骨組みに、肌触りが抜群なのに耐火性もばっちりな火食い鳥の羽毛から作った幌だからな。多少の上からの衝撃にも凹みやしない。こいつを買うのに大金が必要だったからな。バリバリ稼がないとな」
心身共にくつろいでいるバダンに対して、アニダはくつろぎながらも周囲に気を張っている。
「ふーん、ケチな商人かと思ってましたよ」
「値切るところは値切る、使うところは使うだ。街道も安全とは言えないからな」
「そうですね。早速その頑丈さが役に立ちそうですよ」
「ん? どういうことだ?」
――ギイギイ
何かの鳴き声が聞こえる。
一匹だけではない、どうやら複数の個体が鳴いているようだ。
「ひぃぃ、魔獣だ」
その姿を最初に発見するのは御者であるハモンド。
視線を空に向けている。
その先には3匹の鳥型の魔獣の姿があった。
「なんてこった。この時期はまだこっちの街道も安全だと思ったのに」
バダンも馬車の前方から魔獣の姿を確認する。
「バダンさん、馬車の奥に引っ込んでな」
もちろん護衛として雇われたアニダはすでに臨戦態勢だ。
「だ、大丈夫なんだろうな」
「大丈夫だって、金の分は働くよ」
「金の分はって、あれか報酬ケチったから途中までとかいうんじゃないだろうな」
「はいはい、ちゃんとやりますって。危ない下がって」
泣き言を言いながらちゃっかりとアニダの太股をさわっていたバダンの腹を蹴り飛ばして、馬車の奥に押し込む。
「ハモンドさん、スピードを上げて、逃げ切るよ」
「わ、わかった」
ハモンドは馬に速度を上げるように指示を出す。
急に速度を上げた馬車に振り切られたように見えた魔獣だったが、それであきらめるわけもなく、速度を上げて馬車を追ってくる。
それでも魔獣を振り切ろうと馬車がスピードを上げるが、空を飛ぶスピードには勝てそうにない。
「アニダさん、これ以上は馬がもたない」
「仕方ないな。相手は3匹か。馬車を止めて戦うか」
徐々にスピードを落とす。
その隙を見逃さず、魔獣の攻撃が始まる。
――ギイギイ
「ちっ、守りってのはやりづらいね」
馬車の前方でアニダは襲い来る3匹の魔獣を捌く。
馬車が完全に停止するまでは、ハモンドは無防備だ。
それを知ってか狙いをハモンドに定めている魔獣たち。
「アニダさん、後は頼みます」
馬車が停止し、ハモンドは馬車の中に滑り込む。
「あいよ、任せときな」
守る対象が減ったため、集中して戦うことができる。
――ギッギギイ
魔獣の1匹が馬車の幌の上で寝ているラックに目を付けたようだ。
――ギイギイギイ
魔獣の放つ金切り声に、ラックの耳がぴくぴく反応している。
「なんか、うるさい」
ちらりと目を開けるラック。
そのラックめがけて脚の鋭い爪で襲い掛かる魔獣。
寝転がった体勢から辛うじてその攻撃を回避するラック。
不安定な足場にも関わらず、素早く立ち上がり魔獣を睨みつける。
「なんだおまえ、ひるねのじゃまするな!!」
憩いの時間を邪魔されてご立腹のラック。
「ん? なんだ」
アニダがその様子に気づいて、幌の上を見る。
「とりのおばけめ。つかまえてたべてやる」
『跳躍Lv4を使用します』
空を飛ぶ魔獣に向かってラックが跳ねる。
――ギギッ
驚いた意図の鳴き声だろうか。
その素早い跳躍に魔獣は対応できない。
ラックは空中で飛行する魔獣の首根っこと羽をつかむ。
魔獣が暴れるが、そこまでがっちりつかまれていてはどうしよもない。
羽をつかまれたことで飛び続けることもできず、落下を始める。
すかさずラックは魔獣を下にし、その上から体重をかけるような形をとる。
重力に加えてラックの体重を受け、魔獣は地面へと落下する。
――ギエェ
地面に叩きつけられた魔獣は断末魔の声を上げて動かなくなった。
「どこの子かしらないけど、やるじゃないか」
その様子を見ていたアニダが呟く。
アニダの方は魔獣の首を切り落としたところだ。
足元には2匹の魔獣の死骸が転がっている。
「ひるねのじゃまするからだ」
地面の落下のクッションとした魔獣から降りるラック。
おもむろに、動かなくなった魔獣の羽を毟りだす。
ある程度毟ったところで、そのまま肉にかじりつこうとする。
「えっと、キミはどこの子だい?」
遠巻きにラックの姿を見ていたアニダがここで声をかける。
『かみつきLv1を覚えました。レベルが上がるごとに威力が高くなります。』
「?」
魔物にかじりついたまま、声のした方を振り向くラック。
朝から馬車旅をしていた同乗者の姿をようやく目にする。
「あ、いや、それ食べるのかい?」
ラックと目が合った。
ラックの傍まで寄ってくるアニダ。
刺激しないようにか、少しの距離はおいてある。
「わふわふわふ」
くわえたまましゃべろうとして何をしゃべっているのかわからない。
「何を言っているのかわからないよ。とりあえず口を離しなよ」
その姿に苦笑いする。
「これはごはん。あげないよ」
ゲットしたごはん(魔獣)を隠すように腕で抱え込む。
「ああ、別に取りはしないさ。でもそれうまいのかい? 見たところ肉は少なそうだけど」
「わかんない。はじめてたべる」
よくよく魔獣を眺めてみるラック。
飛行型のため、確かに肉は少ない。
「そうかい。それじゃさ、これをあげよう。たぶんその魔獣よりおいしいぞ」
アニダはビキニアーマーの懐から何かを取り出す。
「それは?」
「干し肉だよ。うまいぞー。ほれほれ」
ラックに向けて干し肉を左右に振って興味を引くアニダ。
ラックは魔獣をしっかり手に持ったまま、アニダの持っている干し肉に近寄る。
そして匂いを嗅いでみる。
「どうだ、いい匂いだろ。食べてみなよ」
「ありがとう」
干し肉をほおばるラック。
最初は硬くて咀嚼しにくかったが、だんだんと柔らかくなり味もしみだしてくる。
そして、ごくん、という音が聞こえそうなほど豪快に飲み込んだ。
「これはごちそう!」
どうやら気に入ったようだ。
「ははは、気に入ったかい」
「もっとほしい」
「残念だけど、もう持ってないんだ」
「ざんねん。まだたりないから、これたべる」
再度、手に持った魔獣を食べようとする。
「あぁー、ちょっと待って。ごめんごめん」
ラックが魔獣を食べるのを阻止するアニダ。
「食べ物で釣るような真似をして悪かったね。その魔獣を売って欲しいんだ」
そう言うと、アニダが懐から銅貨を取り出す。
先ほどと同様に差し出された銅貨の匂いを嗅いでいるラック。
――がりっ
お揉むろに銅貨にかじりついたが、歯は立たなかった。
「これたべれない。いらない」
唾液にまみれた銅貨をアニダに突き返す。
「あはは、それは食べれないよ。それはお金だからね」
「たべれないならいらない。これたべる」
「でもね、そのお金があればさっきの干し肉が食べれるぞ」
「ごちそう!?」
「そうだごちそうだ。じゃあ交換だ」
ラックは魔獣と銅貨とを交換する。
「ほしにくー、ほしにくー」
なにやら唱えながら銅貨を振っているラック。
「あはは、違う違う。店で買わないとだめだ」
「?」
「よし、じゃあこうしよう。私は今お使いの途中だ。この馬車でフォルウーの町まで行くから、フォルウーの町で干し肉を買ってあげよう」
「わかった」
返事をしたが、多分わかってない。
「私の名前はアニダ。キミの名前は?」
「らっく。おなまえ」
「よーし、ラック。それじゃ出発するぞ」
こうしてラックはビキニアーマーの女冒険者アニダと共にフォルウーの町に向かうことになったのだ。




