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猫は異世界転生したことに気づいていない!?  作者: セレンUK
第1話 黒猫、異世界転生する
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01 黒猫、異世界転生する


「くろ、ねこっ!?」

 ――パパーッ

 運転手がクラクションを鳴らす。

「ブレーキを!!」

 もうこの距離では突然道の真ん中に現れた黒猫を避けることはできない。

 ――どうっ

 衝突音とともにぶつかった衝撃が車に響く。

「猫を引いちまった……」

 急ブレーキをかけた運転手がフロントガラスからその姿をとらえる。

 それは、宙を舞う、車にはね飛ばされた黒猫の体。


「まぶしっ……」

 瞬間、黒猫の体から強い光が発せられる。

 フロントガラス越しであったものの、光により何も見えなくなる。


 そして光が治まった後、地面に落下するはずだった黒猫の姿は消え失せていた。

「どういうこと……だ?」

 運転手はドアを開き運転席から車外に出る。

 だが、外に出てみても黒猫の姿を確認することはできなかった。

 衝撃で凹んだ車体以外は……。


 ・

 ・

 ・


 風がそよそよと吹いている。

 太陽はあたたかな光を放ち、とても過ごしやすい気候のようだ。


 ここは森の中。生い茂る木々そして草花。

 自然の香りと形容される独特の匂いが漂っている。


 薄暗い森ではなく、木々の隙間からは空が見えている。

 いや、どうやらその場所だけ空が円形に開けている。


 開けた空から太陽の光が差し込んでいるのだ。

 その光の先には円形の石が置かれている。

 天然石を削りだしたものだろうか。

 高さは人間でいう膝くらいまである一つの石。

 石というよりは岩というスケール感か。

 膝くらいまでの高さがある岩の上部は平になっており、畳2畳ほどの大きさだ。

 よく見ると、平らな面にはなにやら文様が彫り込まれている。

 そこに太陽の光が降り注いでいる。


 そして、太陽の光の降り注ぐ岩の上できもちようさそうに寝ている少年がいる。

 年の頃は12,13くらいか、小柄な体型をしている。

 実際はもう少し年を重ねているかもしれない。


「う、ううん……」

 少年がゆっくりと目を開く。

 すると、まぶしい太陽の光が差し込んでくる。


「ふぁぁー」

 口を大きく開けてあくびをする。

 丸まっていた体勢から、両手を地面というか岩について上半身を伸ばす。

 そしてそのまま尻を上げた体勢を取る。

 猫がよくやる伸びをするポーズだ。


「からだ、うごきにくい」

 何か違和感を感じたのか。もう一度、伸びをしてみる。


「まえあし?」

 伸びをやめ、ペタンと尻を付いて座り込む。

 そして自分の手をまじまじとのぞき込む。


「うしろあし?」

 座ったまま足を伸ばしてみる。


「……。いつもより、ながい?」

 両足を伸ばしてぶらんぶらん揺らしている。

 履いていた靴が脱げ落ちた。


「ふぁぁぁ」

 だが、興味を失ったのか、先ほどまで寝ていたポーズに戻る。


「いいてんき」

 体を丸めて再び眠りにつくことにしたようだ。



 少年はこの世界で獣人族と呼ばれる種族だ。

 獣人族といっても多種多様な種族がいる。

 全身が毛むくじゃらな獣に近い姿の種族から、見た目が人間とほぼ同じ種族まで。

 この少年は人間に近い種族のようだ。


 サラサラの黒髪。ツルツルの肌。

 見た目は人間と言ってもよい。

 ただ明らかに人間と異なるのは、頭にモフモフの耳がついていることと、尻からしっぽが生えていることだ。


 たまに黒い耳がピコピコしたり、同様に黒いしっぽをフリフリしたりしている。

 なんにせよ、この暖かな空気の中きもちよさそうに寝ているのである。


 ・

 ・

 ・


「いやぁぁぁ」

 突如、その平穏を破るような悲鳴があたりに響き渡る。

 ぴくっ、と少年の耳が動いたように見える。

 だがそれ以上反応は無い。


 辺りに不穏な空気が流れ、心なしか風がざわめいている。

 そのせいか、時折、獣の大きな鳴き声が聞こえてくる。


 鳥たちが一斉に飛び立つ音が聞こえる。

 少年からそう遠くはない場所でだ。


 ――がさがさがさっ

 草木をかき分ける音がする。どうやら少年の方に近づいてくるようだ。


 少年の様子はというと、先ほどと変わらず、丸くなって石の上で寝たままである。


 ――がさがさがさっ


 少年の周りの開けた場所に、とうとう音の主が到着した。


「きゃっ」

 音の主は、石に躓き盛大にすっころんだ。


 茶色のストレートのロングヘアー。そして赤いへアバンドをしている少女。

 彼女が音の主だ。


 青色のひらひらのワンピース。

 正面は白いエプロンがかかったようなデザインのその服装は、森に入るのに適した姿とは思えない。

 その服には木の葉や枝などが付着しており、かなりの速さで木々の間を進んできたことを物語っている。


「いたたた……」

 痛みをこらえ、すぐに体を起こす。

 特徴的な青色の瞳。

 くりくりとした目をした少女の表情は硬くこわばっている。


「逃げなきゃ……」


 体勢を整え、走り出すところで、少女を追ってきたものが姿をあらわした。


 大型ではないが、全長は人の背丈ほどある四足歩行の獣。

 顔は細長く、その口には鋭い牙が光っている。

 茶色の体毛をしたその獣は、オオカミに似ている。

 人を襲う獣。魔獣と称されている。


 ――がおぉぉん

 魔獣が吠える。

 その声に驚いたのか、少女が足をもつれさせコケる。


 ――ずざざざざ

 地面と体とが擦れ合う音。


「はやく……」

 急いでこの場を離れなければならない。

 少女は顔を上げる。

 そしてそこで、石の上で丸まって眠る少年の存在に気付いた。


「こんなところに、男の子……?」

 地面と擦れた膝が痛む。

 痛みに耐えながら、ゆっくりと起き上がる少女。


 そして魔獣に向かって向き直り、魔獣を睨みつける。


「守らなきゃ。この子を」

 自分が逃げてはこの少年が襲われてしまう。

 少女は魔獣の視線から少年を遮るように、大の字に両手を広げた。


 ――ぐるるる

 口からよだれを垂らしながら、魔獣はゆっくりと二人に近づいてくる。


「早くここから逃げて!」

 魔獣を睨みつけたまま、少年に呼びかける。


 だが少年からの返事はない。


 唸り声をあげながらゆっくりと近づいてくる魔獣。


「ねえ、起きてよ、ねえったら、逃げて!」


 ――がうぅぅ


 少女にとびかかる魔獣。


「きゃぁぁぁ!」

 恐怖からか、よろけて体勢を崩した少女。

 体勢を崩したことが功を奏したのか、少女の喉元をとらえていた魔獣の牙は空を切る。

 だが、飛びかかってきた魔獣の重みに耐えきれず少女は後ろに倒れこむ。


――がいぃぃん


「ふぎゃぁぁぁぁ!!」


 少年が一際大きな叫び声を上げる。

 倒れこんだ少女の頭が、少年の頭とぶつかったのだ。痛い。


 その声に驚いたのか、少女に馬乗りになり今にも噛みつこうとしていた魔獣がとっさに後ろに下がる。


 少女は頭を打って気絶したようだ。


 少年が打った頭を片手で押さえながら起き上がる。

 たいそうご立腹のようだ。耳としっぽが逆立っている。


「おまえか、ひるねの、じゃましたのは!」

 魔獣に向けて吠える。


 少年の視界に少女は入っていない。

 石の下で倒れていて少年からは死角になっている。


 少年がひらりと跳躍し、石の上から降り立つ。

 魔獣がその動きに合わせて後ろに下がり、少年との距離を保つ。


 着地した少年とにらみ合う魔獣。

 ぐるぐるとのどを鳴らし少年を威嚇する。


 少年は右手を前に出す。攻撃する気だ。


「?」

 少年の動きが一瞬止まる。どうしたのだろうか。

 すると右手をぶんぶんと上下に振り始める。


「つめが、でない?」

 不思議そうに手をのぞきこむ少年。

 猫という生き物は、手足の爪を自由に出し入れすることができるという。


 その隙をついて、魔獣が少年にとびかかる。


「この!」

 魔獣を迎撃しようと右手を振り下ろす。

『爪撃Lv3を発動します』

 どこからともなく声が聞こえた。


 ――ぎゃうぅっ

 魔獣が悲鳴を上げる。


 少年の右手から生じた衝撃波が魔獣に深い傷を付けたのだ。


 かろうじて着地した魔獣は、よろよろと後ずさり、一定距離を取ったところで踵を返し森の中へと逃げ去った。


「ひるねの、じゃまするからだ」

 少年の留飲は下がったようだ。

 再び昼寝しようと石の元に向かう。


 そこで、石の元に倒れている少女を目にする。


「ん? にんげん?」

 首をかしげる少年。

 どうしてそこに少女が倒れているのか不思議なようだ。


 少年は倒れている少女をのぞき込み、鼻をひくひくさせる。

 少女の匂いを嗅いでいるようだ。


「う、ううん……」

 少女の意識が戻る。


「ひゃぁぁぁ!」

 目の前に急に少年の顔があったのだ、奇妙な声を上げてばっと起き上がる少女。


 一方の少年は、急に大きな声を上げた少女に驚き、バックジャンプの上、警戒態勢を取っている。

 両手両足を地面についた、猫の警戒ポーズだ。


「あ、……、あれ? 魔獣は?」

 辺りを見回す少女。魔獣の姿を探すが、視界にはその姿を捉えることはできない。


「もしかして、この子が?」

 その場には少年と少女しかいない。

 魔獣の死骸が無いから倒したわけではないかもしれないが、なんとなく少年が助けてくれたと感じたのだ。


「あの……」

 少年に向けて呼びかける少女。


 ――ふぅぅぅぅっ

 少年は威嚇の声を上げて警戒を解かない。


「私の名前は、フェリス。フェリス=シルバトリス。驚かせてごめんね」

 笑顔で少年に呼びかける。


 ――ふぅぅ

 少年は警戒中。


「あなたが助けてくれたんでしょ? お名前は?」


 ――ふぅぅ

 少年絶賛警戒中。


 ――ぐぅ~

 腹の虫が鳴る。少年からだ。


「うう、おなか、すいた……」

 警戒ポーズを解き、ペタンと座り込み、腹をおさえる少年。


「あら、おなかすいてるの? そうだ、たしか……」

 フェリスと名乗った少女は、ポケットからなにかを取り出す。


「ほら、ビスケットだよ。どうぞ」

 少年に向けて差し出す。


 少年はフェリスの手にある、丸く薄い物体を見つめる。


「おいしいよ?」

 フェリスは、ビスケットを半分に割り、片方を食べてみせる。


「半分になっちゃったけど、どうぞ」

 ビスケットの片割れを差し出す。


 ゆっくりと近づいてくる少年。


 そして、フェリスが持つビスケットを直接口にした。


「あまくて、おいしい」

 口のなかでもっしゃもっしゃとビスケットを味わう少年。


「ふふふ、おいしいでしょ」

 その様子を笑顔で眺めるフェリス。


「もっと、ほしい」

 キラキラした目で訴える少年。


「ごめんね、今持ってるのはそれで最後なの。家に帰ったらたくさんごちそうできるけど」


「たくさん、ごちそう!?」

 フォンフォンという音が聞こえてきそなくらい、しっぽが左右に揺れている。


「ええ、危ないところを助けてもらったもの。特別なご馳走を用意するわ」


「とくべつなごちそう!」

 しっぽを振る勢いが増す。


「ねえ、あなたのお名前は?」


「おなまえ?」

 首をかしげる少年。


「ええ、みんなからなんて呼ばれているの?」


「んん~」

 腕を組んで眉間にしわを寄せる少年。

 名前を答えるだけなのに、どうしたのだろうか。


「らっく?」

 しばらくした後、少年が口を開く。


「ラック。素敵なお名前ね」


「らっく。おなまえ」

 うっすらだが、以前にそう呼ばれていた気がする。

 昔の話なので、それ以上は思い出そうとはしなかった。

 だって猫だから。


 猫は昔のことは気にしないという。


「よろしくね、ラック」


 こうして二人は出会ったのだ。


 ここは異世界アランザ。

 黒猫だったラックは、どうやら異世界転生したことに気づいていないようだ。

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