第6話「大臣なのじゃ!」
大臣 ── この国の大臣は、宰相を補佐する形で各部門の長を務める人物達のことである。
その陣容は、ほぼ先代国王の時代から同じであるが、唯一財務大臣のみがリリベットの任命という形で代替わりしていた。前任の大臣はリリベットの祖父である初代国王ロードスが、三年間の執政職を経て亡くなった際に、自らも老齢を理由に引退している。新たに財務大臣になったのは彼の孫であるヘルミナ・プリストという女性だ。
二歳の時にリリベットが王位を継いでからは彼女が初めての任官であり、若干十六歳での抜擢ということで周辺の猛反対はあったが、三年経った現在では誰もが彼女の実力を認めている程の才女である。
リスタ王国 王城 財務大臣執務室 ──
秘書官に通されて若い衛兵が室内に入ってきた。書類にサインをしていた財務大臣ヘルミナ・プリストは、手を止めて入室してきた金髪の青年を見つめる。
「定刻通りですね、結構。君がラッツ君ね、姓は?」
「姓はありません。大臣閣下」
「そうですか、わかりました。では、そのままラッツ君と呼ばせていただきます」
ヘルミナは席を立つと、ゆっくりとした足取りでラッツの方へ歩いていく。綺麗に切りそろえた薄い茶色いの髪が肩の辺りで揺れている。緑のマントを羽織り、大臣の制服なのか紺のワンピースから伸びる脚が魅力的だったが全体的に小柄な印象で、身長はあまり背の高くないラッツより頭二つほど小さく、子供にしか見えない童顔だった。少しでも威厳を出すためなのか金のモノクルをしている。
「はじめまして、私が財務大臣のヘルミナ・プリストです。今日は護衛をよろしくお願いしますね」
そう言いながら、どこか硬い笑顔のヘルミナはラッツに握手を求める。
「はいっ、衛兵のラッツといいます。よろしくお願いします」
ラッツも手を差し出して握手に応じた。今日ラッツが財務大臣執務室に訪れたのは、衛兵隊長ゴルドの命令だった。
「ラッツ、また護衛を頼む。今度は財務大臣の視察だ。俺が行っても良かったんだが、先方からあまり威圧感がないのがよいとのお達しでな」
ヘルミナが右手を秘書官に向けると、秘書官は持っていた大きなベレー帽を彼女に渡した。それを被るとラッツの方を振り返り告げる。
「それでは行きましょうか。今日は木工ギルドへの視察です」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 通路 ──
ヘルミナは赤い絨毯が引かれた王城の通路を歩きながら、後ろについてくるラッツに向かって話しかける。
「本来なら護衛など必要ないのですが、前回海洋ギルドで少し失敗してしまいましてね……」
「海洋ギルドというと、オルグさんのところですよね?」
ラッツの口からオルグの名前が出たことで、ヘルミナは少し驚いた表情をしたが、すぐに思い当たったように頷いた。
「よくご存知で……あぁ、前回陛下の護衛についたのは君でしたか、ご苦労をお掛けしました。……あのセクハラ爺のせいで、陛下にとても心配されてしまいまして、今回は護衛を付ける事になったのです」
「なるほど……」
そんな話をしていると、前方からマリーを連れたリリベットが歩いてきた。ヘルミナは帽子を取ると、ラッツと共に通路を開けるように隅に寄り女王の通過を待つ。そんな二人を見つけるとリリベットが駆け寄ってきた。
「ヘルミナ! 今日は木工ギルドへの視察じゃったか? 護衛はラッツにしたのじゃな」
「はい、衛兵詰所に要請したところ彼が派遣されてきました」
歳は十歳ほど違うが、背丈は似たような二人が話していると、まるで仲の良い姉妹同士が話しているように見える。そんな和やかな雰囲気も、ヘルミナにマリーが耳打ちした事で一気に崩れ去ることになった。
「プリスト閣下、気をつけてくださいね。彼もオルグ殿と同じくお尻が好きなようですから……」
と言いながらラッツをジト目で見た後に、マリーはプイッと顔を逸らした。パッっと臀部を隠したヘルミナも同じくジト目で睨みつけると、ラッツに向かって冷めた声で尋ねる。
「そうだったんですか、ラッツ君?」
ラッツは慌てた様子で、必死に首と両手を左右に振る。
「いやいや、誤解ですって! マリーさ~ん!」
そんな様子を笑いながら見ていたリリベットは、うんうんっと頷くと擁護のつもりか一言。
「まぁ、ラッツも男じゃからな」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 王城 ~ 木工ギルドへ続く道 ──
王城でリリベットたちと話した後、ヘルミナとラッツは二人で木工ギルドに向かって歩いていた。ヘルミナの数歩前をラッツが歩いている。ラッツは振り返りながら
「あの~……護衛するなら、せめて視界に入る範囲で歩いていただいた方がいいと思うんですが……」
「いえ、そのままで結構です。前を向いて歩いてください」
ヘルミナはそう言うと、臀部を手の甲で隠す仕草をしながら首を振る。
その後しばらくして、ラッツとヘルミナの二人は、木工ギルドの前まで辿り着いた。木造二階建で外には木材が積み上げられ、木を切る音が心地よく響いている。その入り口の看板には『樹精霊の抱擁』と書かれていた。その看板を見たラッツの第一声は
「海洋ギルドの『グレートスカル』に比べれば、メルヘンな感じの名前ですね」
「中身はさほど変わりませんよ。それでは入りましょう、しっかり護衛をお願いします」
これから会う人物のことを思い出したのか、ヘルミナはため息をつくと木工ギルドの中に入っていった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 木工ギルド『樹精霊の抱擁』 ──
木工ギルドの役割は、リスタ王国南部に広がるガルド山脈で行われている林業と猟業の管理、陸路交易のための街道の整備、それに建築や家具の製作にも携わっており、海洋ギルドと並びリスタ王国の経済の一翼を担っている。中に入ると、むわっと木の香りが立ちこめ、家具を作っている金槌のカンカンという音や、商談をしている人の声で活気に満ち溢れていた。
ヘルミナは、そのままスタスタと進むと、受付に向かい声をかける。
「失礼します」
声が聞こえたので、書類仕事をしていた受付嬢が手を止めて顔を上げると、カウンターの先に大きなベレー帽がゆらゆらと揺れていた。それに気が付いた受付嬢は、少し身を乗り出してヘルミナの姿を確認する。
「その帽子……あぁ、プリスト女史ですね。ようこそ、木工ギルドへ! 今日はどのような御用でしょうか?」
「会長とお会いしたいのですが」
受付嬢は奥の部屋を確認するように一瞬見ると、席を立ちカウンターを廻りこんでヘルミナにもう一度お辞儀をする。
「では、こちらへ」
木工ギルド『樹精霊の抱擁』 会長室 ──
そのまま受付嬢に案内されて、会長室に通された二人を出迎えたのは、ハゲ頭で左目に黒い眼帯をした浅黒い肌をした男だった。控えめにみても山賊の頭領にしか見えないこの男が、木工ギルドの会長 ヴァクスである。ヴァクスは、ヘルミナを見ると鼻で笑うように挨拶をした。
「おぅ、大臣ちゃんじゃねぇーか。相変わらずちぃせーな!」
「誰が大臣ちゃんですか!」
大臣ちゃんというのは、極一部の国民がヘルミナを呼ぶときに使う呼称で、リリベットの『陛下ちゃん』とは違い、本人未公認の呼称である。ラッツが怒るヘルミナに小声で囁く。
「なんだか山賊の頭領みたいな人ですね……」
「……紛うことなき山賊ですよ。彼は二代目ですが、このギルドの前身は南方のガルド山脈を牛耳っていた山賊でしたからね」
小声で話しているヘルミナとラッツに、ヴァクスは怪訝そうな顔を浮かべていた。
「で、何の用だよ? あんたが来るって事は税金関係か? それなら経理の連中に任せてあるから、そっちに……」
「違いますっ!」
ヘルミナが首を振り、カバンから書類を取り出すと、ヴァクスの鼻先に突きつける。それをジーっと見たヴァクスが興味なさそうな表情を浮かべる。
「ん~……あぁ、前回の『林海会議』の議事録だなぁ。それがどうしたよ? ちゃんと三時間にも及ぶ熱い会議の記録が余さず書いてあるだろ?」
『林海会議』とは、年に一度『木工ギルド』と『海洋ギルド』が行っている会議である。次の一年の間に行われる取引の取り決めを行う重要な会議だ。
「えぇ拝見したところ、まったく書き逃しがない……すばらしい議事録でした」
「そうだろう、そうだろう! うちの事務方は優秀だからなぁ、はっははは!」
豪快に笑っているヴァクスに、ヘルミナは議事録をパシパシと叩きながら叫ぶように問い詰める。
「問題はそこではありません! この会議の大半の時間を使って話されている、女性の『胸』と『お尻』の話は何なんですか! 去年も言いましたが『林海会議』の議事録は、公的文書として残しておくんですよ!」
この会議は別名『乳尻戦争』とも言われており、女性のどこが一番素晴らしいか! で、毎年両ギルドの会長がいい争いをするのだ。主要産業の会議ということで、議事録に目を通さなければいけない財務庁の悩みの一つになっている。
「馬鹿野郎! あんたは無いからわからねーかもしれねーが、女の『胸』以外に重要な話があると思ってるんだ!? だいたい女は『尻』だって、一歩も引かないあの爺が悪い!」
「なっ!?」
その言葉に胸を隠すように両手でガードするヘルミナと、椅子にもたれかかって開き直るようにふんぞり返るヴァクス。あの爺とは、もちろん海洋ギルドのオルグ・ハーロードである。その話に若干引き気味のラッツに向かってヴァクスが尋ねる。
「なぁ、坊主もそう思うだろ? 女は胸だよなぁ?」
「え~……まぁ、そうですかね?」
突然話を振られて生返事で返したラッツに対して、ヘルミナが蔑むような視線を向けて一言。
「……最低ですね」
こうして、また一段とラッツの株が落ちるのだった。そして、ヘルミナはヴァクスに会議は真面目にやるように再三忠告した後、木工ギルド内を見てまわり視察を終えた。その後二人は木工ギルドを出発して帰路についたのだった。
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『ヘルミナ・プリスト』
リスタ王国 財務大臣 クルト帝国に留学し、とても優秀な成績を収めた才女。現在の年齢は十九。
任官時には若干十六歳であったため、周辺の反対があったが任官されてから、三年の間に実力を見せつけ、現在では皆に認められている。
身長は低く、胸は下手するとリリベットより貧相だと揶揄されている。しかも顔も幼く童顔のため、男性と付き合った経験がない為、セクハラへの耐性がとても低い。