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第4話「宰相なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 リスタ王国内で一番豪華な造りの部屋である謁見の間。石造りのその部屋は高い天井と大きな窓からは光が降りそそぎ、床には赤いカーペットが敷かれていた。そして、一段上がったところに玉座があり、その玉座には幼き女王リリベット・リスタが座っている。その左手には背が高く耳が長い森人(エルフ)の青年が立ち、周りには二名の衛兵が控えていた。


 今日はクルト帝国からの使者が来ているため、リリベットも普段とは違い正装に身を包んでおり、その身には大きすぎる赤いマントを羽織り大きな王冠を頭に乗せていた。使者の用件は、この国ではすでにお馴染みの犯罪者の引渡し要求である。

 

「……それでは、どうあっても引渡してはくれぬと?」


 そう詰め寄る元武人と思われる使者は、威圧的な態度でリリベットを睨みつける。しかし、すでにこのような恫喝には慣れているリリベットは意にも介さず


「何度来られようと、こちらの答えは変わらんのじゃ。使者殿も我が国の国是を知っておろう?」


 その使者は大げさに両手を広げて首を振り、さも理解できないという態度を取りながら


「えぇ知ってますとも、犯罪者を匿うとんでもない国であるとね!」


 一介の使者が一国の国主に対して、この様な無礼な態度を取れるのは、リスタ王国とクルト帝国の国力差が数百倍以上あるためである。つまりクルト帝国がその気になれば、いつでもリスタ王国を攻め滅ぼせるのだ。そんな状態で国家を維持できるのは、リスタ王家がクルト帝国皇帝と親戚筋にあたるところが大きく、帝国全体から見れば戦争をする価値もない小国であるためだ。


「…………」


 何も言わないリリベットの様子に、勝ち誇るような顔の使者は主導権を握ろうと、さらに暴言を続ける。



「やはり貴女のような小娘では、話になりませんなぁ~」



 その瞬間、場が凍りついたような緊張感が走り、その戦慄に使者は口を閉ざし一瞬の静寂が訪れた。そして、王座の横で控えていた森人(エルフ)が口を開く。この人物こそが、リスタ王国 宰相フィンその人である。


「使者殿、少々不敬が過ぎますな……」


 感情を一切感じない言葉が、使者の心臓を鷲掴みするように響く。おそらく肝が据わっているがため選ばれた使者であったが、元武人であるが故に気が付いてしまったようだ。その目の前にいる森人(エルフ)が、見た目どおりの青年ではなく、得体の知れない化け物であると……。青ざめた顔で震えながら、使者は彼を送り出した領主の言葉を思いだしていた。

 

「女王の側に森人(エルフ)がいるときは、決して女王を愚弄にするな」


 そう厳命されていたにも関わらず、リリベットの幼い姿を侮って、つい軽口を叩いてしまったのだ。


「宰相、よいのじゃ」


 リリベットは、そう言いながら右手を上げた。その瞬間、場の空気が軽くなり使者は倒れるように膝をつく。その使者に対して決意が秘められた強い口調で

 

「使者殿、帰って主に伝えるがよいのじゃ。いかなる理由があろうとも、我が国は国民を引き渡したりはせぬと!」

「これにて謁見は終了です。お引取りを……」


 宰相のその言葉に、まるで猛獣から逃げるように使者は走り去っていった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 衛兵詰所 ──


 しばらく後、王城の謁見の間から戻ってきていた二人の衛兵、ゴルド隊長と新兵のラッツが遅い昼食を食べていた。


「いや~宰相さんって初めて見たけど、なんか凄い人ですね~」


 謁見の間での出来事を思い出しながら話かけてきたラッツに、ひき肉を炒めて味付けしただけの食事をガツガツと食べていたゴルドは

 

「あぁ、ありゃやべぇな……俺も初めて会ったときゃ、ビビッてチビリそうだったわ」


 その言葉にラッツは、驚きながら聞きかえす。


「えぇ? そんなにですか!? 俺はそこまでとは……」


 この辺りの感覚の違いが、本能的に危険を察知しなければ生き残れない傭兵稼業を長年営んでいた経験豊富なゴルドと、戦闘の経験は乏しいラッツとの差であると言えた。


「まぁ、とにかくだ。宰相の前で陛下を弄るのはやめておけ、この国の常識だ」

「わかりました! 気をつけておきます。でも……陛下のことで、そんなに怒るなんて実はロリコンだったりして? あはは」

「おいおい滅多なこと言うもんじゃ……」



「ロリコンとは、なんじゃ?」



 突然割って入ってきた子供の声に、驚いた様子でラッツとゴルドが振り向くと、そこにはリリベットが首を傾げていた。その姿に慌てた様子で話を逸らそうとラッツが


「へ……陛下、今日はなぜ詰所?」

「うむ! 先程はご苦労だったのじゃ。労をねぎらってやろうと思っての。しかし、ゴルドはいつものことじゃが、お主も儀礼服が似合わぬな」


 儀礼服とは国外からの賓客や使者が来た際に着る儀礼用の服で、背が高くスマートな人が着るととてもよく似合う。この場合は、衛兵用の儀礼服のことである。ラッツを見ながら思いだしたようにカラカラと笑うリリベットに、照れくさそうに頭を掻くラッツは

 

「いや~、ガチムチの隊長よりは似合うと思ったんですけどね~」

「なんだと、テメー!」


 そんなやり取りをみて、一頻り笑ったリリベットが急に真顔になり

 


「それで、ロリコンとはなんじゃ?」



 リリベットの質問から逃げ切れなかったと肩を落とすラッツに、仕方なく呆れた様子のゴルドが誤魔化す


「あ~……あれですよ、陛下。宰相閣下は陛下が大好きってことですな」

「なるほど、ロリコンとはそういう意味であったか! わたしも宰相のことは好きじゃぞ」


 納得するように頷くと、にっこり笑うリリベットであった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国王城 宰相執務室 ──


 執務机に向かいながら、各所から届けられる報告書に目を通しサインをしていく宰相フィン。友人であったリリベットの祖父ロードス・リスタの代から、この国に仕えている彼は、現在では特に内政面でその才を振るっていた。


「ん? この書類は、陛下に目を通していただかなくてはいけませんね」


 そうつぶやくと、その書類は机の隅に避ける。彼は国王の裁可が必要な仕事には決して手を付けない。常に国王を立て、助け見守るその姿勢は臣下の鏡と言えるだろう。




 三十分後 ──


 自ら淹れた紅茶で休憩を取っていた宰相は、ふと机の隅に置いてある写真立てを見つめる。その写真立てには宰相自身、そしてロードスとその息子夫婦、それに赤ん坊のリリベットが写っていた。


「ロードス……お前の残した国と国民、そしてリリベット様は必ず私がお守りするからな……んっ?」


 宰相は少し身震いをすると、ティーカップを置くと

 

「すこし寒気がしたな、誰かが噂でもしているのだろうか? ふっ、しかし『氷の守護者(アイスガーディアン)』が寒気などと……」


 そう呟き、自嘲気味に笑うのだった。



◆◆◆◆◆





 『氷の守護者(アイスガーディアン)


 これはリスタ王国建国期に伝わる逸話で、帝都からの命令を無視した近隣領主が、リスタ王国へ侵攻した時に起こった出来事である。


 領主軍の兵力は約三千、対するリスタ王国はロードス王とわずか百騎の兵で迎え撃つ。数の上では絶望的な戦力差なため、領主側からは楽な(いくさ)だと思われたが、攻め込んできた領主には一つだけ大きな誤算があった。常にロードス王の傍らにいた森人(エルフ)の存在である。

 

 戦端が開かれると、彼は氷の龍のような精霊を召喚し、敵方の先鋒隊六百兵を瞬時に氷漬けにしたのだ。


 その様子に戦意を失った領主軍は壊走。結果、一合も交えず国を護った森人(エルフ)は『氷の守護者(アイスガーディアン)』と謳われるようになったのである。

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