表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/129

第42話「状況開始なのじゃ!」

 リスタ王国 王都 木工ギルド『樹精霊(ドリュアス)の抱擁』会長室──


 ラッツの後ろから現れたのは長く艶やかな黒髪を後ろで結った美女で、ジオロの伝統的な赤い民族衣装を身に着け目尻には朱が引いてある。その姿だけでこの辺りの人間ではないことがわかる女性は、紫の布に包まれた長い棒状の物を肩で担いでいた。


 彼女を見たミリヤムは驚いた表情で声を上げた。


「コウジンジィ!?」


 その女性はミリヤムの記憶にあるコウジンジィ、すなわちコウ老師にそっくりだったのだ。ミリヤムの声に女性は眉を吊り上げると


「それは婆様の名前だよ。私はあんな皺くちゃじゃ……あぁ、アンタ森人(エルフ)かい? それじゃ若い頃の婆様を知っているのも頷ける。私は婆様の若い頃に似てるって話だからねぇ」


 と豪快に笑うのだった。彼女は一頻り笑うと、紫の布に包まれた棒状の物をポンポンっと叩きながら


「私の名は、コウジンリィ。婆様にコレを返して貰いに、二月(ふたつき)もかけてジオロから来たばかりさね」


 とニヤリと口端を上げると、ラッツの肩にガッチリと腕を回して引き寄せた。


「さっきまで婆様の所に居たんだが、こいつから面白そうな話を聞いてねぇ。一枚噛ませてもらおうかと思って来たのさ」

「う~ん……まぁコウ一族なら問題ないかな? 今は少しでも戦力が欲しいところだし……それよりラッツ、何をデレデレしているの?」


 ジンリィの胸に顔を押し付けられるような体勢で、捕まっているラッツに対して蔑みの視線を送るミリヤム。ラッツはなんとか脱出して慌てた様子で首と手を振って否定していると、突然ヴァクスに背中を叩かれた。


「やっぱり坊主も胸派か! いや~わかるぞ、あんな立派な物を押し付けられちゃなっ! がっはははは」


 と豪快に笑うヴァクスだったが、スレンダーな体型をしているミリヤムとレイニーからは、冷めた視線を送られたのだった。そんな様子を見ていたゴルドは、呆れた感じで髪を掻きながら


「こいつら、緊張感ってものがねぇなぁ」


 と呟くのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 ガルド山脈の麓 ──


 木工ギルドでの作戦会議のあと、馬車で麓まで移動した一行は狩人衆を先頭にガルド山脈を登り始めた。編制は先頭をヴァクスと狩人衆、脇を衛兵隊で固め、中心にはジンリィとミリヤム、最後尾にはラッツの総勢十三名の隊列を組んで森の中を進んでいる。


 ヴァクスはバトルアックス、狩人衆は短弓と短剣、ゴルドは両手剣を担ぎ、衛兵隊は制式槍を装備していた。ミリヤムは近衛制式剣と短弓、ラッツは近衛制式剣とダガー、そしてジンリィは直刀の剣を腰に下げ、相変わらず紫の布に巻かれた棒状のものを担いでいた。


「ジンリィ、それ何なの?」


 先程から気になっていたのか、ミリヤムがジンリィが担いでいる物を指差しながら尋ねた。


「ん~? あぁ、これかい? これは剣だよ。一応、コウ家の家宝でね。親父殿に頼まれて婆様のところまで取りに来たんだ。婆様の前じゃ言えないが、ほら……いつポックリ逝ってもおかしくないだろ?」

「私は彼女が若い頃しか知らないけど……その長さで剣って、ひょっとしてあの『化け物剣』?」


 『化け物剣』と聞いたジンリィは、クククッと含み笑いをすると楽しそうに頷きながら答えた。


「化け物剣とは面白いことを言うねぇ。きっとそれだと思うよ……そんなことより」


 ジンリィの眼光が急に鋭くなり、それと同時にミリヤムが頷くと最前列のヴァクスに向かって叫ぶ。


「南から来るわよ!」


 その言葉に各々が武器を抜き、事前に決められた陣形に素早く移行する。作戦会議に後からきたジンリィとラッツは遊撃を担当することになっていた。


 しばらくして音も無く前方の風景が揺らめき始め、全貌がみえないほどの巨大な壁が、徐々に近付いて来ていた。その異様な姿にゴルドは身の毛がよだつのを感じる。


「こいつぁ、やべぇな……おい、ヴァクス! 撤退だ。開けた場所まで誘導してくれ!」

「おうよ!」


 数多の実戦を経験したゴルドの勘だろうか、瞬時に危険を察知して撤退を決めると大声で命令を出す。その号令で即座に撤退を始める一行だったが、ミリヤムだけは立ち止まって叫ぶ。


「ちょっと、なんで陣形を崩すのよ? って、きゃぁ!」


 ゴルドは、そんなミリヤムを担ぎ上げて一目散に走り出した。


「こんな視界の悪いところで戦ってられるかよ、いいから来い!」

「放しなさい、このっ!」


 ミリヤムはジタバタと暴れていたが、途中で諦めたのか担がれた状態で後ろに向かって、足止め用に魔法を放ち始める。しかし、その魔法も揺らいでいる壁に飲み込まれ、効いているのかすらわからなかった。


「何なのよ、アレ!?」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 ガルド山脈 麓の平原 ──


 しばらくして開けた平原へ出た一行は、反転して陣形を再構築を始めた。遅れていたゴルドも合流すると同時にミリヤムを放り投げると最前列で剣を構えた。


 投げ捨てられたミリヤムは、地面にそのまま激突して転がっていたが、プルプル震えながら立ち上げる。


「何すんのよ、この筋肉男!」

「後で謝ってやるから、さっさとエンチャントよこせ、このまな板娘!」


 ゴルドの言葉に対し反射的に出そうになった罵詈雑言をぐっと飲み込んだミリヤムは、歯軋りしながら何とか気を取り直して魔法の詠唱に入る。


風精の祝福(シルフィード)


 『風精の祝福(シルフィード)』は、風のエンチャントで対象者に風属性の魔力(マナ)の力を与える魔法だ。通常一人ずつ掛ける魔法ではあるが、ミリヤムを含む全員に同時に掛けれるのは森人(エルフ)であるミリヤムの力量だと言える。


 それと同時に森の中から、巨大な何かがノソノソと這い出てきた。半透明ではあるが楕円型のフォルムに豚のような鼻、そして上を向いた牙、確かに大猪としか形容できない姿が、一行の前に姿を現したのだった。


「ちょっとデカ過ぎやしませんかね?」


 と若干引き気味に呟くラッツ。それを聞いたジンリィは余裕な表情で豪快に笑っていた。ミリヤムは近衛制式剣を抜くと天に向けて掲げる。


「まずはスーラが足止めするわ! 先に伝えてある通り上空は風が凄いことになるから、弓は曲射を避けて直射で放ちなさいっ!」

「わかったぜ、お嬢ちゃん!」


 お嬢ちゃん呼ばわりに若干眉が吊り上がるが、ミリヤムはそのまま作戦の再確認を続けた。


「動きが止まったらゴルド(筋肉)ヴァクス(ハゲ)を先頭に衛兵隊が突撃! レイニーは私の直衛に」

「おうよ!」

「わかりました!」


 最後に遊撃を任せれているジンリィとラッツの方を向いて遊撃を命じる。


「遊撃の二人は不測の事態が起きた場合や、牽制が必要な時に各自の判断で動いて」

「任せなっ!」


 そう短く答えてニヤリと笑うジンリィ。その隣のラッツも頷いている。ゆっくりと近付いてくる大猪が弓の射程に入った瞬間、ミリヤムは剣を振り下ろしながら叫んだ。


「状況開始! スーラ!」


 ミリヤムの号令とともに狩人が矢を放ち、大猪の上空には白い鳥スーラが現れた。スーラが大きく羽ばたくと上空からの突風が大猪を襲う。同時に狩人たちに放たれた矢も当たってはいるが、巨大すぎてダメージが入っているかすらわからない。


 スーラの突風で動きを止めた大猪に、ヴァクスとゴルドを含めた衛兵四名が突撃を掛ける。まずはヴァクスが飛び掛りながら、大猪の顔にバトルアックスを振り下ろした。


 ガキィィィ!


 半透明の姿からは予想できない強度で弾かれたバトルアックス。続いて衛兵隊の一糸乱れぬ隊列で槍を突き出すが、やはり突き刺さらず弾かれてしまった。最後にゴルドの体重を乗せた渾身の斬撃が振り下ろされると、今度は大猪は微かに苦悶の表情を浮かべた。


 そんな調子でしばらく前衛が攻撃を続けていたが、まともにダメージを与えられているのはゴルドの両手剣だけで、残りの攻撃は気休め程度の様子だった。そして足止めをしていたスーラの羽ばたきが少し弱まった瞬間、戦況が急変したのである。


「グガァァァァァァァ!」


 突如上げられた大猪の雄叫びにゴルドはすぐに距離を取り、少し遅れてヴァクスと衛兵隊も距離を取ったが、衛兵の一人が突然の大咆哮に萎縮してしまい、その場に取り残されたのだった。





◆◆◆◆◆





 『コウ一族』


 ジオロ共和国が覇権を握る大陸にある小さな王国に根付いている一族で、武の一族として勇名を馳せている。その力のお陰で各国とも太いパイプを持っており、かなりの政治力も有する。この一族がいるお陰でこの小国は未だに独立を保っていると言っても過言ではない。


 現当主はコウ老師の息子が務めており、その娘のジンリィは次期当主と言われている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ