第3話「泥棒なのじゃ!」
リスタ王国 王都 衛兵詰所の前の広場 ──
衛兵詰所前の広場はそれなりの広さがある。災害や緊急時の避難場所に指定されており、戦時には物資を置くために利用される予定だ。しかし平時であれば、ただ広い空間があるだけである。現在は衛兵たちが訓練で使用しており、キンッキンッ! という金属音が鳴り響いていた。
「ハァハァ……」
両の手でダガーを持った腕をだらんっと下げて、肩で息をしているのは新兵のラッツだ。対峙しているのはラッツの獲物に合わせて、短剣程度の長さの刃引きの剣を持った衛兵隊長のゴルドである。
「どうした、ラッツ! その程度か?」
「くっ、ま……まだまだぁ!」
数日前、単独で暴徒を制圧できなかったラッツは、己の力不足を感じたのか隊長であるゴルドに訓練を願い出たのだった。その話を暇で仕方がなかったゴルドは快く引きうけ、その日から連日楽しそうにラッツをしごきまくっている。
それから三十分後 ──
体力が尽き果て大の字で倒れるラッツと、その横に疲れた様子もなく余裕の表情で胡坐をかいて座るゴルド。
「お前はアレだな。まずは基礎体力と筋力をつけなきゃダメだ。身軽で素早いのは長所なんだが……」
「はぁはぁ……そうですね」
「どうして、いきなり訓練したいなんて言いはじめたんだ? マリー嬢にいいところを見せるためか?」
ラッツがマリーに惚れているのは、傍目からみても明らかだ。ラッツは疲れて照れる余裕もないのか、図星を突かれたからか乾いた笑いをあげながら
「あはは……まぁ、それもあるんですけどね。この国って、すごく良い国じゃないですか? 少なくても俺が前にいたところよりずっといい」
「……まぁそうだな、俺もこの国を気に入ってるよ」
頷くゴルドは、どこか遠い目で空を見上げている。ラッツが上半身を起こしゴルドの方を見ながら
「この国の中心には陛下がいる。あんなに小さくても頑張ってる。だから守ってやりたいんですよ……俺の妹も生きていれば、あれぐらいの歳だったんで」
この世界では子供が早世するなんて珍しい話でもない。特にゴルドのように各地を転戦した傭兵であればなおさらだが、それでも僅かな沈黙が流れる。
「そうか……じゃ、もっと訓練しないとなっ!」
ゴルドはそんな空気を吹き飛ばすように、ラッツの背中を思いっきり叩く。パチーン! っと軽快な音を立てながら、ラッツは吹き飛ばされるように前のめりに倒れこんだ。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
リリベットは、特注の専用椅子に座って難しい顔をしながら資料を見ていた。専用椅子なのは、通常の椅子では執務机に背が届かないためである。そんな様子を心配したマリーが尋ねる。
「陛下、どうかなさいましたか?」
「う~む……これなんじゃが……」
その資料は先日の視察で見かけた大通りに新しく出来た店の資料だった。視察が終わった後、各所に請求してあった資料が本日届いたのだ。マリーはペラペラと捲って首を傾げる。
「私には、特に変わったことはないかと思いますが? 何か問題があるのなら、宰相閣下をお呼びいたしましょうか?」
リスタ国の宰相は、高貴な森人で名前をフィンといい、この国の建国時から宰相をしている。三代に渡り国王を補佐し国を発展させてきた重鎮である。リリベットも幼いながら聡明ではあるが、彼女が女王として国を運営できているのは彼の功績が大きいと言える。
「あやつに任せればすぐに解決できようが、今は別件で忙しいはずじゃからの。この件はわたしたちで何とかしたいところじゃ……マリー、ククルズ商会の欄を見てくれぬか?」
マリーが再度ページを捲ると三ページ目に、クルルズ商会の項目があった。
「ククルズ商会、会長オル・ククルズ、四十三歳男性、クルト帝国出身、入国理由……禁制品の密輸(逃走犯)……っと書いてありますね。どうやら我が国の国是に従い、再出発が許された人物のようですが……」
この国には特殊な国是がある。初代国王が提唱した『他国で犯した罪も悔い改めるなら国民になることを許す。されど我が国で再び罪を犯せば極刑を覚悟せよ』という言葉が、そのまま国是となっているのだ。それには様々な思惑があったのだが一つの理由として、当時はまだまだ人口も少なく弱小国であったリスタ王国に、優秀な人材を集めようとした意図があった。
この国是の影響で、隣接するクルト帝国でお尋ねものになった者たちが、新天地を求めてこの国に逃げ込んでくることが多くなり、当然一時的に治安は悪化、帝国とも軋轢を生んだが、再三の引渡し要求を頑なに拒否するリスタ王家に恩義を感じる者、国自体の穏やかな雰囲気に感化されて丸くなった者など、徐々にいい影響が出て発展した国なのである。
その後、さすがに極刑ばかりでは問題があると二代目国王、すなわちリリベットの父親であるロイド・リスタによって法改正され、現在では犯罪歴のある移民に関しては、再度犯罪を犯した場合『死刑』か『国外追放』が施行されている。
しかし、人とは弱いものであり、全ての人が再び罪を犯さないということはない。
「視察の際、こやつの店にも寄ったのじゃが、どうにも怪しい感じがしたのじゃ。とは言え、ただの勘を根拠に表だって国民を疑うわけにはいかぬ」
「なるほど……疑わしいですが、証拠がないので困っているわけですね? では、私にお任せください。打ってつけの人物を知っております」
「ふむ……そうか? では、この件はマリーに任せるのじゃ」
◇◇◆◇◇
その日の夜、ククルズ商会の屋根の上に一人の人影があった。黒装束に黒い頭巾、その頭巾から微かに見える金髪が微かに輝いている。
「この業は、この国に来た時に封印したはずなんだけどな……まぁ、あの人に頼まれちゃやるしかないか」
この日の昼頃、マリーはこの人物の元に現れ『貴方だけが頼りなんです』と、調査依頼をしにきたのだ。その事を思い出したのか、男の口の端が僅かに上がる。そして、闇に溶け込むようにククルズ商会に消えていった。
数日後 ──
衛兵によって数々の密輸の証拠を突きつけられたオル・ククルズは、膝を落とし平伏すると泣きながら命乞いを始めた。
「お許しください! どうか命だけはぁ!」
衛兵隊と共に同行していたリリベットは、土下座状態のオル・ククルズの前に立つと
「お主は、我が国で再出発の機会を与えられながら、その期待を裏切ったのじゃ。その罪は重い! リリベット・リスタの名のもとにお主を『国外追放』とする! 大人しく衛兵に従うとよいのじゃ」
その沙汰により、オル・ククルズの『国外追放』が決定され、その数時間後には国外に放逐された。そして、その情報を事前に連絡されていたクルト帝国兵が、その場でオル・ククルズを確保、帝国内の禁制品密輸の罪で連行していったのであった。数時間後に、その事を報告されたリリベットは満足そうに頷くと、近くに控えていたマリーに
「マリー、ご苦労じゃったな。しかし、いったいどんな手段を使ったのじゃ?」
マリーは、リリベットの前に紅茶を出しながら、僅かに微笑みながら尋ねる。
「陛下は『義賊ゴールデン』の噂はご存知ですか?」
◆◆◆◆◆
『義賊ゴールデン』
活動時期がさほど長くないため、一部地域でしか有名ではないが、重い税を課して民衆を苦しめた領主の宝物庫から金品を盗み、民衆に分け与えた人物。その姿は黒装束と黒頭巾に身を包み二本のダガーを腰につけていたという、かすかに見える金髪が『ゴールデン』の名前の謂れである。
旅の吟遊詩人の詩によると、彼が盗みを働き民衆に分け与えるのは、領主が課した重い税のせいで妹を亡くし、その様な悲しい出来事が二度と起きないようにと願ったためだと言われている。しかも民衆にはあまり知られていないが、彼は盗みを働きつつも領主の違法な徴税の証拠を集め、その証拠を帝都に送りつける事で領主を没落させることに成功させていた。
領主の没落を見届けた彼は、逆恨みで領主に殺されたとも、旅に出たと言われており、その消息を知るものはほとんどいない。