第29話「変わらぬ日々なのじゃ!」
リスタ王国 王都 衛兵詰所前の広場 ──
リリベットの演説から、さらに二週間が経過していた。
現在、衛兵詰所の広場では衛兵たちの訓練が行われている。以前のようなゴルドとラッツの個人的な練習ではなく、衛兵隊としての正式な訓練だ。
女王リリベット・リスタの演説のあと、国民の国防への意識が高まり若者を中心に衛兵隊への志願者が殺到したのだ。そのため最近は練度の均一化を図るため訓練の日々が続いている。
あの事件以降、衛兵隊は花形と言える職業になり、かつて衛兵などと呼ばれていたのが、すでに懐かしい記憶である。新兵たちの前に立つゴルド隊長は、大きな声で号令を掛けている。それに合わせて新兵たちは一斉に素振りを繰り返していた。
そこに護衛のミリヤムを連れて、リリベットが視察に訪れたのだった。彼女はゴルドの姿を見ると、軽く手を上げながら声を掛ける。
「ゴルド、ご苦労なのじゃ」
「おぉ、陛下!」
号令を止めてリリベットの方を向くとニカッと笑った。しかしゴルドの号令が止まったため、一緒に素振りを止めた新兵たちに向かっては
「おらぁ、誰が休んでいいと言ったぁ!?」
と怒鳴りつける。慌てて訓練を再開する新兵たちに、何か懐かしいものを見ているような表情をしたゴルドは、頭を掻きながら再びリリベットの方を向くと用件を尋ねる。
「それで、今日はどんな用ですかぃ?」
「うむ、新兵が入ったと言うのでな、視察に来たのじゃ」
ミリヤムは、ぎこちなく素振りをしている新兵の方を見ながら呆れた顔をした。
「筋肉……こんな訓練で大丈夫なの?」
「まぁ鍛えていけばそれなりになるさ……って、前々から聞こうと思ってたんだが、その筋肉ってのはなんだ? 俺の名前はゴルドって名前だぜ、お嬢ちゃん?」
『お嬢ちゃん』呼ばわりが癇に障ったのか、ミリヤムはピクッと眉を吊り上げると腕を組みながらゴルドを睨みつける。
「誰がお嬢ちゃんよ! 私、あんたの四倍は生きているわよ!?」
「そりゃ失礼。お嬢ちゃん、色々あんまり育ってないようなんでなぁ……がはははは」
ゴルドはミリヤムのある一点を見ながら豪快に笑う。視線に気が付いたのかミリヤムは咄嗟に胸を隠しながら、キッとゴルドを睨みつける。
「どこ見ているのよ! 最低ね、この筋肉男!」
その二人のやりとりにリリベットは呆れた顔をしていたが、そこに訓練をしていた新兵たちの話し声が聞こえてきた。
「あの隊長と話している美人さんって、確か陛下の専属護衛をしている……」
「あぁ、今度新設される近衛の隊長になるって噂だな。その選抜にでも来たのかな?」
「本当か? 俺も選ばれねーかな? せっかくなら陛下の近くでお護りしたいし、暑苦しい隊長より美人のもとで働きてーぜ」
その言葉に長い耳をピクリと動かして、フフンッと鼻を鳴らしながらドヤ顔で勝ち誇っているミリヤムと、額に青筋を浮かべてプルプルと震えているゴルドが実に対照的である。ゴルドは新兵のほうへ振り向くと拳を振り上げて怒声を上げる。
「テメーら、聞こえてんぞっ! しっかりやれや!」
「ひっ! す……すみません」
怒鳴られた新兵たちは、必死に素振りを続けている。その様子に心配そうな表情でリリベットが嗜めた。
「ゴルド……ほどほどにじゃぞ?」
「わかってますって、あれぐらいなら大丈夫ですよ」
「それならばよいのじゃが……ところで今日はラッツはおらぬのか?」
キョロキョロあたりを見回すリリベットだったが、ラッツの姿は見当たらなかった。ゴルドは済まなそうな顔をして答える。
「あぁ、ラッツなら今日は非番ですぜ。最近はよくコウ老師のところに行ってるみたいですが、今日はどこ行ってるやら……」
「そうか、残念じゃな……最近会えてないのじゃが」
リリベットは寂しそうに、そう呟いた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り「狐堂」 ──
詰所を後にしたリリベットとミリヤムは、そのまま視察の続きをするために大通りへ向かった。街は以前の活気を完全に取り戻しており、商人たちの騒がしい呼び込み聞こえてくる。
それに満足したリリベットは、一月半ほど前に出来たファムの店「狐堂」の前で立ち止まり、呆れた顔をして看板を眺めている。
「な……なんじゃ、これは?」
手作り感溢れる狐堂の看板には、『リスタ王家ご用達』『陛下と騎士を救った店』という大きな看板が増設されていたのだった。店の真新しいドアの横には壊れたドアが立てかけられており、『その時、蹴破られたドア』と注釈が書いてあった。その影響なのか、狐堂は以前見たときより繁盛している様子だった。
気が遠くなりかけたのをなんとか持ち直し、リリベットとミリヤムの二人は狐堂へと足を踏み入れる。
「た……たのもーなのじゃ!」
その声にピクリと耳を震わせたファムが、カウンターから凄い勢いで駆け寄ってきてリリベットの前まで来ると、尻尾をバサバサと振りながら、わざわざ店中に聞こえるような大きな声で声を掛けてきた。
「おぉ、陛下ちゃんやないかぁ! いつもいつもご贔屓くれはっておおきに!」
その声に店内に居た客がざわめき始める。
「本当に陛下ちゃんだわ、王家ご用達って本当だったのね!?」
「品質も確かということかしら?」
という声が聞こえてくると、リリベットは頭を抱えながら小声でファムに向かって
「……少し話があるのじゃ」
と告げるのであった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り「狐堂」の客室 ──
その後、店内の奥へ通されたリリベットとミリヤムは、革のソファーに座っていた。対面にはファムが座っている。リリベットは机を叩きながら立ち上がった。
「あの表の看板はなんじゃ! あんなものを許可した覚えはないのじゃ!」
「えー真実やん? 陛下ちゃんよぅ来てくれるし、うちの店の薬で助かったんやろ?」
とトボけた顔で首を傾げるファム。
あの事件の折にマリーが持ってきたポーションは、この店から貰ってきたことをすでに報告を受けており、事態が落ち着いたあとドアの弁償も含め支払いも済ませている。
「と……とにかく外すのじゃ、あれでは国民が誤解するじゃろ!」
「え~やん、減るもんやないしぃ」
ファムは笑いながらパタパタ手を振っており、あくまで外す気はないようだ。リリベットは深くため息をつくと、最後のカードを切ることにした。
「わかったのじゃ、では後でマリーを連れてくるのじゃ」
マリーの名を聞いたファムは急に真顔になり、尻尾がぶわっと膨れ上がって震え始めた。
「そ……それだけは堪忍や……わかった、うちの負けや! 今から外してくるわ!」
ファムは棚から釘抜きのようなものを取り出すと、そのまま部屋から出て行った。リリベットはそれ満足そうに頷くとニコニコしながら見送った。しかし部屋から出たあと、ファムは立ち止まってニヤリと笑い
「くくく……今更外したところで、もう噂は十分広まってるからなぁ……陛下ちゃんは、おば様ネットワークを舐めすぎやわぁ」
と嬉しそうに呟くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り ──
リリベットとミリヤムが狐堂から帰る際、看板を確認するとちゃんと『リスタ王家ご用達』と『陛下と騎士を救った店』が剥がされていた。安心したリリベットたちは、王城に向かうことにした。
夕食の買出し時のせいだろうか、先程より賑わいを見せていた大通りを歩いていると、リリベットはその人混みの中からよく見知った金髪の青年を見つけ声を掛ける。
「ラッツ!」
突然名前を呼ばれたラッツは、キョロキョロと辺りを見渡しリリベットを発見すると、爽やかに微笑み手を振りながら近付いてきた。リリベットからは人混みで見えなかったが、どうやらもう一人同行者がいるようだった。
彼女の前に現れたラッツは、一人の少女の手を引いている。そして少女は笑顔でリリベットにお辞儀をしたのだった。
「お久しぶりです、陛下ちゃん」
「お主は確か……マ……いや、メアリー! そうじゃ、メアリーじゃったな?」
リリベットは、少し考えてから確認するように少女の名前を呼ぶと、メアリーは二パッと笑って頷く。このメアリーは数ヶ月前にあった火事の被害者で、ラッツに救出されたが後遺症でしばらく歩けなかった少女である。
「どうやら、元気になったようじゃな」
「うんっ、ちょっと前に歩けるようになったんだよっ」
嬉しそうにはしゃぐメアリーの姿に、うんうんっと頷くリリベット。とても穏やかな雰囲気だったが、ラッツと初対面だったミリヤムは警戒したのか怪訝そうな顔をして尋ねる。
「こちらの兄妹は知り合い?」
どうらやラッツとメアリーを兄妹と思ったようだ。確かにメアリーもラッツも同じ金髪で、歳の差も兄妹と言って差し障りはない程度だ。まったく知らない人が見れば仲の良い兄妹にしか見えない。
「ラッツとメアリーは、兄妹ではないのじゃ」
と首を振るリリベット。そしてプリプリと怒り出して、頬を膨らませるメアリー。
「そうですよ! ラッツお兄ちゃんは、私の婚約者なんですから!」
「ちょっ!?」
メアリーの発言に慌てるラッツ、ミリヤムはラッツを蔑むように睨みつける。
「あんた、こんな小さい子に手を……?」
「いやいや、出してませんからね!?」
ラッツは必死に弁解しているが、ミリヤムは一切信じる様子はなかった。そんな姿を見てリリベットは、普段と変わらぬ日常を改めて感じたのか
「あははは、まったく変わってないのじゃ」
と言いながら大笑いしたのだった。
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『狐堂』
異国の商人ファムが、リスタ王都の大通りに無理やり住みつき開店したお店。
主に生活雑貨や輸入品を販売しているが、どこのルートから仕入れてきたのか、リスタ王国ではこの店しか買えない物も多い。
場所や店主のファムの手腕がいい事もあり、看板を外した後でも変わらず大繁盛しているようだ。




