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第2話「傭兵なのじゃ!」

 リスタ王国王都 衛兵詰所 ──

 

 いかにも傭兵崩れといった風貌のその男は、眠そうに欠伸をしていた。この大男はリスタ王国衛兵隊長のゴルドである。あまりに暇だったのか、同じテーブルで報告書を書いている新兵のラッツに向かって


「暇だな……おい、ラッツ! 何か面白いことやれ」


 完全にパワハラ親父である。突然そんな事を言われたラッツは、苦笑いを浮かべながら


「いやいや、無茶振りにも程があるでしょ」


 そんな他愛もないやり取りをしていると、突然入り口の方から子供特有の可愛らしい声が聞こえてきた。


「なんじゃ、何か面白いことをやるのか?」


 ラッツとゴルドの二人が声の方を見ると、リリベットが期待に目を輝かしていた。その姿を確認したラッツは、挙動不審気味にキョロキョロと周りを見渡す。


「あっ、陛下……また来たんですか? それじゃ、マリーさんも一緒ですか?」

「マリーなら来てないのじゃ」


 それを聞いた瞬間、崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏すと

 

「じゃ、どうでもいいや」

「なんじゃと! お主ら、わたしの扱いが雑ではないか?」


 両手を振り回して、ぴょんぴょん跳ねている姿がとても可愛らしい。そんな様子を生暖かく見ていたゴルドが

 

「それで陛下、今日はどんな用ですか? ここ最近は、平和すぎて衛兵の出番がないんですがね」

「衛兵が暇なのは街が平和って事ですけど、こう暇だと衛兵(ごくつぶし)と呼ばれちゃいそうですよ」


 続けて顔を伏せたままのラッツが、気だるそうな声で言う。


「安心せよ、すでに呼ばれておるのじゃ!」


 リスタ王国は、温厚なお国柄なのか犯罪数は極めて少なく、そもそも刑務所と呼ばれる施設が存在していない。とある理由から一部の移民は、罪は軽くて『国外追放』、重くて『死刑』の二択であるため、衛兵も二百名程度しかいないのだが十分治安は維持されている。

 

「ごほんっ、それで本日の用件じゃが……視察に行くぞ!」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大通り ──


 今回、衛兵らに与えられた仕事(ミッション)は、女王自ら街の様子を見て廻る、所謂視察(さんぽ)の護衛役である。


 通常であれば女王付きのメイドであるマリーが付き従うのだが、今回は別件で同行できなくなった為、せっかくの視察(さんぽ)が中止になるところだった。しかし、駄々をこねて『衛兵を護衛につければ……』という言質を、マリーから引き出す事に成功したリリベットは、衛兵を連れて出かけることにしたのだ。

 

「ふむ、なかなかの賑わいのようじゃな」


 大通りを見回しながら、そう呟くリリベット。そして、その後にはマリーにいいところを見せるため、護衛役を買って出たラッツが付いてきていた。


「そうですね~……俺、この国に来たばかりですけど、凄くいい国だと思いますよ。活気はあるし、国民はいい人ばかりだし、隣のクルト帝国は領によって差が激しいですからね」


 クルト帝国とは、ムラクトル大陸の大半を国土に持つ帝政国家で、このリスタ王国の国境は、北のノクト海を除けば全てクルト帝国に接している。その為、リスタ王国は帝国内の自治領と勘違いされることも多い。


「おっ、陛下ちゃんじゃねーか! お散歩かい?」


 陽気にそう話かけてきたのは、屋台でお菓子を売ってる中年男性。リリベットは、フンッとソッポを向きながら


「視察じゃ! し・さ・つ!」


 そんな可愛らしい様子を笑いながらお菓子屋の親父は、屋台から棒付きの飴を一本取り出すとリリベットに差し出す。


「ほら、持ってきな。いい子にはご褒美だ!」

「なんじゃと、よいのか? お菓子を食べると虫歯になると、マリーから怒られるのじゃが……国民からの献上品とあらば仕方ないのじゃ」


 目を輝かせながら納得するように、うんうんっと頷きながら差し出された飴に手を伸ばす……が、偶然通りかかった女性の悲鳴の様な声で手を止めてしまう。

 

「きゃぁぁぁ! あんた、何やってるのさ! 陛下ちゃんに直接渡しちゃいけないって言われてるだろ!?」


 お菓子屋は、ハッ! と気が付き、飴を引っ込めるとリリベットは虚空をワキワキと握りながら


「あぁぁぁぁ……」


 と悲しそうな顔で項垂れる。その様子にお菓子屋は申し訳なさそうな顔で


「ごめんな、陛下ちゃん。オジさんも命は惜しいんだ! 今度、マリーさんがいる時に改めてやるから、なっ?」

「ぐぬぬ……」



◇◇◆◇◇



 その後も行く先々で色々と貰いながら、視察(さんぽ)も終わりに近付いていた。後ろについて来ているラッツは、すでに荷物運び状態である。そんな様子を心配でつけて来ていたゴルド隊長は

 

「あいつ護衛なのに両手塞がってんじゃねーか。何してんだ……」


 献上品を一杯貰ったリリベットは、ホクホク顔で曲がり角を指差しながら


「あの角を曲がったら終了なのじゃ」


 その時、突然ガシャーン! という大きな音が響き渡った。

 

「なんじゃ!?」


 角に向かって勢い良く走り出すリリベット、遅れてラッツが続いて角を曲がる。その先では、酒瓶を片手に剣を振り回している大男が暴れていた。その状況を見た瞬間、ラッツは持っていた荷物を投げ出すと、腰の二本のダガーを引き抜きリリベットの前に出る。その背中からは、リリベットの悲しみの声が聞こえてきた。


「あぁぁ、お土産がぁ……」

「すみません、仕事をします!」


 そう言うと大男の前に駆け出すラッツ。衛兵の仕事は王都の治安維持である。断じて荷物運びではないのだ。


「おい、お前! 大人しく投降しろ!」


 いきなり前に現れたラッツを、うっとしそうに見下ろす大男。近付いてみるとラッツの頭二つは多い巨漢だ。


「なんだ、テメー! 邪魔すんなっ!」


 という怒声と共に振り降ろされる剣を、ラッツは二本のダガーを交差させて受け止める。……が、如何せん体格差が激しく押し込まれてしまい、動きが止まったところに前蹴りを入れられ吹っ飛ばされた。

 

「ぐぁ」


 痛みに堪えながらも、すぐに立ち上がって構えなおすラッツ。立ち上がったラッツに大男の剣が再び襲い掛かるが、今度はまともに受け止めず受け流したり避けたりしながら何とか耐える。しかし、リーチの差が激しく攻撃には移れない様子だった。それをオロオロしながら見守るリリベット。


「何をやっておるのじゃ、早く倒さんか!」


 そう叫ぶと、その横に突然巨大な影がぬぅっと現れた。

 

「まったく護衛対象を放っておいて何してやがんだ、あいつぁ」


 頭を掻きながら現れた、その大男は衛兵隊長のゴルドであった。その顔を見て、一瞬安心した顔になったリリベットだったが、すぐに怒りだして


「遅いぞ、ゴルド! お主の事だから、どうせ後ろから見ていたのじゃろ?」

「ははは、さすが陛下! お見通しでしたか」

「世辞はよいから、早くラッツを助けるのじゃ」

「王命とあらば……って、やべぇ、剣持ってきてねぇわ」


 やっちまったな~と額をペシペシと叩きながら、のろりとラッツと大男の方へ歩いていくゴルド。そこに丁度蹴り飛ばされたラッツが吹き飛んできた。同時に転がったダガーを拾いながらゴルドは

 

「おぅ、ラッツ! 苦戦してんじゃねーか。これちょっと借りるぞ」

「た……隊長!」


 そのままラッツの横を通り過ぎたゴルドは、大男の前まで歩いて近付く。

 

「元気がいいねぇ、あんちゃん! 元傭兵かい? 俺もだよ」

「はんっ、テメェなんて知らねーよ! 俺様は十人斬りのバルザ様だぜ」

「十人斬りと来たか! そいつは豪気だねぇ」


 楽しそうに笑いながら、バルザと名乗った大男に向かってゆっくりと歩き出す。近付いてくるゴルドの武器を見てニヤリと笑いながらバルザが剣を振り下ろす。


「でけぇ図体のクセに、情けねぇ武器だなっ!」

「まぁ、得意な獲物ではないな……っと!」


 一瞬の出来事だった。

 

 ゴルドは振り下ろされた剣を半歩右に避けながら懐に入ると、ヒュンッ! と言う音と共にバルザの肩を、下から振り上げるように縦に斬る。次の瞬間、バルザの右腕はだらんっと下がり、持っていた剣を落としてしまった。


「な……なんだ? う……腕があがらねぇ」

「まぁ、上がらんだろうさ……腱が切れてるからなぁ」


 ゴルドは興味のなさそうに言うと、バルザが落とした剣を拾いながら


「そういや名乗ってなかったな~……俺の名前はゴルドって言うんだ。まぁ短い間だろうが、よろしくな!」


 その名前を聞いた瞬間、バルザはブルブルと震えながら青い顔になる。


「ゴ……ゴルドって……まさか、あの百人ぎ……」


 ヒュン! っという風を斬る音と共に、バルザがその後を口にする事は永遠に訪れなかった……。





◆◆◆◆◆





 これは傭兵をやっていた一人の男から聞いた話である。

 

 その昔『百人斬りのゴルド』と呼ばれていた傭兵がいた。とある戦いで、殿(しんがり)を任されたその男は、重症を負いながらも追っ手の兵士を全て倒し生還した。その数、百余名であったという。その戦いの際、血脂で武器が使えなくなると、相手が落とした武器を拾って戦った事との逸話から『百武器のゴルド』とも呼ばれている。

 

 そんな『百人斬りのゴルド』だったが、負傷から復帰する頃には自らの奮戦で無事に生き残っていたはずの仲間たちは全員戦死していた。彼が療養中に雇い主(領主の息子)が無茶な命令で下し、部隊を全滅させていたのである。その話を聞いたゴルドは、その雇い主を怒り任せに斬り殺してしまい帝国内でお尋ね者になる。その後、逃走した彼の消息を知る者は少ない。

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