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第22話「関所なのじゃ!」

 リスタ王国 王都 大通り ──


 商人ファムとの謁見から数日後、以前密輸の罪で国外追放になり空き家になっていたオル・ククルズの店に、いつの間にか手作り感溢れた『狐堂』という看板が取り付けられていた。店内には工芸品から生活雑貨まで雑多に置かれており、客入りもなかなかのようで随分と繁盛しているようだった。


 マリーを連れて視察に訪れていたリリベットは、その様子を見て呆れた顔で一度溜息をつくと、ズンズンと店の中に入っていく。


「たのもー!」

「おー陛下ちゃんやないか! さっそくうちの店に来てくれはったんやな、嬉しいわぁ」


 リリベットたちをにこやかに出迎えてくれたのは、最近再出発(リスタート)した商人のファムだった。今日は濃い茶色のエプロンをしており、どこから見ても立派な看板娘風の装いだ。リリベットは、そんなファムに向かって指を突き出しながら


「嬉しいわぁ……ではないのじゃ! 誰の許可を得て、ここに店を出しておるのじゃ!」


 と問い詰めると、ファムはドヤ顔で胸を張ると尻尾をパタパタ振りながら答える。


「ヘルミナちゃんや! 数日前に『店持ちたいんやけど』って相談に行ったら、『今とても忙しいのです。その辺の空き家でも利用すればいいのでは?』とゆーとったわ」


 それを聞いて頭を抱えるリリベットに、マリーが小声で耳打ちする。


「プリスト閣下は最近叙任式の準備で忙しいようですし、完全に生返事ですね……」

「ぐぬぬ……」


 そんなリリベットたちに対して、とても上機嫌なファムが鼻歌混じりに


「いやぁ、まさかこんな一等地が空いてるとは思わへんかったわ~」


 と浮かれている。こうして『狐堂』がリスタ王国の大通りに勝手に開店したのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 宿『枯れ尾花(ガスト)』 ──


 その日の夜、目深に漆黒のフードをかぶった女性が、宿『枯れ尾花』に訪れていた。マントに隠れているが長いスカートや、首周りの細さなどでなんとか女性だとわかる。宿の主であるロバートは、訪れた女性をカウンターから一瞥すると軽く溜息をつく。


「また来たのか……お前も懲りないな」

「ロバートさん、何か情報は……?」


 とても静かだが透き通るような綺麗な声が、黒いフードの奥から聞こえてきた。ロバートは首を振りながら答える。


「いや、新しい情報はまったくないよ」

「そうですか……」


 と言い残すと女性は、踵を返してドアの取っ手に手をかける。その背中に、ロバートは持っていたコーヒーカップを掲げながら声を掛ける。


「おい、コーヒーでも飲んでいかないか?」

「……いえ、(わたくし)は」

「いいから付き合いな。若いのは、たまには老人の小言を聞くもんだ。珍しいコーヒーが手に入ったしな」


 ロバートは席を立つと、カウンターの奥から新しいカップとポットを持って戻ってきた。女性は仕方がないといった様子で取っ手から手を離し、彼のいるカウンターの前に歩いていく。


 ロバートはカップにコーヒーを注ぐと、スッとカップを女性の前に差し出した。紅茶のような水色をしたそのコーヒーは、とてもフルーティな香りを漂わせている。


「……ありがとうございます」


 カップを受け取ると、一口だけ口にして再びカウンターに戻す。その様子にロバートは笑いながら尋ねる。


「なぁ、今の仕事も悪くはないんだろ?」

「……えぇ」


 微かに頷く女性にロバートは優しげな瞳を向け、諭すような口調で言葉を紡いでいく。


「もう六年になる……そろそろ人並みの幸せを考えてもいい頃だと思うぞ。お前さんは器量もいい、結婚とか考えんのか?」

「…………」


 無反応の女性に、諦めた表情でロバートは深い溜息をつく。


「さすがに、もう首謀者の足取りは掴めんだろう。そろそろ諦めて……」


 ガシャーン!


 大きな音と共にコーヒーカップが粉々に砕け散り、あたかも血のようにコーヒーが飛散した。コーヒーカップがあった場所には一本の巨大なナイフが突き刺さっていた。


「諦める? 諦めるですか……それだけは、ありえません。必ず……必ず追い詰めて、血の制裁を……」


 フードの奥から少しだけ見えた赤い瞳には、六年前から衰える事なく復讐の炎が燃え盛っていた。それを感じたロバートは、それ以上何も言えなくなってしまうのだった。


 女性はナイフを引き抜くと、内ポケットから金貨を一枚取り出してカウンターに置く。


「すみません……カップの代金はこれで。それでは、(わたくし)はこれで……また来ます」

「あぁ……」


 かつては『黒狼』として名を馳せていたロバートだったが、自分の半分も生きていない女性に恐怖を感じ、そう短く返事をするがやっとだった。


 女性はフードをさらに深くかぶると、宿から静かに出ていく。その後姿を見送ってから、ロバートはカウンターの下で握りしめていたナイフを離して、震える手で冷めてしまったコーヒーを飲むと


「あの殺気、全然衰えてないな……本当に現役時代に会わなくてよかったぜ」


 と呟くのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 国境付近 西の城砦 ──


 リスタ王国の王都から馬で三時間ほどの位置にある西の城砦は、クルト帝国レティ領に面している砦だ。小さいながら都市機能があり人口は三千程度である。


 砦に駐在する騎士は五十名、その従士が百名おり、総勢百五十名でリスタ王国西方の国境を護っている。その他、砦には飯炊きや雑務などを行う民間人も数百単位で仕事に就いている。


 この砦の主はミュルン・フォン・アイオで、リスタ王国の騎士団である『リスタの騎士』の副団長も務めている。現在砦内にある訓練場では、そのミュルンと若い騎士が剣を交えていた。


 ミュルンはロングソードと白銀の鎧に身を纏い、同じく白く輝く白銀のカイトシールドを装備している。対する若い騎士は、鈍い鋼の鎧に大振りの両手剣を持っていた。


「どうした、ケルン卿? 息が上がっているぞ」


 ミュルンは肩で息をしている若い騎士に、ニヤリと笑いかけると発破をかけた。


 ケルン卿と呼ばれた若い騎士は、半月後に正式に『リスタの騎士』として、叙任されることになっているライム・フォン・ケルンである。ライムは疲れて下がりかかった腕に力を入れなおし、ミュルンに向かって剣を構えた。


「はぁはぁ……まだまだぁ!」


 そのまま一合、二合と打ち込むが両者の実力差は明白で、ライムの剣はミュルンの盾に受け流されて、徐々に体力を消耗させていく。しかし結局腕が上がらなくなり、力尽きるように膝をついてしまった。


「戦場でも座り込むつもりか?」

「くっ」


 剣を地面に突き刺し無理やり立ち上がるが、やはり剣は持ち上がらないようだった。その様子を見守るように見つめていたミュルンだったが、首を横に振りながら忠告する。


「やはり剣が合ってないのではないか?」

「いえ……名とともに父から託されたものですから!」


 ライムの持つ大剣は、元々は彼の父ザラロが持っていたものである。ザラロは筋肉の鎧を纏っているような大柄な男だったが、ライムはどちらかと言うと線の細い青年だった。


 ミュルンはライムに近付くと、彼の胸甲を軽く叩く。カツーン! という金属音と共に振動がライムに伝わった。


「君が継ぐのは名と意思だ。その(ざま)では王と国、そして国民を護れんぞ」

「くっ……」


 ミュルンの言葉に悔しそうな顔をしながら、ライムは大剣から手を離すのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西の城砦 関所 ──


 その頃、入国管理をしている関所では、クルト帝国から馬車に乗った商人が訪れていた。関所では騎士二名、従士四名が守っており、一人一人入国する者を確認している。


「次の者!」

「へぇ」


 いかにも商人風の中年の男性は、笑顔で入国用の書類と手形を騎士に差し出す。騎士は差し出された書類を確認しながら尋ねる。


「王都までだな? 荷は……酒か? ずいぶん多いな」

「へぇ、なんでも叙任式で振舞われるそうで」

「あぁ、叙任式の振る舞い酒か……むっ?」


 騎士が手形の裏側を確認すると、赤黒く染まっている箇所があった。


「これは……血か?」

「それはあっしの血でさぁ。お恥ずかしながら書類を書いているときに、紙でバッサリやっちまいまして……それより」


 笑顔の商人は御者台の横に置いてあった小型の酒樽を、騎士に差し出す。


「新しい騎士様が叙任されるそうですなぁ。これはあっしからの祝い酒でさぁ」

「むっ……これは賄賂に当たるのではないのか?」


 と騎士は厳しい視線を商人に向けるが、商人は笑顔を崩さなかった。


「祝い事ですよ、固いことは言わず……」

「そ……そうか? 確かに祝い酒ということなら、受け取らぬのも失礼かも知れぬな」


 酒樽を受け取った騎士は道を開け、馬車に通るよう手を振った。商人は馬車を進めながら騎士に向かって


「新しいリスタの騎士に!」


 と叫ぶ。見送った騎士は笑顔になりながら、小さな酒樽を掲げ応えたのだった。こうしてリスタ国内に、クルト帝国から酒樽を積んだ馬車が入国したのである。





◆◆◆◆◆





 『黒狼』


 かつては帝国内のとある街で、暗殺者ギルドのマスターをしていたロバートの異名。今は白くなってしまったが、美しい黒髪からその名で呼ばれるようになった。


 当人も凄腕の暗殺者で、複数の貴族殺しの罪で未だに帝国内では指名手配されている。老齢を理由に引退し、安住の地としてリスタ王国に移住、宿『枯れ尾花(ガスト)』の店主となる。現在でも培ってきたネットワークは健在のようで、裏世界の情報は収集しているようだ。

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