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第21話「商人なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 亜人の密航者が捕まった夜、就寝しようとしていたリリベットのもとに一通の報告書が届いていた。衛兵詰所からの物で、先ほど捕まった密航者の調書だった。


 通常わざわざ罪人の調書に目を通すリリベットではないが、目の前で捕られたので気になっており、調書を取ったら届けるように伝えておいたのだ。


 眠い目を擦りながらリリベットは調書に視線を落とす。


「ふむ……名前はファム。種族は狐人とな? あの耳、犬じゃなかったのじゃな。職業は行商人……出身は、やはりザイル連邦じゃったか。容疑はグレートスカル号への不法侵入、密入国、それに衛兵への暴行?」


 大きな欠伸をするリリベット、そして最後の一行に目を通す。


「陛下への拝謁を望んでおり……じゃと?」


 リリベットは生まれて初めて見た亜人(デミ)を思い出しながら微かに興味を覚え、サイドテーブルのベルを持つと軽く振って鳴らす。


 チリーン!


 という綺麗な音と共に、マリーが控えの間から入ってきた。


「御用でしょうか、陛下?」

「うむ、詰所に使いをやって、明日の朝ファムという囚人を連れてくるように伝えて欲しいのじゃ」

「わかりました」


 マリーは頷くと部屋から出て行った。それを見送った後、リリベットはそのままベッドに潜り込み、溶け込むように眠りについたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 翌朝、リリベットがマリーを連れて謁見の間を訪れると、すでに玉座の前で、ファムがグルグル巻きの状態で座らされていた。その横にはレイニーと引っ掻き傷だらけのラッツが控えている。リリベットは彼らを一瞥すると、そのまま玉座に座った。


「ラッツ、その傷はどうしたのじゃ?」

「はっ、こちらの囚人が調書を取ってるときに暴れまして……」

「なるほど、それで容疑に『衛兵への暴行』が加わってたのじゃな。それでファムとやら、わたしに会いたいと申していたそうじゃが?」


 レイニーがファムの猿轡(さるぐつわ)を外すと、ファムは勢いよく喋りだす。


「うちは、この国の不当な扱いに断固抗議するで~」

「ほぅ、不当な扱いじゃと?」


 縛られたファムがフサフサの尻尾を、地面に叩き付けながらラッツを睨み付ける。


「こいつ、うちの胸触ったんや~」


 その言葉にリリベットの横に控えたマリーは、凍るような軽蔑の眼差しをラッツに投げかけながら


「へぇ……?」


 と呟くのだった。ラッツは慌てた様子で首を振って否定する。


「いやいや、マリーさん!? 誤解ですからね! こいつが突然椅子を持って暴れるから、取り押さえた時に不可抗力で……」

「触ったんじゃな?」


 リリベットが冷静にツッコむと、ラッツは肩を落として頷いた。


「仕方ないのじゃ……衛兵への暴行については不問に処すのじゃ」

「やりぃ! じゃ、この縄ほどいてや~」


 自分が有利になったと勘違いしたのか、ファムは調子に乗って解放に要求したが、リリベットは溜息をつきながら答える。


「何を言っておる、お主の罪は『グレード・スカル号への不法侵入』と『密入国』なのじゃ。我が国の法に従えば国外追放じゃな。通常ならクルト帝国側に放り投げるのじゃが……知らない他国に追放するのは、さすがに忍びない。グレート・スカル号が帰港後、樽にでも詰めて送り返すのじゃ」


 その沙汰を聞いたファムはジタバタと暴れて、大声で騒ぎ始めた。

 

「い……嫌や~送り返したら噂を流すで! この国の衛兵に乱暴されたって、騒ぎまくってやるわぁ! 国の信用ガタ落ちやなぁ」


 それを聞いたリリベットは、冷たい視線をファムに投げかけなが、感情のこもってない声で呟く。


「追放が嫌なら、死刑なのじゃ」

「……えっ、なんやて……さっきこの国の法ではって……」


 少し怯えた表情になったファムの問いに、リリベットはきょとんとした顔で首を傾ける。


「連邦ではどうか知らぬが、この国では法の上に王がおるのじゃ。お主が我が国を貶めるというのなら、わたしは王の権限を持ってお主に死刑を命じることにするのじゃ」


 そう告げながらニヤリと笑うリリベットに、脂汗をかきながら青ざめていくファム。実際にはそれなりの手順が必要なのだが、そんな事は知らないファムは縛られた体勢から、器用に頭を地面に擦りつけながら謝り始めた。


「すまんかった~冗談や、許したってぇ~。そ……そうや、うちの商品から一つだけなんでも欲しいもんやるわ、それで堪忍してや~」

「これで贈賄が追加じゃな……元々『国外追放』でも『死刑』でも、お主の荷物(私財)は全て没収なのじゃ」

「な……なんやてぇ~!? 商人から商品を巻き上げるとか、なんちゅうがめつい国や! 信じられんわ!」


 散々わめき散らしたファムの犬のような耳がピーンと立ち、何かを思いついた顔で喋り始める。


「そ……そうや、確かこの国では、やり直しのチャンスが貰えるって聞いたで?」

「それは罪を悔い改めて、この国の国民になった場合のみだから無理じゃな」


 なかなか諦めないファムに、リリベットはため息をつきながらそう答えた。


「国民になればいいのやな? なるなる! うち、この国の子になるで~。それに船に潜り込んだのもザイル連邦内やし、その流れで密入国してもーたんや、ここは一つ国外の罪っちゅーことで堪忍してや~」


 もちろんただの詭弁であるが、ファムの良くまわる口に根負けしたのか、それとも面倒くさくなったのかリリベットは諦めた表情になり

 

「えぇぃ、もうよい! わかったのじゃ!」


 と言い放つと、リリベットは玉座から立ち上がり、ファムに手を向けながら


「リリベット・リスタの名のもとに、お主を我が国民と認め再出発(リスタート)の機会を与えるのじゃ! これまでの罪を改め、我が国と国民のために誠意ある行動を求めるとともに、再度罪を犯せば厳罰をもって処されることを肝に銘じるがよいのじゃ!」


 と宣言するのだった。それに合わせてレイニーが短剣でファムの縄を切り解放した。


「おぉ、助かったで~」


 解放されたファムは嬉しそうに立ち上がると、伸びをしながら尻尾をパタパタ振っている。そのファムにリリベットは


「諸手続きや、この国については、そこにいる衛兵や街のみんなに話を聞くといいのじゃ」


 と言い残し、謁見の間から出ようと歩き出したが、慌ててファムが声を掛ける。


「ちょいまちぃ~! 本題はこれからやっ!」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 財務大臣執務室 ──


 それからしばらく後、それほど広くない執務室にリリベットとマリー、財務大臣ヘルミナ、衛兵のレイニーとラッツ、それにファムの六名が詰まっていた。リリベットの隣にファム、机の向こうにヘルミナがそれぞれソファーに座り向かい合い、残りは立っている状態だ。


「それで陛下、こちらの亜人(デミ)はどなたでしょうか? この部屋にあまり部外者は入れたくないのですが……」

「ふむ、このたび国民になったファムなのじゃ。なにやら交易について一言物申したいと言うので連れてきたのじゃ」

「交易についてですか……まぁ陛下の頼みであれば仕方がありませんね。私はヘルミナ・プリスト、この国の財務大臣を務めています。よろしくお願いしますね、ファムさん」


 と言いながら席を立つと、ファムに向けて握手を求めた。ファムも席を立ちながら握手する。


「よろしゅー頼むわ~」


 二人は手を離すと、同時にソファーに腰を落とした。


「それで交易についてでしたか?」


 ヘルミナは「どうぞお話ください」と言わんばかりに、ファムに掌を向けた。


「アンタら、酒と一緒に連邦名産のケレナの実を買っていったやろ? あれも悪くないが、うちなら他のを選ぶわ~」

「……と言いますと?」

「今年のケレナの実はあんまり出来がよーない、アレじゃ大した利益は望めへん」


 その言葉にヘルミナは、グレート・スカル号によって持ち込まれたケレナの実を思い出しつつ


「確かに、あまり今年のはあまり出来がよくなかったですね。今回の主目的はお酒だったのであまり気にしませんでしたが、それでも利率が多少下がるだけで、赤字まではいかないはずですよ」

「それじゃ、いつまで経っても儲からへんやろっ!」


 その後、しばらくヘルミナとファムの商売についての激論は続いた。すでに飽きたのか、リリベットはソファーでスヤスヤと寝てしまっている。


「なるほど、つまり商人ならではの視点が必要だとおっしゃいたいわけですね?」

「そうや、うちをアドバイザーとして雇わへんか? 絶対損はさせへんでぇ!」


 握手を求めて手を差し出してきたファムを見つめながら、指を組んだヘルミナは少し考える素振りをしてから


「検討します」


 と短く答えた。その回答に脱力しながらファムは崩れ落ちる。


「即決やないんかいっ! ほんまお役所仕事やな~……まぁええわ、元々この国で店構えるつもりで来たんやし、決まったら声かけてーや」


 そう言って立ち上がると、ファムの尻尾が寝ているリリベットをくすぐるように撫でた。その瞬間寝ぼけたリリベットが尻尾に抱きつき、驚いたファムは変な声を上げた。


「ひゃぁぁぁぁ! や……やめてや~尻尾は弱いねんで~」


 しかし、その抗議もぐっすり寝てしまっているリリベットの耳には届かないのだった。





◆◆◆◆◆





 『商人ファム』


 狐人という少数民族の少女。大きな耳とふさふさな尻尾を持っている。


 生まれはザイル連邦でもそこそこ大きな商家の出だったが、実家はすでに没落し一家は離散。数年間行商人とし活動後、再度ザイル連邦の首都で旗揚げしようとしたが、昔のしがらみのため失敗した。


 持ち前の明るさと行動力で、新天地を求め他の大陸の移住しようと考えてた時に、偶然リスタ王国のグレート・スカル号を発見し忍び込んだ。


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