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第20話「亜人なのじゃ!」

 クルト帝国 某歓楽街 ──


 半月を雲がさらに半分ほど隠している深夜、歓楽街にある怪しげな店の二階で二人の男たちが酒を飲んでいた。人払いをしてあるその部屋は薄暗く、むせ返るような濃い香が炊かれている。


 彫刻のように整った顔をした男が、顔に包帯を巻いた男に向かって嘲笑交じりに言う。


「くくく……ひどい顔だな、見るに耐えんぞ」

「うるさい……っう!」


 包帯の男は叫んだ拍子に傷が痛んだのか、鼻を押さえながら悶えて蹲る。しかし、その様子がさらが嘲笑を招き、包帯の男は苛立ちまぎれに銀製の杯を呷ると、力任せにテーブルに叩きつけた。


「くそっ、あの小娘も! あの国も絶対に許さんっ! だいたいあの程度の小国など、叩き潰してしまえばよいのだ!」

「……どうするつもりだ?」


 その問い掛けに包帯の男はニヤリと笑いながら、首を掻っ切るポーズを取る。


「あの小娘をやっちまえばいい。あの国には小娘以外は王の資格がないのだから、奴さえやればすぐに国自体滅ぶしかないっ! ふっはははは」


 自分の考えに酔ったのか、それとも酒に酔ったのかわからないが、包帯の男は悦に入った表情で笑っていた。そんな様子にもう一人の男の眉が上がる。


「あの国の存続は、恐れ多くも皇帝陛下の御意だぞ?」

「ふはははは! その状況になれば、陛下も間違いに気が付くはずだぁ」


 すでに包帯の男の目は血走っており、聞き耳を持たない感じでブツブツと呟き始めた。その様子にもう一人の男がニヤリと笑うと、包帯の男に聞こえないような小声で呟く。


「……バカな奴だ」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 大広間 ──


 男たちの怪しげな密談から日が変わって太陽が真上に輝く頃、リスタ王国の王城にある一室では会議が開かれていた。会議への参加者は各大臣と宰相、そして女王リリベットである。


 通常の会議であれば関係大臣のみで行われ、大きな議案であっても宰相までの出席が普通である。本日のようにリリベットが参加する御前会議は珍しいことだった。


 リリベットが参加していることもあり、いつもよりピリッとした空気の中、ケルン卿『叙任式』やリスタ祭の事後処理、今後の行事のスケジュール等を含む、様々な国内外の議案が話され決定されていく。


 かれこれ二時間ほど続いた会議も、そろそろ議案も尽きたかと思われる頃、それまで黙って頷くだけだったリリベットが口を開いた。


「私からも一つ提案があるのじゃが、よいじゃろうか?」


 議長を務めていた宰相が頷くと、右手の掌をリリベットに差し出し発言を許可した。


「もちろんです、陛下。どうぞご発言ください」

「うむ、実は国民の学力を上げたいと思っておるのじゃが、皆の意見を聞きたいのじゃ」


 というリリベットの言葉に、大臣の一人が挙手をして議長の許可を取り発言を始めた。


「それは今ある学習塾を、強化したいということでしょうか?」

「いや既存の学習塾ではダメなのじゃ。視察に行ってわかったことじゃが、学力に差があるものを一所に集めるやり方は効率が悪い」


 続いて、財務大臣ヘルミナが挙手して発言する。


「そうなると、ひょっとして『学府』の開設をお考えですか?」

「そうじゃ! 学び舎を新設し、国民により高度な教育を施したいのじゃ」


 ドヤ顔で頷くリリベットだったが、ヘルミナの顔は少し暗くなった。


「確かに私も国民の学力の向上に関しては賛成ですが、新設となると多大な費用が……」

「ううむ……なんとかならないかのぉ?」


 と上目遣いに訴えるリリベットに、一瞬グラっとくるヘルミナだったが、軽く首を振って姿勢を正して答えた。


「陛下のお考えであれば、予算に関しては少し考えてみます」

「うむ、頼むのじゃ!」


 そうニコリと笑うリリベット。しかし、他の大臣たちが


「既存の学習塾でもよいのではないですか? 国民の大半は読み書きと計算ができれば十分かと思いますが……」

「ワシも新設は不要かと考えます」


 などと口々に反対意見を述べていく。目を瞑り一通りの意見を聞いたリリベットは再び目を開き。


「ふむ、お主たちの意見はわかったのじゃ。ならば……お主たちは、わたしより長生きをして、わたしを支えてくれるのじゃな?」


 その言葉に大臣たちは息を飲む。ヘルミナを除く大臣は、先代国王の御世から代替わりしていない。つまり、ほとんどが中年から老人なのである。続けられても十年、二十年が限界であることは本人たちが一番わかっていた。リリベットの言葉は、そんな大臣たちに重く響いたのだった。


「た……確かに後進を育てるという意味では、必要かもしれませんなぁ」

「そうだな、ワシたちもいつまで続けられるかわからんからのぉ」


 徐々に賛成意見が増えていったが、やはり予算の問題に行き当たるのが小国ゆえの台所事情だ。結局この議題は宰相預かりとなり、今後も継続して会議にかけることになり、御前会議は終了するのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大通り ──


 御前会議の翌日、リリベットは女王付きメイドのマリー、それに護衛兼荷物持ちとしてラッツを同行させて視察(さんぽ)に出かけていた。


 暖かな日差しが心地よい絶好の視察(さんぽ)日和で、いつもどおり賑わいを見せている街並みを、微笑みながら眺めていたリリベットに()()は突然訪れた。


 雑踏の中で名前を呼ばれた気がしたリリベットが振り向くと、そこにはマリーとラッツが、瞬時にリリベットをかばうように前に出るほど怪しげな人物が立っていた。目深にかぶった大き目のフードに、体がほとんど見えない薄汚れた茶色いマントを羽織っており性別すらわからない。そして身の丈に合わない巨大なリュックサックを背負っていた。


「何者だ!? 顔を見せろ!」


 ラッツにしては、威圧的な喋り方をしながらダガーを抜く。


「なんや~物騒ですな~。この国の王様は気さくな方やと聞いとったんですが~」


 その怪しげな姿から発せられたとは思えない、やや間延びした愛嬌のある声、そして三大大陸の共通語だが、やや()()訛りの喋り方をした人物はフードを取ってみせた。


 フードから現れたのは、愛らしい顔のショートヘアの女性で、歳は十六、七といったところだった。そして頭の上に犬のような耳が生えており、リリベットは目を丸くしながら呟く。


亜人(デミ)なのじゃ……」


 亜人(デミ)── このムラクトル大陸では、とても珍しい種族で動物の耳と尻尾を持った種族の総称だ。その多くはムラクトル大陸北西のザッハール大陸の国家郡、ザイル連邦で暮らしていると言われている。


「ラッツ、剣を納めよ! 敵意は感じられないのじゃ」


 リリベットにそう言われて、ラッツはダガーを腰に戻した。それを見ていた亜人の女性はカラカラと笑う。


「あははは、噂通り話がわかりそうなお方や、あんさんがリリベット・リスタ女王陛下やろ? ほんまに普通に街中を歩いておるんやな、そこらにいるおばちゃんに聞いたときは信じられへんかったが……」


 ペラペラと喋り続ける女性の勢いに、若干引き気味のリリベットだったが、なんとか気を取り直して尋ねる。


「異国の方、いったい私に何の用なのじゃ?」

「おぉ、そうやそうや! せっかくの王族と話せるチャンス逃せないわ~。あの黒い船に七日間も隠れてるの大変やったんや、さすがに二ヶ月もかけてこれへんちゅーねん! いや~定期便出して欲しいわ~」


 その女性はべらべらと関係のない話を喋っているが、リリベットの眉が少し上がり、マリーがリリベットに耳打ちする。


「この方……グレート・スカル号での密航を自白してませんか?」

「そうじゃな……ラッツ! この者を捕らえよ、密航者じゃ!」

「えっ、あ……はい!」


 突然の命令に慌てた様子で縄を取り出すラッツ。それを見た女性は首を横に振りながら


「まっ……待ちぃや~! そんな殺生な~緊縛プレイの趣味はないで~」


 と言って逃げ出したが、明らかにバランスが悪いリュックのせいか豪快に転んでしまった。その隙きにラッツに追いつかれて捕縛された上、そのまま喚きながら衛兵詰所へ連れて行かれるのだった。





◆◆◆◆◆





 『ザイル連邦』

 複数の亜人(デミ)の国が集まったザッハール大陸の覇権国家。世界最大の商業国家でもある。


 ノクト海を通らなければ、ザイル連邦からリスタ王国へ辿りつくには、海路を大きく迂回の上に陸路を一月ほど移動しなくてはならないが、グレート・スカル号は七日の航海で辿り着くことができる。

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