第19話「騎士なのじゃ!」
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
その報せは朝食が終わったリリベットが、執務室に入室して仕事を始める前に訪れた。マリーに連れられ、控えの間から入ってきたのは白銀の鎧を着た女性騎士だった。
「陛下、失礼します。アイオ卿がいらっしゃいました」
その女騎士は一歩前に出て、右手を左胸に当てるリスタ式の敬礼する。
「ミュルン・フォン・アイオ。御目通り感謝いたします、陛下」
ミュルン・フォン・アイオはアイオ家の現当主。『リスタの騎士』の一人で副団長を務める人物だ。美しい銀髪と白銀の鎧で、かつては『銀の戦乙女』で呼ばれた女騎士で、剣の実力はすでに団長ボトス・フォン・リオンを越えるとも言われている。
リリベットは、久しぶりに見たミュルンの姿に笑顔を浮かべた。
「ミュルン、久しぶりなのじゃ」
「はっ、ご無沙汰しております」
「それで今日はどうした? お主が王都までくるとは珍しいじゃろう」
王都の守護をする衛兵とは違い、騎士団はリスタ王国の国境の守りが主任務になっている。そのため彼らは東西国境にある城砦に駐在している。レグニ領が面している東の城砦には団長のボトス、レティ領が面している西の城砦には副団長のミュルンが、それぞれ治めている。そのため彼女が王城へ登城する機会はとても少ないのだ。
「ケルン家の当主 ザラロ・フォン・ケルン卿に代わり、ご子息であるライム殿がケルンの名を継ぐ運びになりましたのでご報告に参りました」
用件のみを簡潔に報告するミュルンだが、それを聞いたリリベットの眉が少しだけ上がる。騎士家の家督に関してそれぞれの家に任せており、リスタ王家は相続に関しては口を挟むことはない。
「ザラロはどうしたのじゃ? まさか死んだのではあるまいな」
「それが他の騎士と訓練中に腰をやりまして……それを、よい機会と思ったようで隠居を決められたのです。もう少し、我々のような若輩の指導をしていただきたかったのですが……」
ミュルンは惜しそうな顔で答えたが、リリベットはほっと息をついた。
「わかったのじゃ、では通例通り一ヵ月後に叙任式を執り行うこととする。騎士たちには、その様に伝えるのじゃ」
「はっ」
ミュルンは、再び敬礼すると執務室から退室していった。ミュルンを見送ったリリベットは、すぐに三枚の指令書を書き始める。
それが書き終わると、タイを外して首にかけている指輪を取り出し、それぞれ指令書を丸めると蝋を垂らし指輪を押して封蝋として閉じた。この指輪はリスタ王家の紋章が彫ってあり、『王家の指輪』と呼ばれる王家の証の一つだ。リリベットの指が細すぎるため紐を通して首からかけているのだ。
「マリー、これを宰相、典礼大臣、財務大臣の三名に渡してきて欲しいのじゃ」
「はい、わかりました」
三通の手紙を受け取ったマリーは、リリベットにお辞儀をすると部屋から出ていく。そのマリーを見送りながら、リリベットは
「またヘルミナが頭を抱えそうじゃの……」
と呟くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 典礼大臣執務室 ──
典礼大臣とは、リスタ王国内で行われる式典等を取り仕切る部署の長のことで、先代国王の御世からフライ・ヘンシュが務めている。ヘンシュ大臣は見た目はやや小太りの中年男性だが、性格は温厚でとても人当たりのよい人物だ。
この部屋はヘンシュ大臣と財務大臣ヘルミナ・プリストが、リリベットからの命について話し合っていた。ヘンシュ大臣は額に伝った汗を拭きながら
「いや、しかし『叙任式』は一大イベントですからなぁ。やはりコレぐらいは……」
と前回の叙任式に掛かった予算をヘルミナに提示する。しかしヘルミナは資料を一瞥すると首を振った。
「先日リスタ祭があったばかりです。現在の国庫の状況では、とても捻出できません。もう少し予算を削減していただかなくては……」
この会議は、新しく『リスタの騎士』に就任することになったライム・フォン・ケルン卿の『叙任式』と『就任パレード』の予算についての話し合いである。国民からの絶大な人気を誇る、リスタの騎士の叙任を華やかに飾りたい典礼大臣と、今後のことを考えて予算を抑えたい財務大臣との戦いの場なのだ。
「……と言われましてもなぁ、通例通りの規模でなければ騎士たちの間で不公平感が生まれるでしょうし、何より国民が期待しておりますから、是が非でもこの予算でお願いしたい!」
ズズイと身を乗り出してくるヘンシュ大臣に、ヘルミナは少し怯みながらも首を振り、予算のリストを指差す。
「無い袖は振れません。せめてココとココは削減していただかなくてはっ!」
「むむむ……弱りましたなぁ」
毎回式典のたびに言い争いをしている二人だが、就任当初は反対勢力が強かったヘルミナに対して、ヘンシュ大臣は最初から味方しており、まだ大臣として経験の浅いヘルミナの相談にもよく乗っている。
そう言った経緯もあり、困った表情のヘンシュ大臣に弱いヘルミナである。
「仕方ありませんね。では……ここの削減では、どうでしょうか?」
「ふむ……そこならば、それほど見栄えを変えることなく出来るかもしれませんなぁ」
こうして一ヵ月後の『叙任式』に向けて準備が始まったのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 修道院併設 学習塾 ──
典礼大臣と財務大臣が会議をしている頃、リリベットとマリーの二人は学習塾へ視察に訪れていた。学習塾は孤児院の子供たちや、お金がない家の子たちに勉強を教える施設だ。
しかし勉強と言っても生活する上で、最低限必要な簡単な読み書きや計算だけである。運営しているのは修道士たちで、予算はリスタ王国の貯蓄資金から賄われている。
人の良さそうな笑顔の修道女に連れられて、リリベットとマリーは教室に使っている部屋に入室した。教室には四歳ぐらいから八歳ぐらいの子供たち(男子五人、女子三人)がおり、リリベットを見ると騒ぎ始めた。
「陛下ちゃんだ! わーい、どうしたの、何でいるの?」
周りにワイワイと集まり始めた子供たちに対して、リリベットは
「みんな、しっかり勉強しておるようじゃな」
とニコリと微笑むのだった。同時に修道女はパンパンと手を叩く。
「はいはい、お話は後でね! 皆さん勉強の時間ですよ、席に着いてくださいね」
「はーい!」
子供たちは素直に言うことを聞き、それぞれの席に着いた。リリベットはマリーに抱き上げられると、教室の一番後ろに用意された大人用の椅子に座る。
授業内容は簡単な算数だったが、その様子を見ていたリリベットが呟く。
「聞いてはおったが、本当に基礎の基礎しか教えておらぬのじゃな」
王城で英才教育を受けているリリベットからすれば、学習塾の授業など退屈な授業だった。しばらく聞いていると授業は終ったらしく、休憩時間になった子供たちが再びリリベットの元に集まりだした。
「髪、キレイ~」
「あははは、変なしゃべり方~」
などと、身分の差など気にせず思ったことを口にする子供たち。リリベットは特に気にしない様子で子供たちとの楽しげに会話を楽しんでいたが、調子に乗った悪戯好きな男の子が突然リリベットのスカートを捲りあげた。
「へへ~ん、王様のパンツ~」
いたずら好きな子供のやったことだったが、修道女は突然の出来事に
「なっ……なんてこと……」
と言いながら、気が遠くなってフラフラと倒れそうになっていた。その修道女を慌てて支えるマリー、そして騒ぎ出す子供たち。リリベットは平然な顔で
「これ、いたずらはいけないのじゃ」
と冷静に窘めるのだった。
あまりの反応の薄さに悪戯した男の子も、戸惑いながら首を縦に振っている。普段からマリーたちに着替えを手伝って貰っているリリベットである。この程度のことで羞恥を感じることはなかったようだ。
しばらくして気を取り直した修道女は、いたずらをした男子に拳骨制裁を加えた後、リリベットに土下座する勢いで膝をつきながら謝罪し始めた。
「へ……陛下、申し訳ありません。何も知らぬ子供がやったことです、罰ならば私に……」
首を振ったリリベットは、修道女に立つように手を差し伸べながら
「なに……気にする事はないのじゃ、今日はよい視察じゃった」
と微笑み感想を述べるのであった。
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『ミュルン・フォン・アイオ』
リスタの騎士団の副団長、西の城砦の主でアイオ家当主。十六歳の時に、アイオ家の家督を継ぎリスタの騎士となる。二十歳の頃には剣の腕、統率力が認められ副団長に就任した。
かつては銀の髪と白銀の鎧を身にまとっていることから『銀の戦乙女』の二つ名で呼ばれていたが、結婚後『乙女』と呼ばれることに本人が抵抗を感じるようになり、今ではあまり呼ばれなくなっている。
リスタの騎士に帝国貴族である「フォン」の名が残っているのは、帝国騎士の頃の名残である。