第1話「メイドなのじゃ!」
リスタ王国 王都 衛兵詰所 ──
ふんぞり返る幼女、その彼女を讃えるように膝を折るマッチョ、口をポカーンと開けて固まる新兵。その中で、いち早く新兵ラッツが我に返り、引きつった顔をしながら
「いやいや、隊長。さすがに、こんな小さな子が陛下なわけないじゃないですか、冗談が上手いな~」
「なっ! 信じておらぬじゃと!?」
自信満々に名乗り上げたのに信じて貰えないという、まさかの展開にリリベットはよろめきながら信じられないという顔でゴルドの方を見る。そんな顔を向けられたゴルドは、困った顔で肩を竦め仕方がないというジェスチャーをしながら
「いや、陛下……これが普通の反応です」
「だいたい女王陛下だというなら、なぜ俺たちの昼飯を盗み食いなんてしてたんです?」
「うぐっ……」
極々自然な疑問にリリベットはたじろぎ、俯き気味にボソボソと答える。
「……なのじゃ」
「え? なんて?」
ラッツには聴こえなかったらしく、改めて聞き直すと堰を切ったように
「城の料理は、冷めてて美味しくないのじゃ! やれ毒見だなんだと時間を掛けおって! 運ばれてくるころには、冷めておるのじゃ! それに今日はコックが休みで、あやつの当番じゃ……考えただけでも恐ろしいわ!」
リリベットは、そこまで一気に捲くし立てるとハァハァと息を切らしている。
「失礼致します……」
静かだが透き通った声……そう、まるで部屋の温度が一度は下がったと錯覚をするほど、透き通った声が突然聞こえた。その声に反応してリリベットはビクッと身震いすると、そのまま固まってしまう。ラッツが声のした方に振り向くと、部屋の入り口で赤い瞳と長い青髪が印象的なメイドが立っていた。その突然の訪問者に驚きつつも、ラッツが声をかける。
「……えっと、どちら様でしょうか?」
その声に反応して、メイドは華麗にカーテシーで一礼をすると、とても穏やかな声で
「お初にお目にかかります。私、女王陛下付きのメイドでマリーと申します。以後お見知りおきを」
ラッツは微かに頬を染め、頭を掻きながら照れくさそうに
「あっ、これは……俺はラッツっていいます、よろしく……って女王陛下ぁ!?」
未だにゴルドの冗談だと思っていたラッツは、マリーの言葉に驚きを隠せなかった。マリーはそのまま部屋の中にゆっくりと進むとゴルドの前で止まる。ゴルドは、すでに我関せずといった風に横を向いており、その後ろにはいつの間かリリベットが隠れていた。
「陛下、昼食の準備が整いましたのでお迎えに伺いました」
「マ……マリー、今日はこちらで頂こうではないか? そうじゃ、そうしよう」
「いけません。何が入っているかわからないものなど、陛下の口に入れるわけにはまいりません」
そのまま有無を言わさずリリベットを持ち上げ、小脇に抱えると片手でカーテシーのポーズを取り
「それでは失礼致します」
と言い残すと、すたすたと部屋の外に出て行ってしまった。それを見送りながら、ラッツはボーっと虚空を見つめ
「……綺麗な人でしたね」
それを聞いたゴルドは、生暖かい目をラッツに向けながら
「知らないってのは幸せだねぇ……」
◇◇◆◇◇
詰所から城へ向かう途中の街道 ──
リリベットを小脇に抱えながら歩いているマリー、無駄だとわかっているのかリリベットも無理に抵抗せず大人しく運ばれていたが、途中でやっぱり納得できなかったのか腕をパタパタ動かしながら抗議する。
「嫌じゃ~……お主の作るご飯は美味しくないのじゃ~!」
「栄養価は問題ないはずです」
しかし、その一言で一蹴されてしまう。
ここ最近、毎週その日が訪れるとリリベットは城から抜け出していた。理由は週一でコック長が休むの時は、代わりにマリーが食事を用意するからだ。彼女の名誉のために述べるなら、別に彼女の作る食事が特別まずいわけではない。ただ健康第一に作られているため、とにかく味が薄く大人なら『上品な味』で我慢できる程度である。しかし、齢八歳のリリベットはまだまだ子供舌なのだ。
そんなやり取りをしていると、買い物帰りの中年女性に声をかけられた。
「あらあら~陛下ちゃん、また捕まっちゃったの~?」
陛下ちゃんとは、誰が呼び始めたのかはわからないが、多くの国民がリリベットを呼ぶときの愛称である。本来なら不敬に当たるはずだが本人も特に気にしてないので、そのまま浸透してしまったのだ。
「よ……よい所に来た! 助けて欲しいのじゃ!」
リリベットは、これを渡りに船とばかりに助けを求めたが、マリーに捕まっているリリベットの姿が日常茶飯事なのか、女性はにこやかにマリーと話している。
「マダム、先ほどはありがとうございました」
「あら、やっぱりゴルドさんところの詰所だった? ほら、おばちゃんの言った通りでしょ~」
「なっ……お主が、わたしを売ったのか~……」
マリーが毎週抜け出しては、どこかに隠れているリリベットを捕まえれるのにはちゃんと訳がある。国自体が家族のような雰囲気が流れているこの小国では、非常に濃密なおば様ネットワークが構築されており、特に国民みんなの子供と大切にされている陛下ちゃんの情報は、噂としていち早く流れているのだ。
「それでは、マダム。陛下はお食事の時間ですので」
「あら、邪魔しちゃったかしら~。ほら、このかぼちゃ持ってきな! しっかり食べないと大きくなれないわよ~」
その場を後にしたマリーとリリベットの二人は、その後も何度か国民に呼び止められたが、何とか城までたどり着くことができた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城の厨房 ──
厨房に備え付けられている使用人用のテーブルに座らされたリリベットは、戸惑いの様子でシチューを温め直しているマリーの背中を見つめていた。いつもなら城に戻るなり食堂に放り込まれたあげくに鍵をかけられ、冷めて味がしない料理が届くのを怯えながら待っているところだ。
「マリー?」
「もう少しで出来ますので」
マリーはリリベットの方は向かずに、鍋をかき混ぜている。その鍋からは、微かにやさしく美味しそうな匂いがしてきていた。詰所からここまで戻るまで何度も足止めをされたせいか、すでにリリベットの空腹も限界といった様子で、足をパタパタと動かしていた。
「まだか~……今なら、なんでも美味しく食べれる気がするのじゃ」
「それは良かったですね」
マリーはそう言いながら、カボチャが入ったシチューとパン、切って並べた果物が乗った皿をリリベットの前に置いた。いつもの薄く限りなく透明なスープを想像していたリリベットは驚きつつも、テーブルに置いてあったスプーンを掴み取ると、さっそくスープを掬おうとする。
「お待ちくださいっ!」
食べようとしたリリベットを止めたマリーは、自分の前に置いたシチューをスプーンで掬うとそのまま口に運ぶ。口を隠しつつ飲み込むと笑顔で
「うん、毒などは無いようですね」
マリーの言葉に一度は制止されたスプーンを動かし、シチューに掬うとパクパクと食べ始める。そのシチューは普段よりしっかりと味付けされており、自然とリリベットの顔も笑顔になる。
「美味しいのじゃ!」
「いいカボチャが手に入りましたからね、今度マダムにもお礼を言っておかなくては……」
マリーが『毒』に対して、ここまで警戒するのには訳がある。
彼女は先代つまりリリベットの父が王だった頃から、このリスタ家に仕えていた。その前の経歴はあまり知られていないが、良く働く彼女はすぐに国王のお気に入りとなり、国王付きのメイドになったのだ。
しかし、リリベットが二歳の頃、その原因になる事件が起きた。毒による先王暗殺である。
奇しくもその皿を先王に運んだのは彼女だった。その事を酷く後悔した彼女は、リリベット付きのメイドになり過剰なほど警戒するようになったのである。
「マリーもなかなかやるではないか!」
そう笑顔で食べているリリベットを眺めながら、マリーは優しく微笑むのだった。
◆◆◆◆◆
余談ではあるが暗殺事件から三日後、国境を越えた最初の村で、暗殺実行犯と目されながらも逃亡していた三人の男性の惨殺死体が発見されている。その惨事の犯人と思われる人物を目撃した男性は……
「赤に染まったメイドが笑っていたんだ」
と怯えながら証言しており、風の噂でその話を聞いた彼女を昔から知っている老人が、コーヒーを片手にぼそりと呟いた。
「馬鹿な奴らだ……血染めのマリーを怒らせたな」