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第16話「掃除なのじゃ!」

 リスタ王国 王都 宿『枯れ尾花(ガスト)』 ──


 宿『枯れ尾花』は、酒場『止まらぬ魚亭』から少し路地に入ったところにある安宿で、あまり目立たない立地のせいか宿泊代も安く、旅人などが好んで使う宿だった。店主の名前はロバートという名前の口ひげがチャーミングな老紳士である。


 そんな穏やかな雰囲気を持った老紳士だが、かつては『黒狼』の名で恐れられていた暗殺者で、クルト帝国のとある街で暗殺者ギルドの頭領をやってた程の実力者である。もちろん国民でその事を知っている人は少なく、この国では穏やかな生活を過ごしている。


 そんな彼が現役時代の感覚で作ってしまったのが、この宿『枯れ尾花』だ。通常の利用者からはただの安宿にしか見えないが、暗殺者や密偵から見ると密談がしやすかったり、脱出経路が確保されていたりと、ちょっとしたところで気が利いている宿なのである。


 深夜……と言っても外は祭の喧騒でうるさいぐらいだが、平服姿の青年がこの宿を訪れていた。


「やぁ、また来たのか? 金髪君」


 コーヒー片手にカウンターから青年を見るや、ニコリと微笑むロバート。あと三十年も若ければ、どんな女性の心でも射止めれそうな素敵な笑顔だった。


「えぇ、今日もお願いします」


 と言いながら、左の裾を捲り手首に結んである赤い布を見せる。この赤い布には模様が刺繍されており、特殊な折り方をするとリスタ王家の紋章になる仕組みだ。ロバートは目を細めると、無言でカウンターの棚から鍵を取り出し青年に投げた。


 青年は鍵を空中で受け取ながらロバートを一瞥するが、すでに青年はいなかったかのように、カウンターの奥を見ながらコーヒーを啜っていた。その様子に青年は微かに口の端を吊り上げると階段を昇り、指定された部屋に音も立てずに滑り込んだ。




「ふぁ……眠いな。昼は衛兵、夜はコレってキツイよなぁ」


 と伸びをしながら眠そうに呟くのは、先ほどの金髪の青年ラッツである。伸ばしていた腕を降ろすと真剣な顔になり、手早く黒装束に着替え腰にダガーを二本差す。そして、机に足をかけると音もなく天井裏に侵入するのだった。




 宿『枯れ尾花』天上裏 ──


 屋根裏で音も立てないように、ゆっくりと隣の部屋まで移動する。当然掃除が行き届いているわけはなく、多少埃はあるがここ数日何度も訪れているので、それほど気にならなくなってきていた。


「……丁度、何か話しているようだな?」


 息を潜め慎重に部屋の中を窺うと、ボソボソと声が聞こえてくる。声の種類から、どうやら部屋の中には四人いるようだ。

 

「……準備はどうだ?」

「それが、王城にはフェザー家の手の者が……」

「船の手筈は……」

「決行は、次の……」


 しばらく部屋の会話に聞き耳を立てていたラッツはある程度情報を掴むと、再び部屋に戻り平服に着替え部屋を出た。一階に降りると何も言わず鍵をカウンターに置き、『枯れ尾花』を後にするのだった。


「さてと、宰相閣下に報告しないとな……」


 と呟くと、祭の喧騒の中に溶け込んでいく。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 南バルコニー ──


 一週間にわたり開催されたリスタ祭も、ついに閉会式を迎えていた。


 再び王城のバルコニーに姿を現したリリベットは、式典用の白いローブに身を包み、少し疲れた様子ではあったが凛とした顔で壇上へ登る。

 

「……これにてリスタ祭の閉会を宣言するのじゃ! ここからは後夜祭じゃ、最後にもう一盛り上がりするもよし! 明日に備えて休むもよし! 各々楽しんで欲しいのじゃ!」


 閉会の宣言と共に右手を掲げると、それに合わせて盛大な拍手と大歓声が起こり、一週間にわたるリスタ祭は閉会した。


 リリベットがバルコニーから戻るとフェルトが待っており、さわやかに手を振ると


「それじゃ、リリベット、僕たちはこれから帰国するよ」


 と告げた。リリベットは少し寂しそうな顔になるが、それでも女王として胸を張る。

 

「うむ、ご苦労であった。再び会えるのを楽しみにしておるのじゃ!」


 こうして最後まで残っていた、クルト帝国の使節団も帰路に着くことになったのである。





 リスタ王国 王都 大通り ──


 その日の夜、リリベットがぐっすり眠ってしまっている頃。ラッツとレイニーの二人は、大通りで警邏任務を行っていた。一週間も騒いだ国民には疲れが見えており、さすがに騒ぎを起こすような元気はないようだった。そんな道行く人々を眺めながら歩いていたラッツは、あることに気がついたのだった。


「なんかカップルが多くない、先輩?」


 と言われたレイニーは、少し恥ずかしそうに俯く。

 

「あ~……アレよ、『リスタップル』ってやつだわ」

「『リスタップル』って?」

「え~と……お祭の雰囲気というか勢いで、恋人同士になった人たちというか」

「あ~……そういう雰囲気ってあるよな~」


 などと話している内に、いつもの警邏ルートである路地裏に進もうとするラッツの腕を、レイニーが思いっきり引っ張って止める。その顔は真っ赤に染まっていた。突然引っ張られたラッツは怪訝そうな顔で尋ねる。


「いたた……どうした?」

「きょ……今日は、大通りだけにしましょ?」


 しどろもどろで提案してくるレイニーに、ラッツは首を傾げつつ


「どうして?」


 とぼけた顔で聞くラッツに、レイニーはさらに真っ赤な顔になった。


「だ……だから、お祭の最終日で……盛り上がった人たちがっていうか……路地裏は……ねぇ、わかるでしょっ!?」


 と取り乱してながら答えるレイニーの後ろで、丁度一組の男女が路地裏に消えていった。それを見たラッツは納得したように頷くと

 

「あぁ、なるほど……先輩、詳しいんだな」


 と呟く。次の瞬間、大きな音とともにラッツの頬には特大の紅葉が色付いたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 南バルコニー ──


 翌朝、まだ朝霧が残っている頃、リリベットはバルコニーに来ていた。その手には青い球状の宝玉を手にしており、壇上に登ると右手を掲げる。その瞬間、物見塔に設置された鐘が盛大に鳴り響いた。きっと二日酔いの人には地獄の蓋が開いたように聞こえただろう。



 ゴーン! ゴーン! ゴーン!



 国中に鳴り響く鐘の音、この鐘は敵襲等を知らせるための物だが今日の目的は違った。リリベットは一度深呼吸をすると、左手で持った宝玉に向かって



「皆の者、起きるのじゃ! 後片付け(そうじ)の時間じゃ!」



 と叫ぶのだった。この宝玉は魔道具で、これに喋りかけると国中に設置してある同様の器具に、その声が転送されるのだ。


 鳴り響く鐘の音とリリベットの大声によって、国民たちが掃除用具を持参で家からワラワラと出てきた。これもリスタ祭の伝統行事の一つで、一週間騒ぎまくった結果汚れてしまった街を、国民総出で掃除するのだ。


 この為、慣れている国民は後夜祭では騒がず酒量も抑えるのだが、自制が効かない酔っ払いどもには総じて大ダメージを受ける結果になり、来年こそはと誓うことになるのである。




 リスタ王国 王都 衛兵詰所 ──


 そして、毎年懲りない男がここにもいた。耳を押さえながら苦しんでいるのは衛兵隊長のゴルドである。彼は閉会式と同時に護衛任務から開放されたあと、後夜祭で盛大に飲むのが習慣になっているのだ。その翌朝、二日酔いの頭にダイレクトに響く鐘と子供の声である。

 


「ぐぉぉぉぉぉ……」



 そんなゴルドを見かねて、レイニーが水が入ったコップを差し出す。


「ほら隊長、お水ですよ」


 そのコップをひったくるように奪い取ると、ゴルドは一気に飲み干す。そして一息ついた様子でレイニーを見ると

 

「ありがとよレイニー、助かったぜ。しかし……昨夜はラッツと、どっかにしけ込んだんじゃなかったのか?」


 とニヤリと笑う。真っ赤になったレイニーは部屋から出ていってしまった。


「くくく……ウブだねぇ」


 と笑いながら呟いたゴルドだったが、すぐに後悔する事になる。


 しばらくして怒った顔のレイニーが、フライパンと木製のヘラ持参で戻って来たのだ。そして、ゴルドの目の前でカンカンカン! と盛大に打ち鳴らした!



「ぐぉぉぉぉぉ……やめっ! わ……悪かった、俺が悪かったっ!」



 軋むような頭痛に耐えながら、二日酔いのときはレイニーをからかうのは止めようと、心に決めたゴルドだった。





◆◆◆◆◆





 『大掃除』


 リスタ祭が終った翌日に開催される伝統行事、国民総出でお祭期間中に汚れた街を片付けるこの催しは、ほぼ国民全員参加という脅威の参加率を誇るが、別に強制参加ではない。とは言え、なんと言っても国主自らが音頭を取り参加するので、ほとんどの国民が自主的に参加するようになったのである。


 そのせいで、今では同調圧力のようなものが発生しており、理由もなく参加しなければこの一年は白い目でみられる事になってしまうのだ。

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