第14話「逢引なのじゃ!」
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
その日の夜、建国記念式典として謁見の間にて記念パーティが開かれた。リスタ王国の王城には、ダンスホールのような洒落た部屋がないため大人数が収容でき、それなりに見栄えがする部屋は謁見の間しかなかったのだ。
重要な使者との謁見が終わった後、リリベットや国の重鎮たちも一度退室しており、食事の用意や音楽隊の準備などが忙しなく行われていた。今回は歓談し易さを取り立食形式でのパーティとなったが、小国と言えど国の威信がかかっている大事な式典なので準備に余念がなく、給仕たちも真剣な顔で臨んでいる。
準備が完了した謁見の間では、先に通された賓客たちが給仕からアルコール等を受け取り、置かれた食事に舌鼓を打っていた。しばらくした後、典礼大臣の声が響いた。
「リスタ王国 第三代女王 リリベット・リスタ陛下 及び フィン宰相閣下 ご入場!」
宰相にエスコートされ、リリベットが入場してくる。その装いはいつもと違い、真紅のドレスに身を包み、リリベット用に新たに作られたティアラを冠していた。ゆっくり玉座まで歩くリリベットの耳には
「まぁ可愛らしい。まるで親子のようですわ……クスクス」
などの嘲笑も聞こえてきていたが、気にせず真っ直ぐ前を見つめて歩く。リリベットに対して、宰相の身長は二倍以上あり、エスコートされても正直親子にしか見えないのは自覚しているからだ。……とは言え、宰相以外にエスコートに相応しい人物が、リスタ王国内には存在しないから困ったものである。リスタ王国では、通常エスコートするのは配偶者や婚約者と決まっており、下手な人がエスコートしては色々と問題になるのだ。
リリベットは玉座に前に立つと宰相の手を離し、集まった賓客の方へ向き右手を上げる。その合図とともに音楽隊はピタリと演奏を止めた。
「皆の者、今宵は忙しい中、国内外から足を運んでくれたことに、まずは感謝したいのじゃ。ささやかではあるが宴を用意させて貰った。引き続き遠慮なく楽しんで欲しいのじゃ」
リリベットの挨拶が終わると、会場からは盛大な拍手が起こった。拍手が落ち着くのを見計らってリリベットは玉座に座り、音楽隊による演奏が再開された。そして、リリベットは再び諸国からの挨拶を受けていくのである。
二時間ほど経過した後、玉座のリリベットは一通り挨拶が終わり休んでいた。
「挨拶ばかりで退屈なのじゃ……」
リリベットは少し眠そうな顔でそう呟いた。普段のリリベットなら、すでに寝ている時間だ。そんなリリベットに優しげな顔で一人の青年が声をかけてきた。
「大変そうですね、女王陛下」
声をかけてきた青年は、先ほど最初に謁見したフェルト・フォン・フェザーだった。リリベットはゆっくりと姿勢を正して体裁を整える。
「これは従兄殿、先程ぶりじゃの? 母様とはお会い出来たか?」
「えぇ、叔母様とは恙無く……それで、どうです? 退屈なようでしたら僕と少し抜け出しませんか、女王陛下」
ウインクしながら言うフェルトは、傅きながらリリベットに手を差し出してきた。リリベットは戸惑いながらも、その手を取ると玉座を降りフェルトにエスコートされて、謁見の間を後にしたのだった。
「先ほどの殿方は……確かフェザー公の?」
「いったい、どういうご関係なのかしら?」
二人が後にした会場では、色々な憶測でざわめきが起きていた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 南バルコニー ──
フェルトにエスコートされたリリベットは、今朝開催の挨拶をしたバルコニーに来ていた。バルコニーに出るなり、リリベットはフェルトの手をパッと離す。
「もうよいのじゃ、従兄殿」
「あれ? ひょっとして、バレてましたか?」
とおどけるフェルトに腕を組んで睨みつけたリリベットは
「当たり前なのじゃ! 首謀者は宰相か? それとも、まさか母様?」
と頬を膨らませて問い詰めるのだった。その様子にフェルトは笑いながら、少しくだけた口調で自白する。
「あはは……聞いていた通り、君は賢いなっ! よくわかったね。両方だよ、少し休ませるように頼まれたんだ」
外交の席とは違い、歳相応の態度で接してくるフェルト。これが本来の彼の姿なのだろう。その様子にリリベットは呆れた顔を浮かべる。
「まったく……お主に変な噂が立っても知らぬぞ!」
両手を広げて軽く首を振りながら、関係ないといった顔のフェルトは
「問題ないさ、それが狙いだからね。フェザー家と誼があると、大々的に見せ付けておけば、変な虫も寄って来ない。それに僕は次男だし家からあまり期待されてないから、大丈夫さ!」
とさわやかに微笑むのだった。クルト帝国 東部では、かなり力のある公爵家であるフェザー家と、事を構える貴族はクルト帝国内には皆無である。つまり今回の噂は、何らかの思惑を持って政略結婚を持ち込んでくる輩への、ある程度抑止力になるということだ。
「それに僕も陛下同様に、顔も知らない令嬢と結婚話が多いからね」
真剣な顔で答えるフェルトに自分と同じ境遇を感じたのか、リリベットは少し恥ずかしそうに手を差し出しながら告げる。
「リ……リリベット、お主にはそう呼ぶことを許すのじゃ。従兄殿」
「ははは、それなら僕の事もフェルトと呼んで欲しいな。……リリベット」
笑いながらフェルトは差し出された手を取った。
「わかったのじゃ、フェルト」
リリベットは笑顔で握手した手に力を込めるのだった。
◇◇◆◇◇
その頃、大通りでは様々な屋台や店の催しによる熱気に溢れていた。リスタ祭の開催中は、他国から訪れる人も多くたいへんな盛り上がりになるのだ。リリベットの演説が終った十時頃から夜も更けるこの時間まで、酒場は常に満員状態。飲めや! 歌えや! のどんちゃんさわぎである。当然、乱闘騒ぎなども起きるので衛兵は大忙しだ。
リスタ王国 王都 衛兵詰所 ──
「ラッツ君、『止まらぬ魚亭』で乱闘騒ぎだって! 急いでっ!」
と慌てた様子で、詰所に駆け込んできたのは先輩衛兵のレイニーだ。『止まらぬ魚亭』とは、大通りの近くにあるリスタ名物の魚料理が有名な酒場である。机で伏して休憩していたラッツは疲れきった顔を上げて
「またですか~?」
と言いながら席を立ち、レイニーに続いて詰所から出て行った。衛兵詰所はリスタ祭が始まってから、ずっとこんな調子である。
リスタ王国 王都 『止まらぬ魚亭』前 ──
ラッツとレイニーの二人が『止まらぬ魚亭』に到着した瞬間、問題の客と思われる男たちが店の中からつまみ出されていた。女将風の女性が威勢のいい声で啖呵を切る。
「うちの店で暴れるんじゃないよっ!」
「ひぃぃぃ」
怯える酔っ払い風の男たちを他所に、ラッツたちに気が付いた女将は大声を張り上げる。
「おっ衛兵さん、いい所に来てくれたっ! こいつら連れてってよ!」
「あっ、はい! ご協力感謝いたします!」
レイニーたちはお辞儀をすると、酔っ払いたちを捕縛し始めた。
リスタ王国内で起きるこの手のトラブルは自浄効果が強く働く、つまり国民自体が問題を解決してしまうのだ。この女将も元女海賊だし、近くの宿屋の老人も他国の暗殺ギルドで頭領をやっていた男だ。そもそも飲んでる客からして元海賊や荒くれ者がゴロゴロいる。こんな中で騒ぎを起こすのは、他国からきた奴か新顔だけである。
ラッツとレイニーは、呆れた様子でつまみ出された男たちを縛り上げると、そのまま詰所に連行していった。
リスタ王国 王都 衛兵詰所 ──
詰所に帰ると、王城警備が終ったゴルドが帰ってきていた。酒を煽りながらレイニーとラッツが捕まえてきた男たちを見つけると二人に尋ねる。
「お前ら、そいつらどうするつもりだ?」
「えっ? 通常通り、調書を取りますけど……?」
と言うレイニーの言葉に、ゴルドは面倒くさそうに手を振る。
「やめとけ、やめとけ! この期間中の酔っ払いなんて、相手にするだけ無駄ってもんよ。詰所の空き部屋にでも突っ込んどけや!」
「は……はいっ!」
ラッツとレイニーの二人は、言われたとおり男たちを空き部屋に放り込むと鍵を掛け、ゴルドの所に戻ってきた。
「本当に調書とかいいんですか?」
「あ~? あぁ、この時期は多少大目に見ることにしてんだよ、件数が多いからなぁ。ちょっと暴れただけの酔っ払いなら、明日の朝に酒が抜けてから説教して釈放だな」
納得できないといった顔のレイニーだったが、ラッツは少しでも休もうと再び机に伏せて寝はじめたのだった。
◆◆◆◆◆
『フェルト・フォン・フェザー』
クルト帝国の大貴族 フェザー家 当主の次男。リリベットの従兄にあたる。クルト帝国 外務大臣の補佐官をやっているエリートだが、気さくな性格で皆に好かれる人物である。
彼自身も非常に優秀ではあるが、彼の兄がさらに天才系なので残念ながら影が薄い。それでもフェザー家と誼を結びたい貴族は多く、ひっきりなしに縁談が持ち込まれ本人はうんざりしていた。