第13話「開催なのじゃ!」
リスタ王国 王城 バルコニーへと続く通路 ──
丘の上にある王城の二階にある南バルコニーは、城下を見渡せるロケーションだ。そのバルコニーに続く通路を式典用の純白のローブに身を包んだリリベットが、ずるずると服を引きずりながら歩いている。その後を裾を持つマリー、王冠を持っている宰相のフィン、典礼大臣、儀礼服を着た衛兵が二名続いていた。
「お……重いのじゃ~」
「しばしの辛抱です……陛下」
リリベットの苦情に裾を持つマリーが窘める。リリベットの身長のせいか裾を持ってもかなりの部分が地面についているため、歩くのに苦労しているのだ。すでに開け放たれているガラス製のドアの向こうからは、かなりのざわめきが聞こえてくる。
バルコニーに出る前に、宰相の方を向いたリリベットは微かに頭を下げた。それを合図に宰相は持っていた王冠をリリベットの頭に乗せた。
「では行きましょうか、陛下」
「うむ、エスコートをよろしく頼むのじゃ」
リスタ王国 王城 南バルコニー ──
宰相の手を取ったリリベットは、バルコニーに設置された演壇に向かって歩き出す。同時にバルコニーの隅で待機していた旗を持つ衛兵によって、階下に合図が行われ、音楽隊によってファンファーレが鳴り響いた。
ファンファーレの音が鳴り終わる頃に、壇上に登ったリリベットは宰相の手を離し、眼下に広がる広場を見下ろす。バルコニーの下では多くの国民がリリベットの登場を今か今かと待っており、壇上に登ったリリベットの姿を見つけた国民は、大歓声を持ってリリベットを迎えたのだった。
「陛下ちゃーん!」
「女王陛下ばんざーい!」
しばし続いた大歓声であったが、リリベットが右手を上げた瞬間にピタリと止まり静寂が訪れる。そして、リリベットの開催の挨拶が始まった。
「我が国民たちよ! 本日は我が国にとって晴れの日なのじゃ、我が御世において四十周年を迎えられたことは実に喜ばしい。これも国民の尽力があってからこそなのじゃ! 未だ若輩の身じゃが、わたしも皆の期待に沿えるよう努力する所存なのじゃ!」
「陛下ちゃーん! がんばってー!」
などの温かい声援と共に演説は続き、最後にリリベットは
「……難しい話はここまでじゃ! ここにリスタ祭の開催を宣言するのじゃ!」
と高らかに宣言すると思いっきり右手を突き上げた。それに合わせて集まってた民衆から上がった大歓声で城が震えたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王寝室 ──
大歓声の元に終了した開催式から寝室に戻ってきたリリベットは、式典用の服のままベットの上で大の字で寝転がっていた。その様子にマリーは、小さくため息をつくと腰に手を当てて嗜める。
「陛下、だらしないですよ」
「つーかーれーたーのじゃ~」
「しかし、この後も各国の外交官からの挨拶など、スケジュールが目白押しです。すぐにでもお着替えを……」
「いやじゃ! 街に遊びにいくのじゃ~」
手足をジタバタさせて駄々を捏ねはじめたリリベットに、マリーは諦めたような顔をしながら、ポケットから包みを取り出して包みを開ける。リリベットはガサガサした音に反応してマリーを見ると、マリーの手には飴が置かれていた。
目を輝かせて飛び起きたリリベットは、笑顔で手を差し出す。マリーは仕方ないという表情で、その手に飴を乗せる。
「はい、これを食べながらでいいので立ってくださいね」
「わかったのじゃ!」
リリベットは飴を口の中に入れて、ニコニコ笑いながら立っている。その間、マリーはテキパキとリリベットの服を着替えさせていく。しばらくして、マリーは正装に着替え終ったリリベットの背中をそっと押しながら
「さぁ陛下、次は謁見の間ですよ」
と告げるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
謁見の間では、リリベットの他に宰相、外務大臣、典礼大臣と衛兵六名が控えている。建国記念日の挨拶として、隣国であるクルト帝国や周辺の小国、果ては違う大陸からの外交官まで、様々な使者が来ているのだ。あまりに数が多いため、特に重要な使者以外は、この後執り行われる建国記念式典のパーティでの挨拶になる。
最初の使者は、当然最も重要な相手になる。典礼大臣が高らかと賓客の名前を読み上げた。
「クルト帝国 外務大臣補佐官 フェルト・フォン・フェザー殿!」
名前を呼ばれた使者は一歩前に出て一礼する。短めの金髪で優しげな笑顔が印象的な青年だった。
「クルト帝国 皇帝サリマール・クルト陛下の名代で参りました。外務大臣補佐官 フェルト・フォン・フェザー。御目通りに感謝すると共に、お祝いを申し上げます」
「ふむ、嬉しく思うのじゃ」
この金髪の青年フェルト・フォン・フェザーは、隣の大国クルト帝国からの使者だ。クルト帝国は大国らしい器量でリスタ王国のような小国の祭事であっても、きっちり礼儀を通してくる。
彼はリリベットの母の実家であるフェザー公爵家当主の次男になる。現フェザー公はヘレンの兄であり、つまり彼とリリベットは従兄の関係になる為、若干十六歳の若さでありながら今回の使者に任命されたのだ。
リリベットは右手を上げると、初めてみる従兄に対して笑みを浮かべる。
「使者殿はフェザー公爵家の者か、となると母様の……」
「はい、甥に当たりますね。叔母様はご壮健でしょうか? 父から書状も預かっているのですが……」
母の容態を思ったのか、リリベットは少し暗い顔になった。
「ふむ、従兄殿。それは是非母様に直接渡して欲しいのじゃ……きっと甥に会えれば母様もお喜びになる」
「わかりました」
王冠を押さえたリリベットは玉座からピョンっと飛び降りると、謁見の間から出ようと歩き出す。しかし、宰相はリリベットの前に立ちふさがった。
「陛下いけません。まだまだ挨拶に来られた方が、たくさんおりますので玉座にお戻りください。ご案内は私が致しますので」
「む~……」
どさくさ紛れの脱出に失敗したリリベットは、頬を膨れさせて玉座に戻る。
「それではフェルト殿。こちらへ! ご案内致します」
宰相はフェルトを連れて、そのまま謁見の間から出て行った。それに合わせて、典礼大臣が次の賓客の名前を読みあげる。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 先王妃寝室 ──
今回は急な訪問だった為、宰相フィンとフェルトの二人は先王妃寝室の控えの間で、しばらく待たされる事となった。
しばらく待つと先王妃付メイドのマーガレットに呼ばれ、控えの間から奥に通された宰相とフェルトの二人は、先王妃へレンと対面することになる。
ベット上で上半身だけを起こし白いローブを羽織ったヘレンは、寝室へ入ってきたフェルトを見ると、兄の面影を見つけたのか懐かしそうに微笑む。
「貴方はとても兄様に良く似てますね、フェルト……よく来てくれました、嬉しく思います」
実際は似てないと噂の親子ではあるが、フェルトは特に気にした様子も見せずに片膝をつき一礼をすると、懐から封書を取り出してヘレンに差し出した。
「叔母様、お初にお目にかかります。父上より手紙を預かってまいりました」
「まぁ、手紙を……」
フェルトの言葉に、ヘレンは側に控えたマーガレットを目配せする。マーガレットは頷くとフェルトより書状を受け取り、サイドテーブルのペーパーナイフで開封してからヘレンに差し出した。
「……ありがとう、マーガレット」
ヘレンは受け取った手紙を広げて読みはじめる。しばらく読み進めると懐かしそうに笑みを浮かべる。
「フフフ……兄様は相変わらず心配性ね。……二週間前に送った、あの件も動いていただけているようだわ」
一通り読み終わると、ヘレンはじーっとフェルトを見つめて
「フェルト、手紙を持ってきてくれてありがとう。貴方は娘とも歳が近いようだし、娘とも仲良くしてくれると嬉しいわ」
と優しく微笑むのだった。その様子に少し照れながらフェルトは頷くと
「はいっ! 父からも叔母様や姪である陛下に何かあれば、必ず力になると伝言を預かってますので!」
と力強く答えたのだった。
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『リスタ祭』
一年に一度建国記念日から七日間行われる国をあげてのお祭。
国内外から人が集まり、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎになるため衛兵隊は大忙しになる。この期間は犯罪も増えるが、よほど治安を乱さない程度であれば、多少大目にみられる傾向がある。