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第12話「老師なのじゃ!」

 リスタ王国 王都 馬車の中 ──


 リリベットとメイドのマリー、そして護衛役として衛兵のラッツは馬車に揺られていた。リリベットは国民と触れ合うを好む性格で、馬車を利用することがとても少ない。王が乗らぬのに大臣たちが気軽に乗れるわけもなく、結果として王城関係者が馬車を利用する事は少ないのが現状だ。しかし、今回は目的地が少し郊外にあるため馬車での移動となった。


 現在、馬車は大通りを通過中だ。リリベットは窓のカーテンを少し開け街の様子を眺めている。


「だいぶ準備が進んでおるようなのじゃ」

「えぇ、もうすぐですからね」


 楽しそうに話しているリリベットとマリーに、一人だけわからないといった顔で首を傾げているラッツ。その様子に気が付いたリリベットは指差して笑う。


「あははは、ラッツ顔が呆けておるのじゃ」

「えっ? ははは……そうですか? それで何の準備が進んでるんです?」


 頭を掻きながら照れるラッツに、リリベットは不思議な顔でマリーを見る。それに対して、何かを思い当たったマリーは小さく頷く。


「ラッツさんは、まだこの国に来たばかりですから、きっと『リスタ祭』を知らないのですよ」


 マリーの言葉に、リリベットは納得したように手をポンッと叩くと、ラッツに向かってなぜか得意げな表情で答えた。


「もうすぐ『リスタ祭』なのじゃ!」

「建国記念日で、国をあげてお祭があるんですよ」


 リリベットの言葉にマリーが補足すると、ラッツは納得したように頷いた。


「なるほど、それで最近街が色付きはじめてるんですね」

「ふむ、楽しみなのじゃ!」


 本当に楽しみにしている様子で二カッと笑うリリベットを見て、ラッツも楽しみになってきたのか、つられて笑顔になっていた。




 しばらく後、三人を乗せた馬車は郊外に入り、外の景色が街から林に変わってきた。


「そう言えば、今日は郊外の庵? という所に行くとは聞いてますが、どんな所なんです? ゴルド隊長に代わってくれって言われて来たんですが……」


 外の様子を窺っていたラッツの言葉にカラカラと笑うリリベット、そしてマリーが少し渋い顔をしながら答える。

 

「だから、今日はラッツさんなんですね。……ゴルド殿、逃げましたね?」

「あははは、ゴルドも老師には敵わないのじゃ」

「老師?」


 リリベットが腰の辺りをポンッと叩くとガチャリと音がする。ラッツが音に反応して、リリベットの腰を見ると今日は珍しく革のベルトをしており、鞘に入った短剣が左腰の前面に垂直に一本差してあった。


「あれ? 陛下、珍しく帯剣しているんですね」

「ふむ……今日はコレを習いにいくのじゃ」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都郊外 紅庵 ──


 馬車で林を抜けた先に、その建造物はあった。まず紅い外壁が目を引く、屋根は黒く複数枚の板が重なっており、リスタ王国や隣国のクルト帝国、どちらの建造物とも違う感じで異様な雰囲気を漂わせていた。その雰囲気に圧倒されていたラッツを他所に、リリベットとマリーはその建物の中に入って行く。

 

「たのもーなのじゃ!」


 慌ててラッツが建物内に入ると、不思議な格好をした老婆が立っていた。

 

「ふぉふぉふぉ……よう来なさった、主上よ。それに……今日は新顔がおるようじゃの?」


 話しかけられているとも知らずに、まるで違う世界に入り込んだようにキョロキョロとしているラッツにマリーが耳打ちをする。

 

「この方が、コウ老師ですよ」

「えっ、あ……ラッツといいます。衛兵をしてます。今日は陛下の護衛としてきました!」


 コウ老師は、うんうんと頷きながら細い目を開けて、ラッツの腰の二本のダガーを見つめ


「護衛のぉ? ……衛兵にしては珍しい獲物じゃ。まぁよいわ、さっそく始めるかの」


 と言い残すと、トボトボと奥へ向かって歩いて行ってしまった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 紅庵 道場内 ──


 道場と呼ばれたこの部屋は、かなりの広さの板張りで八角形をしており、訓練用部屋とコウ老師より説明された。そのコウ老師は部屋の真ん中に立っている。

 

「いつもの通りマリー殿は主上の型を見ててやっておくれ。ワシは、そちらの小僧の面倒をみてやるかの……小僧、こちらへ来い」


 急に呼ばれたラッツは、手招きされるままコウ老師の元へ歩いていく。

 

「いつもはあのゴツイ護衛にやらせるのじゃが、今日は来ておらぬようだし、ちょっと相手役をせい」

「はぁ?」


 まったくわかってない顔で、リリベットとマリーの方を見るラッツ。リリベットは目をキラキラさせてこちらを見ている。マリーは微笑ながら

 

「陛下の剣術指南の参考です。よろしくお願いしますね」


 と頭を下げるのだった。マリーに頼られて俄然やる気を出したラッツは、コウ老師の方を向き尋ねる。

 

「えっと、木剣か何かありますか?」

「ふぉふぉふぉ、不要じゃ、その腰の獲物を抜きなされ」


 にこやかに笑う老師は、リリベットと同じく縦に差した自分の腰の短剣を少し抜いて刃が木製なのを見せる。ラッツは少し戸惑ったが、片方だけダガーを抜いて構えた。


「両方使っても構わんがのぉ?」

「いえ、このままで大丈夫です」

「それでは参られよ」


 ラッツはダガーを逆手で持って腰を少し落として構えている。対するコウ老師は自然体で普通に立っているが、およそ隙のようなものはなかった。しかし、ラッツには棒立ちに見えたようだった。


「やっ!」


 気合と共に一歩前に出ながら、そのままコウ老師の首を狙って横に薙ぐ……もちろん怪我がないように寸止めするつもりだった。しかし、いつの間に抜いたのかコウ老師の短剣に軌道を変えられ、ダガーはコウ老師の上方を抜けていく。


 振りぬいたところを短剣で軽く肩口を撫でられ、慌てて距離を取るラッツ。これが真剣であれば、今の一撃でラッツの右腕は腱を斬られ上がらなくなっている。

 

「今の……ゴルド隊長がやっていた!?」

「ふぉふぉふぉ、あのゴツイのは見た目と違って器用じゃからな。教えればすぐに出来るようになりおる」


 気を取り直してラッツが次々と攻撃を仕掛けるが、全てコウ老師の短剣でいなされ軌道を変えられてしまう。そして、通り過ぎるたびに、腱や頚動脈といった急所を短剣で軽く撫でられるのだ。しばらくそれが続いた後、コウ老師が左手を上げてラッツを制止する。

 

「ふぉふぉふぉ、ここまでじゃの」

「あ……ありがとうございました!」


 ぺちぺちとあまり音がしない拍手の後に、リリベットが褒め称える。


「さすがコウ老師なのじゃ」


 それに対してコウ老師は笑顔で、ポンッと手を合わせる。

 

「ふぉふぉふぉ、ほら主上もちゃんと型をやりなされ」

「任せるのじゃ!」


 リリベットはマリーの方を向くと頷く。


 細い棒を持ったマリーがリリベットの前に立ち、かなりゆっくりと棒を打ち下ろしたり薙いだりしている。リリベットは、それに合わせてたどたどしく腰の短剣を抜いては受け流したりしている。途中途中で足を縺れさせ転んだりしながらも、型の練習を終えたリリベットはドヤ顔で胸を張っていた。


「どうじゃ!?」

「ふぉふぉふぉ……がんばっておるのぉ」

「そうじゃろう! そうじゃろう!」


 コウ老師に褒められて、リリベットはとても嬉しそうに笑っていた。王族の嗜みとして必要な剣術である。もちろんお遊戯レベルなのだが、通常の剣術ではそもそも武器が重くて持てない事を考えれば、だいぶマシだと言える。




 その後しばらく剣術の練習をした後、コウ老師がお茶と甘い菓子を持ってきてくれ。リリベットとマリー、そしてラッツでご馳走になった。マリーによる毒見を終えた後、茶菓子を食べながらリリベットは


「甘いのじゃ!」

「お茶と一緒に食べるのですよ、陛下」

「このお茶は苦いのじゃ!」


 と首を振ってイヤイヤする。その様子にコウ老師はニコニコ笑っていた。





◆◆◆◆◆





 『コウ老師』


 名をコウジンジィと言い、かつては『王者の護剣』と謳われた剣豪。


 この大陸の出身ではなく、他の大陸にある王国に剣術指南役として仕えていたが、王宮内で繰り広げられた権謀術数に嫌気が差し、二十年前に出奔しリスタ王国に流れ着く。高齢ではあるが業の冴えはまったく衰えておらず、ゴルドですら子供扱いする実力者。


 現在は、リリベットの指南役として剣を教えている。産まれる前に祖母を亡くしているリリベットからは祖母のように慕われている。

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