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第127話「女王の裁定なのじゃ!」

 後の世で『幼女王の聖戦』または『リスタの奇跡』と呼ばれた、この大戦に参加した将兵たちは、戦いの終結は「突然」であったと口々に語っている。


 突撃を開始した皇軍が向かったのはリリベット率いるリスタ王国軍ではなく、レティ侯爵軍だったのだ。援軍だと思っていた軍に強襲されたレティ侯爵軍は、戦力差もあり為す術もなく瓦解し、主将であったランガル・フォン・レティは、この戦いで戦死したと言われている。




 リスタ王国 西の城砦 ──


 皇軍とレティ侯爵軍の戦闘が始まってから二時間が経過していた。皇帝と講和を行おうとしていたリリベットは、突如始まった戦闘に気勢をくじかれ、多数の負傷者を抱えていたこともあり一度西の城砦に戻っていた。


 崩壊しかけている城壁上でリリベットと、シグルが戦場の状況を確認している。


「な……何が起きているのじゃ!?」

「わかりません。皇軍がレティ侯爵軍を攻撃したことから、皇家と侯爵家で何かあったのかもしれませんが……」


 すでに両軍の戦闘は終わり、しばらく時が経っていた。皇軍から百騎ほどの騎士が、西の城砦に近付いて来ているのが見える。その中から白馬に乗り蒼い鎧を纏った騎士が一人、槍に付けた白い旗を掲げながら、さらに西の城砦に近付いてくる。戦場で白旗を掲げて接近するのは『交戦の意思なし』であり、この場合はあの騎士は軍使になる。


 城砦の目の前まで来たその騎士は、槍を地面に突き刺すと冑を外して、城砦の上にいたリリベットに微笑みかける。それを見たリリベットは瞳に大きな涙をためながら階段を駆け下り、城外へ駆け出してしまった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西の城砦前 ──


「フェルト!」


 城外に駆けだしたリリベットの第一声が彼を呼ぶ声だった。この蒼い鎧を着た青年は、帝都で軟禁中だったはずのリリベットの婚約者、フェルト・フォン・フェザーだったのだ。


 フェルトは馬から降りると、冑を投げ捨てて両手を広げて飛び掛かってきたリリベットを受け止め……損ねた。


 ゴワンッ!


 という音と共に額から胸甲に突撃したリリベットは、両手で額を押さえて蹲っている。フェルトは心配そうな顔で、リリベットに手を差し伸べる。


「リ……リリー、大丈夫かい?」


 痛みに堪えてプルプルと震えていたリリベットは、爆発したように跳び上がると猛抗議を捲し立てる。


「痛いのじゃ! 何故ここにいるのじゃ! 帰ってこれるなら早く帰ってくるのじゃ!」


 フェルトは困った顔をしながら、優しくリリベットの頭を優しく撫でる。その間にリリベットを追いかけて、シグルとミリヤムが城内から出てきた。興奮しているリリベットに代わり、シグルがフェルトに向かって尋ねる。


「フェルト殿、これはいったいどういう事ですか?」

「それを説明する前に、会って欲しい方がいるんです」


 フェルトはそう告げると、地面に突き刺してあった白旗を掲げて左右に振る。しばらくして後方に待機していた部隊から、貴族風の男性一人とその護衛騎士三人の計四人が近付いてきた。


 彼らはリリベットたちの近くまで来ると馬から降りた。貴族風の男性がにこやかにリリベットに声をかける。


「貴女が女王リリベット・リスタか?」

「うむ、わたしがリリベット・リスタなのじゃ。お主は何者じゃ?」


 貴族風の男の後ろにいた騎士の一人が、ずいっと前に進み出ると怒鳴るよう叫ぶ。


「貴様、陛下に対して無礼であろう!」

「よいのだ」


 怒鳴った騎士に、貴族風の男性が軽く手を向けると騎士は黙って下がる。


「陛下じゃと?」

「如何にも、余がクルト帝国皇帝サリマール・クルトである」


 リリベットたちは、突然現れたサリマール皇帝に驚いて目を見開いている。彼女たちが驚くのも無理はない。サリマール皇帝は毒殺未遂で現在帝都にて昏睡状態のはずなのである。しかしフェルトが嘘を付くとは思えなかった。


 リリベットは慌てた様子で、サリマールを指差しながら尋ねる。


「お……お主がサリマール皇帝じゃと? 毒殺されたと聞いたのじゃ!?」

「勝手に殺されては困る。確かに毒は盛られたが……」


 その後サリマール皇帝とフェルトによって語られた事実は、リリベットたちを驚かせるものだった。


 事の発端は『ザハの牙』を使った有力貴族の暗殺である。偽装工作なのか無関係の者も含まれていたが、暗殺によりレティ侯爵の権力が徐々に確立されていくことに疑問を持ったサリマール皇帝は、前任の帝国宰相が暗殺されたことによって確信に至る。


 そこで一計を案じたサリマール皇帝は、レオナルド宰相、サリナ皇女らと共謀し暗殺されやすい状況を作り、レティ侯爵を誘い出すことにしたのだ。それがレオナルド・フォン・フェザーとサリナ・クルトの偽装婚約発表式である。見事に毒を盛られたサリマール皇帝は、それを事前に差し替え毒殺されたように見せかけることで、昏睡状態に陥った振りをしてレティ侯爵が動きやすい状況を作り出した。


 見事に尻尾を出したレティ侯爵は、後見としてサリナ皇女に皇軍の準備をさせつつ、解放軍と三男のランガルを使い、条約を拡大解釈することでリスタ王国の攻略に取りかかった。


 その速度だけがサリマール皇帝の唯一の誤算であり、まさか予めリスタ王国攻略の準備を整えていたとは予想できなかったのである。彼の予想では戦争になる前に、レティ侯爵を更迭する予定だったのだ。


 そして、いつまでも死なない皇帝を暗殺するため強行手段に出たレティ侯爵は、寝室に待ち構えていたレオナルド宰相によって捕縛され投獄された。そしてサリマール皇帝は健在であることと、レティ侯爵が起こした反乱を臣下に示すと、フェザー公爵にレグニ侯爵への対応を頼み、同時にサリナ皇女の名で結集されていた皇軍を従えて、フェルトと共にリスタ王国と交戦中だったランガル率いるレティ侯爵軍を平定しに来たのである。


 これが今回起きた大戦の裏で起きていたことの全容になる。つまりサリマール皇帝は国内の叛乱分子を炙り出すために、一芝居打っていたということだ。


「結果として、我が国が貴国に甚大なる被害を及ぼしたことには謝罪したい。その上で貴国とは休戦、及び講和を結びたいと考えている。無論、今回生じた賠償等の保障はしよう」

賠償(そんなこと)をしても死んだ者たちは帰ってこぬ……しかし、その者たちが護りたかった人々のために、貴国からの申し出を受けるのじゃ」


 細かな条件等は後に話し合うことが決まり、リリベットは納得いかない顔をしながらも、サリマール皇帝と握手を交わした。リスタ王国を中心に大陸北部を襲った大戦は、こうして終結したのである。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西の城砦 城砦内の広場 ──


 サリマール皇帝との会談が終ったリリベットたちは、西の城砦に戻ってきていた。最後の裁定をするためである。リリベットの周りには、フェルトやマリーの他に主だった将兵たちが周りを囲んでいた。そこに縛られた状態のロイド・リスタ二世が騎士ライムによって連れて来られた。


 リリベットが右手を上げると、ライムは短剣でリスタ二世の縄を解いたが、すでに憔悴しきっているのか特に暴れることはなく黙って跪いていた。リリベットは、そんな彼を見下ろしながら告げる。


「お主が起こした戦により、我が国は甚大な被害を受けたのじゃ。お主の罪は決して許されることではない。じゃが……ここはリスタ王国、全ての咎人に再起のチャンスを与える国なのじゃ。故にお主にも再出発(リスタート)の機会を与えるのじゃ」


 リリベットがマリーを一瞥すると、彼女は頷いてリスタ二世の前に剣を置く。


「ロイド・リスタ二世よ。その剣をもってわたしに、そしてリスタ王国へ忠誠を誓うのじゃ。さすれば、わたしはリスタ王国女王として……慈愛をもって一度だけお主の罪を赦すのじゃ」


 リリベットの裁定に周辺の騎士たちどよめき始めた。リリベットはあくまでリスタ王国の法を遵守し、この戦を起こした首謀者にも再出発(リスタート)の機会を与えると言っているのだ。




「……ふ」


 リリベットの言葉を、俯いて聞いていたリスタ二世はプルプルと震えていた。そして目の前に置かれた剣を取って、突然リリベットに襲い掛かった。


「ふざけるなぁぁぁぁ、小娘がぁ!」


 そう叫びながら、鞘から剣を引き抜こうとした瞬間、ガチッという音がしただけで剣は鞘から抜けなかった。その瞬間、騎士たちによって取り押さえられたリスタ二世は、暴れながら喚き散らす。


「ぐぅぅぅ、馬鹿にしやがってぇ! 卑怯だぞ! こんな抜けない剣なんて渡しやがってぇ!」


 そんな暴言には耳を貸さずに、リリベットは地面に落ちた剣を柄を持つと、そのままゆっくりと引き抜いた。


「なっ!?」


 先程までビクともしなかった剣が、すんなりと抜けたことに驚いたリスタ二世は言葉を失った。


「この剣は『ロードス王の剣』、お爺様の剣……リスタ王家の者にしか抜けぬのじゃ。つまり……」


 リリベットは哀れみの瞳でリスタ二世を見つめながら、ロードス王の剣を騎士ライムに手渡す。そして呆然とする彼に対して


「お主は、再出発リスタートの機会を与えられながら、その期待を裏切ったのじゃ。我が国の法とリリベット・リスタの名のもとに、お主を『極刑』と処すのじゃ!」


 と告げると後を振り向いて歩き始めた。その背中には


「そ……そんな、バ……」


 という言葉が、消え去るように聞こえてきたのだった。





◆◆◆◆◆





 『王国軍の凱旋』


 リスタ王国とクルト帝国が休戦してから半日後、リスタの騎士を除いた残存部隊は王都へ帰還。民衆たちは、その勝利に歓喜をもって向かえた。


 戦いには奇跡的に勝利した。


 ……しかし今回の大戦で多くが愛する者を失い、消えぬ傷となってしまった。リリベットたちは、これから彼らの傷を癒し国を復興させなければならない。


 武力や財力では解決できない、長い長い『復興』という戦いを、これからもしていかなければならないのだ。

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