第126話「皇軍なのじゃ!」
リスタ王国 西部戦線 解放軍本陣 ──
黒騎士団を強行突破したミュルン副団長率いる騎士たちは、約六百騎まで減っていたが解放軍本隊およそ二千に突撃を敢行していた。炸裂槍の影響で混乱が収まる前の騎兵突撃である。槍衾すらまともに構えられず、突き崩された解放軍はさらに混乱する結果となった。
敵本陣に切り込んだ騎士たちの中で、馬上のミュルンは剣を掲げながら叫ぶ。
「敵の後衛が動き出している。雑魚はよい! 総大将ロイド・リスタ二世を見つけ出せっ!」
「はっ!」
しばらくしてゴルド率いる歩兵隊が追いついた頃、騎士ライム・フォン・ケルンが屈強な兵たちに固められた一角に、白い鎧を着たロイド・リスタ二世を発見した。ライムはリスタ二世に槍を向けながら叫ぶ。
「いたぞ、あそこだ!」
その声に一斉にそちらを見る騎士たち、その視線にリスタ二世は引きつった顔で喚き散らす。
「ぶ……無礼者がぁ! 余は、リスタ王国の正当な後継者なるぞ。お主らの王になる男なのだ!」
「我らが王は、女王リリベット・リスタ陛下、ただ一人だ! かかれぇ!」
決死の覚悟で迫ってくる騎士たちに恐怖したリスタ二世は、周辺の配下の将兵たちに怒鳴りつける。
「えぇい、貴様ら余を守れ!」
「おぉぉぉぉぉぉ!」
正面から衝突したリスタの騎士は護衛兵の壁に阻まれて拮抗状態だったが、ライムのみが単騎で壁を抜け総大将のリスタ二世に迫っていた。
「王を語る逆賊め、覚悟っ!」
「痴れ者がぁ!」
双方とも騎乗で交差した瞬間、ライムが突き出した槍をリスタ二世が剣で斬り上げるように弾いた。ライムは眉を寄せると驚いた様子で呟く。
「思ったより、やるなっ!?」
リスタ二世のことをただの御輿で、腑抜けだと思っていたライムは認識を改めると、再びリスタ二世に向かって駆けだした。今度は両手で槍を持ち薙ぎ払うように構える。
ライムが振った槍はリスタ二世が振り降ろした剣を弾き飛ばし、その反動でバランスを崩したリスタ二世の肩に二撃目の槍を突き出した。
「がぁ!?」
短い悲鳴の後、落馬したリスタ二世は頭を打ったのか、そのまま気を失った様子だった。ライムがトドメを刺そうと馬を寄せ槍を構えた瞬間、護衛兵の壁を突破してきたミュルン副団長の声が聞こえてきた。
「ケルン卿よ、生かして捕らえよ! 何かの交渉に使えるかもしれない!」
「……わかりましたっ!」
ライムは馬から降りると馬に括り付けてある縄で、リスタ二世を縛り上げ自分の馬に乗せると再び騎乗した。それを見届けたミュルン副団長は、剣を掲げながら撤退を命じる。
「ロイド・リスタ二世は捕らえた! 我々の勝利だっ! 後衛の兵が来る前に引き上げるぞっ!」
「おぉぉぉぉぉぉぉ!」
こうしてリスタ二世の身柄を確保したリスタの騎士たちは、大急ぎで撤退を開始したのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西部戦線 ──
しばらく後、半数近くを失ったクリムゾンも、黒騎士団に勝利を収めていた。副隊長のミュゼは周辺を見渡しながら隊員に尋ねる。
「何人生き残った?」
「はっ、自力で馬に乗れるものが三十八、重傷が十三人です」
報告に対してミュゼが頷くと、丁度ミュルン副団長率いる騎士たちと歩兵隊が撤退してきていた。
「ミュルン殿、首尾は!?」
「成功だ! 無事捕らえたぞ」
ミュゼは感嘆の声を上げると、槍を天高く掲げてクリムゾンに対して命じた。
「よし、我々が殿を務めるぞ。彼らの後方へ移動しろ!」
「はっ」
クリムゾンの隊員たちは武器を掲げると、撤退する各隊の後方へに移動して守りを堅めるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西の城砦 城壁上 ──
グレート・スカル号の支援砲撃により、解放軍は撃退できたが正門を含めた城壁への被害も甚大であり、もはや西の城砦に防衛能力は失われていた。
その西の城砦の城壁上でマリーは望遠鏡を覗きながら、隣にいるリリベットに向かって状況を報告をしていく。
「敵勢力の中央と右翼は壊走状態、左翼も撤退を始めているようです。我が軍は、この城砦に向かって撤退中です。目視できる範囲では追手は無いようです」
「皆、無事じゃろうか?」
マリーの報告通り王国軍は西の城砦に向かって撤退してきているが、その数は出撃時の半数程度まで減り総数では二千以下になっている。解放軍の本陣は潰走状態だが、レティ侯爵軍は右翼に多少被害があった程度で一万七千強は残っていた。
「善戦した模様です……」
マリーはリリベットを気遣って、正確には伝えず曖昧な答えを返した。しかしマリーの声色から被害がかなり出ていることは、リリベットも気が付いており目を閉じると再び尋ねる。
「首尾は……どうなのじゃ?」
望遠鏡から目を離して、リリベットを一瞥したマリーが再び望遠鏡を覗きこむと、先頭の騎士が王国旗を振りながら合図を送っているのが見えた。
「どうやら作戦は成功した模様です。……ん? あれは?」
「どうしたのじゃ?」
何かに気が付いたらしいマリーに、リリベットが首を傾げて尋ねる。マリーの瞳には南方に巻きあがっている土煙が見えていた。
「南方から土煙が近付いています。かなり広範囲のようですが……」
リリベットはマリーから望遠鏡を受け取ると、自分の目で南方を確認する。しばらく見つめていると徐々に土煙が近付いてきており、リリベットの瞳は『黒い地に黄金の龍』の旗を掲げた騎馬を中心にした大軍勢の姿を捉えていた。
「あの旗印は……クルト帝国の皇軍なのじゃ!?」
リリベットは慌てた様子でそう呟いた。
クルト帝国皇軍 ── 皇帝直轄のエリートだけで形成された軍隊で、フェザー領主軍と双璧をなす大陸最強の軍隊である。
マリーに望遠鏡を返し、目を瞑りながら思案を巡らせているリリベットは、意を決したように目を開けるとマリーに向かって
「わたしも出撃をするのじゃ。マリー、戦車の手配と……宝杖ラーズを持ってきて欲しいのじゃ」
と告げるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西方戦線 レティ侯爵軍 ──
分散していた部隊を集結させたレティ侯爵軍にも、南方より接近中の皇軍の姿が見えており、予想外の援軍に沸き返っていた。
「ランガル様、皇軍です! 中央からの援軍です。目視ですが……およそ五万!」
「おぉ、父上か! 父上がサリナ皇女と皇軍を出撃させてくれたのだな!?」
通常皇軍を動かせるのは倒れた皇帝のみで、代行として皇軍を動かせる権限を持っているのはサリナ皇女だけである。彼女の後見である国務大臣のレティ侯爵が、サリナ皇女を説き伏せて皇軍を動かしたと考えるのが自然だった。
「これで小賢しい抵抗を続けているリスタ王国も諦めるはずだ。女王は必ず生きて捕らえろ! くくく……替え玉が捕まったようだが、正当な王である女王を捕らえれば問題はない。もうお遊びは終りだ! 言うことを聞かなければ、薬漬けにしてでも言うことを聞かせてやるぞぉ!」
ランガルは下卑た笑みを浮かべ、左手で失った右腕を押さえながら喚き散らしていた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西の城砦 城門前 ──
城砦から出撃したリリベットと近衛隊は、撤退してきた部隊と合流していた。リリベットは先頭に出てきたミュルンに微笑みながら出迎える。
「皆の者、ご苦労なのじゃ」
「陛下もご無事で何よりです」
リリベットの周りには、主要なメンバーが集まっていた。近衛隊長ミリヤム、衛兵隊長ゴルド、クリムゾンからは副隊長のミュゼとシグル、隊長のジンリィは気を失ったままだった。
ミュルンから戦果の報告を受けていたリリベットは、第一目標のロイド・リスタ二世を捕らえたこと、兵力も半数以下まで減ってしまったことが伝えられると、リリベットは真剣な表情に変わる。
「そうか、捕らえたのじゃな……しかし、それより今は南方より接近中の軍勢の方が問題なのじゃ」
「こちらでも確認しました。まさか皇軍が出てくるとは……しかし、逆に考えれば好都合です」
シグルの言葉に、リリベットは首を傾げる。
「皇軍は皇帝が率いるのが通例です。つまり、あそこには皇帝かその代理がいる可能性が高い、今回の名目上の首謀者は我々の手の内にあります。あとは当初の予定通り帝国とは条約の再確認を行うべきです」
「うむ、つまり直接皇帝と講和を結ぶべきということじゃな?」
確認するように尋ねたリリベットに、シグルは同意するように頷くのだった。
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『皇軍の将』
白馬に乗り蒼い鎧に身を包んだ人物が、腰の剣を引き抜き天高く掲げると並んでいる将兵を鼓舞していく。
「あそこにいる者どもこそが、帝国に弓を引く逆賊である! 皇帝陛下を仇なす輩に裁きの鉄槌を! 皇帝陛下の威光を示すのだ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
剣を掲げた将に兵たちも全員武器を掲げる。蒼い鎧の将が掲げた剣を振り下ろしながら
「突撃っ!」
と号令を掛けると、兵たちは鬨の声を上げながら一斉に突撃を開始した。