第124話「来援なのじゃ!」
リスタ王国 西部戦線 西の城砦 城壁上 ──
衝撃波に襲われたミリヤムは咄嗟に身を屈めた。城門の様子を確認するために、すぐ側まで来ていたリリベットもマリーに押しつぶされる形で身を伏せている。
「な……何事なのじゃ!?」
連続する爆発音と衝撃の合間を縫って、ミリヤムが城壁上から顔を出して周辺を確認する。その眼前に広がっていたのは、爆発で消し飛んでいくレティ侯爵軍の姿だった。
「なっ! ……どういうこと!?」
戦場の状況を確認していくと、何かが上空から飛んできて爆発しているようだった。殆どは侯爵軍に当たっているが、その一部は城壁にも当たっており王国側にも被害が出ている。ミリヤムは城壁上から身を乗り出し、北の方角を覗きこむと驚いた声を上げる。
「グ……グレート・スカル号!?」
突如行われた攻撃は、いつの間にか現れたグレート・スカル号の艦砲射撃だったのだ。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 クルト海 グレート・スカル号甲板 ──
砲撃が始まる少し前、北から吹く強風に乗って十分な船足を得ることが出来たグレート・スカル号は戦場に向かって急行していた。
戦況を確認するために陸上を望遠鏡で確認している複数の見張りたちは、ログス船長に次々と報告していく。
「西の城砦に敵軍と思われる軍勢多数! 現在、交戦中の模様!」
「船長! もうすぐ浅瀬です。この船足じゃ停船できません。このままじゃ、座礁しちまいますぜっ!」
それに対して、ログスは腕を振り上げながら叫ぶ。
「かまわねぇ、そのまま突っ込め! どうせ細かく動かすることはできねぇんだ! それに座礁しちまったほうが船体が固定できる」
「で……ですが、このままじゃ陸上に砲が向きません!」
グレート・スカル号の砲台は両舷にしかついておらず、船首を向けたままでは陸上に向けて攻撃ができない。しかし舵が壊れているグレート・スカル号は、通常の方法で旋回ことが出来なかった。
「わかってるよっ! 前部、及び中部マスト、全て風を抜け! サイドスラスター(船首についているスクリュー)全開!」
「アイアイサー!」
ログス船長の号令のもと、一流の船乗りたちが迅速に実行する。後部マストのみに風を受け、サイドスタスターで艦首を右に振ることで、無理やり船尾を流し、左舷側を陸上に向ける。
「ミズンも抜いて、右舷錨下ろせぇ!」
錨が急速に落とされ地面に着いた瞬間、滑るように横滑りで浅瀬に突っ込んだグレート・スカル号は見事に座礁し、船がバラバラになりそうな衝撃に襲われる。ログス船長は膝をつき船長帽を押さえながら号令を出していく。
「左舷、全砲門開けぇぇぇ!」
船の動揺が収まったあと、即座に左舷全砲門が開放される。ログス船長は立ち上がりながら、陸上のほうに手を突き出して叫ぶ。
「撃てぇぇぇ!」
こうして海上からグレート・スカル号の支援砲撃が開始されたのである。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西部戦線 西の城砦での戦い ──
コウ老師に城砦内の侵入を阻止された所に、海上のグレート・スカル号から支援砲撃として、広範囲に効果がある爆裂系の魔導砲弾を雨のように降らされては為す術もなかった。
なんとか立て直しを図っていたランガルだったが、すでに崩れ掛かった軍を建て直すことは出来ず、光輝く剣を振り上げながら後退を指示していく。
「ぐぅ……退けぇ!」
その命令に解放軍右翼は統率を失い、バラバラになって逃げ始めた。
本来であれば王国軍側も追撃に出るべきなのだが、グレート・スカル号からの砲撃で人的被害は少ないものの城砦側にもかなりの被害が出ており、出撃に割けるほどの人的余裕がなかった。
しかし城壁上のミリヤムだけは、弓を構えると退却する軍勢の中で光り輝く剣を振り上げている人物に狙いを付ける。
「逃がさない! ここで指揮官を討っておかなくてはっ!」
相手は味方を自爆させるような指示を出すような指揮官である。次はどんな手を打ってくるかわからず今後の展開を考えても、このまま黙って逃がすわけにはいかない相手だった。
ミリヤムが弦から指を放した瞬間、近くに着弾した魔導砲弾の爆風に煽られてバランスを崩して倒れ込む。
魔力が込められた矢は爆風に煽られながらも真っ直ぐと飛んでいき、剣を掲げていたランガルの右手に突き刺さった。その威力に吹き飛ばされて落馬したランガルは、肘から先が吹き飛んだ右腕を押さえ叫びながら転がりまわる。
「腕がぁぁ! 私の腕がぁぁぁぁ!」
「ラ……ランガル様!?」
すぐにランガルの部下たちが壁を作り、彼を馬に乗せると全速力で城砦から離れていく。爆風に煽られたミリヤムも第二射は撃てずに、結局ランガルを取り逃がす結果となったのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西部戦線 最前線 ──
時は少し戻り、城砦での戦闘が始まる前 ── ジンリィを先頭に突撃を敢行した騎士たちは、黒騎士率いる騎士団と衝突していた。
まず打ちあったのは、互いに先頭を走っていたジンリィと黒騎士だった。ジンリィの『気』を纏った戟と黒騎士の大剣が、すれ違い様に交差すると衝撃波が周辺を襲う。その衝撃に馬も耐えられず倒れ込み、双方とも馬から飛び降りた。
その横をクリムゾン及びリスタの騎士たち、およそ千騎がすり抜けて正面の黒騎士団と衝突した。黒騎士団は炸裂槍によって半数近くが吹き飛んでおり、およそ四百ほどまで減っている。
戟を振りまわしてから構えるジンリィは、不適に笑うと高らかと名乗り上げた。
「私の名前は、コウジンリィ。『武神』コウジンリィよ」
「…………」
しかし黒騎士は、やはり無言のまま剣を構える。
「喋れないのか、それでも喋るつもりがないのか……まぁいいさね。久しぶりの全力に付き合って貰えそうな強敵だ。楽しませて貰うよ!」
赤い色をした気がジンリィの全身を覆っていく。黒騎士も鎧から漏れるように黒い霧のようなものが溢れていた。
「武神コウジンリィ……参る!」
ジンリィは、そう叫びながら地面を蹴り間合いを詰める。黒騎士の大剣も相当長いが、それでもジンリィの戟の方が長く、間合いに入った瞬間に突き二段と薙ぎ払う。
対する黒騎士は、突きを半歩動くことで避けてから薙ぎ払いは大剣で受け止める。若干横滑りしつつ踏みとどまると、そのまま剣をジンリィ目掛けて振り降ろした。
ジンリィは後に飛び下がる。地面に突き刺さった黒騎士の大剣は、地面を抉るように大きなクレーターを作り出す。その力にジンリィは呆れた様子で呟いた。
「なんて力だい……それに、私の一撃を受け止めれるとはね」
後に飛び退いたジンリィが着地すると、すでに間合いを詰めた黒騎士が大剣を振りかぶっていた。
「ふぅ!」
振り降ろされた大剣を戟の柄で上手く受け流したジンリィは、振りまわすように戟で薙ぎ払うが、すでに黒騎士の姿は戟の射程外まで離れていた。
「冗談だろう? そんな鎧を着ていて力だけでなく、身のこなしまで私と同等って言うのかい?」
と言いながらも、楽しげに笑うジンリィ。彼女にとっても勝てるかわからない強敵の出現だったが、自分と同等の相手に楽しくて仕方なかったのである。この時ばかりは彼女は一軍の将ではなく、一人の武人であった。
ジンリィは改めて戟を振りまわしてから、息吹と共に腰を落として構える。
「こぉぉぉぉぉぉぉ」
今度は、あの大猪を倒した時と同じ構えだった。戟の周りに赤い色の気が流れるように集まっていく。対する黒騎士も大剣を正面に構えると、剣の周りに黒い霧状のものが纏わりついていくのがわかる。互いの力が共鳴しているのか地面が揺れ始め、二人の間で緊張感が高まっていった。
◆◆◆◆◆
『手旗信号』
座礁したグレート・スカル号の甲板で、望遠鏡を使って戦況を確認していた副長がログス船長に報告する。
「船長、敵はどうやら逃げてくようです」
「よし、砲撃やめぇ!」
ログス船長の号令によって砲撃は完全に停止した。城砦を見ていた副長の目に、城砦の上で飛び跳ねている人物が見える。
「あっ! 陛下です。女王陛下が城砦の上で両手を振り上げてます!」
「お~よかった、陛下ちゃん無事だったんだなっ、がっはははは」
そしてリリベットの横の人物が、手旗信号を送っていることに気が付く。
「船長、手旗信号です。何か送ってます」
「お? なんだ、読み上げてみろ。感謝の言葉かぁ?」
しばらく望遠鏡を眺めていた副長が微妙な顔をしていたので、ログス船長が首を傾げながら尋ねた。
「ん? どうした」
「あ、はい……それが『城砦に当てるな、馬鹿者め。レベッカに言いつけるのじゃ』だそうです」
ログス船長は、右手で両目を覆うと天を仰ぎながら
「勘弁してくれ、娘に殺されちまうぜ……」
と呟くのだった。