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第121話「皇帝の密約なのじゃ!」

 リスタ王国 東の城砦 城壁上 ──


 リスタ王国北部の海上で、シー・ランド海賊連合と帝国西方艦隊の戦いが勃発していた頃、リスタ王国の東の国境を護る東の城砦でも異変が起きていた。


 騎士団詰所で休んでいた宰相のもとに、国境上のレグニ侯爵軍の動きがあった旨を報せる伝令が飛び込んできたのだ。


 宰相フィンは急いで詰所から出ると、伝令と共に城砦の上まで駆け上がった。そして眼下に広がる国境線の様子を確認すると驚きの声を上げる。


「レグニ侯爵軍が……撤退していくだと?」


 国境線で陣取っていたレグニ侯爵軍が、慌てた様子で撤退を始めているのである。


「はい、陣払いもせず慌てた様子で退いてます。ひょっとして我々は助かったのでしょうか?」


 と尋ねてきたのは、従士の中で唯一城砦に残ったボトス団長の孫のベオル・フォン・リオンという若者だった。氷の守護者(アイスガーディアン)と呼ばれる宰相フィンと共に、東の城塞に残った百名は、戦力差百倍という絶望的な状況で耐えていたのだ。その圧力が消えたことに、安堵の表情を浮かべるのも仕方がないことだった。しかし宰相は唸りながら首を振る。


「侯爵軍の意図はわからないが、念のため警戒を怠らないように各員に伝えてくれ。こちらの油断を誘う欺瞞行動かも知れないからな」

「はっ」


 独自の情報網を持つ宰相と言えど、包囲されている状態では思うように情報が入手できず、レグニ侯爵軍の意図が読めずにいたのだった。


 結果として東の城砦は、現状維持で監視を継続しかなかったのである。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 レグニ領 リスタ国境付近の陣 ──


 時はレグニ侯爵軍が撤退していく数時間前に遡る。突如陣中にもたらされた報告に、この軍を率いているレグニ侯爵の嫡男エヴァン・フォン・レグニは、いつもの冷静な態度とは違い明らかに動揺していた。


「も……もう一度申してみよ?」

「はっ、南部方面から我が領内にフェザー公爵率いる公爵軍、およそ五万が侵攻中です。南部方面の防衛は一刻もかからず壊滅、防衛用の支城や砦が次々に落とされております!」

「ば……バカなっ!?」


 報告を聞いたエヴァンは頭を抱えていた。何と言っても帝国最強、つまり大陸最強と謳われるフェザー公爵軍である。武のレグニと呼ばれているレグニ侯爵軍だったが、全軍で迎え撃っても勝てるかわからない程の戦力である。


 彼らを釘付けにするためにレティ侯爵と結託し、わざわざ彼の息子であるレオナルド・フォン・フェザーに皇帝暗殺の罪をかぶせたのだ。


 フェザー公爵を自領に釘付けにしている間にリスタ王国を陥落させ、リスタ街道を利用してレティ侯爵軍と合流。そしてフェザー公爵を討ってから、帝都を掌握するのが彼らの計画だった。その戦力を温存するために、リスタ王国の東の城砦にはあえて攻め込まず、封鎖だけしていたのである。


 その公爵が動いているということは、計画に何らかの致命的な障害が発生したことに他ならなかった。そのことも問題だったが、現状の問題は眼前の問題であるフェザー公爵軍への対抗策である。


「全軍、早急に領都へ撤退するぞ! 父上の軍と共に南進してフェザー公爵軍と当たる!」

「しかし、リスタ王国の包囲はよろしいのですか? レティ侯爵との約束が……」

「そんなものは、どうでもいいのだっ!」


 かなり強い口調で答えたエヴァンに、配下の将は黙るしかなかった。そして撤退に向けて、速やかな陣払いが開始されたのである。


 しかし陣払いが開始してから半時ほど経過した頃、更なる急報がエヴァンのもとに届いたのだった。


「た……大変です、エヴァン様!」

「今度はなんだ!?」

「それが北から……」



◇◇◆◇◇



 ソーンセス公国 南部 帝国との国境付近 ──


 時間はさらに遡る。


 帝国との国境付近に約二万の将兵が集結していた。彼らは七国同盟の防衛戦力を除いた全軍であり、ソーンセス公国の将軍ロレンスが集まった将兵たちを見つめていた。


 ロレンス将軍は腰の剣を引き抜くと、空高く掲げながら士気高揚の演説を始める。


「七国同盟から集いし勇士諸君、我々は帝国の属国であろうか?」

「否っ!」


「勇士諸君、我らは友が同盟のために動いてくれたことを忘れてはいない。我々は我が身可愛さに友を見捨てる卑怯者だろうか?」

「否っ!!」


「勇士諸君、リスタ王国()が亡びれば、次は我々なのは明白である。我々はそれを黙って見ているつもりだろうか?」

「否っ!!!」


 手に持つ槍や足で地面に突きながら徐々に大きな声で答える将兵に、ロレンス将軍は満足そうに頷く。そして一段大きな声で叫ぶ。


「よろしい、ならば我らが取る道は一つである! 我々を小国と侮り、我らが友を蹂躙せんとする輩に、我らが正義を示すのだっ!」

「おぉぉぉぉぉぉ!」


 将兵たちは一斉に武器を振り上げて雄叫びを上げた。こうして七国同盟の連合軍二万が、リスタ王国の救援に向かうため、レグニ領北部へと侵攻を開始したのである。


 このレティ侯爵すら読みきれなかった不可解な侵攻は、帝国の度重なる威圧的な外交と、彼らが窮地の際にリスタ王国が示した僅かな友情が、廻りまわって今回の行動として現れたのだった。


 この七国同盟の侵攻により、レグニ侯爵は二正面作戦を強いられる結果となり、リスタ王国包囲網は完全に瓦解したのである。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 ガルド山脈麓 牧場 ──


 後の歴史書には記されることは無かったが、リスタ王国南部でもとある出来事が起きていた。リスタ王国南部には大陸最大の標高を誇るガルド山脈がそびえ立っているため、リスタ王国側も防衛の必要を感じず兵士を置いていない。


 レティ侯爵は西部戦線が初戦で破れ去った時、現在の膠着状態になることを予測しており、南部からガルド山脈を越えて王都を襲撃する強襲部隊を派遣していた。その数二百、彼らの目的はリリベットが王城にいれば拉致、もしくは暗殺。そして先王妃へレンの奪取であった。


 リリベットと違い先王妃ヘレンはフェザー公の妹であり、対フェザー公の切り札になりうる人物だったからである。


 命を受け万全の準備でガルド山脈に挑んだ強襲部隊だったが、ガルド山脈を越えることが出来たのは三十名弱で残りは全て脱落してしまっていた。


 ガルド山脈の麓まで降りてきた隊員は、今にも倒れそうな顔で中年の男性に尋ねる。


「隊長……これからどうするんですか?」


 隊長と呼ばれた中年男性は、前方に見える牧場を指差しながら答えた。


「まずはあの牧場を占拠する! しばし休憩したら計画通り王城を襲撃するぞ! 数は少なくなってしまったが、奴らの目は国境に向いているはずだから、この人数でもいけるはずだ!」


 隊員たちは元気のない声を上げるが、今はとにかく休憩できる場所が欲しかったため、各々が最後の力を振り絞って腰の剣を抜いた。


 その瞬間である。隊員の一人が何もないところで突然弾け飛んだのだ。


「なっ!? なんだ?」


 次々と何かに撥ねられたように吹き飛んでいく隊員たち、姿は見えないが砂煙と蹄のような跡が地面を駆け回っていた。


「な……何かいるぞ!?」

「土煙だ! なんでもいいから、あの土煙に武器を突っ込め!」


 隊員たちは吹き飛ばされながら、次々と持っていた武器を土煙に突き刺していく。残り五人ほどになった時、ようやく謎の襲撃者の姿が見え始めた。それは大人ほどの大きさの巨大な猪で、体は半透明で透けていた。突き刺したはずの剣もいつの間にか溶けたように猪と同化しており、ダメージを負っているようには見えなかった。


「ひぃぃぃ、なんだ、あれは……にげっ……」


 突然現れた大猪に本能的に恐怖を感じた強襲部隊の生き残りは、逃げ出そう背を向ける。しかし、その背中に大猪の咆哮が轟いた。


「グガァァァァァァァ!」


 その大咆哮に脚が震えて、その場にへたり込んだ強襲部隊の隊員たちは、一人一人大猪の身体に飲み込まれていく。こうして王都強襲を目論んだ部隊は人知れず壊滅し、彼らの存在は歴史の上でも御伽噺として扱われることになったのである。





◆◆◆◆◆





 『皇帝の密約』


 今から四十二年前に当時のクルト帝国皇帝と、彼の弟でリスタ王国の建国王になったロードス・リスタによって取り交わされたという条約。世間一般では、ただの不可侵条約として扱われているが、本来の内容は違うものだった。


 当時ロードス・クルトの配下だった先々代レティ侯爵と先代レグニ侯爵は、皇族であるロードスを擁立して帝国への反乱を画策、これを止めるために単身帝都に向かったロードスと、皇帝の間で非公開の会談を行われた。


 他の大陸や海賊たちと争っていた情勢から、有力貴族であるレティ・レグニ両侯爵を討伐することが出来なかった当時の皇帝は、ロードスが提案した街道の封鎖案『リスタ王国建国』を受諾。これにより両侯爵は連携が取ることができなくなり、単独では反乱を起こすことも出来ず徐々に力を削がれていった。


 この事により反乱の汚名を一人で負うこととなったロードスだったが、彼が建国をした理由はもう一つあった。彼が唯一愛した女性は亡国の姫君であり、反乱の芽を摘むという理由から帝国内では犯罪者として指名手配を受けていたのだ。


 ロードスは彼女のためにリスタ王国を建国を決意し、誰でも『やり直すチャンスが貰える国』を目指したのである。

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