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第119話「総力戦なのじゃ!」

 リスタ王国 西部戦線 国境付近 ──


 翌日リリベット率いる王国軍と、ロイド二世が率いる解放軍が国境付近で対峙していた。


 王国軍は女王リリベットの他に、騎士職(リスタの騎士・従士・騎士の一族)の千弱、クリムゾン百騎、ゴルド率いる衛兵隊が二百、戦闘可能な民兵が全員出撃で約五千、近衛隊がリリベットの警護に二十九騎の編成で約六千強、民兵の指揮は衛兵隊長のゴルドが執ることになった。


 対するリスタ解放軍は、主将にロイド・リスタ二世、傭兵や民兵が入り混じっているリスタ解放軍が約四千、黒騎士とその騎士団が約千、後詰にレティ侯爵軍が二千控えていた。


 リスタ王国側は輸送等を担っている二千の民兵に城砦を任せ、戦える者は全て出撃させており、まさに総力戦と言えた。




 しばらく睨みあっていた両軍だったが、日の光が頭上に輝いた正午頃ついに動き始めた。リスタ二世が剣を振り上げながら


「正当な後継者を蔑ろにいてきた連中に、鉄槌を食らわせてやるのだ! 全軍突撃っ!」

「おぉぉぉぉぉぉ!」


 と雄叫びを上げながら解放軍の前衛が動き始める。その様子を見つめていたリリベットも、同じく腰の短剣を抜くと天高く突き上げた。


「我らが土地、我らが国、我らが人々を侵さんとする愚か者どもに、我らが意地を見せるのじゃ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 リリベットの鼓舞に王国軍の士気は天にも届くような勢いだった。このカリスマ性こそがリリベットが戦場にいる唯一の利点であり、リスタ王国の武器でもあった。


 リリベットはシグル・ミュラーの方を向くと力強く頷く。それに対してシグルも頷くと、剣を天高く掲げてから一気に振り下ろして


「リスタの騎士に続けっ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 その号令でリスタの騎士を先鋒に、衛兵隊二百と民兵五千が突撃を開始した。シグルは隊長のジンリィの方を向き声をかける。


「隊長、頼みましたよ!」

「任せな!」


 ジンリィは頷くと馬の腹を軽く蹴る。そして彼女に付き従うクリムゾンと共に、やや迂回気味に騎馬を進め始めるのだった。




 両軍の戦闘は両軍とも弓の斉射から始まり、その後騎兵による突撃が行われた。最初は士気の高さで王国軍が押していたが、ろくに訓練を積んでいない民兵から徐々に崩れ始め、現在では少し押され気味である。


「シグル! なんとかするのじゃ!」

「今は我慢です。もう少しで隊長が、何とかしてくれるはずです」


 シグルの立てた策では両軍が激突している間に、迂回したクリムゾンが敵本陣を突くというものであり、その間はとにかく耐えるしかなかった。



◇◇◆◇◇



 丁度その頃ジンリィ率いるクリムゾンは、敵本陣を視認できる距離まで切り込んでいた。


「死にたくない奴はどきなっ!」


 ジンリィが戟を振るごとに、まるで刈り取られる稲に如く敵兵が斬り倒されていく。その強さに敵兵はすでに及び腰になっておりロイド・リスタ二世ですら、あまりの化け物ぶりに逃げ出そうとしていた。


「陛下を守れ!」

「邪魔だっ!」


 リスタ二世の近衛だろうか上等な鎧を着た数人が、ジンリィの勢いを止めるべく立ち向かってたが埋めようがない実力差から、それぞれが一撃で葬られていく。


 その時、後方から驚きの声が響き渡った。


 ジンリィが声に反応して後ろを振り向くと、黒騎士が一騎で王国軍を貫き破り、王国軍本陣にいるリリベットの元へ一直線に向かっていくのが見えた。


「なっ!? ミュゼ!」

「はい!」

「お前は、このままリスタ二世を追え! 私は陛下を護りに戻る」

「わかりました……いくぞっ!」


 副隊長のミュゼは槍を掲げながら、後続に指示を出して襲撃を続行。ジンリィはクリムゾン本隊をミュゼに任せ、急ぎ本陣に向かい駆け出した。



◇◇◆◇◇



 一騎で抜け出した黒騎士を、何騎かの騎馬が慌てて追いかけていた。ボトス団長とミュルン副団長、そしてライムを含めた騎士十名である。自軍が抜かれたことに、いち早く気がついた団長と副団長が、それぞれ手近にいた騎士をまとめて追いかけたのである。


 自陣には女王リリベットの他にマリーとシグル・ミュラー、そして近衛隊しかおらず、ほぼガラ空き状態だった。


 まず追いついたのはミュルン副団長とライム、そして騎士三名だった。追いついた騎士たちは、それぞれ黒騎士に向かって槍を突き出したが、全て黒騎士の剣に弾かれ、瞬時に斬り倒されてしまった。


 その隙に前まで回りこんだミュルンは、盾を構えながら黒騎士に向かって突撃を開始する。左側を盾で身を護り攻撃を受け止めようとしたミュルンだったが、黒騎士は予想外の攻撃に出たのである。


 黒騎士は長大な剣をミュルンの正面から横薙ぎに振り抜いたのである。その結果、馬上のミュルンの正面、つまりミュルンの愛馬の首を断ちながら、黒騎士の剣はミュルンの鎧にめり込んだ。


「ガハッ!」


 血を吐き出しながらも、咄嗟に黒騎士の腕を抱きつくように掴んだミュルンは、黒騎士と一緒に地面に衝突するように落馬する。


 巻きあがった砂煙の中、兜を押さえながら立ち上がる黒騎士は、近くに倒れているミュルン目掛けて剣を振り上げそのまま振り下ろした。


 ガキィィィィィ!


 という金属音と共に、振り下ろされた剣は何かに阻まれて止まった。間に割って入ったのは、追いついてきたボトス団長の両手剣だった。


「アイオ卿よ。死ぬ順番を守らんのは感心せんぞっ!」


 ボトスは両手剣を思いっきり振り回して、黒騎士に叩きつけることで吹き飛ばす。そして老齢とは思えぬ連撃を黒騎士に向かって放ち続けるが、その全てを黒騎士は受けきっていた。


「ケルン卿よ。アイオ卿を連れて陛下たちと退くのじゃ!」

「し……しかし!?」

「行けぇ! 此奴は、お前たちでは勝てぬ!」


 その気迫にビクッと震えたライムと騎士たちは、負傷したミュルンを馬に乗せると自分も馬に飛び乗って、急いでその場を後にするのだった。


 ボトス団長は、その姿を横目に渾身の一撃を振り下ろしたが、黒騎士に弾かれてしまいボトスの両手剣が宙に舞う。その剣を見つめながらボトスは力なく呟いた。


「歳は取りたくないのぉ……」


 斬り上げた黒騎士の剣は無常にも、そのままボトスの肩口に振り下ろされるのだった。


「ロードス王よ……ようやくお側に……」


 それがリスタ王国建国時から戦い続けた、老騎士の最後の言葉だった。



◇◇◆◇◇



 ボトス団長の戦死と時を同じくして解放軍の退却の角笛が鳴り響き、解放軍は撤退を開始した。これはミュゼ率いるクリムゾンに襲撃されたロイド・リスタ二世が、逃げながら自分の身を護るために出した撤退命令だった。


 黒騎士も駆けつけてきたジンリィに一瞥もせず撤退していき、王国軍も継戦は叶わずそれに合わせて撤退を開始するのだった。


 王国軍の死者は民兵を中心に千名を超え、リスタの騎士もボトス団長を含め七名が戦死した。負傷者はミュルン副団長を含めて千五百を数えている。


 対する解放軍も三千強の死傷者を出していた。


 これが今回の戦争における第三次戦闘の結果である。




 リスタ王国 西の城砦 作戦会議室 ──


 重い空気の中、報告を聞き終わったリリベットは顔を伏せていた。そして一度顔を横に振ると、毅然とした態度でミュルンの容態を尋ねる。


「ミュルンの様子はどうなのじゃ?」

「はっ、現在ラフス教の司祭ヨドス様が治癒(ヒール)を施してくださっております。なんとか持ち直すのではと……」


 と答えたのはボトスを置いて、ミュルンと一緒に撤退してきたリスタの騎士の一人だった。その顔には悔しさが滲んでいる。リリベットは騎士にかける言葉が思い浮かばず、視線を逸らすと今度にシグルに尋ねた。


「この後は、どうなるじゃろうか?」

「はい、リスタ二世を討ち取れなかったのは痛恨の極みでしたが、相手の被害も甚大ですので、しばらくは攻めて来れないのではと思われます」


 リリベットは頷くと席を立ち、扉に向かって歩きながら


「すまぬが……今日はもう休ませて貰うのじゃ。今日は来ないと思うが、警戒だけは怠らないようにするのじゃぞ」


 と言って部屋を後にした。




 そんなリリベットの姿に、若い従士がボソリと呟いた。


「陛下、思ったより淡々としていたな……団長が死んだってのに平気なのか?」


 その瞬間、隣にいた騎士に殴られて従士は派手に吹き飛んだ。その従士はすぐに立ち上がったが、鼻血を流しながら何故殴られたかわからないという顔をしている。


「馬鹿か、貴様はっ! 陛下の御心も考えずに!」


 騎士はそう叫びながら、もう一度殴ろうと拳を振り上げた瞬間、ジンリィに腕を掴まれた。


「今は味方同士で争ってる場合じゃないよ」

「くぅ……」


 彼女に諭された騎士は肩を落とすと部屋から出て行く。ジンリィは鼻血を流したまま、直立している従士に向かって


「主上は、あんな小さいナリをしていても立派な女王なんだ。戦の最中に臣下の前では泣けないのさ……」


 と言って、従士の肩を叩くのだった。




◆◆◆◆◆





 『守護の宝杖』


 寝所に戻ったリリベットは、一本の杖を空ろな瞳で見つめていた。この杖はリリベットが王城から出撃する際に、マリーが持っていた杖で宝物殿から持ち出したものである。


 ノックの音の後にマリーが、ティーセットを持って入ってきた。


「陛下、カモミールティーです。少しは落ち着くはず……って、陛下!?」


 マリーはティーセットをサイドテーブルに置くと、慌ててリリベットから杖を取りあげた。


「いけません、陛下! 宝杖ラーズは危険なのですよ!?」


 宝杖ラーズ ── 宝物殿を護っている守護龍ラーズが封印されている杖。ラーズはリリベットにのみ懐いているが、宰相の氷龍のように制御はできず、こんな場所で解放すれば敵味方問わず飲み込んでしまう恐れがあった。


「…………」


 リリベットは無言のまま飛びつくようにマリーに抱きつくと、声を出さないように泣き始める。マリーもそれ以上は何も言わずに、リリベットが落ち着くまで頭を撫で続けるのだった。

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