第11話「縁談なのじゃ!」
宰相フィンと先王妃へレンの間で行われた密談から、二週間が過ぎていた。
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
赤いマントに王冠という国主の正装を身に着けたリリベットが、王城の謁見の間でクルト帝国から訪れていた使者と会っていた。リリベットの周りには前回同様に宰相フィンと衛兵二名、そして姿を見せていないがマリーが控えている。
リリベットは、いかにも面倒そうな顔で使者を一瞥する。
「使者殿、また引渡し要求か? いい加減に我が国の事情もわかっていただきたいのじゃが……」
リリベットの問いに、小太りで口ヒゲを生やした如何にも大臣風の使者は、大げさな身振り手振りで否定する。
「いやいや、此度は違いますぞ。貴女と貴女の国に有益な話をお持ちしたのです」
「ふむ?」
いつもと違うと言う使者の話に少しは興味を持ったのか、リリベットは使者に右手の手のひらを向けて続きを話す様に促す。使者はリリベットが興味を持ったことに安心したのか、一度深呼吸をしてから話を続ける。
「私はクルト帝国ではなく、レティ領の領主 サンマル・フォン・レティ侯爵閣下の命で参りました」
レティ領という言葉にリリベットと宰相の眉が少し上がった。レティ領とはリスタ王国の西方にあるクルト帝国の領地で、とある理由から隣接しているリスタ王国とは折り合いがあまり良くないのだ。その様子に気が付かないのか、あえて無視したのかわからないが使者は満面の笑みで話を進める。
「お喜びください! 我が主が三男ランガル様とのご縁談の話をお持ちしましたぞ」
「…………?」
なにを言われたのか分からなかったのか、リリベットはきょとんとした顔で首を傾けた。そのはずみに彼女の頭には、明らかにサイズが合ってない王冠が落ちそうになり、宰相フィンがそっと支える。
「ランガル様は、眉目秀麗、詩に長け……」
「…………じゃ」
リリベットは震えながら口を開くが、声に気が付かなかったのか使者は三男坊のアピールを続けている。
「あれほどの方は帝国広しと言えど、なかなかおらぬと……」
「待てと言っておるのじゃー!」
突然の大声に使者はびくっと震えると口を閉ざして姿勢を正した。リリベットはわなわなと震えながら、使者に向かって念のために尋ねる。
「使者殿……念のために確認じゃが、その者と誰の縁談話を持ってきたのじゃ?」
今度は使者がきょとんと顔をしたが、気を取り直して手のひらをリリベットに向けつつ満面の笑みを浮かべた。
「もちろんランガル様が貴女様を嫁に、との話でございますよ?」
「…………」
開いた口が塞がらないといった感じで、ぽかんっと口を開けているリリベットに、使者は気遣うように続けた。
「あぁ、なるほど! 突然の良い話に驚かれたのですな……もちろん本来であれば、陛下のお父上に話しを通すところでございますからな」
「……もうよいのじゃ! わたしは顔を見たこともない奴と結婚するつもりはないのじゃ、帰られよっ!」
リリベットはそう言い放つと荒々しく席を立ち、頬を膨れさせながら謁見の間から出て行ってしまう。困惑してオロオロしている使者に向かって宰相は軽く首を振る。
「聞いた通りである。遠路ご苦労であった、使者殿……下がられよ」
その言葉を聞いた瞬間、役目を果たせなかった事に気が付いた使者は、がっくりと肩を落としてトボトボと謁見の間から出て行った。その後姿を見ながら宰相は真剣な顔で
「……タイミングが良すぎるな」
と呟くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 宰相執務室 ──
その日の午後、衛兵のラッツは宰相に呼び出され宰相執務室に来ていた。ラッツは突然の呼び出しに緊張のあまりカチコチに固まりながら敬礼する。
「衛兵ラッツ、お召しにより参上しました。宰相閣下!」
宰相はその金髪の青年を一瞥すると、そのままペンを動かし続ける。その様子にラッツは直立不動で待つが、どうすればいいのかわからない様子だった。しばらくしてペンを止めると、宰相はようやく口を開いた。
「君がラッツか……最近、陛下やマリー殿からよく君の話を聞く」
「はっ、よく護衛任務で」
机に肘を置いて手を組み口を隠すように座っている宰相は、ラッツを一睨みする。
「ふむ……ところで君はロリコンという言葉は知っているかね? 最近、陛下がどこからか覚えてきたようなのだが……」
「えっ……えーっと……」
その言葉に目が泳いでいるラッツは、処罰されることを恐れて震えはじめる。宰相も明らかに誰が犯人なのかわかっている様子で聞いてきているからだ。そうリリベットに、その言葉を教えたのはラッツ自身なのだ。
「……まぁいい、君に頼みたいことがあるのだよ、ラッツ。いや、ゴールデンと呼んだほうがいいのかな?」
昔の名前で呼ばれて一瞬眉をひそめるラッツ。相手は再出発を国是とするリスタ王国の宰相である。国内に入ってくる元犯罪者の経歴など知っていても不思議ではない。
「宰相閣下、すみませんがその名は捨てました。今の俺は衛兵のラッツです」
そう告げるラッツの目には静かなる拒絶の色が見られた。彼が義賊として活躍していたのは、あくまで妹の仇を討つためであり、それ以外のことでその業を使う必要はないからだ。
「ふむ、では聞こう。衛兵の本分とは何かね?」
「国を護ることです」
はっきりした口調で即答したラッツに宰相は納得したように頷くと、ちょっとお使いに行ってくれとでも言う感じで尋ねる。
「これから頼むことも国を護ることに繋がるのだ。それならば問題あるまい?」
ラッツは目を瞑ると軽く首を振る。そして、諦めた顔になり微かに笑う。
「どうも俺では、閣下に口ではかないそうもありません。……どのようなご用ですか? 宰相閣下」
「うむ、君に頼みたいのは……」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
その頃、女王執務室ではリリベットが一仕事終えて、ソファーに座って一休みしていた。マリーはそのリリベットのために紅茶を淹れている。
「えぇぃ! 思い出しただけで腹立たしいっ!」
いきなり癇癪を起こしたように怒りだすリリベットに、マリーは穏やかに微笑むと紅茶をリリベットの前に置いた。
「先ほどの謁見ですか?」
「そうじゃ、あの話を聞かぬ使者め! な……なにが結婚じゃ!」
プリプリと怒りながらティーカップを持つと紅茶に口を付ける。砂糖をいれた紅茶の程よい甘さにリリベットは頬を緩めた。その様子に、クスリと笑ったマリーは尋ねる。
「そうはおっしゃいますが、陛下もいつかはご結婚されるのですよ?」
「……まだまだ先の話なのじゃ」
力無く言うリリベットもわかっている。いずれ時が来れば本人の意思と関係なく相手が選ばれ、結婚しなくてはならなくなる。『後継者問題』、これがリスタ王国最大の課題なのだ。現状、直系王族は現女王であるリリベットしかおらず、その彼女は現在八歳で子を生せる年齢ではない。つまりリリベットを失えば、リスタ王国は正当な後継者を失い滅亡するしかないのだ。
「確かにまだ早いかもしれませんね」
そう微笑むマリーは、空になったティーカップに紅茶を注ぎ砂糖を入れて、ゆっくりとかき混ぜてからリリベットの前に置いた。
「そ……そうじゃろう?」
将来どうなるか不安なのか、力なくマリーを見つめているリリベットにマリーが尋ねる。
「ところで陛下は、どの様な殿方がお好みなのですか? たとえば身近の方ならどうでしょう?」
「こ……好みじゃと!? そうじゃな……」
いきなり問われて、慌てながらリリベットは考え始めた。
「宰相は歳の差が百は軽く越えておるし、大臣達も老人ばかり……ゴルドはゴツいし、ラッツは顔はよいのじゃが……うむ、わたしの周りには碌な男がおらんのじゃ!」
真剣な顔で結論を出すリリベットに、マリーは笑いながら答えた。
「ふふふふ、顔を知っていてもダメではないですか」
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『政略結婚』
この世界でも、政略結婚は普通に行われている。
力のない家が力のある家に娘を送って誼を結んだり、逆に要求されて仕方なく娘を差し出したりすることが日常的に行われており、送った娘がその家を掌握し、家ごと乗っ取るなどの事例も少なからずある。