第118話「夜襲なのじゃ!」
リスタ王国 西の城砦 城壁の上 ──
リリベットたちが防戦に徹することが決定してから、四日が経っていた。その間リスタ解放軍の方に大きな動きはなく、徐々に陣地を前進させてくるだけだった。
リリベットたちが防戦に徹することが決定してから、四日が経っていた。その間リスタ解放軍の方に大きな動きはなく、徐々に陣地を前進させてくるだけだった。
東の城砦から援軍として、ボトス団長率いるリスタの騎士五十名と従士百四十九名、それと騎士家の者が五百名ほどが西の城砦に到着すると、西の城砦の士気はさらに高まっていた。
しかし東の城砦は宰相フィンと、騎士家から百名の選抜した者たちが護っており、もしレグニ侯爵軍が動き出した場合、西の城砦以上に魔導式ポリボロスが必要になってくるため、炸裂槍を輸送することはできなかった。
ミュルン副団長は、ボトス団長が到着時点で指揮権を譲ろうとしたが、ボトス団長は「東西では勝手も違う。指揮が急に変わっては混乱を招くじゃろう」と言い、ミュルンにそのまま指揮を取るように命じた。
ボトスは戦が終れば家督を息子に譲り、団長職をミュルンに譲るつもりである。この戦で次期団長として、ミュルンに実績を積ませたいと考えていた。
城砦の上ではボトス団長とミュルン副団長が、西の国境線を眺めている。
「やはり動きはないようじゃな?」
「はい、徐々に陣地を構築しながら前進してきてますが、城砦に攻めかかる動きはありません」
ボトス団長の問いに、ミュルン副団長は首を振りながら答えた。
敵の数は未だ二万強もおり、もし西の城砦を取り囲まれれば半日と経たず陥落するだろう。それなのに攻めてこない解放軍の真意を、ボトス団長はミュルンを試すように尋ねる。
「この状況、どう思う?」
「気勢を殺ぐためでしょう。初戦は我々の勝利でしたから、勢いのある敵に挑むのは馬鹿のすることです。……おそらく今夜から明日の明け方辺りで夜襲をかけてくるかと」
ミュルン副団長の考えに、ボトス団長も同意して頷いた。夜陰に紛れれば魔導式ポリボロスは射程を測れず発射できない。解放軍はそこを狙ってこないわけがないのだ。問題になるのはタイミングだが、そろそろ防衛隊の方も気が緩み始める頃である。
そんなことを話していると、階段を登ってシグル・ミュラーが城壁の上に現れた。そしてボトスとミュルンを発見すると、軽く手を上げながら声をかけてくる。
「お二人ともここでしたか、実はお願いしたいことが……」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西部戦線 国境付近 ──
その日の深夜、ミュルンの予想通り解放軍の兵が闇夜に紛れて進軍していた。松明も掲げずに、暗闇の中をゆっくりと進軍してきている歩兵三千は、リスタ王国内に橋頭堡を作ることを目的としていた。
そんな中、二人の兵がヒソヒソと喋っている。
「おい、この辺だろう? 四日前に三千の騎兵が吹き飛んだのは……」
「静かにしろ! 行軍中は喋るなって言われてるだろ?」
その二人が喋るのをやめた瞬間、行軍している兵たちの左側、すなわち北側から角笛の音が鳴り響いた。兵士たちはビクッと震え、周辺を警戒するように辺りを見回した。そして彼らを挟むように複数の松明のような灯りが現れたのである。
解放軍の北側に伏せていたのは、近衛隊長ミリヤムが率いる木工ギルド所属の弓が得意な狩人たちである。森人のミリヤムは、闇夜の中でも接近中の敵兵の姿がよく見えていた。
「近付いてきたわ……合図を送って」
「わかりました」
後に控えていた狩人が返事をすると角笛を吹き鳴らした。それに合わせて、狩人たちは灯りが洩れないように隠していた火種から、次々と矢に火をつけ構えた。同時に南側では木工ギルドのヴァクス会長が率いる別働隊が、同じように矢に火をつけていた。
「斉射、放てぇ!」
ミリヤムの号令と共に、狩人衆は一斉に火矢を解放軍に向かって放つ。闇夜の中、降り注いだ火矢に逃げる方向もわからぬまま、解放軍は混乱状態に陥っていた。
「私たちの仕事は終わり、逃げるよっ!」
ミリヤムの撤退の指示に、再び角笛が吹かれると伏せていた狩人たちは一斉に逃げ始めた。
続いて解放軍の前方に数百の松明の灯りが一斉に点灯すると同時に、火矢によって照らされた解放軍の頭上に、風切り音と共に炸裂槍が飛来するのだった。そして爆発が巻き起こると、悲鳴と錯乱した兵たちの声が周囲に響き渡る。
そこへ解放軍前方で待機していたリスタの騎士が、鬨の声と共に突撃を開始した。
「いいか、一撃でよい! 一撃を加えたら即時離脱だぁ!」
「おぉぉぉぉぉぉぉ!」
ミュルン副団長の声に、リスタの騎士と従士のみで構成された強襲部隊が雄叫びを上げつつ、混乱した解放軍に対して突撃を敢行したのだった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 西部戦線 リスタ解放軍本陣 ──
「ふざけるなっ!」
リスタ解放軍が作戦本部として使っているテントの中から、怒気のこもった叫び声が響き渡った。声の主はロイド・リスタ二世、先王の遺児を名乗っている男である。彼の元に今朝方届けられた報告は、彼を激昂させるに足るものだった。
「夜襲は失敗した上に、半数近くも失ったというのか!」
報告にきた兵士は、怯えた表情で力無く頷く。昨夜の夜襲では魔導式ポリボロスの攻撃の後、リスタの騎士の襲撃に遭い恐慌状態に陥った解放軍は、闇夜の中で同士討ちを始めてしまい被害が拡散したのだった。
「もうよい、下がれ!」
リスタ二世の怒声に、兵士は敬礼をしてから出て行った。それと入れ替わるようにランガルと黒騎士がテントに入ってきた。
「やぁ、ロイド殿……荒れてますな。少し落ち着かれてはどうです?」
「ランガル殿か、これが落ち着いてなどいられるかっ!」
ランガルが近くにあった椅子に腰をかけると、リスタ二世も同じように腰を下ろした。
「ランガル殿、貴方はリスタ王国など大したことはない。すぐに落とせると申していたではないかっ!」
「ふふふ……私もここまでの防衛力を持っているとは誤算でしたよ。しかし、まだ兵数は倍以上の残っておりますし、『あの攻撃』はもう無いでしょう。それにもうすぐ援軍も来ますしね」
怒り狂っているリスタ二世とは対照的に、ランガルは余裕な顔で対応する。
「あの攻撃は、もう無いと言うのだな? それならば恐れることは何もない! 総攻撃をかけるとしよう」
「申し訳ないがレティ侯爵軍は、先の戦いの被害から再編中です」
「ならばリスタ解放軍だけで向かうとする。余が直々に指揮してくれるわ!」
意気揚々と立ち上がったリスタ二世に、ランガルはため息をついて黒騎士を一瞥する。
「では、この黒騎士と騎士団だけでもお連れください」
その言葉にリスタ二世は嬉しそうに黒騎士の側まで歩み寄ると、彼の肩を叩きながら
「おぉ、お主も来てくれるのか? お主のような勇者が一緒ならば心強いぞ!」
と告げて微笑むのだった。こうしてリスタ解放軍による第三次攻勢が決定されたのだった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 エンドラッハ宮殿 皇帝の寝所 ──
一方その頃、毒殺未遂でこん睡状態のサリマール皇帝の寝所に、国務大臣レティ侯爵と兵士たちが突然入ってきていた。いきなりの訪問に皇帝の看病をしている典医は、驚きの声を上げた。
「レ……レティ閣下、ここに兵を入れるなど、いったいどういうことですか!?」
「典医殿、皇帝を狙った暗殺者の情報が入ったのだ。すまないが安全のため少し席を外してくれぬか?」
「し……しかし」
渋る典医にレティ侯爵が笑顔で肩に手を置く。典医はビクッと震えると、怯えた表情で部屋から出ていくことを了承するのだった。
典医が出て行ったあと、レティ侯爵はサリマール皇帝の枕元に立つと
「陛下、貴方のような優秀な皇帝にお仕えできて感謝しております。しかし、貴方は優秀すぎたのです」
と呟いた。そして一旦深呼吸をしてから、目を瞑ると連れてきた兵士に対して告げる。
「……やれ」
閉じた瞼の奥から、何かが動いた音が聞こえている。
しばらくしてレティ侯爵が目を開けると、先ほどまでと同じように皇帝が静かに眠っていた。慌てて兵士の方に振り向くと彼らは床に倒れており、代わりに金髪の青年が一人立っていた。その姿を見たレティ侯爵は驚きの声を上げるのだった。
「お……お前は!?」
◆◆◆◆◆
『帝国の翼』
嫡男が皇帝暗殺の咎で自領への謹慎処分を受けているフェザー公のもとに、一通の封書が届いていた。
執務机の席に座り、届けられた封書に施されていた封蝋に記された紋章を見て、驚いた様子のフェザー公は急いで封を切り、食い入るように手紙を読み始めた。
「ふむふむ、なるほど……」
読み終わると豪快に笑い出し、席を立つと執務室のドアを開けながら
「はっははは、出陣だ! 急ぎ戦の準備を進めよっ!」
と屋敷中に響き渡る声で告げたのだった。