第117話「初戦なのじゃ!」
リスタ王国 西部戦線 国境付近 ──
リスタ解放軍の先鋒隊は、突撃してきたリスタの騎士に矢を浴びせかけた。しかし突撃の威力を少なからず減退させるはずの矢は、ミリヤムの契約精霊スーラの風によって防がれてしまったのだ。その突然起きた予想外の現象に動揺した解放軍は、リスタの騎士の突撃をそのまま受けることになる。
「き……来たぞっ!」
「隊列を……」
「ぎゃぁぁ」
十分加速した騎兵の突撃に、動揺した解放軍の中央はなすすべもなく食い破られることになった。中央部を貫いたあと、ミュルン副団長は加速したまま左右を確認する。
右翼に展開していたジンリィ率いる部隊に激突した解放軍左翼は、ジンリィの一撃によってすでに崩れ去っていた。しかしミュゼが率いた左翼は数の少なさからか、解放軍右翼を突き破れずに取り囲まれつつあった。ミュルン副団長は剣を掲げると左翼を指しながら
「左翼だ、いくぞっ!」
と叫んだ。その号令にリスタの騎士は速度を落とさず左翼方向へ旋回すると、そのまま敵の右翼に突撃をかけた。ミュゼ率いる部隊と戦っていた解放軍右翼は、背後を突かれる形になり壊滅的被害を被ってることになる。
その後は乱戦状態になった両軍だったが、初撃で大打撃を被った解放軍の先鋒隊が、完全に崩れるのに時間はさほど掛からなかった。しかし先鋒が崩れた解放軍が後詰として、およそ五千ほどの部隊を差し向けたことで戦況は急変することになる。
ミュルン副団長は、剣を天高く掲げると円を描くように回転させる。
「集まれっ、増援が来る前に退却だ!」
ミュルン副団長の元に集まったリスタの騎士は角笛を吹き鳴らし、周辺の敵を蹴散らしながら退却を始めた。崩れ掛かった先鋒隊にそれを止める力はすでになく。クリムゾンもそれに合わせて退却を開始する。
逃げ始めた王国軍に対して、増援に駆けつけた解放軍五千のうち騎兵三千は、そのまま追撃をかけてきた。
「追え! 追え! あの正規兵さえ潰せば、後は雑兵しかいないぞ!」
「おぉぉぉ!」
徐々に近付いてくる解放軍を振り返って確認すると、ミュルン副団長は眉を歪ませながら
「このままだと距離が詰まりすぎて撃てない……か?」
と呟いた。そして自ら殿を務めるために、騎馬を反転させようと手綱を引っ張るが、いつの間にか横につけていたジンリィによって、手綱を掴まれ阻止されてしまった。
「ジ……ジンリィ殿!?」
「止まるな、あいつを信じなっ!」
「しかし!?」
などと口論をしている間にも解放軍は、徐々に逃げている王国軍の後に迫りつつあった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西の城砦 城壁の上 ──
西の城砦の城壁の上では、クリムゾンの中で唯一突撃に参加しなかった副隊長のシグル・ミュラーと近衛隊隊長ミリヤム、そして王城から派遣されたゴルド隊長率いる衛兵隊三百が待機していた。
ミリヤムは裸眼で戦況を確認している。
「あれ、ヤバイんじゃない? あんなに肉薄されたら……」
と尋ねてくるミリヤムに、シグル・ミュラーは望遠鏡で状況を確認しながらニコッと微笑む。
「ミリヤムさんは、随分目がいいのですね」
「えっ……まぁ森人は、人族に比べれば目はいいわね。……って、そんな事はどうでもいいのよ!」
「大丈夫ですよ……用意を!」
シグルが右手を上げると、待機していた衛兵隊は緊張した眼差しで、それを見つめていた。
そしてシグルが右手を振り下ろすと、ゴルドが衛兵隊に対して号令をかけた。
「放てぇぇぇ!」
その号令に合わせて、西の城砦から轟音と共に無数の槍が発射された。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西部戦線 国境付近 ──
西の城砦に設置してある魔導式ポリボロスから、発射された無数の槍は風切り音と共に飛来し、迫り来る解放軍と王国軍の間に突き刺さった。その瞬間、爆発とともに粉塵を巻き上げながら、いくつもの土柱が発生させたのだった。
その爆発に突撃する形で巻き込まれた解放軍の追撃部隊は、爆発を回避しようと止まった騎馬にさらに後続が突っ込むという、ドミノ倒しのような状態になり大混乱に陥っていた。
「うわぁぁぁぁ!」
「止まれぇ!」
そして、さらに第二波の攻撃がその上に降り注ぐと、壊滅的被害を受けることになったのである。まさに阿鼻叫喚といった様相に何とか生き残った解放軍も、すでに部隊として規律を保つことはできず、バラバラになって逃げ出し始めていた。
こうして王国軍と解放軍の初戦は、王国軍の大勝利で幕を下ろすのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西の城砦 騎士団詰所 作戦会議室 ──
騎士団詰所内にある作戦会議室では、女王リリベット、女王付きメイドのマリー、騎士団からは副団長ミュルンと騎士数名、クリムゾンからは隊長のジンリィ、副隊長のシグル・ミュラーとミュゼ・アザル、衛兵隊からは隊長のゴルドが参加していた。
城砦内は初戦の大勝利に沸き返っていたが、この作戦会議室では重い空気が流れていた。王都からの伝令役に、シグル・ミュラーは重い口調で確認する。
「グレート・スカル号が航行不能、上陸作戦は失敗、王都は北部の海上が封鎖ですか……」
「は……はい」
申し訳なさそうに答える伝令に下がるように伝えると、シグルは頭を抱えて考え始めた。リリベットはミュルンの方を向きながら戦況を確認する。
「ミュルン、初戦の報告を頼むのじゃ」
「はっ、死者が四十二、負傷者は約百三十になります。敵は恐らく二千から三千弱は、撃破できたと思われますが……」
「数字だけみれば、大勝利じゃな……」
リリベットは顔を伏せながら呟いた。彼女が勝利に対して素直に喜べなかったのは、戦術的には大勝利を納めたが戦略的には大敗北だったからである。
「魔導式ポリボロスは、あと何発撃てるのじゃ?」
「う~ん、斉射となると……あと二回ぐらいじゃねぇかな」
答えたのは衛兵隊の指揮を取っていた隊長のゴルドである。魔導式ポリボロスは弾になる炸裂槍も高額なため、好戦的なレグニ領に面している東の城砦に集中的に配備されており、今まで襲撃があまりなかった西の城砦には、さほど備蓄されてなかったのだ。
「何か……策がある者は?」
リリベットの問いに答える者はいなかった。この状況であれば答えれる者などいない事はわかっており、リリベットもその事を叱責することはできなかった。
しばらく続いた重い空気の中、ジンリィが口を開いた。
「大将を討ち取っちまえば、いいんじゃないのかい?」
いとも簡単そうに言ってのけたジンリィに、リリベットはキョトンとした顔で首を傾げた。
「それが出来れば苦労はせぬのじゃ。それに大将を討ち取ったところで、あれだけの大軍をどうするのじゃ」
「いや、だってねぇ。今回の一件は、いわゆる王位争奪戦だろう? 最終的には継承者が一人になればいいわけさ」
コウジンリィの出身大陸の覇権国家ジオロ共和国の前身であったジオロ帝国は、何度も帝位継承で内戦を起こしており、最終的に共和制に生まれ変わった過去がある。つまりユグニス大陸人は、王位を狙った内戦に慣れているのである。そのジンリィの言葉に反応したのはシグルだった。
「なるほど……隊長の言う事にも一理ありますね。ロイド・リスタ二世を討ち取れば、少なくともこの戦の大義名分は消える。その上で、皇帝……現在は代理ですが、サリナ皇女に調停を申し込めば、あるいは……」
元々リスタ王国とクルト帝国には『皇帝の密約』という条約で不可侵であり、皇帝が意識不明の隙にレティ侯爵が、『リスタ王家の復興』という大義名分を用いて、内戦として戦を開始している状態だ。
つまり大義名分を失えば『皇帝の密約』が適用される。そうなれば救援と称して他の大陸が参戦してくる可能性が高い、リスタ王国との争いなどに利点はないのだ。
「まずは徹底的に防戦に徹して損害を抑え、リスタ二世を前線に引きずりだしましょう。その上で少数精鋭で一点突破し、彼を討ち取るのです」
まさに薄氷を踏んで進むような危うい作戦だが、他に縋る物がないリリベットたちは、その作戦を実行することを決めたのだった。
◆◆◆◆◆
『再び翻った旗』
海賊『海熊』は海賊会議に参加するために、シー・ランドへ向かっている。虎ヒゲの船長トク・ベアは甲板で明け方の涼しい風に当たりながら呟いた。
「南で大規模な海戦があったらしいが、この辺りは平和なもんだぜ」
そんな時マスト上の見張り台に立っていた見張りの海賊が、望遠鏡で南の海を見つめていると何かを発見していた。
「ありゃ……なんだ? 船にしちゃ随分小さいな」
しばらく監視をしていると、外洋には似合わない小船が見えてきたのである。
「船長、船だ! 南西方向!」
「あぁ? 船だぁ、あの豆粒みたいのか? 放っとけ、大した荷も積んでねぇだろ」
ベア船長は自慢のヒゲを擦りながら、面倒くさそうに答えた。しかし念のために望遠鏡で確認する。海のルールとして海賊と言えど、救難旗を上げている船であれば保護しなければならないのだ。もちろん慈善ではなく身代金を取るためである。
「どこの船だぁ? 救難旗は上げてるかぁ?」
見張り台の船乗りは、しばらく監視を続けていたがようやく視認できる距離まで近付いたところで、慌てた様子で声を張り上げた。
「せ……船長! ク……連合旗だ! あの船、連合旗を掲げてやがる!」