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第116話「決裂なのじゃ!」

 帝国西方艦隊がリスタ王国の船団を破り、リスタ王国近海に侵入してから二時間が経過していた。その間に帝国西方艦隊はリスタ王国側の予想外の反撃に遭い、すでに二十隻ほど沈められている。


 元々リスタ王国はノクト海に対して、海賊が攻めて来た場合を想定して固定砲台がいくつも設置してあり、王都防衛に残った衛兵百名と、オルグの指揮のもと海賊衆二千二百が逃げてきた汚名を雪ぐために奮戦。そして工房『土竜の爪(ドリラー)』の鉱人(ドワーフ)たち五百が突如参加したことで、リスタ王国に上陸しようとした帝国西方艦隊を追い払うことに成功したのだった。


 しかし未だに百隻弱の艦隊がノクト海を封鎖しており、リスタ港からは出航が出来ない状態が続いていた。




 リスタ王国 王城 財務大臣執務室 ──


 現在、財務大臣執務室では執政として留守を任されたヘルミナ、オルグ会長、ガウェイン工房長の三人が、テーブルに広げられた地図を囲んでいた。


 まずオルグが長い白髪を掻きながら口を開いた。


「とりあえず一息ついたか?」

「そぉだのぉ。だが、さっきの戦いで砲台の性能と射程がバレたなぁ。たぶん、もう近付いてこんぞぉ」


 と答えたのは工房『土竜の爪(ドリラー)』のガウェイン工房長である。鉱人(ドワーフ)たちは、いままでリスタ王国の政治に無関心を貫いてきていたが、彼らの最高傑作である『グレート・スカル号』を航行不能にされたことが、彼らのプライドを酷く傷つけたようだった。


 ヘルミナは戦闘面では役に立たないことを自覚しているので、裏方に徹し防衛隊の補給や伝令の手配、国民への説明などに尽力していた。王都襲撃とリスタ船団敗北の報は、すでに本隊のいる西の城砦に向かっているが、本隊に余力がない以上援軍は望めず、残存戦力だけで戦わなければいけなかった。


 三者でしばらく今後の行動について話し合いがされたが、結局『現状維持』が決定され防衛に専念することになった。こうしてリスタ王国は、東西の陸路に続き北の海路を封鎖され、完全に包囲される形となったのである。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西部戦線 国境線 ──


 帝国西方艦隊による王都襲撃の一時間前、西の城砦前の国境線にリリベットを大将にリスタの騎士とクリムゾンを中核とした、およそ六千五百が展開していた。国境を挟んで前方にはリスタ解放軍を名乗る軍とレティ侯爵軍、およそ二万が陣取っている。


 約束の時間になり、戦車に乗ったリリベット、御者台のミリヤム、馬上のジンリィの三名が国境線まで進む。敵陣からは白い鎧に赤いマントを纏った青年、レティ侯爵の三男ランガル・フォン・レティ、そして漆黒の鎧を着た騎士の三名が馬に乗り国境線まで進み出てきた。


 白い鎧の青年が馬から降りて、リリベットを見つめている。リリベットとミリヤムも戦車から降りると彼の前に立った。


 青年は両手を広げて、首を横に振りながら尊大な態度で告げる。


「余がロイド・リスタ二世である。愚妹よ、なぜ降伏せぬのだ。民衆を戦に駆り立てるなど仮にも王のすることかっ!」


 リリベットも両手を組んで胸を張り、リスタ二世に負けぬほど尊大な口調で答える。


「黙れ! 貴様なぞ兄に持った覚えはないのじゃ! ここに集いし彼らこそが、わたしと国民の意思! 貴様なぞに、この国は渡さぬのじゃ!」


 しばしの沈黙のあと、リスタ二世は馬鹿にしたように鼻で笑うと


「決裂だな……後で後悔しても知らぬぞ」


 と言い捨てて、背を向けると自分の馬に向かって歩き始める。代わりにランガルが馬上のまま進みでてきた。


「馬上にて失礼しますよ、女王陛下」

「ランガル・フォン・レティ! 何故レティ家が肩入れをしているのじゃ!?」


 リリベットの問責に、ランガルは可愛らしいものを見るように微笑む。


「以前から申し上げているでしょう? レティ家(わたし)は、(キミ)が欲しいと。残念ですよ、君が私を選んでくれていれば、この様な面倒にはならなかったでしょうに……いままで色々と策を練ったのに無駄になってしまいましたよ。ふふふ」

「何の話じゃ! ……うわっ!?」


 リリベットが問い詰めようと一歩前に出た瞬間、ミリヤムによって抱き上げられた。突然のことにリリベットはジタバタと暴れている。


「何をする、離すのじゃ!?」

「陛下、こいつと話しても無駄です。行きますよ!」


 遠ざかっていくリスタ二世を尻目に、ミリヤムはリリベットを戦車に放り込むと、御者台に飛び乗り戦車を発進させた。


「ミリヤム!?」

リスタ二世(あの者)が戻れば矢が飛んでくる。あの場に残って居ては危険なのよ!」


 猛スピードで遠ざかっていく戦車を一瞥すると、ジンリィはゆっくりと馬を前に進めた。ジンリィは武器の切っ先をランガルの後ろにいる黒騎士に向ける。ジンリィが持っている武器は、このムラクトル大陸では珍しいが『戟』と呼ばれている槍状の武器で、突く・斬る・薙ぐの三役を一本でこなせるが取り扱いが難しい武器だった。


「そこの黒い騎士、名は?」

「…………」


 ジンリィの問いに対して、黒騎士は沈黙を保ったままだった。ジンリィは苦笑いをする。


「無口な奴だねぇ……まぁいいさ、私の名はコウジンリィだ。おそらくアンタの相手は私になるだろうさ」


 そう宣言するとジンリィは手綱を引っ張り馬を反転させ、リリベットを追いかけて走り去るのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西の城砦 リスタ王国陣地 ──


 自陣まで戻ったリリベットの側に、馬上のミュルン副団長に近付き尋ねてきた。


「陛下?」

「無論、決裂なのじゃ!」


 やや語尾を強めに言い放ったリリベットに対して、ミュルン副団長は力強く頷くと剣を抜き放ちながら振り返る。


「我々の出番だ! 今こそリスタの騎士の忠義を見せるときだぞ!」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!」


 リスタの騎士や従士、騎士家の若者たちは一斉に槍を掲げながら雄叫びを上げた。


「先に伝えた通り、初戦の目的は時間稼ぎだ。機動力が命である! 故に民兵諸君は城砦前で待機していただく。ケルン卿!」

「はっ!」


 ミュルンに名指しで呼ばれて、ライム・フォン・ケルンは馬を彼女に近付ける。


「お前は民兵の指揮に当たれ。もし必要だと感じたら、お前の判断で行動せよ」

「はっ……しかし!」

「口答えは許さんっ!」


 ライムも突撃隊に志願しようとしたが、ミュルン副団長の一喝で黙るしかなかった。これは復帰した直後であり、子が生まれたばかりのライムへの配慮なのだが、それをわかった上で特別扱いされたのが嫌だったのである。


「ジンリィ殿! 我々が中央、クリムゾン(貴女たち)には左右をお願いしたい」

「承知した、私が右翼! ミュゼ、お前が左翼だ!」

「は、はいっ!」


 副隊長のミュゼ・アザルは、クリムゾンの半数を引き連れて、左翼に展開を始めた。ジンリィは残りの兵をまとめて右翼へと進んだ。


 今回はリスタの騎士四十九名と従士九十八名、騎士家の若者が約八百名、そしてクリムゾン九十九騎、計千騎強での出陣である。全員騎乗している者が選ばれたのは、最初の作戦には機動力が重要だったからだった。


 ミュルン副団長が前方を確認すると、すでにリスタ解放軍は動き始めており、先鋒隊およそ二千強の騎兵がこちらに進んできていた。


 ミュルン副団長は再び剣を掲げると一度横に振ってから、十字を描くように敵陣の方へ振り下ろしながら号令を発した。


「いくぞぉ! 進めぇ!」

「おぉぉぉぉぉぉ!」


 ミュルン副団長の号令とともに鬨の声を上げた騎兵たちは、進みながら横陣形を形成していった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西部戦線 国境線 ──


 共に進んだ両軍が接敵する直前で、リスタ解放軍から一斉に矢が放たれた。雨のように飛来する矢にミュルン副団長は叫ぶ。


「盾だ、盾を掲げよ!」


 その命令に従いリスタの騎士たちは盾を一斉に掲げる。しかし矢は彼らに届く前に、何かに弾かれたように失速して次々と落下していく。ミュルン副団長は驚いた表情を浮かべたが、リスタの騎士に連れ添うように上空を飛んでいる白い鳥を見つけると


「あれはミリヤム殿の精霊か、ありがたい! 突撃隊列っ!」


 と号令の声を張り上げる。リスタの騎士たちはミュルン副団長を囲うように楔形の隊列になると一斉に槍を構えた。そして、そのまま敵の陣形の中央部に吸い込まれるように突き刺さっていくのだった。





◆◆◆◆◆





 『スーラの加護』


 リリベットの乗る戦車の直衛をラッツとマリーに託したミリヤムは、素早く西の城砦の城壁に登っていた。そして、手を空高く掲げると一気に振り降ろしながら叫ぶ。


「スーラ!」


 矢のように飛びだった白い鳥スーラが、出撃したリスタの騎士を追いかけていく。ミリヤムは、その姿を見送りながら


「彼らをお願いね、スーラ」


 と呟くのだった。


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