表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/129

第115話「制海権なのじゃ!」

 ノクト海 グレート・スカル号 甲板 ──


 まだ薄暗い中、グレート・スカル号の船長ログス・ハーロードは、海風に当たりながら酒を飲んでいた。


「この風なら、思ったより早く着くかもしれねぇな」


 北から吹きつける風を上手く帆に当てて順調に進む船団は、このまま順調に行けば明日の朝方には、目的地に到着できる予定だった。しかし、その楽観的な予想をあざ笑うかの如く、不吉な影が近付いてくるのである。


 グレート・スカル号は、その巨体ゆえにマスト上の見張り台に登ると他の船に比べて、かなり遠くの水平線まで監視することができる。そんな見張り台に登っている船乗りが望遠鏡で進行方向を監視していると、遥か先に船影らしきものがチラチラと見え始めた。見張りの船乗りは、伝声管の蓋を開けると大声で叫ぶ。


「前方に船影多数! 繰り返す、前方に船影多数!」


 この伝令は、すぐに副長によって船長であるログスに伝えられた。ログスは望遠鏡を取り出すと水平線を睨むように見つめるが、高低差か甲板上からはまだ船影が確認できなかった。


「速度を少し落とせぇ! 面舵三度ぉ!」


 ログスの命令に、すぐさま副長は伝声管で船員たちに伝令を回していく。船影はまだ見えていなかったが、敵であると想定して風上を取るための転舵である。


 しばらくして日が昇ってくると、甲板上からでも船影が確認できるようになった。ログスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「ありゃ帝国海軍の艦隊か? ……二百隻ぐらいだな」


 望遠鏡を覗きこみながら呟くログス。軍艦のみで構成された二百隻ほどの艦隊が、リスタ王国の船団と航路をかち合うように進んできているのである。戦闘は避けられないと判断したログスが叫ぶ。


「野郎ども、海戦だぁ! このまま切り上がるぞ、左舷砲門開けぃ!」



◇◇◆◇◇



 ノクト海 帝国艦隊 旗艦『ノインベルグ』──


 帝国西方艦隊の旗艦『ノインベルグ』の甲板上で、黒髪を上げて後に流した青年が立っていた。前方の影を確認に走っていた軍人風の若い船乗りが、その青年に駆け寄ると敬礼する。


「提督! 信じられませんが、やはり船影です」

「あぁ、あれが噂のノクト海の悪魔『グレート・スカル号』か……まさに動く島だな」


 提督と呼ばれた青年は、眼前に現れた動く巨大な影に目を細めながら答えた。彼の名はエリーアス・フォン・アロイスといい、帝国内では伯爵の位を持つ貴族である。そして、若くしてムラクトル大陸の西を守護する西方艦隊の提督になったほどの人物だ。


「よし、手筈通り例の部隊はあの船の前方に展開せよ! 我々は射線に入らぬように南から廻りこむぞ!」

「はっ!」


 若い船乗りは、敬礼をすると伝令を伝えるために走っていった。エリーアス提督は、その背中を見送りながら


「いくら命令とは言え……このような戦いをしなくてはいけないとはな」


 と呟いたのだった。


 しばらくして帝国西方艦隊の半数ほどが、航路を北東に変え風上に向かって切り上がり始めた。



◇◇◆◇◇



 ノクト海 グレート・スカル号 甲板 ──


 船足を上げて船団より先行したグレート・スカル号は左翼から、二十隻ほどの船が砲撃を受けていた。……とは言え射程の関係で船には、まったく届いていない。


「素人どもが、撃てぇ!」


 ログスの号令のもと、轟音と共に一斉に火を噴いた左舷砲台は、敵船の近くに水柱を立てた……しかし、撃破したのは水柱に巻き込まれて転覆した一隻のみで、他の船は見事な操船で砲弾を回避していた。


「なんだぁ、素人じゃねぇのか? おい、気をつけろ。何か狙ってきてるぞ」


 お粗末な砲撃に比べて、操船の練度が高いことに嫌な予感がしたログスは、船乗りたちに注意を促す。それでも撃ちながら接近してくる艦隊を注視せざる負えなかった。


 双方とも北西に切り上がりながらの砲撃戦だったが、敵艦隊は十二隻まで減ったあたりでグレート・スカル号の進路にかぶせる形で、北東へ転舵し射線を外してきた。


 グレート・スカル号も合わせて風上ギリギリまで切り上がるが、それに合わせるように敵艦隊は再び北西に転舵しグレート・スカル号から離れていく。


「なんだぁ?」


 敵の意図が見えてこないことに苛立ちながらも、望遠鏡で逃げようとしている艦隊を見つめるログス。そこに見張りからの伝令が届いた。


「船長! 前方と後方に船影、それぞれ三十ほどです。まっすぐこちらに向かってきます!」


 ログスが前方を確認すると大型の戦艦が三十ほどと、その周りに小船が数十浮かんでおり、後方の艦隊はまだ距離があった。


「取舵ぃ一杯! 右舷砲塔、開けぇ……うぉ!?」


 ログスの号令をした瞬間、逃げたと思われた十二隻から船首左舷に砲弾が集中し船全体が揺れた。バランスを崩したログスは、舌打ちをしながら船の状況を確認している。何発か被弾したグレート・スカル号だったが、損傷は船体が少し凹んだ程度だった。


「チィ仕方ねぇ! こんな撃たれてたら舵が切れねぇ! 左舷で撃ちながら、そのまま前方の艦隊に突っ込め!」


 ログスは相手の艦隊に紛れることで、左舷からの砲撃が弱まる瞬間に舵を切ろうとしたのである。これはグレート・スカル号の堅牢さに絶対の自信があるからの判断だった。しかし、船が前方の艦隊に近付いたとき、ようやく異変に気がついたのである。


「なんで撃ってこねぇんだ!?」


 砲撃をしてくるのは左舷側の艦隊だけで、前方の艦隊は動いていなかったのだ。ログスが不審に思い望遠鏡で前方を確認すると、突如三十隻の船が盛大に燃え始めたのだった。


「か……火船だぁ!? ふざけやがって、そんなもんで俺の船が沈むとでも思ってんのか!」


 火船とは、可燃物を満載にした船を敵船に突撃させる戦法である。大抵の船は木製であり、火に弱いので火船は脅威だと言えたが、そもそも何で出来ているのかも不明、かつ耐火能力も異様に高いグレート・スカル号である。過去何度か同じ戦法を取られたが、その全てを跳ね除けてきたのだった。


 しかし、今回は違っていた。


 何を積載していたのか、燃え盛る船からは異様な量の黒煙が撒き散らされ、すごい勢いで風下に流れ始めた。そして、すぐにりグレート・スカル号を暗闇に包んでしまったのだ。


「げほっ、何も見えねぇ……構わん、そのまま前方の艦隊を突っ切れば、風上に出れるはずだ!」




 黒煙に包まれたグレート・スカル号が、燃え盛る艦隊を押しつぶしながら、通りつけようとしたところ何かを引っ掛けたような衝撃の後に、左右から燃え盛る船がぶつかってきた。通常の火船は火をつけたあと乗組員は退避するため、操船はできないはずである。


「なんだぁ!?」

「船長、おそらくワイヤーです! 船同士を繋いで間を通ると引っ掛かるようにしてやがったんだ」


 予想外の出来事の連続で甲板上は混乱状態に陥っていた。ワイヤーが絡まり何隻も引きずる状態になったグレート・スカル号の船足はかなり遅くなり、そこに船を追いかけていた敵艦が、次々と後部に向けて突撃して爆発していったのである。



◇◇◆◇◇



 ノクト海 帝国艦隊 旗艦『ノインベルグ』──


 旗艦ノインベルグとともに進んだ艦隊は、リスタ王国の武装商船団との交戦中だった。その甲板からは北の海を見つめるエリーアス提督は、黒煙に包まれたグレート・スカル号を見つめていた。


「我が艦隊の半数が沈んだか……それでも未だに轟沈しないとは」

「しかし、アレならもう動けますまい」


 同じように望遠鏡で、グレート・スカル号を見つめる船乗りはそう呟いた。後部で自爆した船たちによって、グレート・スカル号の後部は甚大な被害を被っており、事実上航行不能に見えた。


「たとえ化物船とは言え、船は船ということだな。いくら堅かろうが稼動部である舵がある後部は弱点だということだ」


 と呟きながら、グレート・スカル号を見つめていたエリーアス提督の瞳に、その船から上空に発射された光の玉が見えた。


「あれは……なんだ?」


 首を傾げたエリーアス提督だったが、すぐにその理由がわかった。前方で戦っていた艦隊と武装商船のほうで動きが見られたのである。リスタ王国の武装商船が、全て百八十度回頭し逃げ始めたのだ。


「なるほど、撤退の合図というわけか……」

「提督、追いますか?」


 エリーアス提督は首を振ると、逃げていく武装商船を見つめながら


「いや、我々の任務は殲滅ではない。艦隊の再編成を急がせろ! リスタ王国の北側を押さえるぞ」


 と命令するのだった。


 この海戦で、帝国艦隊は八十隻以上の戦艦を失うことになったが、対するリスタ王国側は旗艦グレート・スカル号が航行不能、武装商船は十隻あまりが轟沈する結果になった。こうしてリスタ王国は、絶対的優位を誇っていたノクト海の制海権を失うことになったのである。





◆◆◆◆◆





 『逃走』


 グレート・スカル号が航行不能になってから、数時間が経過していた。周辺に張り付いていた火船は取り除かれたが、後部の舵への被害が甚大で直進しかできない状態である。それでも何とか修理しようと船乗りたちが悪戦苦闘をしていた。


 そんな中、脱出用の小船を下ろしている人影がいた。


「そんな船で逃げるつもり?」


 その人影に船医のルネが問い詰めるように話しかけた。義手の船乗りはニヤッと笑うとルネに尋ねる。


「アンタも来るかい、ルネ先生?」

「バカを言わないで、先程の戦闘で怪我人もいるのよ」


 義手の船乗りは首を振りながら小船に乗り込み、グレートスカル号の船体を蹴った。その反動で小船が離れていく。


「それじゃあばよ。アンタへの恩は忘れないぜ!」


 と言い残して、義手の船乗りは大海原に旅立ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ