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第113話「準備なのじゃ!」

 シグルが移民街の役所時代のコネを使って流した噂は、リスタ王国の噂好きという国民性によって瞬時に広がり、翌朝にはリリベットの元には全国民の四分の一ほどが集まるという状況が発生していた。


 リリベットが覚悟を決めたことで、その中から民兵を募ることになり、戦闘経験や健康状態などを考慮しつつ部隊編成が始まった。


 その結果、直接戦闘に参加する兵は五千程度集まったが、そのことである問題が発生していた。


 民兵へ配る武具の不足である。


 元々常備軍が千に満たないリスタ王国には、急に増えた五千もの兵に与えるだけの武具がなかったのだ。その為、民衆たちは『幼女王の初陣』の際に使用した穂先のない槍、つまりただの棒を持っているような状態である。


 急ぎリリベットの名で国民に対し武具や薬、食料などの提供を呼びかけたところ、半日ほどでかなりの数が提供されることになった。


 しかし、それでも足りなかったため……



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 狐堂 ──


 ドアに板を打ち込み厳重に戸締りをした店内で、耳用の穴が開いたヘルメットをかぶったファムは一人隠れていた。


「戦争やて、冗談やないわ~。ウチの店はウチが守るんや!」


 カウンターの奥で震えながら呟くファムの耳に、ドアをノックする音が飛び込んできた。ビクッと震えて固まるファムは


「だ……誰や、ウチならおらへんで~帰ってや~」


 と祈るように小声で呟く。外では何かを喋っている声と、ノックの音やドアを開けようする音が続いていたが、しばらくして諦めたのかピタリと止んだ。


 ホッとため息をはいて、カウンターからそっとドアの方を覗きこんだ瞬間、そのドアが爆発したような音とともに弾け飛んだ。


「なっ、なんや~!?」


 弾け飛んだドアの先には、黒いスカートから伸びた綺麗な脚が伸びていた。その奥の見知ったメイド服にファムは硬直している。


「開けなさい! と言っているのですよ、ファムさん?」

「う……うちの店がぁぁぁぁ!? マリーはん、アンタいくつ店のドア壊せば気が済むねん! 絶対、前回壊したのもアンタやろ!?」


 ファムは涙目になりながら抗議をしていたが、マリーは特に気にした様子はなく店の中に入っていく。ちなみに前回壊したのは、マリーではなくジンリィである。


 その後ろには、ビクビクした様子のラッツがついて来ていた。


「……絶対怒らせないようにしよう」

「なにか言いましたか? ()()()?」


 目が笑っていない笑顔をラッツに向けたマリーに、ラッツは慌てた様子で首を横に振った。


「いえ、何でもないです。マリーさん」

「マリー……()()?」


 やはり目が笑ってない状態で首を傾げるマリーに、ラッツは慌てて両手で口を塞いでから、ちょっと照れた様子で言いなおした。


「……マリー」


 満足そうに頷いたマリーだったが、その様子にファムは怯えながらも


「め……夫婦漫才なら他所でやってくれや!」


 と叫んだ。それに対してマリーはニッコリと微笑むと、書類を突きつけながら告げる。


「ファムさん、貴女が土竜の爪(ドリラー)に依頼して、他の大陸で売りさばこうとしていた武具一式を、リスタ王国にお貸しください。これが契約書です」


 ファムはビクビクしながら、その契約書を受け取って内容を確認すると鼻で笑う。


「なんやの、これ!? こんなん戦に負けたら、ウチの大損やないかぁ! 嫌や、絶対に嫌や!」


 商人として断固拒否といった態度で、契約書を突き返したファムだったが、マリーがニコッと笑って


「お貸しいただけないのなら、()()()いただくことになりますが?」


 と告げた瞬間、ビクッと震えてひったくる様に契約書を奪い返すと、すぐさま契約書にサインをした。そして、港にある倉庫の鍵とともにマリーに差し出した。


「持ってけ泥棒! ウチもこの国に全財産賭けているんや、絶対に勝ってや!」

「ありがとうございます。では泥棒さん? これを持って衛兵隊と一緒に、武具の運び出しをお願いします」


 マリーはそう言いながら、受け取った契約書と倉庫の鍵をラッツに渡す。ラッツは頷くと急いで店から出て行った。


 その背中を見送ったマリーは、ファムの方に振り向いて尋ねる。


「さて、これは契約外ですが……薬の在庫もいただけますか?」

「け……契約外って、御代は……?」


 涙目になりながらのファムの問いに、マリーはニコッと微笑んで首を傾げると、もう一度繰り返した。


()()()()()()()?」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 海洋ギルド『グレートスカル』 会長室 ──


 早朝に行われた会議では、民兵が集まったこともあり全会一致でシグル・ミュラーの策が採用されていた。それに伴い急ピッチで各種調整が行われていた。そんな中、リリベットとシグル、それにミリヤムは海洋ギルドに訪れていた。


 会長室の机に広げられた海図を囲むように、会長のオルグ、グレード・スカル号船長 ログス、その娘のレベッカ、椅子の上に立っているリリベットと、その椅子を支えているミリヤム、そしてシグル・ミュラーの六名が、作戦を話し合っていた。


 一通りシグルの作戦を聞いたオルグが唸りながら、上陸地点を指差しながら


「話はわかったが……この辺りは浅瀬だ。グレート・スカル号じゃ上陸できんぞ?」


 グレート・スカル号は、喫水(船の水に浸かっている部分)がかなり深いため浅瀬を航行することはできない。この辺りに迂闊に近付けば座礁してしまうのだ。


「兵員の輸送は別の船でやればいいだろ? グレート・スカル号は、その護衛と艦砲射撃だな。俺の船ならかなりの距離を射撃できるぜ」


 と自慢げに言うのはログス船長である。彼の言うとおりグレート・スカル号の射程なら、かなり遠くからでも炸裂系の魔導砲撃が可能である。オルグとログスの意見を聞いて、シグルは真剣な顔をして切り出した。


「問題は時間です」

「時間だぁ?」

「兵員を集めて出航して、ここまでたどり着くのにどれぐらいかかりますか?」


 開戦までの期限はあと二日しかない。海洋戦力の準備が出来るまでの間は、今回集まった民兵とともに、西の城砦で倍以上の敵に耐えなければいけないのだ。


 ログスが唸りながらレベッカに尋ねる。


「どうだ、レベッカ?」

「今更そんな事を聞くのかい? 元海賊(あいつら)は勝手に集まって準備始めてるよ! 貯蓄用物資の使用許可も出したから、すでに運び込みが始まってるし、五十隻程度なら今夜出航が可能だ。到着は明後日の昼頃って所かねぇ?」


 そのスピードにシグルは驚いた顔をしていたが、ログスは豪快に笑ってレベッカの尻を揉みながら


「がっはははは、さすが俺の娘だ! いい(ケツ)してるだけはあるなぁ!」

「触るんじゃないよっ、クソ親父がっ!」

「ごふっ!」


 レベッカの裏拳が見事にログスの鼻面に突き刺さり、ログスは鼻血を噴き出しながら倒れた。驚いたシグルだったが、咳払いを一つすると


「ごほんっ……それは助かります。海上でも何か妨害があるかもしれません。十分に注意してください」


 ログスは鼻を押さえ、フラフラと立ち上がりながら


「おぅ! 任せなっ!」


 と鼻血を垂らしながら、親指を立てて答えるのだった。その姿にリリベットは呆れた顔で


「なんとも締まらないのじゃ……」


 と呟くのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 中庭 ──


 リリベットが海洋ギルドから戻って、中庭に続く通路を歩いていると、疲れた様子のリリベットの心配をしたのか、ウリちゃんが擦り寄ってきた。


 リリベットは、そのモフモフの背中を撫でることで、昨日から感じている重圧を、しばしの間忘れることができた。そして意を決したように頷くと、護衛として後ろについて来ていたレイニーに頼む。


「レイニー、忙しいところを済まぬのじゃが、ウリちゃんをガルド山脈麓の牧場まで連れていって欲しいのじゃ」

「牧場へですか?」

「うむ、ここも戦場になるやも知れぬのじゃ」


 リリベットが少し悲しそうな顔をしながらそう言うと、ウリちゃんはリリベットのスカートに噛みついて、離れないように抵抗を始めるのだった。その瞳には一緒に戦う意思が感じられた。


 リリベットもその事を察したのか複雑な表情を浮かべると、ウリちゃんを撫でながら


「ウリちゃん……わかったのじゃ、ではお主は南を守って欲しいのじゃ。牧場で待機して南から敵が攻めてきたら、ちゃんと撃退するのじゃぞ?」


 と告げた。その言葉にウリちゃんは納得したのか、それとも困った顔をしているリリベットの気持ちを察したのか、スカートを放して大人しくレイニーに寄り添うと、正門の方へトボトボと歩いていった。


「ガルド山脈の方は、きっと安全なのじゃ。終わったらきっと迎えに行くからな……」


 リリベットは寂しそうな表情で、レイニーとウリちゃんを見送ったのだった。





◆◆◆◆◆





 『東の城砦にて』


 東の城砦では、西の城砦に救援に向かうための準備が進められていた。騎士団長ボトスの指揮のもと騎士及び従士、そして騎士家の者たち、およそ五百が向かう予定になっていた。


 護国の心意気は高く士気は十分な騎士団だったが、そんな彼らを嘲笑うかの如く、夜空に見張りの声が響き渡るのだった。


「敵襲っ!」

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