第112話「命令違反なのじゃ!」
リスタ王国 王城 大広間 ──
現在この大広間では、緊急作戦会議が行われようとしている。
女王リリベット、宰相フィン、腰痛の療養中である外務大臣ヨクン・クレマンを除く大臣七名、近衛隊長ミリヤム、衛兵隊長ゴルド、クリムゾンからは隊長コウジンリィ、副隊長シグル・ミュラー。そして、騎士団からは従士コンラート・アイオが参加している。
まずコンラート・アイオから戦況を聞き、その絶望的な戦力差が浮き彫りになると、会場には重い雰囲気に包まれた。単純な兵力差だけでも二十倍以上であり、この反応は当然のものと言えた。
そしてリリベットが一枚の封書を宰相に渡すと、宰相はその内容を参加者に対して読み上げる。これはリリベットが召集を掛けて待っている間に届いていたもので、リスタ王家の封蝋がされていた。
「告げる。我らはリスタ王国解放軍である。当方の要求はリリベット・リスタの身柄、及び我らの国民を解放である。当方の要求に従えばリリベット・リスタ、及び国民には危害を加えぬことを確約する。返事の期限は三日以内、返事がない場合は武をもって正義を成すことになる。 ロイド・リスタ二世」
最後の『ロイド・リスタ』の名前で宰相の表情が陰る。つまり今回の騒動は、しばらく前から噂になっていた先王の遺児が関与しているのだ。続いて大臣たちが憤慨しながら騒ぎ始めた。
「陛下の身柄だと!? 馬鹿馬鹿しい、そんな要求が飲める訳がないっ!」
「それにロイド・リスタ二世とは! 先王陛下の名前を語るとは、ふざけておるわ!」
「しかし、あの大軍だぞ……どうすれば?」
主に怒っているのは老齢の大臣たちである。血圧が上がって倒れるのではと心配になるほどの憤慨ぷりだ。
リリベットは一度深呼吸をして口を開いた。
「皆の者、静まるのじゃ。怒ったところで問題は解決せぬ。お主たちの中で、この状況を打破できる策があれば聞かせて欲しいのじゃ」
その質問が出た瞬間、大臣や各隊長たちは唸るだけになってしまった。その中で最初に口を開いたのはジンリィだった。
「主上を逃がすということなら、いくらでもやりようがあるよ。海路で同盟に亡命するのはどうだい?」
女王リリベットを逃がすのが、現状取りうる中では一番現実的な策である。しかし国民想いの彼女が、彼らを見捨てることを承服するはずもなかった。
続いて案を出したのはミリヤムである。
「国内の兵力を西に集中させて迎え撃てば、兄さんと私の契約精霊で何とかならないかしら?」
その提案に、今度は宰相フィンが首を振った。
「数千程度ならともかく……とても万の軍では対処できないだろうな」
再び会場には重たい沈黙が流れ、会場の視線はシグル・ミュラーに向けられるのだった。この期待の視線に、シグルと言えど苦笑いを浮かべるしかなかった。
「陛下も国民も護るということであれば、策はありませんが……被害を辞さないのであれば一つだけ妙案がございます」
「うむ、聞かせて欲しいのじゃ」
シグルは頷くと、作戦の概要を話し始めた。
まず東の城砦や王都の警備を最小限にして兵力を西に移す。グレート・スカル号と武装船団を使い海賊衆を敵の後方へ輸送しつつ、合わせて海上からは艦砲射撃にて陸上戦を支援する。最終的に三方からの半包囲で攻めて敵を撃退するというものだった。
盤上では現実味のある作戦のようだが、一つ大きな問題があった。それは兵員を掻き集めたところで、最も攻撃が集中する西の城砦の防衛ラインが、あまりにも脆弱だということだった。そこで一つの提案がされる。
「陛下、不足分は民兵を募りましょう」
「……国民を戦わせるなど、論外なのじゃ!」
シグルの提案にリリベットは机を叩いて怒りをあらわにした。彼女にとって国民とは慈しむべき者たちであり、戦場に駆り出すなど許せないことなのである。
「陛下のお考えは立派ですが……」
「もうよいのじゃ! 皆の者、明朝までに他の策を練ってきてほしいのじゃ。もし他の策がなければ、期日前にわたしを引き渡し国民の安全を確約させるのじゃ」
リリベットの決定に会場はざわめくが、リリベットは構わず部屋から出て行ってしまった。シグル・ミュラーはそんな背中を見つめながら呟く。
「陛下、申し訳ございませんが……私は安っぽい英雄主義に浸って、陛下を無駄死させるつもりはございません」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王寝室 ──
翌朝リリベットは、外のざわめきによって目を覚ました。体をベッドから起こし、眠い目を擦りながらローブを羽織ると、ガラスのドアを開けてバルコニーに出る。まるでリスタ祭の朝のようなざわめきが、城下から聞こえてきていた。
「……何事なのじゃ?」
リリベットがバルコニーのフェンスまで近付き、顔を出して下を覗き込むと、ざわめきは一層大きいものになった。眼下にはかなりの数の民衆が集まってきており
「陛下ちゃーん! 俺たちも戦うぜ!」
「水臭いぞ、陛下ちゃん!」
「ここは俺たちの国だー!」
などと言う声援が飛んできていた。リリベットは慌てて顔を引っ込めると、眉を吊り上げて顔を真っ赤にしながら部屋に戻り、控えの間の扉を開け放ち
「シグルを! シグル・ミュラーを呼ぶのじゃ!」
と怒鳴るように叫んだ。
五分もしない内に、シグル・ミュラーが寝室まで訪れた。どうやら呼び出されるのを予測して、城内に待機していたようだった。
「シグル・ミュラー、お呼びにあずかり参上いたしました」
リリベットは、未だにざわめきが聞こえてくるバルコニー側を指差して怒鳴りつける。
「アレは、一体どういう事じゃ! 民兵を募る案は却下したはずじゃろう! お主、勝手に募集をしたのじゃな!?」
「いいえ陛下、募集などしていません。ただ……現在この国の危機であるという噂を流しただけですよ」
リリベットの詰問に、シグルはシレッとした態度で答えた。そして、そのままリリベットを諭すように続ける。
「陛下、あの声をお聞きください。彼らは彼らの意思で、戦うことを選んでいるのです。理由は様々ございましょう! 陛下のため、国のため、自分のため、家族のため、恋人のため、それぞれがそれぞれの意思で、この国を護ろうと決めて集まっているのです」
リリベットは黙って聞いている。優しくも力強い口調でシグルは続ける。
「彼らの意思は、女王である貴女にも曲げることはできないのです。むしろ彼らの意思を汲むことこそが、女王たる貴女の務めなのですよ」
シグルの言葉に、リリベットは俯いたまま震えている。
対するシグルは自嘲気味に笑っていた。彼も詭弁を弄して幼子を騙そうとしている自覚があり、それを恥じ入る気持ちもあるが、それでも国を護るためにはここでリリベットに決断して貰わなくてはならないのだ。
リリベットは俯いたままフラフラと歩き、控えの間の扉を開けると、そこで待機していたマリーに対して一言呟いた。
「マントと王冠を……持ってくるのじゃ」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 城門 ──
しばらく後、マントを羽織り王冠をかぶったリリベットは、近衛の制止を振り切って正門をくぐり国民たちの前に進みでた。突如現れたリリベットの姿に国民たちは大歓声を上げた。
リリベットは一度深呼吸をすると、国民に語りかけ始めた。
「国民たちよ、集まってくれたことに感謝するのじゃ。残念ながら噂は真実なのじゃ、我が国は現在存亡の危機に瀕しておる。しかし……此度は演劇ではなく、本当の戦争なのじゃ!」
リリベットの悲壮感と国民を心配する慈愛に溢れる言葉に、国民たちは黙って彼女の話を聞いている。
「戦地へ向かえば、ここにいる何人かは確実に死ぬのじゃ。下手すれば全員死ぬやもしれぬ。しかし、これを見よ!」
リリベットはロイド・リスタ二世が送りつけてきた書状を、国民に見せ付ける様に突きつけた。
「これは敵が送りつけてきた書状なのじゃ。ここには『女王を差し出し国を明け渡せば、国民の安全を保証する』と書かれておるのじゃ。皆よ、わたしに縄を打ち送り届けるのじゃ、さすれば……」
リリベットがそこまで言うと、一斉に怒号のような叫び声が広場のあちこちからあがった。
「そんな事できるわけがないだろっ!」
「俺らは、この国やアンタに救われた連中ばかりだ。今度は俺らが助ける番だぜ!」
「そうだ! 俺らは陛下ちゃんについて行くぜ!」
そんな国民の言葉にリリベットの頬には涙が伝っていた。リリベットはその涙をマントで拭くと、ぎこちない笑顔を浮かべ、国民たちへ宣言した。
「この死にたがりの馬鹿者たちめ! お主らの考えはわかったのじゃ。わたしも覚悟を決めた! わたしは……わたしとお主たちのために、この戦に勝利すると誓うのじゃ!」
そして、右手を空高く突き上げるリリベットにあわせて、国民たちも右手を天高く突き上げて吼えるように叫び声を上げたのだった。
◆◆◆◆◆
『民兵の編成』
集まった者のうち、子供や一部の者を除いた年寄りなど、身体が弱い者がまず除外された。
傭兵崩れや盗賊・山賊といった元ならず者を中心に直接戦闘ができる者を五千、直接戦えないが支援ができそうな者を二千が選ばれた。
その中には木工ギルドの長 ヴァクスや、ラフス教の司祭ヨドス、果てはコウ老師までもが密かに紛れ込んでいた。
これにより、リスタ王国側の総兵力が約八千になったのである。