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第111話「大軍なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 宰相執務室 ──


 フェルトたちが軟禁されてから、十日が経っていた。


 深夜、一人で執務机に向かって書類仕事をしていた宰相のフィンが、突然ため息をつくとペンを机の上に置く。


「誰かね? この部屋には、普通に入ってきて欲しいのだが……」


 その声に反応するようにカーテンが揺れて、その影からリュウレが現れた。宰相が突然現れたリュウレを一瞥すると


「君は……確か、フェルト殿の侍女だったかな? こんな夜更けに何の用だね?」


 と動揺も見せずに尋ねる。リュウレは黙って宰相に近付くと、執務机の上に二通の手紙を置いた。


「これは?」


 宰相は置かれた手紙を拾いあげると、リュウレを再び一瞥してから手紙を開く。一通目はフェルトが託した手紙で、内容は事件当初に起きたことを端的に書いただけの内容だった。


 続いてもう一通を開くと、こちらはフェザー公からの手紙だった。リュウレは先にフェルトの手紙を届けにフェザー領に寄っていたのだ。その時フェザー公からの手紙を預かって来たのである。


 この手紙には、フェザー公が独自に集めた情報も記されていた。


 サリマール皇帝は依然意識不明が続いており、容疑者としてレオナルド・フォン・フェザー、及びフェルト・フォン・フェザーの二人と、その直属の配下たちは帝都で軟禁状態になっている。名目上はサリナ皇女が皇帝代理として就いたが、後見として国務大臣サンマル・フォン・レティが、実際の政務や調査を取り仕切っているらしい。


 フェザー家の者が容疑者として拘束中であり、フェザー公と領主軍も自領にて謹慎が命じられているとのことだった。最後に『貴国も注意せよ』と忠告が記されていた。


「ふむ……なるほど、ご苦労だった。陛下には私から報告しておこう。君はどうするかね……おや?」


 手紙を閉じながら再びリュウレの方に目を向けると、そこにはすでにリュウレの姿はなかった。


「行ったか……」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 翌朝、リリベットの起床時間に合わせて宰相が寝室に訪れていた。リリベットはネグリジェの上にしっかりローブを着こんでおり、少し寝癖を気にする素振りをしながらソファーに座っている。その横にはマリーが控えていた。


「宰相、こんなに早くにどうしたのじゃ?」


 早朝の訪問に若干眠そうな顔をして首を傾げるリリベット。宰相はソファーを勧められるが座らず立ったまま、真剣な顔で帝都での出来事を報告した。それに対してリリベットは、目を見開いて机を叩きながら立ち上がる。


「な……なんじゃと!? それではフェルトはどうなるのじゃ!」

「わかりません。現状では真犯人が捕まり、容疑が晴れるまでは拘禁でしょう」


 リリベットは、バンバン! と机を叩きながら、顔を真っ赤にして命じる。


「抗議なのじゃ! すぐにでもわたしの名前で抗議文を送るのじゃ!」

「もちろんです。我が国の外交官を拘束しているのですから、国としても抗議文は送りますが……」


 おそらく効力はないというのが宰相の考えである。それほどリスタ王国とクルト帝国の間には国力の差があるのだ。また部隊を送って秘密裏にフェルトたちを救出する作戦も難しかった。


 実行自体は可能だがフェルトはリリベットの婚約者であり、救出後に隠しておくことが難しいためである。公然と救出すれば帝国との開戦の口実になってしまう。


 リリベットもそのことは理解しており、無理を押して救出作戦を命じることができなかった。


「とにかく抗議文を送ります。それと私の方でも情報を集めておりますので、しばしお待ちください」

「……わかったのじゃ。よろしく頼むのじゃ」


 リリベットは小刻みに震えて俯きながら宰相に頼んだ。マリーはそっとリリベットの肩に手を添える。宰相はリリベットに対して頷くと、そのまま部屋を後にした。


 リリベットはソファーから立つとベッドのところまで歩き、枕の横に置いてあった金髪の男の子の人形をギュッと抱きしめる。


「フェルト……約束を破ったら絶対に許さないのじゃ」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 クルト帝国で起きた皇帝暗殺未遂事件から一月ほど経っていた。外交官であるフェルトを即時開放するように、リスタ王国が送った抗議文に対してクルト帝国からの反応はなく、何度使者を送っても門前払いされてしまっている。


 幸いと言っていいのか、未だにフェルトもレオナルドも軟禁状態が続いており、容疑は固まってない様子だった。これはリスタ王国とクルト帝国を行き来している、リュウレや宰相の密偵からの情報である。


 その間もリリベットは表向き女王として政務をこなしていた。しかしミスも多く心ここに在らずといった感じである。リリベットは書類にサインをする手を止めるとペンを置き、側に控えていたマリーに向かって


「マリー、何か報告は来ておらぬじゃろうか?」

「陛下、先程も申しましたが何も来ておりません。何か異変があれば、すぐに陛下に報告が来る手筈になってますので……」


 とマリーも困った様子で答えた。


 その答えはリリベットにとって予想されたものだったが、落ち込んだ様子で表情は陰る。それでもペンを取ると再び書類にサインを始めた。そんな瞬間、突如ドアをノックする音が鳴り響いた。


 マリーが応対すると、一人の青年が入ってきた。胸と手足だけ鎧を着て剣を腰にした青年は部屋に入った瞬間、リリベットに対して敬礼をする。


「お主は、騎士じゃな?」


 基本的に武装して、この部屋があるエリアに入れるのは、騎士団と近衛の他にゴルドのような特別に許された者だけである。近衛と許可された者は数も少なく顔も覚えている。差し引くと彼は騎士ということになる。


「はっ、第二騎士団所属従士コンラート・アイオです。火急の用件にて略式にて失礼します」


 青年はコンラート・アイオと名乗った。アイオ姓ということは、副団長ミュルン・フォン・アイオと同じ一族である。年の頃から彼女の弟か従兄弟と言ったところだろう。


「よい、何があったのじゃ?」


 首を傾げながら尋ねるリリベットに、コンラートは神妙な顔で報告を続けた。


「西の城砦に武装した軍団が現れました。国境線を越えていないため、交戦には至っておりませんが……その数二万強!」

「に……二万じゃと!?」


 リリベットは目を見開いて、勢いよく椅子から立ち上がった。それもそのはずである、リスタ王国の総人口ですら増えたとは言え四万強である。西の城砦の防衛は増強したと言っても二百程度、従士ではないが騎士家などで戦える者を合わせても千人未満である。


「一体どこの……いや、聞くまでもないのじゃ」


 リリベットはそこまで言いかけると、首を振って口を噤んだ。西の城砦を越えた先はレティ領であり、かの地でそれほどの規模の軍隊を動かせるのはレティ侯爵軍だけなのだ。


「いえ、確かにレティ侯爵軍が大半なのですが、中央分に……」


 そこまでコンラートは言い淀む、何か言い難いことがあるのだろうと察したリリベットは、頷いて先を話すように示した。


「中央に数百~千程度の民兵らしい一団が居りまして、リスタ王家の旗を掲げております」


 リリベットは困惑した表情を浮かべたが、意を決したのかすぐにドアに向かって歩き始めた。そして後ろに付き従うマリーに対して


「マリー、緊急招集なのじゃ! 今すぐ主だった者を召集するのじゃ!」


 と告げた。マリーは頷くと報せを伝えるために駆けだした。


 ここに……後の世に『幼女王の聖戦』と謳われた大戦の幕が上がろうとしていた。



◆◆◆◆◆





 『リスタ王国の常設軍』


 現在のリスタ王国の常設軍は、合計で千弱である。


 内訳は国境防衛の騎士団が騎士百名と従士三百名に計四百。遊撃隊であるクリムゾンが百名。リリベットの身辺警護の近衛隊が三十名。王都防衛の衛兵隊が四百強である。


 また王国軍ではないが、グレートスカルを主軸に海軍としての海賊衆が三千~四千ほど存在している。

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