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第110話「波乱への序曲なのじゃ!」

 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 大ホール ──


 フェルトたちが帝都に着いてから二日後、クルト帝国の皇帝の住まいであるエンドラッハ宮殿の大ホールで、レオナルド・フォン・フェザーとサリナ・クルトの婚約発表の場が設けられようとしていた。


 帝国に比べれば豆粒のような小国であるリスタ王国の王城とは違い、エンドラッハ宮殿には大規模な式典を行える豪華な部屋がいくつもあり、その中の一つが今回の式典の会場である。


 フェルトたちがホールに着くと、まだレオナルドやサリナ皇女は居らず、先にホールに入っていたサリマール皇帝へ諸侯たちの挨拶が始まっていた。フェルトもリスタ王国の使節、及び自領から出て来れない父に代わって挨拶をすることになっている。


 サリマール皇帝への挨拶の順番を待っているフェルトに、五十ぐらいの中年の男性貴族がにこやかに声を掛けてきた。


「これはこれは……フェザー公爵家のフェルト殿ではないですか。お久しぶりでございますな」


 フェルトは、その中年の男性に対して礼儀正しくお辞儀をする。


「お久しぶりでございます、レティ侯爵」


 この中年貴族はレティ領の領主で、名をサンマル・フォン・レティ侯爵と言う。智のレティ家の当主らしく智謀に長け、帝国では国務大臣を務めている重鎮である。帝国において国務大臣は大臣の中では一番位が高く、宰相に次ぐナンバー・スリーだと言える。


「確か貴殿は、リスタ王家の臣下になられたのではなかったかな? なぜ、このような場所に?」

「はい、今日はリスタ王国の外交官として参りました」


 双方とも笑顔を崩さないが、当然お互い本心から笑っているわけではない。お互い牽制をしながら、腹を探り合うような会話を繰り返すのが、帝国貴族として日常的な光景だ。


 しばらくして皇帝への挨拶の順番が近付いてくると、フェルトはレティ侯爵にお辞儀をして、その場を後にした。


 典礼大臣に名前を呼ばれ、サリマール皇帝の前に進み出たフェルトは傅きながら挨拶をする。


「フェルト・フォン・フェザー。リスタ王国女王リリベット・リスタ、及びフェザー公爵ヨハン・フォン・フェザーの名代として参りました。サリマール陛下におきましては……」


 そこまで言いかけると、サリマール皇帝は軽く手を上げて制止する。


「堅苦しい挨拶はよい、余とお前の仲だ。……フェルトよ、元気そうで何よりだな」

「勿体無いお言葉でございます」


 サリマール皇帝とフェルトは歳も近く、皇家とフェザー家が親戚筋なこともあり幼少の頃から交流があったため、兄であるレオナルドを含めて友人関係だった。


 挨拶を早々に済ませ、短い時間ではあるが歓談を楽しんだサリマール皇帝とフェルトだったが、皇帝はふいに暗い顔をして周りに聞こえない小さめの声で


「お前にも苦労をかけるな……」


 と呟いた。


 フェルトは意味がわからず首を傾げるが、そんな様子にサリマール皇帝は首を軽く振る。


「いや、なんでもない。……さて、他の諸侯が待っておる。話の続きはまたとしよう」


 と言って、下がるように示すために右手を軽く上げるのだった。


 諸侯による皇帝への挨拶が終ると、今回の主催者側である着飾ったサリナ皇女がレオナルド・フォン・フェザーにエスコートされてホールへ入ってきた。帝国きっての美男美女と噂される二人の姿に会場がざわめく。


「おぉ……なんとお美しい」

「お似合いの二人ね」


 レオナルドとサリナ皇女は招待客たちの間を進み、一段上がったところに用意されていた椅子の前まで辿り着くと振りかえって一礼する。さらに一段上に座っていたサリマール皇帝が立ち上がると、流れていた演奏が止まる。


「皆の者、本日はよく集まってくれた。この式は余の妹サリナと、友人でもあるフェザー宰相の婚約を祝すものだ。是非皆からも祝福をして貰いたい」


 皇帝はそう告げると右手を上げた。横に控えていた者たちが酒の入ったガラスの杯を皇帝に差し出す。続いて別の者がレオナルドやサリナにも同じく杯を配っていく。フェルトを含む招待客たちも、それぞれが杯を持っていた。


「皆の者、準備は良いか? レオとサリナに祝福を、乾杯!」

「祝福を!」


 サリマール皇帝は乾杯を宣言して、杯を高々と掲げると一気に杯をあおり空にする。それに合わせて一同も同じように杯を掲げて一気に飲み干した。その後、会場全体から拍手が巻き起こった。


 サリマール皇帝が座り、続けてレオナルドとサリナ皇女が立ち上がり挨拶を始める。


「この度は、お集まりいただき……」


 ガシャーン!


 二人の挨拶が始まった瞬間、レオナルドたちの後ろから突然何かが割れたような大きな音が響き渡った。驚いたレオナルドやサリサ皇女が振り向くと、サリマール皇帝が椅子からずり落ちるように床に倒れ、招待客の悲鳴とともに会場が騒然とした。


「陛下!?」

「に……兄様!?」


 慌ててサリマール皇帝に駆け寄ったレオナルドは、サリマール皇帝を抱き上げる。皇帝にはすでに意識がなく、レオナルドは側に控えていた給仕たちに向かって


「典医を呼べ! 早くっ!」


 と叫んだ。この声によって会場はさらに混乱したが、すぐさま国務大臣の指揮のもと鎮められ、招待客たちは衛兵によって別室に移されることとなった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 客室 ──


 ひとたび別室に移された招待客だったが、一時間後フェルトなどの外国の使節団は、さらに別の客室へ移された。


 現在、部屋にはフェルトとオズワルトの二人がいた。フェルトは状況が掴めないことに苛立ちながら尋ねる。


「……何が起きているんだ?」

「わかりませんが、皇帝の身に何か不測の事態が起きたとしか……私が確かめて参ります」


 オズワルトも状況が掴めず首を振るしかなかったが、部屋から出て行こうとドアに手を掛ける。しかしドアは鍵が掛けられているのか、ピクリとも開かなかった。オズワルトはドアを叩きながら叫ぶ。


「……開かない? おい、どういうことだ!?」


 ドアの向こうから衛兵と思われる男性の声が聞こえてくる。


「お静かにお願いします。現在、命令により部屋から出すわけには参りません」

「何が起きているのだ!?」

「お話できることはございません。しばしお部屋で待機をお願いします」


 丁寧な態度だが毅然とした態度で断られたオズワルトは、ドアを思いっきり叩いてからフェルトの元に戻っていった。


 しばらくして気持ちが落ち着いたフェルトは、転機が訪れるのを黙って待っていた。その期待に沿うように天井裏の板が外れると、そこからリュウレが飛び降りてくる。


「よく来てくれた、リュウレ! 状況はわかるかい?」

「……どうやら皇帝が飲んだ酒に、毒が混入されていたみたい」


 フェルトとオズワルトは、驚いて椅子から立ち上がる。


「な……なんだって!? それでサリマール様は無事なのか?」

「今のところ意識は不明、それと……」


 リュウレの報告では、何らか毒物によってサリマール皇帝は意識不明、理由は不明だが暗殺の容疑者としてレオナルド・フォン・フェザーが拘束、この部屋の周りにもかなりの数の衛兵が固めており、完全に軟禁状態ということだった。


「兄上が、そんなことするわけないだろっ!?」


 思わず声を張り上げたフェルトに、リュウレはビクッと震える。フェルトは慌てて頭を下げた。


「すまない、リュウレに当たるつもりはなかったんだが……」


 リュウレは目を瞑りながら首を振る。フェルトは唸りながら考え始めた。皇帝暗殺の容疑で兄が拘留されたとなれば、あの場にいた弟であるフェルトもこのまま軟禁、または拘束される可能性が高い。


 フェルトは机まで歩くと椅子に座って、引き出しから紙とインクを取り出して机の上に置く。そして置いてあった羽ペンで手紙を書き始めた。


 手紙を二通書き終わると、簡単に折りたたんでリュウレに差し出す。


「リュウレ、すまないが僕はここから動けそうもない。こちらの手紙を父上に、こちらの手紙をリリーか、フィン閣下にお渡ししてくれ」


 リュウレは受け取りながら黙って頷くと、再び天井裏へと姿を消したのだった。





◆◆◆◆◆





 『ガラス杯と銀杯』


 皇帝はもちろん、それなりの身分がある人物であれば、通常飲食する器は毒を感知しやすい銀製の食器を使う。しかし今回の式典では皇帝の意向から、式典用のガラス杯を使用することになった。


 今回の暗殺は杯に毒を盛るという方法が取られたことから、サリマール皇帝に近しい人物が毒を盛ったのでは? と疑われ、レオナルド・フォン・フェザーが拘束されることになったのだ。


 皇帝暗殺ともなれば疑われた時点で死刑もありうる状況ではあったが、サリナ皇女の「レオナルド様がそんなことをするわけがない!」という弁護から、なんとか拘留で済んでいる状態である。

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