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第10話「母様なのじゃ!」

 現状リスタ王家にはリリベット以外に、もう一人名を連ねる人物がいる。


 国主の資格とされる建国王ロードスの血を継いでいる直系となると、リリベットのみだが、リリベットの母ヘレン・フォン・フェザーが存命なのだ。ヘレンはクルト帝国のフェザー公爵家の娘で、元々身体が弱く現在も床に伏している。




 リスタ王国 王城 先王妃寝室 ──


 リリベットは公務の傍ら、何日かに一度この部屋を訪れ母の様子を見に来ている。部屋に入るなりリリベットは、笑顔で母のもとまで駆け寄った。


「母様!」


 側仕えのメイドに助けられながら身を起こした女性が、リリベットの母ヘレンである。とても綺麗な金髪をした美しい女性で、見る者全てを和ませる言われているほど穏やかな雰囲気を持っている。


「リリー、よく来ましたね」


 ヘレンは微笑みながらリリベットの頭を撫でる。この母との触れ合いが普段女王として気を張っているリリベットにとって、唯一本当の意味で子供に戻れる瞬間かもしれない。


 リリベットのことを愛称で呼べるのも母であるヘレンだけである。二人の会話は、その日に起きたことや仕事のことなどの他愛もない話ばかりだった。


「結局マリーは飴をくれなかったのじゃ、ひどいじゃろ?」


 子供っぽく頬を膨らませながらプリプリと怒るリリベットに、ヘレンは微笑み諭すように言う。


「リリー、そんな事を言ってはいけませんよ。マリーは貴女のためを思って言ってくれているのですからね」

「ぶー」


 少しだけ納得できないという顔でヘレンに抱きつくリリベット、その娘をやさしく撫でるヘレン。とても温かいと感じたリリベットは幸せそうに笑っていた。




 その後も、しばらく談笑を続けた母娘だったが……


「まぁ、そんな事があったの……ごほっ」

「っ!? 母様、そろそろお休みになられた方がいいのじゃ」

「……いえ、大丈夫よ」


 気遣う娘に心配させないためかヘレンは優しく微笑むが咳は止まらず、側付きのメイドはスッと水を差し出しながら


「ヘレン様、ご無理は……」


 と諌め、身を起こしていたヘレンをゆっくりと寝かせる。その様子を寂しそうに見つめるリリベットだったが


「それでは母様、また来るのじゃ」


 と、ぎこちない笑顔で別れを告げると寝室から出ていった。




 その後ろ姿を寂しそうに見送った後、ヘレンの口が開く。


「マリー、いるのでしょ?」


 そう呼びかけた瞬間、ふわっとカーテンが揺れると、その側に音もなくマリーが姿を現した。


「はい」


 その姿を確認したヘレンは、穏やかに微笑む。


「あの娘のこと、よろしくね……」

「心得ております」

「それと……」


 言い淀んだヘレンに、マリーは首を傾げつつ言葉の続きを待つ。



「……あの娘に飴を食べさせてあげて欲しいの」



 と申し訳なさそうに言うヘレンに、マリーは微笑みながら目を閉じて


「わかりました」


 と約束するのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 海洋ギルド付近の埠頭 ──


 警邏任務の途中で、海洋ギルド『グレートスカル』の会長 オルグに見つかったラッツは、なし崩し的に埠頭の先で釣りをしていた。任務中だったラッツは気まずそうに

 

「え~と、オルグ会長? 俺、任務中なんだけど……」


 と告げるが、オルグは豪快に笑って聞く耳を持たなかった。


「がっはははは、どうせ暇だろうがっ! たまには年寄りに付き合えぃ!」


 確かに欠伸をしながらでも、まったく問題のなさそうな平和な警邏ではあったが、それでも一応任務中である。しかし、強引なオルグ会長を断りきれる自信がなかったラッツは、仕方がなく釣り糸をたらしているのだった。


「陛下ちゃんは十年もすりゃ、いい(ケツ)になると思うんじゃが、どう思うね小僧?」

「またその手の話ですか? マリーさんに聞かれたら誤解されるんだけど……というか、陛下みたいな子供をそういう目で見ないでくださいよ」


 どこか遠い目をしながら、オルグは呟く。


「十年か……その(ケツ)を拝むことなく、ワシは生きてないかもしれんのぉ」

「いやいや、オルグ会長は十年ぐらいじゃ死なないでしょ!」


 こんな化け物みたいな爺がそう簡単に死ぬわけがないと、ラッツからの本気ツッコミである。しばらくオルグと話しているうちに、ラッツはあることが気になり始めた。


「そう言えば……陛下って、なんであんな年寄りみたいな喋り方なんですかね?」

「それはあれじゃろ、ロードスの影響じゃろうな」

「ロードスって、確か初代国王のロードス王のことですよね?」


 というラッツの問いに、オルグは懐かしそうに遠くを見る。


「ロードスは、話のわかるいい男でな。よくこうして釣りをしながら話したもんだ」

「ひょっとしてロードス王とも、こんな話をしてたんですか?」


 呆れるラッツに大笑いしながら、オルグは自信満々に胸を張る。


「当たり前じゃろうが! あいつの嫁は至宝と言えるほど、よい(ケツ)をしておったのだ! 奴の倅の嫁は細くてワシの好みではなかったがのぉ」

「この人、本当によく不敬で斬られてないな。……それより、なぜ陛下の口調とロードス王が関係してるんです?」


 ラッツが聞きなおすとオルグは首を傾げばがら少し考えると、何かを思い当たったのか大きく頷く。


「小僧は、この国に来たばかりか? それじゃ知らぬのも仕方ないのぉ」

「どういうことです?」

「ロードスの奴は倅が死んで陛下ちゃんが女王になってから、三年ほど執政をやっておったのよ。陛下ちゃんが二歳の頃じゃったからのぉ。あんな爺が四六時中一緒にいれば言葉も移るじゃろうて」

「なるほど……」


 思わずリリベットの生い立ちを聞いたラッツは少し暗い顔もなったが、オルグは豪快に笑いながら

 

「がっはははは、それよりマリーちゃんの(ケツ)じゃ……おぅ!」


 と言いながらオルグは海に落ちていった。ラッツの横をすらっと引き締まった褐色の脚が伸びていた。驚いて後ろを振り向くと、オルグを蹴り落としたレベッカが怒った表情で


「爺様、若いの捕まえて遊んでんじゃないよっ!」

「え~と……」


 いきなりの状況に固まっていたラッツに、レベッカは指を突きつけた。

 

「ほら、アンタもさっさと仕事に戻りなっ!」

「は……はい!」


 慌てて釣竿を置くと、ラッツは埠頭から街のほうへ走っていった。



◇◇◆◇◇



 その日の夜 リスタ王国 王城 先王妃寝室 ──


 夕食が終わった後、しばらくしてから宰相のフィンがヘレンの部屋に訪れていた。


「お加減はいかがでしょうか? ヘレン様」


 側付きのメイドに身を起こして貰ったヘレンが微笑みながら答える。


「今は比較的気分が楽な気がしますよ……フィン」


 そして宰相をじっと見てから、側付きメイドの方を向くと


「マーガレット……どうやら宰相殿は大切な話があるご様子、少し席を外して貰えるかしら?」


 と告げた。マーガレットと呼ばれた側付きのメイドは、すっと席を立ち一礼をする。


「はい、ヘレン様。控えの間におりますので御用の際はお呼びください」

「ありがとう……」


 マーガレットは、宰相の方にもお辞儀をしてから退室していった。それを見送った後、ヘレンは真剣な瞳で宰相を見つめながら尋ねる。


「それで、フィン。今日はどのような御用なのですか? あなたがそのような顔をしているという事は、娘のことでしょう?」


 神妙な面持ちで宰相は頷くと、少し間を開けてから口を開いた。


「陛下のご婚約についてです……」





◆◆◆◆◆





 『ヘレン・フォン・フェザー』


 リスタ王国 先王の妻で、女王リリベットの母。


 実家はクルト帝国のフェザー公爵家で、若い頃にリスタ王国へ嫁いで来たが元々体が弱かった上、子宝に恵まれなかった。跡継ぎを産めない身を悔やみ、愛していた先王に妾を薦める事もあったが、先王は頑なにそれを拒否し続けた。


 三十歳の頃にようやくリリベットを妊娠出産、以後さらに体調を崩してしまい、ほぼ部屋から出られない生活を続けている。


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