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第105話「密偵なのじゃ!」

 クルト帝国 レティ領 領都近郊の街 路地裏 ──


 レティ領にある街の路地裏で、四人の男たちに襲撃されたラッツとリスタ王国の密偵だったが、その内の二人はラッツがすでに打ち倒していた。


 素早く敵を片付けたラッツが味方の密偵の方を見ると、出口側にいた黒装束の一撃を短剣で受け止めており、その中年の密偵の背中にもう一人の黒装束が、今まさに剣を突き立てようとしているのが見えた。


「おっちゃん!」


 という叫び声と共に、ラッツは左手で腰のフックダガーを引き抜き、切っ先を黒装束の背中に向けながらスイッチを押した。


 パシュッ! という音と共に、高速で刃が撃ち出され黒装束の背中に突き刺さる。


「うわっ!?」


 フックダガーは、石の壁にすら突き刺さる威力で刀身が射出されるダガーである。刺さった男を吹き飛ばし組み合っていた中年の密偵が、もう一人の襲撃者を巻き込んだ形で倒れこんだ。


 ラッツはすぐにその集団に駆け寄ると、柄の装置を動かしてワイヤーを巻き上げながら、フックダガーが突き刺さっている背中を蹴り飛ばしてダガーを引き抜いた。上に乗っていた男が退かされたことで自由になった中年の密偵は、すぐにもう一人の黒装束の首筋に短剣を突きたててトドメを刺す。


 短い悲鳴のあと、血を噴き出しながら襲撃者は動かなくなった。


「おっちゃん、大丈夫か?」

「あぁ、助かったぜ! とりあえず、今の内にズラかるぞ!」


 中年の密偵はそう言いながら短剣を引き抜き、ラッツと共に大急ぎで路地裏を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 レティ領 隠れ家 ──


 現場から逃走した中年の密偵とラッツは、しばらく闇に紛れながら走っていた。そして再び路地裏に入ると、どこにでもある感じのあまり目立たない民家に駆け込んだのだった。鍵は密偵が持っていたので、おそらくリスタ王国の密偵たちが使っている隠れ家の一つだろう。


「はぁはぁ……ここは?」

「ここは俺たちが使ってる隠れ家の一つさ」


 中年の密偵はニカッと笑うと得意気に親指を立てていた。そのまま二人は床に座り込み息を整え始めた。しばらくして息が整うと、極力声が響かないように小声で話し始めるラッツと密偵の二人。


「あいつら男爵家の連中っぽかったが……お前さん、もしかして何かやったのか?」

「いや、どうしても確認したくて、昨晩ちょっと……」

「まさか潜入したのか!? バカがっ! 援護や支援もなしに何してやがる」


 ラッツは苦笑いを浮かべて頭を掻いている。そんなラッツに密偵はため息をつきながら立ち上がると、部屋の中央にあったテーブルを移動し始めた。ラッツは首を傾げながら尋ねる。


「何してるんだ?」

「いいから手伝え」


 密偵と一緒に机を退かすと、今度は下に敷いてあった絨毯を取り除いた。そして床板を一枚外して中にあったレバーを引っ張り出す。


 ギィィィという音と共に地下に繋がる階段が現れた。


「おぉ、秘密基地みたいだね」

「はっははは、紛うことなき秘密基地よ」


 密偵は得意気に笑うと、そのまま地下に降りていきラッツも後に続くのだった。



◇◇◆◇◇



 隠れ家の隠し部屋 ──


 部屋に着くと、密偵が入り口付近にあったランプに火を灯した。明るくなった石造りの部屋は、少し屈まないと頭を打ちつけてしまいそうなぐらい狭かったが、小さな机と椅子、それに棚が備え付けられていた。


 密偵の男はゴソゴソと棚から鞄を二つ取り出すと、一個はラッツに手渡し、一個は自分の前に置いた。ラッツがカバンの中身を確認すると、少しだが金と携行食、そして旅に必要な物が入っていた。


 ラッツは首を傾げながら密偵の男に尋ねる。


「これは……?」

「逃走用の鞄だ。逃げる時は悠長に用意なんてしてられんからな、予め用意して隠してあるんだよ。あの連中に目を付けられたなら、もうこの街にゃいられん。すぐにでもズラかるぜ」


 逃走用のバッグを担いだ密偵の男に、ラッツは首を横に振った。


「悪いけど、俺はここでやることがあるんだ。おっちゃんだけで行ってくれよ」

「何言ってやがる! まさか、もう一度潜入するつもりか? (やっこ)さんたち、すでに実力行使に出てきてるんだぞ!? 命がいくつあっても足りやしねぇって、今は逃げるんだよっ!」


 密偵の必死の説得だったが、ラッツは再び首を横に振って懐から報告書が入った封筒を差し出す。


「あそこには俺の好きな人がいるんだ、置いてはいけない。……代わりにコレをリスタ王国まで頼むよ」


 ラッツの真剣な瞳に、密偵は諦めた表情を浮かべると封筒を受け取った。それを鞄に詰め、代わりにこの家の鍵をラッツに差し出す。


「坊主……いや、確かラッツだったか? お前さんは俺の命の恩人だ。死ぬんじゃねぇぞ?」

「わかってるさ!」


 ラッツはニカッと笑うと、その鍵を受け取り部屋から出て行く密偵の背中を見送るのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 時間的には夜中だったが、フェルトがリリベットの寝室を訪ねていた。女王付きメイドに通されたフェルトが部屋に入室すると、薄手のネグリジェの上からローブを羽織ったリリベットがソファーに座っていた。その姿にホッと息を吐き安心したフェルトは、リリベットの対面の席に座る。


 リリベットは眠そうな顔で目を擦っていた。


「むにゃ……こんな時間に何の用なのじゃ?」

「マリーさんの居所がわかったんだよ!」


 その言葉にパッと目を見開き、バンッと机を叩きながら身を乗り出すリリベットに、フェルトは慌てて視線を逸らす。


「どこじゃ!? む……なぜ、顔を背けるのじゃ?」


 ブカブカの服で身を乗り出したため、リリベットの胸元が大きく開いてしまっているのだが、彼女は気付いていなかった。フェルトは視線を合わせないように、二通の封筒を差し出しながら言う。


「と……とにかく落ち着いて、これを読んでおくれよ」

「うむ?」


 リリベットは受け取った封を切ってある封筒を開けると、その中に入っていた報告書を読み始めた。あまり学のない者が書いた字なのか、いくつかのスペルミスがあり若干読みにくかった。


 報告書はレティ領に潜伏中のフェザー家の密偵からで、マリーと名乗った人物に『身分の偽造』『変装のための染料や服』『男爵家のメイドの懐柔』を頼まれたとのことだった。


「偽造に変装? いったい、どういうことなのじゃ?」


 リリベットは首を傾げながら、もう一通の報告書を開き読み始めた。そちらの報告書には、メイドを一人買収して他の街へ移って貰った旨と、その為に掛かった費用の請求が書かれており、その後に依頼者が無事に潜入は成功したと書かれていた。


「どうやらマリー殿は極力足が付かないように、フェザー家(うち)の者を頼ったようだね」

「それで、どこにおるのじゃ」


 フェルトは持ってきていた地図を取り出して広げると、現在ラッツたちがいる街を指差す。


「ここ、領都近郊の街の男爵邸だと思う。リスタ王国側の情報とも符合するし、おそらく男爵家にメイドとして潜入しているんだ。つまり彼女のターゲットは男爵、もしくは男爵家にいる者だと思う」

「確か、シュレー男爵じゃったな」


 リリベットは真面目な顔で頷くとソファーから立ち上がり、ドアに向かって歩き始めた。そのリリベットにフェルトは、後を置きかけながら尋ねた。


「待って、どこに行くの?」

「宰相の所へ向かうのじゃ、このことをラッツに知らせてやらねばならぬのじゃ!」


 と答えると、ローブを翻しながら部屋から出て行くのだった。





◆◆◆◆◆





 『メイドの行方』


 病気の母の治療費を稼ぐためと貧しい実家の食い扶持を減らすために、レティ領の片田舎から出稼ぎに来ていたその女性は男爵邸のメイドとして働いていたが、かなり要領が悪くいつクビになってもおかしくない状態だった。


 そのメイドが城下に買い物に出たとき、お金を落としてしまったのを助けてくれたのが、赤い瞳を持った旅人風の女性だった。


 その後、彼女の運勢は大きく上向くことになる。


 とある男性から「()()様が母親の治療費を、援助してくださるそうだ。すぐにでも帰りなさい」と大金を渡してきたり、馬車に乗った親切な行商が丁度彼女の実家がある村まで行くところに出くわしたりと、信じられない幸福に恵まれ一晩の内にその街を後にする事となったのだった。


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