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第102話「珈琲なのじゃ!」

 リスタ王国 王都 宿『枯れ尾花(ガスト)』 ──


 隊長のミリヤムに事情を話したラッツは一時離隊の許可を貰い、城下にある宿『枯れ尾花』を訪れていた。この宿の主であるロバートに会うためである。


 ロバートはカウンターの奥から、宿に入ってきたラッツの姿を一瞥するとコーヒーカップを置く。


「お前さんか……どうした、そんな格好で?」


 ラッツは黒を基調にした服にボロボロの袈裟を羽織っており、明らかに旅支度と言った風貌をしていた。ラッツはカウンターの前まで歩くと、カウンターに金貨を一枚置きニコリと笑う。


「ちょっと旅に出るんですが、その前にロバートさんのコーヒーが飲みたくて」


 ロバートは鼻で笑ってポットからカップにコーヒーを注ぐと、そのカップをラッツの前に置いた。


「それで何が聞きたいんだ?」

「やっぱりバレバレですか……ロバートさん、ここにマリーさんが来ませんでしたか?」


 ロバートは少し眉を顰めたがコーヒーを一口飲み、ラッツの真剣な瞳を見ると諦めたように溜息をついた。


「半日ほど前だったか……確かに来たぜ」

「そ……その後、どこへ行くとか言ってましたか!?」


 カウンターに乗る勢いでラッツが身を乗り出すと、ロバートは素早くカップを二つ持ち上げて避難させていた。


「おいおい、落ち着けよ。コーヒーがこぼれるだろうが」

「あっ、すみません……」


 ラッツがカウンターから身を引っ込めると、ロバートは再びカップをカウンターに戻した。


「あいつなら西の城砦に向かったぞ。なんでも入院している知り合いに会いに行くって言ってたよ」

「西の城砦ですね!? わかりました、ありがとうございます」


 そのまま宿から飛び出しそうな勢いで振り向いたラッツに、ロバートが慌てた様子で呼び止める。


「おい、待て! ……まさか、追いかけるつもりか?」

「はい!」


 ラッツの淀みない返事に、ロバートは呆れたように頭を掻くとカウンターを指で二回叩く。


「仕方ない……少し待ってろ。あとせっかく淹れたコーヒーだ、ちゃんと飲んでけ」


 と言い残して、カウンターの奥の部屋に行ってしまった。ラッツは首を傾げながらもカウンターに戻り、コーヒーを飲み始めた。そのコーヒーは以前マリーと一緒に飲んだ時より少し苦かった。


 しばらくして、ロバートが細長い木箱を持って戻ってきた。木箱をラッツの目の前に置くと、カウンターの下から短剣を一本取り出して木箱の上に置く。


「こいつを持ってきな……餞別だ」


 その短剣は、ショルダーベルト付の艶を消した黒い鞘に納められた直刀で、鞘には狼が口を開けているようなマークが入っていた。以前ロバートが使っていた仕事道具で銘を彼と同じく『黒狼』という。


 ラッツは黒狼を鞘から抜くと、刃の状況を確認して驚いた声を上げつつ鞘に戻して頭を下げる。


「ありがとうございます」


 ショルダーベルトを締めて黒狼を左胸の辺りに装着すると、今度は木箱の蓋を開けた。


「これは……?」


 木箱の中には(つば)の部分がフック状の刃になっている、変わった形のダガーと黒い手甲が入っていた。ロバートはそのダガーを取り出して切っ先を壁に向ける。


「こいつはな、フックダガーって言うんだ。この付け根のスイッチを押すと……」


 パシュ! という音と共に柄の部分を残して、極細のワイヤーが付いた刃と鍔が射出され、壁に突き刺さった。ラッツは驚きの表情で目を見開いている。


「このワイヤーは、三人ぐらいなら体重をかけても切れやしねぇ。それで柄の底に指をかけて引っ張ると……」


 ロバートが説明した通りに柄の装置を引っ張ると、ギュルルルルという音と共にワイヤーが巻きとられ、ダガーが元の状態に戻った。そのまま鞘に戻して木箱に戻すとニヤリと笑った。


「こいつも持ってけ、何かの役に立つはずだ」

「い……いいんですか?」

「あぁ、あのマリー(馬鹿)を連れ戻すつもりなんだろ? 俺もあいつとは長い付き合いだからな……あいつが別れを告げに来た時に、もう駄目かと諦めたんだが、お前のような馬鹿を見てるとやれる気がしてくるよ」


 ラッツは力強く頷くと、腰にフックダガーと手甲を左手に装備した。


「ありがとうございます」


 改めて深々と頭を下げると、宿から出るために背中を向けた。ロバートはその背中に向けて、いつもの調子で


「坊主……またコーヒー飲みに来い」


 と呟きながら見送ったのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 丁度その頃、リリベットは執務机で突っ伏していた。机の上には次々と持ち込まれる書類が重なっており、側に立つミリヤムは呆れた顔でそれを見ている。


「陛下、いつまでそうしているのよ? 仕事を溜め込んでもマリー(あいつ)は帰って来ないのよ?」

「……わかってるのじゃ」


 突っ伏したまま、頬を膨らませるリリベット。渋々と動き出して書類を読み始めるが、すぐにやる気を無くして椅子を前後に漕ぎ始める。リリベットにとってマリーは精神的な支えであり、彼女がいなくなった弊害が思っても無いところで出始めているのだ。


「……オヤツ」


 ミリヤムがボソリと呟く。その声に反応して、リリベットがピクッと身震いしてミリヤムをチラリと見るが、一気に不機嫌そうな顔になるとそっぽを向く。


「馬鹿にするでないっ! そんなことで釣られたりしないのじゃ!」


 膨れた顔で書類に目を通し始めるリリベット。ミリヤムはクスッと笑うと、控えの間に続くドアまで歩き、ドアを開けて女王付きメイドに一言二言交わして、執務机の側まで戻るとリリベットの仕事を手伝い始めた。




 しばらくして、女王付きメイドの一人がトレイに乗せて焼き菓子と紅茶を運んできた。そのままソファーの机にお茶の用意をすると、お辞儀をして部屋から出ていく。


「陛下、少し休憩しましょう」


 ミリヤムは先にソファーに座ると、涼しい顔で焼き菓子を食べながら紅茶を飲み始めた。リリベットも黙ったままミリヤムの対面のソファーに座ると、黙々と焼き菓子を食べ始めた。そして涙目になりながら呟くのだった。

 

「……あんまり美味しくないのじゃ」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西の城砦 病室 ──


 その翌日、ラッツは西の城砦のリュウレの病室に来ていた。リュウレは病室に入ってきたラッツを見ると、興味なさそうに視線を逸らした。


 ラッツは苦笑いをしながら、リュウレのベッドの脇に座る。


「重傷だって聞いたけど、思ったより元気そうだね?」

「……何の用だ、泥棒野郎」


 明らかに不機嫌そうな口調でリュウレが答えると、ラッツは頭を掻きながら尋ねる。


「そんなに邪険に扱わなくても……まぁいいや、昨日ここにマリーさんが来なかった?」

「……来た」


 興味がなさそうに答えたリュウレの言葉に、ラッツはベッドに手を付いて身を乗り出した。


「どこに行くって……っ!?」

「……離れろ」


 身を乗り出したラッツの首元には、リュウレが握ったナイフが突きつけられていた。両手を上げつつ降参の意思を示しながら大人しく身を引いて座るラッツに、リュウレは突きつけたナイフを元の位置に戻すのだった。


「わかった、わかった。そ……それで、マリーさんはどこに行くって?」

「……知らない」


 リュウレの素っ気無い返事にラッツは肩の力を抜いて、溜息を付くと改めて尋ねた。


「それじゃ何か話していなかった?」

「……シュレー男爵について聞かれた」


 ラッツは首を傾げると腕を組んで、少し考え始めたがすぐに諦めた。


「聞いたこと無いな、誰なんだ?」

「レティ侯爵の臣下……あとは自分で調べろ」


 リュウレはそう言うと、ラッツに背中を向けてしまった。ラッツもこれ以上は聞き出せないと感じて席を立つと軽く手を振って


「それじゃお大事に」


 と言って病室を後にするのだった。





◆◆◆◆◆





 『目撃証言』


 西の関所を護っているリスタの騎士たちは、逃亡犯がいる等の情報が無ければ出国に関しては、入国ほど厳しく監視していない。それでも目立つ人物は目に止まるもので……


「おい、さっきの娘、美人じゃなかったか? 冒険者かな?」

「どうだろうな? しかし、どこかで見た事ある気がするんだが……」


 騎士たちは首を傾げながら唸ってみるが、結局思い出すことはできなかった。

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