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第100話「流言なのじゃ!」

 クルト帝国 領都近郊の街 宿屋前 ──


 流血しながらもフェルトの名前を呟いたリュウレに、フェルトは身を乗り出して叫ぶ。


「僕がわかるのかい、リュウレ!?」


 その声に反応したのかリュウレはぎこちなく微笑むと、そのまま糸の切れた人形のようにパタリと倒れてしまった。フェルトは慌ててリュウレに駆け寄って抱き上げる。


「リュウレ!?」


 彼女は気を失っているようで返事はなかったが、ジンリィはフェルトのすぐ後ろまで近付くと周りを警戒する。


「どうやら成功したようだが、ちょっと騒すぎたかなぇ?」


 宿の周辺では騒ぎを聞き付けたのか、住民が通りの様子を窺っていた。そして通りの向こうから偵察に出ていたケラが走ってくるのが見えた。ケラはフェルトの元まで近付くと肩で息をしながら尋ねる。


「はぁはぁ……フェルト様、良かった! 無事だったんですね?」

「あぁ、僕はね」

「お前さんは、確かケラと言ったかね? この辺りで医者の手配は出来るかい?」


 ジンリィの質問に、ケラは少し考えてから頷く。


「はい、闇医者ですが、金さえ払えば……」

「それでいい。フェルト殿は、そのままその子を運んでおくれよ。私はオズワルト殿を連れていく」


 ジンリィはそのまま二階に上がり、オズワルトと荷物を担いで戻ってきた。鎧を着ていないとは言え、その細腕に成人男性を一人と旅仕様の荷物を軽々担ぎ上げてる彼女に、フェルトは驚きの表情を浮かべていたが、ジンリィは顎をクイッと動かす。


「さぁ、急ぐよ。その子は肋骨が折れてる程度で死にやしないが、オズワルト殿は早く治療しないと危ないからねぇ」


 こうしてフェルトたちは闇医者の元に急ぐため、闇夜の街に消えていくのであった。その場には壁が破壊された宿屋と、五十人ばかりの気絶した野盗が取り残され、遠くからは衛兵の警笛の音が聞こえてきていた。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 先王妃寝室 ──


 フェルトたちを襲った事件から、すでに三日が経過していた。未だにリスタ王国へは、その報せはまだ届いていない。


 ベッドの上で半身だけ起こしているヘレンがソーサーを左手で持ったまま、右手でカップを持ち上げて一口含みホッと息を付くとマーガレットに朗らかに微笑む。


「今日も美味しいわ、マーガレット」

「もう一杯いかがですか?」


 ヘレンはスッとソーサーごとカップを渡す。マーガレットは受け取ったカップをサイドテーブルに置くと、ポットから紅茶を注ぎヘレンの元に戻すのだった。ヘレンはその紅茶を一口含んでから、マーガレットに娘の近況を尋ねる。


「ねぇマーガレット、最近リリーとフェルトはどうなのかしら?」

「どう……と言われましても?」


 マーガレットは首を傾げる。四六時中、一緒にいる二人の間柄である、当然ヘレンが言いたいことはわかっていたが、含意が広すぎてどう答えてよいのか迷ったのだ。


「リリーったら……前は何でも話してくれたのに、最近は何か隠し事をしているようなのよ」


 娘のそんな変化に安心したような寂しいような……そんな複雑な表情で呟くヘレン。その彼女にマーガレットは微笑みながら頷く。


「ふふふ、きっと照れているのですよ。フェルト様は今は帝国ですが……いらっしゃるときは、とても仲睦まじい感じですよ。まるでこちらに嫁いできたばかりの、ヘレン様たちを見ているようです」

「あらあら、それは良かったわ」


 朗らかに笑うヘレンだったが、その笑顔はマーガレットから見ても以前より弱々しく感じるのだった。その笑顔に居た堪れなくなったのかマーガレットは


「そう言えば、陛下から御菓子をいただいたのでした。今、お持ちしますね」


 と言って、隣の控えの間に向かうのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 先王妃寝室 控えの間──


 マーガレットが控えの間に入ると、丁度手伝いに来ていたメイドたちが噂話をしていた。


「先王陛下にリリベット様以外に、隠し子がいたって本当かしら?」

「こんな所でやめなよ、ヘレン様に聞こえたら……」


 その噂は現在リスタ王国内でも広まりつつある『先王の遺児』についての噂だった。マーガレットは顔を顰めると、そのメイドたちに近付きその頬を思いっきり(はた)いた。


「口を慎みなさい!」

「す……すみませんでした」


 叩かれたメイドたちは頬を押さえて涙目になりながら謝ると、すぐに部屋を後にするのだった。丁度その時であるヘレンの部屋から、何かが割れる音が聞こえてきた。


 慌ててヘレンの部屋に向かうマーガレットが、ドアを開けるとベットの脇に砕け散ったティーセットと、意識を失ったヘレンが倒れていたのだった。


「ヘ……ヘレン様!?」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 先王妃寝室 ──


 へレンが倒れたしばらく後、ヘレンの寝室にはマーガレットに呼ばれて侍医のロワ、女王リリベット、そのお付のマリーが訪れていた。ヘレンの診断が終ったロワに、リリベットが掴みかかる勢いで尋ねる。


「ロワよ、どうなのじゃ? 母様の容態は!」

「へ……陛下、落ち着いてくだされ、とりあえず容態は安定しております」


 年齢のわりに落ち着いた態度を取ることが多いリリベットにしては、珍しいほどの狼狽振りにロワは驚きながらもヘレンの容態を伝える。


「おそらく何か興奮なさるようなことがあったのでしょう。今は安静になさることが第一でございます」


 ロワから手を離し眠っている母の手を握りながら、祈るように何度か頷くと手を離して立ち上がる。そして、改めてロワの方を向く。


「それではロワよ、母様をよろしく頼むのじゃ……」

「はい」


 リリベットは本当は自分が側についていたかったが、医師であるロワを信頼して母のことを頼み、力なく肩を落として部屋を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 母の寝室を出て執務室に戻ってきたリリベットは、執務机の席に座ると一緒に着いてきたマーガレットに向かって尋ねる。


「して、何があったのじゃ?」

「はい、実は……」


 マーガレットの口からは最近あまり体調が優れなかった事と、メイドたちの噂話から『先王の遺児』について知ってしまいショックを受けた可能性について説明があった。


 リリベットは腕を組んで唸りながら首を傾げた。


「父様に……他に子がいたという噂は、わたしも耳にしているのじゃ」

「そんな者はおりません」


 なぜかマリーがはっきりと否定する。この件に関しては二歳の頃に亡くなった父を、よく覚えていないリリベットよりマリーの方が怖かった。周囲の人々もマリーの先王に対する忠誠心は知っているため、彼女の前では決して口にしなかったのである。


 マリーはリリベットの父ロイド・リスタを敬愛しており、彼がそんな不貞を犯すなど微塵も考えていないのだ。これに関してはヘレン付きメイドであるマーガレットも同じ意見だった。それほどロイドとヘレンは仲睦まじい夫婦だったのである。


「とりあえず、これ以上母様の悲しませたくないのじゃ。マーガレットは母様が目を覚まされたら、ただの流言じゃということで通すのじゃ!」

「はい」


 リリベットの命令にマーガレットが頷くと、そのままドアの前で一礼して部屋から出ていった。


「マリーは宰相の元へ行き、この件について調査の依頼をしてきて欲しいのじゃ」

「……わかりました」


 調査などは不要と考えながらも、リリベットの命令なので仕方がなく頷いたマリーは、宰相の下へ向かうため部屋を後にした。


 一人残ったリリベットは、思案を巡らせるように椅子を漕ぎながら呟いた。


「いったい、誰なのじゃ……こんな噂を流しているのは……?」





◆◆◆◆◆





 『先王妃付きメイド マーガレット』


 マリーやリュウレ並の実力があると噂される先王妃付きメイド。ロードス王の御世からリスタ王家に仕え、その姿は建国時から変わっていない為、純粋な人族ではないと言われている。


 ヘレンとは彼女が嫁いできた際に、専属メイドとして仕えることになって以来の仲である。

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