第9話「先輩なのじゃ!」
衛兵詰所は王都内各所にあり、場所に寄ってそれぞれ仕事内容が違う。ゴルド隊長がいる詰所は、王城に最も近くにあり五名の衛兵が勤務していた。新人のラッツや女性衛兵のレイニーもこの詰所の所属している。
この詰所では王城周辺の警備や、要人の護衛などが主な任務である。近くにあるもう一つの詰所と交代で王城の守衛も兼ねており、当番の日は隊長のゴルドを除いた隊員が交代で王城の正門に立っている。しかし、平和なこの国では、ほとんど出番がなく暇を持て余しているのが現状である。
リスタ王国 王都 衛兵詰所前の広場 ──
衛兵広場では、何かがぶつかり合うような鈍い音が響き渡っていた。最近見かけるようになった大男と若い衛兵ではなく、いつもの若い衛兵と同じような背丈の若い女性が、身の丈と同じぐらいの長さの木製の棒で打ちあっていた。
女性は赤髪を後で結んだ姿で活発な印象を与える少女で、棒を槍のように構えるその姿はそこそこ様になっているが、男性の方は長い武器に慣れていないのか、上手く扱えない様子だった。
「ほら、ラッツ君! 腰が高いよ! もっと腰を落として!」
「そ……そんなこと言ったって……わっ、先輩、まっ!」
赤髪の少女レイニーは、腰を落として突っ込むと鍔迫り合いに持ち込み、そのまま押し込みながらラッツを突き飛ばす。レイニーは倒れたラッツに手を差し伸べた。
「ほらっ立って、ラッツ君」
「すみません、先輩」
手を取って立ち上がらせて貰いながら、ラッツは照れたように笑う。
「いやぁ、長物は難しいですね」
「まったく……隊長は好きな武器でいいって言うけど、衛兵の制式装備は槍なのよ。少しぐらいは扱えないと!」
レイニーは決して強いわけではないが、孤児院の手伝いなどで元々体力はあったほうだし、衛兵になってからも日々の訓練を欠かさない。隊長のせいか、どこか緩い雰囲気の衛兵隊においては珍しい人物だった。ラッツは自前のダガーを使う影響か長物の扱いは苦手で、今日はそれを克服するためにレイニーに槍術を教えて貰っている。
しばらく後 ── その後も訓練を続けたラッツとレイニーの二人は、肩を並べて休憩を取っていた。
「はぁはぁ……ラッツ君って動きは素早いよね。前は何していたの……あっ! ごめんっ」
レイニーは気まずそうな顔で口を噤んだ。この国では他人の過去を詮索する人はあまりいない。再出発として、この国で暮らす人々が多いので、それが国民の暗黙のルールになっていた。
二人の間で気まずい空気が流れる。ラッツは気にしないように笑いながら、逆に質問を返して誤魔化す。
「あはは、まぁ色々と……それより先輩は何で衛兵になったんです?」
「えっ? あぁ、あたしは孤児だったから、職に就くのに衛兵になるのが手っ取り早かったのよ。……どうしてそんな事を聞くの?」
「いやぁ先輩って可愛いから、何でこんなむさい職場にいるのかなって思ってさ」
その言葉に、レイニーの顔はみるみる真っ赤になる。
「なっ……なに言ってるのよっ!」
レイニーは照れ隠しのように、パチンッ! とラッツの背中を叩くと、慌てて詰所の所に走っていった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り ──
その日の昼時、ゴルドに命じられたラッツとレイニーの二人は、大通りに食材の買出しに来ていた。
「やっぱり大通りは賑やかですね、先輩!」
「えっ……と、あ……そうね」
ラッツの問いかけにレイニーは上の空で答えると、チラチラとラッツを見ては視線が合うと慌てて顔を背けていた。
その二人を見守るように、少し後で隠れている影があった。訓練から戻ってきたラッツとレイニーが、なにやらぎこちない雰囲気だったのに気が付いたゴルドは、二人に買出しを命じ様子を探るために後をつけてきたのだった。
二人の様子を窺うように隠れていたゴルドだったが、いきなり後から声をかけられた。
「ゴルド、隠れられておらぬぞ。お主はデカすぎるのじゃ」
「覗き見とは、いい趣味とは思えませんね」
ゴルドの後ろから現れたのは、リリベットとメイドのマリーだった。どうやら視察の帰りのようで、マリーはお土産の荷物を抱えていた。ゴルドは二人を見るとニヤリと笑みを浮かべる。
「なんだ……陛下たちですか、丁度いいところに来ましたなぁ。面白いものが見れるかもしれませんぞ?」
ゴルドは、そう言いながら親指で背中の大通りを指差した。釣られるようにリリベットとマリーが壁からこっそり顔を覗かせると、ラッツとレイニーが微妙な距離で並んで歩いている姿が見える。
「……ラッツじゃな」
「レイニーさんもいますね? ……なにやらぎこちないようですが、あの二人は仲が悪いのですか?」
ゴルドはおどけた様子で首を振ってから、ワクワクした表情を浮かべた。
「なんかよくわからんが、午前の訓練の後からあんな感じなんだよ。で、何か面白いことが起きるかと、二人にして泳がしてる最中だ」
理解できないという顔でマリーは首を振っていたが、リリベットは目を輝かせて
「ほほぅ、それは面白そうじゃな?」
と楽しそうに呟くのだった。
こうしてゴルド隊長に、リリベット、マリーの二人が尾行に加わる事になった。ラッツとレイニーの二人はそんな事になっているとも知らず、ぎこちない雰囲気のまま買出しを続けるのだった。
大通り お菓子屋の屋台の前 ──
買出しリストにある品目を全て買い終わったラッツとレイニーの二人は、お菓子屋の屋台の前を通りかかっていた。甘い香りに誘われて足を止めたラッツはレイニーに尋ねる。
「おっ美味しそうな匂い! 先輩、ちょっと寄って行ってもいいですか?」
「えっ? ダメよ、リストじゃない物を公費で買ったら横領よ?」
真面目なレイニーはリストに目を通しながら息をついて
「まぁ、このいつの間にか書き足されてる『酒』の項目は、明らかに隊長が勝手に書いたものだけど……」
物影で見ていたリリベットは、ゴルドを睨みつける。
「ほほぅ? ゴルド……横領はいかんのじゃ」
「いやぁ、士気の維持のためですよ。がっはははは!」
ゴルドはニカっと笑って誤魔化していた。一方、ラッツは懐から革袋を取り出す。
「大丈夫、自腹で買いますよ」
「それならいいけど……」
しぶしぶといった感じでレイニーの許可が下りると、ラッツはすぐに屋台で大量にお菓子を買い込み始めた。
「そんなに買ってどうするのよ?」
「この後、メアリーのお見舞いに行こうかと思って」
「ふ~ん、そうなんだ……随分ご執心なのね」
ラッツの答えにレイニーは少し不満そうな顔で、そう小声で呟くのだった。
ラッツとレイニーが去った後のお菓子屋の屋台の前 ──
屋台の前でリリベットが目を輝かせながら、店主の中年男性を呼び止めた。
「お主! この前の店主じゃな?」
「ん? おぉ、陛下ちゃんじゃねーか! 今日はマリーさんも一緒かい」
うんうんっと頷きながら、リリベットは店主に向かって手を差し出す。
「そうじゃ! お主、前に約束しおっただろう、マリーと一緒なら飴をくれると!」
「おぉ、覚えているさ! ほら、どうぞっ!」
店主は棒付き飴を屋台から取ると、リリベットに差し出すがスッとマリーは前に出て代わりに受け取ってしまう。
「陛下いけません! 虫歯になりますよ! それに毒見もせぬものを食べてはいけないとあれほど……」
「あぁぁぁぁ……マリー!」
そんな様子を眺めながら、すでにマリーが持っていた荷物を持たされていたゴルドは呆れた表情を浮かべている。
「陛下、ラッツたちが行っちまうぜ?」
「えぇい! ラッツより飴なのじゃ!」
リリベットは腕に振り回しながら、ジタバタと駄々っ子のように暴れるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 修道院 仮設病室 ──
買出しの帰りに修道院に寄ったラッツとレイニーは、荷物を両手に抱えながらメアリーの病室に向かった。病室に入るとメアリーの周りには、孤児院に預けられている子供たちが集まっていた。子供たちに向かってラッツが告げる。
「お前ら、メアリーの話相手になってくれてるのか?」
「あっ、ラッツ兄ちゃんだ!」
「レイニーお姉ちゃんも!」
ラッツの言葉に振り返った子供たちは、口々にラッツとレイニーの名前を呼びながら駆け寄ってきた。その子供たちにラッツは持っていたお菓子を配り始める。
「ほら、たくさん買って来たから平等に配れよ~」
「わーい、お兄ちゃんありがと~」
はしゃぎながらお菓子を受け取っていく子供たちを、優しそうな目で見守るラッツの姿をレイニーは熱っぽくボーっと見つめていた。その様子に気が付いた孤児の女の子が、からかうように尋ねる。
「あっ、お姉ちゃん顔赤いよ~」
「なっ……そんな事ないわよ!」
さらに顔を赤くしながら軽く首を振って、ぎこちなく微笑むレイニー。
「ほら、メアリーにも買って来たぞ!」
囲んでいた子供たちを抜け出して、ラッツはまだ動けないメアリーの元に近付いてお菓子を届けた。
「お兄ちゃん、ありがと~!」
メアリーは満面の笑みでお菓子を受け取り、ラッツは笑顔でメアリーの頭を撫でた。その様子を、レイニーは複雑な面持ちで眺めていたのだった。
◆◆◆◆◆
『衛兵レイニー』
リスタ王国 衛兵隊所属の女性衛兵。年齢は十六歳。赤髪を後で結んでいる。移民の孤児で、両親はこの国に着くと力尽きてしまった。
ゴルド隊長がいる詰所で働いている。ラッツより年下だが衛兵としては一年先輩になるため、彼からは「レイニー先輩」と呼ばれている。
休日には、世話になった孤児院を手伝いに行っている。生きるのに精一杯で色恋沙汰には無頓着だったが、最近入ってきた金髪の青年が気になっているとの噂も……。




