二
ある時から、最も愛された主神の子は自らの死に関する夢を多く見るようになった。
それを聞いた父神は自ら冥界に降り、死者の列に入っている巫女に彼の夢について尋ねた。
巫女の返答は、恐ろしいものであった。
『あなたの御子は、死の運命から逃れられない』
冥界から戻った夫からその予言を聞いた母神は、直ぐに動いた。
世界中の生きるものと生きないものに、『光り輝く主神の御子を傷つけぬ』と誓わせたのだ。
こうして彼はほぼ不死の身となった。
如何なる武器も彼を傷つける事は出来ないし、如何なる病も彼を毒する事は出来ないのだ。
しかし、たった一つ、神々の住まいの西に生えていたヤドリギだけは幼すぎて誓約が出来なかったし、
母神も「まさかこのような若い植物が彼を傷つけまい」とその必要性を感じなかった。
***
衆議の賛同を得られぬまま魏の対呉拠点、合肥新城へ二十万で向かおうとしたその当日の朝。
「どうやって警備の目を掻い潜ったか、そこから教えてくれないか」
「―――どうしてここに迷い込んだのかは、私にもわからないんです」
喪服を着た男が、諸葛恪の邸へ入り込んでいたのである。
張悌が要領を得ない返答をする喪服の男を追い返した所に、邸の主が現れた。
「何の騒ぎだ」
事のあらましを説明すると、諸葛恪が何か思い当たる事の有る様に言った。
「――― その男、年の頃は幾つぐらいだった」
「二十代後半…といったところでしょうかね」
それを聞くと、彼は溜息をついた。
「そう言えば、あれは今日だったな…」
―――今日って、何かあった日だっけ?
幼い日から諸葛恪の邸で養育されてきた張悌でも、何故か思い出せなかった。
***
建業から合肥新城へ向かうには、一日がかりで江を越えねばならぬ。
向こう岸も見えぬ軍船は、霧の中で白い環に包まれた。
『白虹だ!』
『やっぱり俺達は死ぬのか!』
騒然とする船の中で、総指揮官は敢然と言い放った。
「確かに白虹は凶兆とされている。だがな、秦王は結局荊軻に殺されることは無かった。
案ずるほどの事ではない」
***
げほ…げほっ!!
「まだだ…まだ死ぬわけには…」
白虹が凶兆とされるのは、荊軻が秦王(後の始皇帝)の暗殺を企てた際に現れたからだそうです。
張悌の出自については、ほぼオリジナルの設定で進めます、すみません。