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アリス少年と鏡ノ空間  作者: 月城こと葉
一冊目 おかしなお茶会
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第七面 私達にはないんですよ

 自分のこと僕って言っていたし、こんな格好だし、あんな喋り方だし、てっきり男の人だと思っていた。


「もうっ、失礼しちゃうなー! こんなにかわいい僕を男と間違えるなんて! ぷんぷんっ」

「間違われたくなかったらもうちょっとしおらしくするとかねえのか」

「え? 何? 全然聞こえないやー! ニール声小さいんじゃない?」

「オマエの声がでかいだけだ」


 帽子屋と、三月ウサギ、チェシャ猫。お茶会のシーンにはもう一人いたはずだけれど、この世界にはいないのかな。まあ、実際のお茶のシーンに猫はいないし、全部が全部本と同じというのもちょっと気持ち悪い気もするけれど。


 紙袋の中から個包装のシュークリームらしきお菓子が出てきた。お菓子を四つ並べると、アーサーさんは家に引っ込んでしまった。


「あれ?」

「お湯を沸かしに行ったんだよ! お湯がないと、お茶飲めないもんね!」


 確かにそうか。どうぞと促されて、ぼくは席に着く。昨日一昨日とは違う席。毎日毎日席をローテーションしながら続くお茶会。


「あの、そういえば、スートと番号を教えろって、どういう意味なんですか。昨日も今日も聞かれて」


 茶葉の入った容器を猫が毛糸にじゃれるかのようにいじっていたニールさんが手を止める。ルルーさんはシュークリームの袋を開けようと試行錯誤していてぼくの話を聞いていないようだった。


 容器をテーブルに置き、ニールさんは頬杖を突く。にやにや笑いはなりを潜め、アーサーさんと同じような綺麗だけどちょっと不気味な微笑を浮かべている。頭の上で猫耳がぴくりと動いた。


「オマエに言ってなかったな、この国のこと」

「やったー! 開いたよー!」

「オマエちょっと黙っててくれるか」

「おーいしー!」


 ニールさんは溜息をつき、ごめんなと小さく言った。いえ、別に大丈夫です。


「この国は政治体制としては王国なんだ。国王がいて、国を支配している。国民を統制するにあたり、それぞれにスートと番号を割り振っているんだ。スペード、ハート、ダイヤ、クラブの四つのスートと、二から十までの番号。国民の数は少なくないから、赤いハートとか、黄色いハートとか、同じスートでも色が違うこともあるけどな。スートと番号が分かれば、どこの誰かが分かるってわけだ。迷子とかを届けるのにも便利だろう?」

「二から十なんですか?」

「一はエースだからね! お金持ちの番号なんだよ!」


 まだお茶が来ていないというのにルルーさんはもぐもぐとシュークリームを食べている。聞いていない風で聞いていたらしい。


「十一はジャックって言って貴族階級とか王宮騎士の人。十二と十三はクイーンとキングだから、王族だけに許された番号なんだよ!」

「へえ……。お二人は?」

「僕は人間トランプじゃなくて兎だからね、スートも番号もないんだよ。スートと番号を割り振られるのは人間だけだから、人間じゃない国民は通り名みたいなもので管理されてるの。僕だと、三月ウサギ。ニールだとチェシャ猫っていう風にね」

「アーサーさんは?」

「アイツは帽子屋」

「……ん? アーサーさんは人間じゃないんですか?」


 猫耳とうさ耳がぴくりと動く。


「オマエ、チェシャ猫の弟が人間だと思うのか」

「え……?」


 がちゃりと音がして、玄関の扉が開く。ティーポットを持ったアーサーさんが出てきた。


「今日のお茶はシンプルにダージリンのストレートですよー」


 この世界にもダージリンがあるのか。どうやって作っているんだろう。昔はぼくの世界と行き来している人がいたっていうし、育て方とか茶葉とかを持って帰ってきたのかな。


 ティーカップ四つにお茶を注ぎ、ぼくの右隣に座る。


「何のお話をしていたのですか?」

「アリスが、スートと番号って何なんだって。人間に与えられるんだって教えてやったんだよ」

「ああ、私達にはないんですよね」

「……アーサーさんは人間じゃないんですか?」


 お茶を一口飲んで、一息つく。銀に近い水色が笑う。


「アリス君、廊下の写真見ましたか?」


 ぼくが頷くと、アーサーさんも頷く。


「あれは私と猫と、両親です。父はトランプでしたが、母は猫でした。兄……じゃなくて……この馬鹿猫は母の血を多く引き継いでこの姿、私は父の血を多く引き継いでこの姿。私は見た目こそ他のトランプとあまり変わりませんが、いわば混血。スートも番号ももらえませんでした。まあ、いいんですけどね」


 それって差別みたいなものなのかな……。でもここはワンダーランドだし、ぼくの常識は通用しない。本人が気にしていないならそれでいいのかな。


 顔に考えが出ていたのか、アーサーさんが苦笑する。


「アリス君がそんな顔しないでくださいよ。いいんです、私は。だってスートと番号で呼ばれるよりも通り名で呼ばれる方が、どちらかというと自分がちゃんと存在しているって思えるような気がするんですよ」





          ◆





 森の向こうには街が広がっている。トランプの住む街が。


 ワンダーランドにはまだ見ぬ色々があるんだろうなあ。





 元の世界に戻ってきたぼくは、靴を玄関に戻す。


「有主、出かけてたの?」

「あ、うん……。本を買いに……」

「そう。最近お出掛け多いわね。外に慣れてきた? 大丈夫?」

「うー、うん、まあまあかな!」


 学校は? と聞かれそうな予感がしたので、足早に部屋へ戻る。


 壁に立て掛けてある姿見の鏡面が静かに波打っている。


 本棚から『不思議の国のアリス』を取り出し、おかしなお茶会のページを開く。アリス、三月ウサギ、帽子屋、そして眠り鼠の挿絵がある。ワンダーランドにも眠り鼠はいるんだろうか。今度行った時に聞いてみよう。


 本当に不思議な鏡だな……。


「あ」


 そういえば、この鏡をぼくにくれた骨董品店のおじいさん、あの手鏡のこと何も知らなかったのかな。そもそも、どこで手に入れたんだろう。


 明日行って聞いてみよう。


 あの女の人はハンカチ取り戻せたのかな、それも気になるから明日は交番にも行ってみよう。





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