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アリス少年と鏡ノ空間  作者: 月城こと葉
九冊目 プラムケーキはいかが?
60/236

第五十九面 心配だな

 これは時計の歯車の音。


 回れ、回れ。


 迷え、迷え。


 踊れ、踊れ。


 歌え、歌え。


 動き出すのは運命。貴方をいざなう古のうた


 くるくるくるり、きらきらら。





          ♣





 街の中には骸骨や魔女がひしめいていて、至る所に顔をくりぬいたオレンジ色のかぼちゃが散りばめられている。来週、十月三十一日はハロウィン。元々はケルトだかどこだかのお祭りで、色々あって巡り巡り、日本では仮装パーティーのような扱いになっている。ぼくは仮装してお祭りに参加するより、そのお祭りについての本を読んでいた方が楽しいので特に気にはしていない。それでもこれほどまでに商戦が行われていては嫌でも目に入ってしまう。別に嫌ではないんだけどさ。


 本屋さんに『ハロウィン関連書籍』という棚が用意されていたので、そこから一冊を購入してぼくは帰路に着いた。人が楽しんでいるのを見るのは悪くないね。自分が参加するのは恥ずかしいけど。


 そういえば、ワンダーランドにはこういうお祭りはあるんだろうか。





          ◇





「お祭り? 十月に特にそういうのはないかなー」


 ティーカップを手にルルーさんが言う。うさ耳がぴょこぴょこ揺れ、巻きつけられた藁がかさりと音を立てた。


「十二月になったら北の国ですっごく大きなお祭りはあるけどね」


 ルルーさんは口角を吊り上げて笑った。楽しんでいるように見えるけれど、嘲笑しているようにも見える。ぼく達の前に切り分けたシフォンケーキを置いて、アーサーさんが席に着く。ルルーさんを引き継ぐようにして今度はこちらが語り始めた。アーサーさんも面白いものを思い出すように口元を歪めている。


「北の国は金色の神を信仰する神話国家です。あの国には王も皇帝もおらず、神の声を聞く大巫覡だいふげきと呼ばれる者が統治しています。何でもかんでも神のお告げだと言って行動する北の国の人々は実に面白いと思いますよ」

「あまり人の宗教ああだこうだ言わない方がいいと思いますけど」

「あれは宗教なんてものではありませんよ。彼らは聖典を読んでいるのではなく、彼ら自身が神話の登場人物なのですから。それ故に、神話国家なのです」


 神話は語り継がれるものだけれど、北の国の人達は現在進行形で神様とコンタクトを取っているということだろうか。ということは神様が実在しているのかな。神様のお告げだって言って大巫覡さんが嘘をばらまくかもしれないよね。大丈夫なのかな。


 追加のお茶を持ってニールさんが家から出てくる。「何の話してんだ?」と訊ねた兄に弟が説明をすると、ニールさんはチェシャ猫の名にぴったりなにやにや笑いを浮かべた。さすがにぼくが読んだことのあるチェシャ猫のように耳まで裂けそうな笑いではないけれど。


「シャンニアは謎の多い国だからな」

「シャンニア?」

「北の国の名前さ。あそこは変わった国だよ」


 ワンダーランドもかなり変わっていると思いますよ。という言葉を飲み込んで流し込むようにぼくはお茶を啜る。面白がるようにみんなは言っているけれど、きっと北の国の人達は真面目で誇り高い人達なんだろうな。


 席に着いて、ニールさんは続ける。


「十二月になれば北の国では国を挙げた大規模な祭りが開かれる」

「あ、それさっき僕が言ったよ」

「何でも、金色の神の誕生日だそうだ。異邦人バックギャモンに対してほとんど関心を示さない北の連中が唯一笑顔で出迎えてくれるのが十二月だな」


 ぼくの世界で言うクリスマスのようなものかな。ちょっと気になるけれど、ぼくがお祭りを見に行くことはできないだろう。でも、クリスマスも結局ハロウィンと同じで人が楽しんでいるのを見ている方が楽しいんだよね。サンタさんに特に魅力は感じないし……一年に一度本をプレゼントしてくれるおじいさんというくらいかな。たぶん今年から来ないだろうけど。


 テーブルの下で眠るナザリオを踏まないようにしながら、いつもと変わらぬお茶の時間を過ごす。そういえば、今日はエドウィンが来ない日なのかな。どのくらいの頻度で来ているのかなんてぼくも毎日来ているわけじゃないから分からないけれど、何だか最近会えてない気がするや。


「お茶してるところ悪いけど、ちょっといいかなあ。って、お茶してない時なんてないかぁ」


 テーブルに影が差す。現れたのはライオンのキャシーさんだ。相変わらず露出の多い格好をしている。尻尾を揺らし、鬣のような髪をいじりながら、座っているぼく達のことを見下ろしている。一緒に仕事をしているというユニコーンのジェラルドさんは一緒じゃないみたい。キャシーさんは誰の了承も得ずにシフォンケーキをむんずと掴んで口の中に放り込んだ。「喉が渇いちゃうね」と言ってナザリオの分のお茶もぐびぐび飲み干す。


 何か用があって来たのだろうけれど、そのまま何も言わずに飲み食いを続ける。


「ねえねえキャシー、ご用事は?」


 クッキーを奪い取ってルルーさんが訊ねると、ようやく新たな反応を示した。わざとらしく咳ばらいをして、腰に手を当てて偉そうにふんぞり返る。と思ったら、腰を折り曲げてこちらに顔を近付けてくる。


「ジェラルド見なかった?」

「見てませんが、どうかしたのですか」


 キャシーさんは眉間に皺を寄せて頬を膨らませる。喧嘩でもしたのかな。でも、二人の仕事はチェスハンターだから昼間は自由なんだよね。夜に会えればいいんじゃないのかな。


 ジェラルドさんについて答えはせずに、ニールさんがキャシーさんに話を振った。先程までぼく達がしていた北の国についてだ。すると、キャシーさんはさらに顔を歪めることとなった。


「シャンニアは駄目だよ。あの国の所為でうちの家族なんて大変なことになったんだし」


 ぷんすこと怒っているような様子だったのが、ほんの少し悲しそうな顔になった。鬣のような髪に顔を埋めてしまう。アーサーさん達が実に面白そうに語っていたのはおそらくこのキャシーさんの家族の一件があったからだな。それでも人の不幸を嘲笑っている感じだけれど。


 このワンダーランドが『アリス』で、北東のイーハトヴがあの童話作家、南のエメラルドキングダムが『オズ』ならば北のシャンニアも何かの物語と関わりがありそうだ。金色の神様がいて、ライオンさんの家族をひっかきまわした国、か。


「キャシーさん、何があったんですか」

「そっか、アリス君は知らないよね。あのね、アタシには兄貴がいるの。兄貴の名前が北の神と同じ名前で、家族旅行で行った時に崇められちゃって、祀り上げられて、未だにワンダーランドに帰って来られてないの。たぶん今の大巫覡が代替わりするまでは帰れないわね」

「お兄さんの名前って」


 キャシーさんは困ったように呟く。


「アスランよ」


 その名前を聞いて、ぼくは自分の体が震えあがったのを感じた。ライオン・アスラン。この世界にはその名を冠するライオンがいるのか。それに、北の国の神様もその名前。この震えは感動だ。なんて喜ばしいことなんだろう。この世界にはアスランがいるのか。


 イギリスに住む四人兄弟が衣装箪笥を越えて迷い込んだ異世界・ナルニア。そこを守る偉大なるライオンの神・アスラン。『ナルニア国物語』はとても大好きな作品だ。文庫版は持っているけれど、機会があればカラー挿絵版を手に入れたいと思っている。久々に読みたくなってきたな。アスランの偉大さを確認するために六巻から読もうかな……。楽しくなってきた、アスランを見てみたいな。


「まったく、迷惑な話。アタシの兄貴は神様じゃなくてただのドミノだってのに」


 その声がぼくを現実へ引き戻す。おそらく、北の国の人達は神様と同じ名前のキャシーさんのお兄さんを神様の化身か何かだと言って国内に留めているんだろう。


「十二月のお祭りで金色の神の役をする人はずっと毎年毎年選ばれていたんだけど、兄貴が捕まえられてからはずっと兄貴なの、バックギャモンなのに。まあ毎日毎日丁重にもてなされてるみたいだから文句は言えないんだけど、ちょっとね……。弟のこともあるし……。って、違うわよ! 何で兄貴の話になってるの。がおー!」


 キャシーさんは話を振ったニールさんに鋭い爪を向ける。百獣の王とただの猫と言っても女の人と男の人なのでその威嚇はあまり意味をなさなかった。ニールさんは紅茶を啜りながら左手でキャシーさんの腕を軽く払う。チェスと戦うキャシーさんをこうも簡単にあしらうとは、ニールさんは結構強いのかもしれない。


 しかし、アーサーさんも微笑んでいるしルルーさんも何も考えていないような笑顔を浮かべているので、この二人もキャシーさんの行動にびっくりしたり怖がったりということはないんだろう。ナザリオはずっと寝ているから気が付いていないんだろうけれど、ライオンに爪を向けられると結構怖いぞ。


「……ジェラルドが帰って来てなくて」


 強制的に元の話へ戻し、キャシーさんは語りだす。


「一昨々日の夜に会ったのが最後で、それからずっと会ってないの。だから一昨日も昨日も一人でパトロールしてたんだけど、今までこんなことってなかったから気になってね。家まで行ったら帰ってきてないって言われちゃって。家族の人達にだって用事はあるだろうからアタシが探してきますって。……心配だな」

「キャシーはジェラルドのこと大好きだよねえ!」

「長い付き合いだしね。それで、アナタ達は見てないのね」


 ぼく達は揃って頷く。


 キャシーさんは鬣のような髪をいじりながら尻尾を小さく揺らす。ワンダーランドには携帯電話なんてものはないから簡単に連絡を取ることはできない。それって不便なようだけれど、ごく普通のことなんだよね。携帯電話が普及したのなんて割と最近のことだし。この国では馬とか鳩とかを使って連絡を取るらしいけれど相手の居場所が分からなきゃその方法も使えないよね。


 人探しか。闇雲に探すんじゃなくてなにかいい方法があればいいんだけどな。


「あ、そうだ。あの、コーカスレースに頼んでみたらどうですか」


 困った時の鳥頼みだ。きっとあの人達ならば、ぱぱっと解決してくれるだろう。我ながらいい案が思いついたぞと思っていると、キャシーさんが小さく首を横に振った。動きに合わせてボリュームのある髪が揺れる。


「依頼するほどのことじゃない。アタシが探す」

「でもその方が早く見つかりますよ」


 足下で音がしたので何だろうと思ったらナザリオが目を覚ましたようだった。テーブルの下から這い出てきて、キャシーさんの前に立ちはだかる。女の人にしては背の高いキャシーさんと小柄なナザリオでは性別が逆転しているようにも見える。枕片手に仁王立ちして何のつもりだろう。


 お茶を飲むこともお菓子を食べることも忘れぼく達が見守っていると、ナザリオが眠たそうに目を擦りながら口を開いた。


「北東の森ならおれ達が探すよ。後はコーカスレースに頼んで、それぞれの森の人にお願いすればいいんじゃないかな」


 寝起きそうそうそんなことを言いだしたことよりも、先程までの話を把握していることに驚いた。もしかしてずっと起きてたのかな。ナザリオの睡眠には謎が多いな。


「あと街も探した方がいいのかなあ」

「ナザリオ、アンタ意外としっかり物事考えるのね」

「えへへ、褒めても何も出ないよぉ」


 キャシーさんは頷く。「何で俺達が」と言うニールさんに「がおー」と爪を向け、えっへんと胸を反らす。


「よろしくお願いするわ。ジェラルドのこと探してほしいの」


 その姿勢はたぶん人にものをお願いするときの格好じゃないですね。でも、ぼくはお手伝いしますよ。二人が揃ってなきゃ、やっつけられるチェスもやっつけられないもんね。












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