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アリス少年と鏡ノ空間  作者: 月城こと葉
一冊目 おかしなお茶会
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第三面 夢じゃない……

 来た。来た。アリスが来た。


 動き出す。


 ぐーるぐる。ぐーるぐる。


 アリスが来たよ。





          ♣





 今しがたぼくの身に起こったことを振り返ってみる。


 まず、女の人がハンカチを落とした。追い駆けて、骨董品店に辿り着く。そこで鏡を貰ったら、その鏡が異世界に繋がっていた。


 やっぱり夢か何かかもしれない。


 一度眠れば、この姿見がなくなっているかもしれないじゃないか。


 よし、そうだ。そうしよう。


 一日のほとんどをその上で過ごす愛しのベッドに飛び乗り、布団を被る。





「有主ー、ご飯よー」


 母の声に目を覚ますと、窓の外は既に日が落ちていた。時計を見ると午後七時。


 布団から這い出て机の横を見ると、そこには姿見が鎮座していた。


「夢じゃない……」


 鏡面に触れてみると、特に変化はない。そうか、鏡は夢じゃないけど、異世界は夢だったんだ。そうだそうだ。そういうことか。





 翌日、一応のクラスメイトである姫野ひめの璃紗りさが訪ねてきた。溜まったプリントを届けに来たらしく、玄関先で母と話している声が聞こえてくる。姫野とは幼馴染のようなものだけれど、中学に入ってからは特にこれといった交流はない。というか、ぼくが学校に行っていない。家が近所ということで時々今日のようにプリントなどを届けてくれるけれど、別にそんなことしなくてもいいのに。先生に言われてやってるのかな……。


「有主君、元気ですか?」

「んー、部屋にいるから呼んでこようか?」


 え?


 階段を上って来る音がする。


 ぼくは読んでいた本を棚に戻し、ドアから離れる。呼んでこようかとはどういうことだ。確かに姫野は幼馴染みたいなもんだし、彼女がぼくを傷付けたことは今のところない。けれど、不登校を極めようというこのぼくがそう簡単にクラスメイトの前に姿を現して堪るか。


「有主ー、いるんでしょう?」


 姫野がいいやつなのは分かっている。けれど、外に出たくない。本を買いに行く分には問題ないんだ、学校の授業時間中に出かけるから。学校の人間に会いたくない。例え姫野でも、会えば学校のことを思い出してしまう。



 アリスちゃーん。トランプ楽しいねえ。チェスもやるんでしょー。



 駄目だ、それから逃げるためにぼくは家に……。


 掌をじっとりとした汗が覆う。思い出すな、学校のことなんて……。


「有主」


 姿見が視界に入った。


 もしあれが夢じゃなかったのなら。あの中に飛び込めるのなら。


 ドアノブが捻られる。


「いるんでしょ」


 ぼくは姿見の前で踏み切った。





          ◇





「んぎゃあっ」


 タータンチェックを基調とした部屋に転がり出る。


「……着いた」


 夢じゃなかったんだ。鏡は本当に異世界に繋がっていたんだ。


 受け身を取れなかったぼくは再びお尻をしたたかに打った。さすりながら立ち上がる。


 窓の外を見ると相変わらずティーパーティーのセットがご丁寧に設置されていた。しかしアーサーさんの姿は見えない。部屋の中にはいないみたいだし、別の部屋か、それとも出かけているのかな。


 ドアを開けて廊下に出る。昨日は引き摺られていてよく分からなかったけれど、廊下の壁に額が飾られていることに気が付いた。仲のよさそうな四人家族の集合写真だ。この世界にも写真があるらしい。優しそうなお父さんと、ちょっと厳しそうなお母さん。子供は、男の子の兄弟かな。お母さんとお揃いの帽子を被っている気の強そうな子と、お父さんにしがみ付いている穏やかそうな子。親子の後ろには草木に怪物が埋もれたデザインの枠をした姿見が見える。


 アーサーさんの家族?


 それなら、このもう一人の男の子はもしかしてアーサーさんの……。


「おい」


 後ろから肩を叩かれた。


「誰だてめぇ」


 ぼくの肩を掴む相手の手に力が入る。


「ちょっとこっち来い」


 肩を掴まれたまま引っ張られ、外に連れ出される。乱暴に放り投げられて、ぼくは芝生に転がった。肩を掴んだまま引っ張るなんてどれだけ力があるんだ!


「てめえ人間だな? 何で家の中にいたんだ?」


 鍔の広い帽子を目深に被った男だった。鋭い目付きに射抜かれそうだ。銀に近い水色の瞳が鈍く光る。


「スートと番号を言え」

「ごめんなさい、ぼく……」

「スートと番号を言えって言ったのが聞こえなかったのかガキ」

「え……?」


 スートって確か、ハートとかスペードとか、トランプのマークのことだよね。それと番号? この人は何を言ってるの?


 男はぼくのことを高圧的に見下ろしている。いや、これは見下していると言った方がいいのかもしれない。この人があの写真のもう一人なのだとしたら、家に勝手に侵入しているぼくを不審がるのは当然のことだ。


 これほど睨みつけられていては、隙を見て家に戻り鏡に向かうなんていう芸当はぼくには無理だろう。睨みつけられていなくても無理かもしれないけれど。


 動くと、目で追ってくる。


「早く言わねえと……」


 男の手が、人間のそれから獣のそれへと変わった。鋭い爪がぼくに向けられる。男の口元に人間のものとは思えないくらい尖った犬歯が覗いていた。




 とんでもないことになった。どうやってこんな化け物から逃げろっていうの。




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