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アリス少年と鏡ノ空間  作者: 月城こと葉
五冊目 ウミガメ食堂の夏
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第三十二面 切符ヲ拝見

 九州へ向かう両親を見送ったぼくは、鞄を引っ提げて近所のスーパーへ出かけた。折角みんなで海に行くのだ、何かしら買って行った方がいいだろう。


 ビニールシートやビーチボール、ビーチサンダルは納戸の奥から発掘した。泳ぐことになるかもしれないから、小学校の水泳授業の時に使っていた水着を捜索。一年前まで着てたんだからサイズは問題ないだろう。悲しいことに身長は伸びていないから。


 買わなきゃいけないものは……と。


 日焼け止めやペットボトル入り飲料などをカゴに入れ、レジへ向かう。レジの脇にも商品が置いてあることはよくあるけれど、そんな商品がぼくの目に留まる。きっと楽しいね。近くに陳列されていた花火、蝋燭、マッチをカゴに入れる。花火で遊んだのなんかもうずっと前のことだ。ススキ型の手持ち花火は綺麗だ。子供ゆえに残酷な従弟に火花を浴びせられそうになりながら追い駆けられた苦い思い出しかないというのは辛いものだが。


 会計を済ませ、先にこっちに来ればよかったと思いながら二階の本屋へ立ち寄った。買う予定の本は特になかったけれど、本屋さんというのはぶらぶらしているだけで大変満足できる。


 三十分程店内をうろついてから帰った。


 ニールさんには日が暮れるころに来いと言われていた。チェスが現れるのに夜でいいのかな。それに、夜に出発って海に着くのはいつになるのだろう。野宿とかするのかな。チェスがいるから危ないよね。


 それにしても、森にドミノやチェスがうろうろしているんだ、海にも何かいるかもしれない。カジキを釣りに行ってサメに追われたおじいさんだっていたじゃないか。暇つぶしに読んでいた『老人と海』を本棚に戻し、時計を確認する。まだ三時か。今から新しい本に手を着けると日が暮れてしまうな。何をしていよう。


 今から行っちゃ駄目なのかな。でも日が暮れてからって言われたし……。


 持ち物の確認でもするか。





          ◇





 小学校の修学旅行で使ったボストンバッグを担いだまま姿見を通ろうとして弾かれたので、先にバッグを通してから自分が通ることにした。


 窓の外を見ると一昨日の雨は嘘のように星が光っていた。いつもお茶会セットが鎮座しているところにみんなの姿が見える。ルルーさんが手を振っていたから振り返しておこう。


 靴を履き、バッグを抱えて部屋から出る。


「待ってたよー、アリス。じゃあ行こうか、みんな待ってるよぉ」

「ナザリオが起きてる」

「失礼だね。おれだって起きてる時くらいあるよ」


 常に寝ているようなもので、起きていても横になっていることが多いからちゃんと立っているのは結構珍しい気がする。それに、ナザリオはいつものパジャマではなくボーダーシャツにハーフパンツという格好だ。まさに海に行きますよという出で立ち。しかし小脇に枕を抱えている。そこは譲れないということだろうか。


「えへへ、海、楽しみだねアリス~」

「うん」


 ナザリオはぼくが提げているスーパーのレジ袋を見てふよふよと笑った。


「おもちゃかなー。面白そうだね」

「花火だよ」

「え、そんなに小さいのが?」


 打ち上げ花火はワンダーランドにもあるのかな。


「アリスの国には小さい花火があるんだね。これでどっか~んってやるの?」

「どっか~んはしないけど綺麗だよ」

「おおー、楽しみー」


 じゃあ早く行こうよ! とナザリオに手を引っ張られ、外に出る。


 空一面に星が輝いていた。森の中だから明かりに遮られることなく星の光が届いているのだろう。所々に黒い雲も浮かんでいるけれど、空気に湿っぽさはない。こういう夜は天体観測もいいかもしれない。この世界の星はぼくの世界とはどこが同じでどこが違うのだろう。


「お、待ってたぜ」


 ニールさんが「こっちだ」と合図する。


 待機していたのはニールさん、アーサーさん、ルルーさん、そしてぼくと一緒にいるナザリオ。それと、ラミロさんを連れた公爵夫人がお茶会セットの椅子に腰かけていた。


「夫人も一緒に?」

「私は見送りよ。全く、五人分の切符取るの大変だったんだから感謝しなさいよ、アリス君」

「切符?」

「寂しくなるわ、早く帰ってきてね、ニール」


 ぼくの質問を無視して公爵夫人はニールさんに飛び付く。熱い抱擁を交わし、アーサーさんにこれでもかというほど睨まれている。


「ドミノだけで、しかもアリス君を連れて行くなんて……。本当は私も付き添いたいところだけれど、明日社交パーティーがあるのよ。ごめんなさいね。ま、楽しんできなさい。お土産忘れないでちょうだいね」


 それじゃ、と言って公爵夫人は去って行く。軽くお辞儀をして、ラミロさんもいなくなる。


「あの、切符って」


 ぼくの発言を遮ったのはテンションの高いルルーさんでも、行く気満々なナザリオでもない。それは、汽笛だった。時々ニュースで観光地のSLの話題をやっているからそれで聞いたことはあるけれど、本物は初めてだ。汽笛は上の方から聞こえてきた。見上げると、星々が輝いているだけだ。


 星だけ? いや、違う。


 線路が空に伸びていた。緩く旋回しながら下りてきて、家の前まで伸びてくる。


「やったー! 僕これ初めてだよ!」

「眠ってなんかいられないよー」


 そして、白い煙をもくもくさせた汽車が線路を走ってくる。


「アリス君の分ですよ」


 アーサーさんに渡されたのは磁気タイプではない懐かしの硬券だ。『ワンダーランド 北東の森 → ワンダーランド 南東の浜辺』とある。


『マモナク臨時予約駅、北東ノ森、北東ノ森。コノ駅デハ乗車ノミ可能デス』


 車輪が線路を揺らす。目の前まで迫って来たので体中に音が響く。


『北東ノ森、北東ノ森』


 黒塗りかと思ったけれど、どうやら濃紺の車体らしい。四両編成で、後ろに行くにつれて青や紫のグラデーションがかかっている。そして白や水色、ピンクの点々が描かれている。おそらく星を描いているのだろう。ヘッドマークには五芒星をバックにしながら『銀河 GINGA』と書いてある。


 最後尾の四両目がぼく達の前に来たところで汽車が止まる。車掌さんと思われる人物が降りてきて、「クロックフォードサンデスネ」とニールさんに確認を取る。順番に切符を見せ、乗り込む。さあ、ぼくの番だ。


「切符ヲ拝見」


 差し出すと車掌さんは改札鋏でぱちんと切符を切る。その時ちらりと見えたのは袖口から覗くメタリックな手首だった。車掌さんが動くたびにぷしゅぷしゅという奇妙な音がする。


「ドウゾー」


 乗車口を指し示してにこりと笑った車掌さん。目はぎょろぎょろと動き、口は下顎が外れているかのようにぱかぱか開いたり閉じたり、そして耳はくるくると回って周囲の音を集めている。十円玉のような色をした顔が月明かりを反射して鈍く光る。


「アリス、早く乗れ」


 ニールさんに促されてぼくは汽車に乗り込む。車掌さんは辺りを見回して乗り遅れている人がいないか確認しているようだ。


「おい、これで全員だ。早く出発してくれ」

「マダモウ一人イマス」

「はあ?」


 茂みの向こうから足音が近付いてきた。


「ごめんなさいいい!」


 駆けてきた人物は車掌さんに切符を見せ、ぼくを車内へ押し込む形で乗り込んだ。黒い軍服に青い腕章が映える。


「コレデ全員! シュッパーツ!」


 汽笛が鳴り、汽車が動き出す。線路はぐんぐんと伸びて空へと上がっていっている。後ろを見ると、汽車が通り過ぎたところから線路は消えているようだった。


 飛び込み乗車をしてきたクラウスが汗を拭っている。


「クラウス、なぜ貴方がここに」

「あ、公爵夫人から聞いたんです。兄貴が謹慎中の今、みなさんの管理はおれの仕事ですから! あはははは、よろしくお願いします!」


 と言っているけれど、うきうき具合から見て旅行に付いてきたいという気持ちも大きいのだと思う。


「アリス君、四両目は自由席です。お好きな席に」

「あ、はい……」


 車内は空席が目立つけれど、ぽつぽつとお客さんの姿がある。早速ルルーさんとナザリオがボックス席を陣取っていて、ぼく達に手招きしている。



 結局、ボックスにはニールさん、アーサーさん、ルルーさん、ナザリオが座り、通路を挟んで隣のボックスにぼくとクラウスが向かい合って座る形になった。車窓には小さくなっていく森と遠くに見える街、暗い空に散りばめられた星が見えている。


「空を飛んでる」

「銀河鉄道だよ」


 ワゴンサービスで買ったアイスココアを飲みながらクラウスが言う。やっぱりそうか。


「北東の隣国、超機械国家花ノ宮帝国イーハトヴの大発明だよ。飛行船とかに使う蒸気機関を応用した汽車で、飛べるようになったのは何年か前なんだ。すごいよねえ、イーハトヴの機械技術って。さっきの車掌さんだって、ロボットっていうお仕事する機械なんだって。あ、でも消える線路については国家秘密らしいけど」


 イーハトヴの銀河鉄道か。


「そういえばアリス君ってイーハトヴの漢字っていう文字読んだり書いたりできるんだって? どこでそんなの勉強したのさ」


 クラウスはぼくが異世界の人間だとは知らない。キャシーさんと同じように、公爵夫人の遠い親戚で猫と帽子屋の家に出入りしている物好きな少年、という認識だろう。


「親が異国趣味で」

「そうなんだ! うちのカザハヤって苗字もさあ、ご先祖様は花札だったらしいんだ。漢字だとなんて書くのかなあ、アリス君分かる?」

「多分、風が早いって」

「へえ、格好いいなあ」


 同じくアイスココアを飲んで、ぼくは座席に身を預ける。星が瞬いていて飽きさせない風景だ。


「北東の森から南東の浜辺までは徒歩だと三日とか四日とか、それ以上かかることもあるし、車でもちょっと時間かかるからさ、汽車が一番なんだ。出発は遅くなっちゃうけど、着くのはこっちの方が早いんだよ。明日の朝には着くかな」

「楽しそうだね、クラウス」

「え? 顔に出てたかなあ。まあ、楽しみではあるよ。いっぱい遊ぶぞー! 今のうちに休んでおこうっ」


 クラウスはリュックを抱え込むようにして眠りに付いた。遊ぶぞって、本当はみんなの管理のお仕事だよね。それでいいのか王宮騎士。


 横を見るとナザリオはぐっすりといつもの感じで、それに寄り掛かるようにしてルルーさんが寝息を立てている。アーサーさんもニールさんに身を預けて眠っているようだった。仲が悪いと自称する二人だけれど、やっぱり仲良し兄弟なんだよなあ。


「アリス、オマエも寝ていいぞ。俺が荷物とか見てるからさ」

「ありがとうございます」


 もう少し星空を眺めていたいな。ジョバンニとカムパネルラが見たのもこんな景色だったんだろうか。車窓を流れる星々を見ていると、だんだん瞼が重くなってきた。






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