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アリス少年と鏡ノ空間  作者: 月城こと葉
二十五冊目 装う者の話
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第二百二十面 元気なのはいいことだけど

「みんな、集まってくれてありがとう。当番じゃない人も来てくれてありがとね」


 放課後、司書室。集まった図書局員を前にして図書局長亀倉七海は大事な話をしようとしている。一同の緊張が司書室に満ちていた。みんなのことを見回して、亀倉さんは小さく頷いた。


「この間宿谷君が見付けてくれた蔵書のラベル剥がれなんだけどね、犯人に心当たりがあるっていう生徒が対処してくれたらしいんだ。だから一応解決したの。その人のことを信用していないわけじゃないけれど、しばらくは警戒を続けておいてください。おかしなことが起こらなければ、無事解決ということで」


 あぁ、よかった。と、みんなが安堵した。ここにいるのは本が好きな人ばかりだ。だから、本がたくさんある図書室のことが、本好きが集まる図書室のことが、訪れる人のことを本達が待っている図書室のことが大好きだ。自分達が仕事を任されている場でもあるから、事件や事故のようなものが起こらないに越したことはない。


 亀倉さんは宿谷君の方を見る。顔の向きを変えたことで、前髪に留められていたサンゴを模したヘアピンが照明を反射して光った。綺麗な赤色だ。局長に見据えられた宿谷君はやや緊張した面持ちである。


「宿谷君、最初に見付けてくれてありがとね」

「あぁっ、はいっ! どどどういたしまして! オレ今後も頑張ります! せ、先輩方! 宿谷です! 宿谷雲雀(ひばり)です! 宿谷雲雀をどうぞよろしくおねがいします!」

「うんうん、元気なのはいいことだけど、すぐ隣が図書室だから静かにね」

「あっ。す、すみません!」


 選挙の広報みたいだなぁ。生徒会選挙にそのまま出馬してしまいそうだった宿谷君は、亀倉さんに注意されて小さくなる。元が大きいからまだまだ大きいのだけれど。そんな宿谷君の横で寺園さんも小さくなっている。


「話は以上です。今日当番の人はこの後頑張ってね」


 お疲れー、またねー、と言いながら図書局員達が帰って行く。ぼくも帰ろう、とリュックに手を伸ばしたところでつんつんと背中を突かれた。振り向くとハート柄のピンクのシュシュで纏められているサイドアップがぴょこぴょこ動いていた。寺園さんはちょっぴり深刻そうな顔でぼくのことを見ている。ちょっと怖い。ぼくは彼女に何かしただろうか。


 寺園さんは周囲を確認してから、ぼくに一歩近付いた。距離を詰めて、声を潜める。


「神山先輩、あの人に何か言いました?」

「あの人? ……大和さん?」

「なんか、最近挙動がおかしいんですけど……」


 挙動がおかしい?


 白ずくめの女のことをそれとなく調べておくとは言っていたけれど、それは伊織さんとして納品に行くついでに行うことができる。寺園さんが変に思うことではないと思う。目に見えておかしな動きをしているということは他に何かあったのだろうか。


 あの後ぼくは大和さんに何か言ったっけ? 特に何もなかったと思うけれど……。


「心当たりは……ない……」

「うーん、どうしたんですかね。ずっと落ち着かない風なので気になって」

「ぼくの本を待ってるとか?」

「本を待ってうずうずするとか先輩みたいなことあの人するんですか?」

「しないと思う。本を届けがてら話をしに行こうかな。でも、どんな本にするかまだ決められてなくて。王子様の出て来るお話にしようと思うんだけど」


 王子様なんてたくさんいる。お姫様の出て来る話には大抵いるし、王子様だけが出て来ることもある。休み時間になる度に考えていたし、授業中も考えていた。


「先輩達、本を探してるんですか?」

「わ、宿谷くん。宿谷くん大きいからあまりわたしの横に来ないで」

「あぁ、すみません寺園先輩……。あの、王子様の話だったら『幸福な王子』はどうですか? 神山先輩、今読んでるんですよね」

「『幸福な王子』か……。他には何か思い付く?」

「そうですねぇ。『白鳥の王子』とか」


 どちらも王子様は登場する。『白鳥の王子』は王子様がたくさんいるけれど、どちらかというとお姫様が主人公かな。


「宿谷くん、鳥さんのお話が好き?」

「鳥は好きですよ。『舌切り雀』が好きです。オレの名前も雀のお宿なので」

「わたしもつぐみだから鳥さんは好き。面白い鳥さんのお話があったら今度教えてね」

「はい、喜んで!」


 後輩同士も仲が良さそうでよかった。寺園さんもすっかり先輩になっちゃって、なんだか大きくなったように見える。図書局はいい人ばかりでみんなの仲がいいからぼくも居心地がいい。本が好きな人ばかりだから話も合うし。


 今ぼくが読んでいる『幸福な王子』と、宿谷君が言ってくれた『白鳥の王子』の絵本を仕入れて届けることにしよう。子供向けの絵本だと大和さんが不服そうにするかもしれないけれど、読みやすさと分かりやすさはやっぱり絵本がいいと思う。


「それじゃあ、その二冊の絵本を買って持って行くよ」

「えっ、先輩わざわざ買って来るんですか!?」

「うん。だって持ってるのは文庫本だから……」

「神山先輩、小さい子に見せるんですね。それなら図書館で借りて来たらいいんじゃないですか? 学校の図書室にはありませんが、図書館にならあるかも」

「図書館か……。いつも行ってるのに思い付かなかったな。ありがとう宿谷君」


 わ、と小さく声を漏らした宿谷君の目がみるみるうちに輝き出す。


「かっ、神山先輩に感謝されるなんて光栄です! ありがたき幸せ! あぁっ、図書局に入ってよかったぁっ!」

「うわ、先輩本当に宿谷くんから崇められてるんですね……」

「うん……。嬉しいけどほどほどにね! 宿谷君!」


 そこ、静かに! と、まだ残っていた亀倉さんにぼくもまとめて注意されてしまった。いけないいけない、気を付けなきゃ。





 寺園さんと一緒に図書館に寄って、目的の本を無事に借りてから寺園人形店へ向かった。


「たぶんアトリエにいると思います。わたしは自分の部屋にいるので、何かあれば呼んでください」

「うん、分かった」


 半地下へ下りる階段の前までぼくを案内してから、寺園さんは廊下を引き返して行った。スタッフオンリーのエリアで人形職人の秘密の仕事場なのに、ぼくは何度もこの半地下の部屋を訪れている。ドアの横に通販の段ボールが置かれている。材料かな?


 ドアをノックすると小さく返事があった。


「あ、あの、こんにちは。有主です」


 そっとドアを開ける。大和さんはこちらに背を向けていて、棚に並んでいる人形達を見ているようだった。長い髪はポニーテールで纏められている。伊織さんは時折三つ編みにしていたり編み込みをしていたり、普段の簪で纏めたもの以外にも髪型を変えていたけれど、大和さんは基本的に下ろしているかシンプルなポニーテールにしている。あまり髪に拘りがないのかもしれない。


 ポニーテールが揺れ、大和さんが振り向く。しかし左目はぼくのことを見ていなかった。酷い隈で縁取られている左目は遥か彼方をぼんやりと見つめ、今にも回り出しそうだった。


「有主君……」

「あの、本を持って来たんですけど」

「あぁ、情報の対価だな」

「体調よくないんですか……? やっぱり、環境の変化って人の体に結構影響するんでしょうか」


 棚の前から動く気配のない大和さんに近付いて、ぼくは絵本を二冊差し出した。視線は本ではなく床の方を見ている。


「いや、体は……翅がない以外は特に……。ただ、精神が持たない。つぐみちゃんがくれた飴を舐めてたけど、あれじゃあ駄目だ。体がニコチンを求めている。集中力が続かないし、いらいらするし、頭も痛いし、めちゃくちゃ眠いのにストレスで眠れないし……。だから、情報収集は何もできていない」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えるか?」


 寺園さんの言っていた挙動がおかしいという意味が分かった。これは確かにおかしい。様子がおかしすぎる。離脱症状とかいうやつだろうか。相当参ってるらしい。


 大和さんはぼくの手から絵本を受け取ると、ふらふらと作業台の方へ歩いて行った。部品の載っていない、長らく仕事に使われていない作業台。その上に絵本を置いて、へなへなと椅子に座る。ポニーテールからはみ出ている触角みたいに跳ねた髪が力なくうなだれていた。


「きっと今の辛いのを乗り越えれば禁煙できますよ」

「なぜ禁煙を勧める。俺は禁煙したいわけじゃない。煙草がない苦痛を訴えているんだ。このままじゃ仕事にならない」

「ぼく、どうすることもできませんよ。煙草買える歳じゃないから『ぼくのをどうぞ』とかできないですし、それにやっぱり体によくないと思います」

「はぁ、畜生……。顔が同じでも中身が違い過ぎる。このままいい子な伊織をやってたら俺は……。駄目だ、めちゃくちゃいらいらして来た。悪いけど帰ってくれるか。当たり散らかしたくない」

「わ、分かりました……。あの、また様子見に来ますね」


 作業台に突っ伏している大和さんから返事は聞こえない。作りかけのままの等身大の球体関節人形が、心配そうに彼の背を見つめていた。

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