第十九面 本当に枕なの?
特撮ヒーローのようなポーズをキメると、満足したのか鳥達は先程座っていた場所にそれぞれ戻っていく。おじいさん達は「ふー、やれやれ」なんて言っている。ちょっと、さっきの世界の平和を守る戦士みたいな格好よさはどうしたの。
腕組をして鳥達を見下ろしていたエドウィンが岩から飛び下りた。来い、と手で合図をされたのでぼくも岩から広場へ下りる。けれど格好よくなんて無理なので滑り台のようにして下りた。
じっとぼく達を見ている鳥達の中央でイグナートさんが偉そうにふんぞり返る。
「人間の話なんて普段聞き入れていないのだけれどね、エドウィンだから特別だよ。ご依頼は?」
「ナザリオ・カヴァッリの行方を調べて欲しい」
え?
じゃあぼく達はナザリオを探していたんじゃなくて、鳥達のいる場所へ向かっていたってこと?
ふんふんと頷き、イグナートさんが鳥達を見回す。そして、翼を広げた。青や紫に光る黒なんて、とても綺麗だな。と、ぼくが翼の美しさに感嘆している間に鳥達が一斉に飛び立った。ばさばさと羽撃く音、ちらちら落ちてくる何枚かの羽根、吹き荒れる風。つい、「うわ!」と顔を腕で防御してしまう。勿体ないな、きっとそれも綺麗だったはずなんだけど。
防御姿勢を解き、広場を見回す。残っているのはぼくとエドウィンと、イグナートさん、そして杖を携えたおじいさん。
おじいさんは変わった形の翼をふよふよ動かしながら笑う。
「儂は飛べない鳥だからな。皆の帰りを待つのが仕事なのさ」
目上の人にするように、丁寧な仕草でおじいさんを指し示しながらイグナートさんは翼を畳む。
「彼はドードーのチャドじいさん。このコーカスレースの創始者だよ。私の先代のオーナー。今は名誉会長……かな」
ギルド、と言っていたけれど、一体なんの同業者組合なのだろう。
ぼくが難しい顔でもしていたのか、イグナートさんはくすくすと笑った。指輪をきらきらさせながら両手を広げる。
「ここは羽繕いの広場・鳥会議。我々鳥が、他の獣達から依頼を受け、解決のお手伝いや対策会議などをしているんだよ。何でも屋の組合さ。普段は人間の依頼は聞いていないのだけれどね、エドウィンはね」
にやりと笑ったイグナートさんに見られて、エドウィンはいかにも不愉快な風に顔を顰めた。王宮騎士であるエドウィンだけれど、相手が上手なのか、それとも本人が若いだけなのかは分からないけれど、随分と動物さん達に下に見られているというか舐められているというか……。とは言ってもエドウィン以外の騎士さんを見たことがない。みんなこんな感じなんだろうか。
舐められているにしても、エドウィンは森の獣達に信頼はされているみたいだ。
「オマエの管理もオレの仕事だからな」
「っふふ、ご自由にどうぞ」
「趣味でやってるんじゃない」
完全に遊ばれてるなこれは。
さて、とイグナートさんが腰に手を当てて胸を反らす。長身がこんな体勢になるとものすごく見下されている気分だ。
「君は……」
「コイツはナオユキだ」
「ナオユキ君。君はトランプじゃあないね。気付くやつはそうそういないと思うけれど、仮でいいからスートを着けておいた方がいい。何も着けていないと逆に怪しまれるよ」
「そうなんですか」
「しかし、何を着けろと言うんだ。偽造スートを見逃すわけにはいかないのだが……」
言いかけたエドウィンが口籠る。イグナートさんが穏やかに微笑みながらエドウィンを見ていた。
「エドウィン」
「……致し方ないな」
「無難に黄色のダイヤとかでいいと思うよ」
「後で帽子屋に相談してみる」
「なるほど、ナオユキ君はクロックフォードのところの……」
エドウィンが渋い顔になる。
「ナオユキのことは今はいいから、早く眠り鼠を見付けてくれ」
「はいはい、分かっているよ。うちの優秀なギルドメンバーに任せてくれ」
ねえ、チャドじいさん。と言ってイグナートさんが振り向く。けれどチャドじいさんは杖を抱いたまま眠っていた。
「仕方ないなあ。じいさん、そんなところで眠っていては風邪を引いてしまうよ」
イグナートさんがチャドじいさんに歩み寄る。その背中を見ながらエドウィンが口を開く。
「先程本人が言っていたように、ここは鳥達の何でも屋だ。オレは特別に依頼を受け付けてもらっている」
曰く、現在所属しているギルドメンバーは全部で九人。
創始者であるドードーのチャド・ドジソン。
眼鏡をかけた学者風な梟のハワード・オーウェン。
日傘を差していたマダムなアヒルのレベッカ・ダックワース。
元気のよさそうなインコの少女エルシー・ロブソン。
お嬢様なカナリアのヘレン・カルバハル。
腰をさすっていた古株な鵲のグスタフ・シルタ。
勇者のような格好をしていた鷲の子ティリー・イーグルトン。
メッセンジャーバッグを肩に下げていた鳩のセリーナ・パレワ。
そして現在オーナーを務める大烏のイグナート・ヴィノクロフ。
奥の岩陰に一応小屋があるらしく、そこにチャドじいさんを寝かせてからイグナートさんが広場に戻って来た。
「エドウィンは本当に仕事熱心だよねぇ。感心感心」
「責務だからな」
これってあれかな。鳥さん達が戻ってくるまで待ってるのかな。
イグナートさんは手鏡で自分を見ていて、時々翼を動かしている。エドウィンは岩に凭れるようにして地面に腰を下ろしていた。うーん、おとなしく待つやつなのかな。とりあえずぼくも座ろうか。
「ねえ、エドウィン」
「何だ」
「ナザリオが盗んだのって本当に枕なの?」
片膝を立てて座っていたエドウィンが隣に座ったぼくをちらりと見る。フランベルジュの鞘が地面に擦れて音を立てた。
「枕だ」
「本当にそうなの」
「何が言いたい」
エドウィンの眉間に皺が寄る。普段あまり感情を表に出さないタイプだから、偶然表情に出てしまっても気付かないんだろうか。そんな顔をされたら何か隠しているのはバレバレだし、いつもそれでアーサーさん達にいいようにされているのになぜ気が付かないんだろう。
「枕、いくら盗難されたからってそんなに必死に探すかな。ナザリオを管理しているのがエドウィンだとしても、枕の盗難なんて警察の仕事で、わざわざ王宮騎士がやるものなの?」
無表情な緑の瞳がきらりと光った。
「枕じゃなかったとしても、オマエには関係ないだろう?」
「枕じゃないの?」
「……枕だ」
絶対枕じゃないな。
エドウィンはぼくから目を逸らす。
「そういえば、イグナートさん」
「何だい」
「ぼく達が来た時、クラウスって言ってましたよね。その人ってエドウィンとよく一緒にいるんですか?」
「ああ、クラウスは」
「それはオレの同僚だな」
「同僚?」
両膝を立てて顔を埋めながらエドウィンが言う。同僚といっても、街にいる時に一緒なんだろうか。森で会う時はいつも一人だよね。あれ? でもイグナートさんが知ってるってことは一緒に森に入ることもあるんだよね。
「エドウィンがここに来るときはだいたい一緒だよ。仲良しだものね、二人は。同僚と言うより後輩君かなー」
「アイツはまだまだひよっこだからな。オレがちゃんと指導してやらなければならないのだが、最近は森には連れていないな。オマエに会うかもしれないから」
「ぼくに?」
「オマエがトランプではないと知ったら、アイツが黙っているという保証はない。口が軽いというか、警戒心がないというか」
全く、誰に似たのだろうな。とエドウィンは溜息をついた。秘密を守るのは大事だけれどさ、エドウィンの獣に振り回されている感じもどうかと思うよ。
「ヴィノさん!」
RPGの勇者のような格好をした鷲の男の子、ティリーが戻って来た。翼の間で縮こまっているマントをひらひらさせながらイグナートさんに歩み寄る。見た感じぼくよりも小さいのかな。小学生くらいだろうか。
「お帰り」
「ただいまです! 見付かりませんでした! ぼくのイーグルアイで見付からないなんて、さすが眠り鼠、一筋縄では行きませんね」
「報告ありがとう。引き続き頼めるかい。早くしないと日が暮れてしまうからね」
ティリーはぼくとエドウィンを見て、「そうですね」と言ってから飛び立った。
日が暮れるまでにナザリオを見付けて猫と帽子屋の家に帰れるのかなあ……。
「レイヴン」
「何かな」
「……オレをあまりじらすなよ」
エドウィンは少し強めに言う。さっきも言っていたよね。イグナートさんも何か隠しているのだろうか。けれど、イグナートさんは何も聞いていないかのようにただ穏やかに微笑んでいるだけだった。