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アリス少年と鏡ノ空間  作者: 月城こと葉
二冊目 公爵夫人のお願い
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第十六面 こんばんは

 有主は最近外に出かけることが多いみたいだな。夕食の時、父にそう言われた。学校……と言った辺りでぼくはテレビを点ける。生真面目そうなアナウンサーがニュースを読み上げている。今日の国会についてだそうだ。


「有主、学校」


 音量を上げる。


「やめて! 五月蠅いわよ!」


 母がテレビを消してしまう。


「有主、無理に行けとは言わないよ。けれどね……」

「行かないよ。……ごちそうさま」


 食器を台所に下げ、部屋へ向かう。


「有主、お父さんとお話ししなさい」

「おやすみ」

「もう寝るのか」


 学校になんて行くもんか。


 教科書よりも面白い本を読んでいたい。本だけがぼくの味方だったから。


 ページを捲ることでしか味わうことができなかったドキドキわくわくが、あそこにはある。





          ◇





「こんばんはー」


 姿見を通っていつもの部屋に到着する。


 カーテンが閉まっているのに電気が点いていないから真っ暗だ。アーサーさんは別の部屋にいるのかな。


 暗闇に目が慣れてきたところで行動開始。とりあえず廊下に出る。


「おい、大丈夫か」


 ニールさんの声だ。


 食器か花瓶か、別の何かか、がちゃんという壊れる音がした。


「ごめんな、アーサー」


 名前で呼んでるの初めて聞いた。


 何かあったのかな。声のする方へ急ぐ。


 一応ノックしてからドアを開けると、そこはリビングだった。低めのテーブルにソファ、観葉植物、おしゃれなカバーの付いた照明。


「アリス」


 キッチンと繋がっているらしく、左奥にはカウンターやシンク、食卓が見える。そして、カウンターの下に割れた花瓶とくったりとしたお花が落ちていた。


「こんばんは」

「……おう」


 ニールさんの靴が濡れていた。千切れた葉っぱがこびり付いている。前に立つニールさんの影になっていてよく見えなかったけれど、どうやらソファにはアーサーさんが横になっているらしい。


「何かあったんですか」

「い、いや、な、何も……」


 ニールさんはちらちらとソファを振り返りながら言う。怪しい。


「チェスについての説明だっけか? 帽子屋寝ちまったから代わりに俺が教えてやるよ」


 こっち来い。と言って食卓の方へぼくを呼ぶ。アーサーさんのことも気になったけれど、とりあえず今はこっちだね。


 食卓を挟んで椅子に座る。お茶会の席はなぜだかいつも横並びなので、こうして面と向かって座るのは初めてかもしれない。


「もう聞いてるかもしれねえが、おさらいも兼ねて最初の方から言うか」

「最初しか聞いてないです」

「そうか。……チェスは人間でも獣でもない存在。影を操る謎の武装集団であり、人間を襲うんだ。襲われたら喰われるとか殺されるとか色々説はあるが、どっちにしろ命はねえな。アレはある日突然ワンダーランドに現れた。それこそオマエじゃねえけど、異世界から沸いて出てきたみたいだ、って当時の記録には書いてある。今なおその正体は分かっていない。けれど、分かったこともある。チェスが行動するのは夜間だけ。それも森の中。一説では、街は夜も明るいからだ、とも言われている。そして獣には手を出さないということ、見た目によって動き方や攻撃の仕方が違うこと、などが分かっている」

「公爵夫人が、斜め前には立つなって」

「送った時にポーンだったって言ってたな。軽装の歩兵タイプのポーンは斜め前方に相手を見ると攻撃をするんだとよ。他にもルークとかナイトとかいるらしいけど、面倒臭いから俺は覚えてないなあ」


 徐に立ち上がりニールさんはキッチンに向かう。薬缶に水を入れ、火にかける。


「政府も手を焼いてるんだ。一般兵はいわずもがな王宮騎士ですらほとんど歯が立たない。チェスとまともに戦えるのは森に巣食う醜い動物共だけ。……ココア飲むか?」

「ありがとうございます」


 紅茶以外の飲み物もちゃんとあるみたいだ。


 ソファの方に特に変化はない。ニールさんが言うように寝ているだけなのかな。ごめんな、っていうのが気になるけれど。


 チョコレートに似た香りが漂って来た。いつも見ているティーカップとは違う普通のマグカップがぼくの前に置かれる。


「熱いから気を付けろよ」

「いただきます」

「どこまで話したっけ……。あー、えーと、チェスと戦えるのは獣……ドミノだけなんだが、それはまあ誤解というか、戦えるんじゃなくて襲われないってことなんだよな。チェスが何を考えているのか、そもそも何かを考えているのかすら分からない。とにかく危ないやつらなんだよ。だから人間が森に立ち入ることは基本的に禁止されている。オマエも思い当たるところいくつもあるだろ」

「公爵夫人……」

「ブリッジ公は森の管理をしているんだ。というか、森がブリッジ公領だからな。領地は広いが住んでいるのは獣ばかり、チェスの恐怖と隣り合わせ。あのおっさんも色々と大変なんだよ。ミレイユもな……」


 ニールさんの猫耳がぴくりと動いてソファの方を向く。


「けほっ」


 アーサーさんが起き上がった。軽く咳き込みながら部屋を見回し、食卓にぼく達を見付ける。


「アリス君……。あ、チェスの話でしたね」

「俺が話しておいたよ。オマエは休んでろ」

「ん……。はい」


 小さく欠伸をして、目を擦りながらアーサーさんはリビングを後にする。


「アリス、帰る時アイツ寝てるかもしれねえから起こさないようにな」

「はい。あの、何かあったんですか、ごめんって言ってるの聞こえたんですけど」


 椅子の後ろでゆらゆら揺れていた尻尾が一瞬硬直した。が、すぐにゆらゆら動き出す。


「ああいや、何でもないんだよ。たまには酒飲もうぜって誘ったんだけど、アイツ酒弱くてさ、ぶっ倒れちまって……」


 そう言ってカウンターの上に置かれたお酒の瓶を指差す。


「オマエも大人になったら気を付けるんだぞ」





          ◆





 夜にやって来て森に行ってしまうと危ないから鏡の前に物を置いていたらしい。これからは封鎖はしないから夜に来てもいいけど時間は考えるように、と言われた。


 本棚から一冊取り出してベッドに寝転ぶ。


 怖かったな、チェス……。


 適当に取ってしまったから、手にした本を確認する。


 『ジキル博士とハイド氏』。怖いじゃないか。


 入れ替わる二重人格か……。


 天井に向かって手を伸ばす。手の甲が見える。それをひっくり返すと掌。


 ある片側ばかり見ていると、その反対側を見ることはできない。ひっくり返してみないと神経衰弱はできないもんね。


 少し勢いを付けて起き上がり、ぼくは表紙を捲った。





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