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アリス少年と鏡ノ空間  作者: 月城こと葉
二十一冊目 溺愛ティータイム
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第百六十一面 勝手に警戒しているだけ

 ニールさんは何を隠しているんだろう。今日の放課後行けば教えてくれるかな。ルルーさんが来ているといいんだけれど。


「有主。おい、有主。聞いてたか?」

「えっ、あ。えっと、ちょっと考え事してた」


 画用紙と鋏を手にした琉衣がこちらを覗き込んでくる。


「今やってるのが終わったら今日は終わりにして帰ろうってさ。分かった?」

「うん」


 去年はステージ発表だったけれど、今年は教室展示が割り当てられていた。文化委員のくじ運によってその辺りは左右される。去年の学校祭に特にいい思い出はないので思い出すのはやめにしよう。


 下書きの線に合わせて画用紙を切って行く。単純な作業でもずっと続けていると疲れてきちゃうな。みんなの様子を見ていた文化委員はおそらく、集中力が切れてしまう前に今日の作業を切り上げようと判断したのだろう。


「よし、終わり!」


 璃紗が鋏を置いた。手際いいよね。


「二人はどう?」

「あー、オレはあとちょっと」

「ぼくも」


 教室の至る所から作業完了の声や「えー、早いね」という声が上がる。みんなでわいわいやっている中で自分もその一端を担っていると、クラスの仲間になれたようで嬉しく感じた。何事もなければ合唱コンクールも乗り越えられそうだ。このクラスでよかったかもしれない。


 もちろん、未だにぼくのことを奇異の目で見てくるクラスメイトは数人いる。それでも、直接手を出してくるやつはいないのだから安心だ。隣のクラスのあいつらだって最近は突っかかってこないし。学校側もしかるべき対応をしたのだと思うけれど、ぼく自身も少し強くなれたのだと思いたい。


 画用紙を切り終わったので、ぼくは鋏をペンケースに戻した。いや、戻そうとした。


「あれ?」

「どしたの?」

「ポメがいない」


 ペンケースのファスナー部分に付けていたポメラニアンのストラップがなくなっていた。シンプルな青いペンケースのワンポイントになっている、クリーム色のポメラニアン。樹脂製でありながら、そのふわふわの造形は見事である。本屋さんのカプセルトイ自販機を衝動で回して手に入れたお気に入りだ。


 場所を広く使うために机や椅子を掃除の時間のように後ろに下げて床で作業をしていたのだけれど、その準備の時にどこかに引っ掛かってしまったのかな。


 クラスメイト達は次々に作業を切り上げて机を元に戻し始める。このごちゃごちゃの中に巻き込まれたら小さなポメラニアンはひとたまりもないだろう。


「ねえ、みんな」


 一同は璃紗の声に手を止め、耳を傾ける。


「委員長?」

「なになにー?」


 ここで璃紗に頼ってしまっていいのか?


「机を戻す時に確認してほしいんだけど……」

「あ、あの! あの、ですね……。ぼくの筆箱に付けてたストラップが千切れちゃったみたいで、教室のどこかに転がってるかもしれないんだ。踏んづけたり蹴飛ばしたりしないように気を付けてほしくて。もし見付けたら拾ってもらえるかな」


 言い切った。言えた。


 そんなの知らない、と跳ねのけられてしまうだろうか。でも、ぼくの不安は杞憂となった。


「神山の?」

「神山君、どんなストラップ落としたの?」

「ポメラニアンなんだ。クリーム色の」

「あぁ、付けてるの見たことあるかも」

「かわいい」


 がたがたと机を動かしていたクラスメイト達の動きが優しいものへと変わった。画用紙の切れ端を乱雑にゴミ箱へ放っていた男子はストラップが混ざっていないか確認しながらゴミ捨てを行い、早く帰りたい気持ちからせっせと椅子を引っ張って回っていた女子は足元をよく見るようになった。


 みんなはぼくのことを「神山君」と呼んでくれるのに、ぼくはまだクラス全員の顔と名前を一致させていない。既にぼくはこのクラスの一員になっていて、ぼくが勝手に警戒しているだけなのかもしれない。もう少し歩み寄っても食べられることはないよね?


 どうしてぼくもクラスの仲間に入れてくれるの? それはね、おまえを油断させて突き落すためだよ。……なんて、赤頭巾の狼もびっくりな展開が来ることはないと思いたい。


「わたしの不安は杞憂だったか」

「なんだよ有主ぃ、自分で言えるじゃんか」


 ぼくだっていつまでも二人にくっついて頼って甘えるわけにはいかないからね。


「うーん、どこに落ちてるのかな……」


 探しながら机を戻していく。


 何脚目かの椅子に手を伸ばした時、廊下から声がかかった。他クラスの男子生徒が一人立っている。名札の色からして彼は二年生で、馬屋原という名前の上に『副会長』というバッジがくっ付いていた。


「これ、三組の人の? 戸の前に落ちてましたけど」


 男子生徒は切れたチェーンとポメラニアンのマスコットを手にしている。


「あぁっ、ぼくのです! ありがとう」

「キミのですか。はい、どうぞ」


 ぼくにストラップを手渡すと、彼は「じゃあ」と言って立ち去って行った。見付かったし、親切な人が拾ってくれてよかった。


 落とし物が見つかったことを伝えると、クラスメイト達は口々に「よかったよかった」「それじゃあぱぱっと片付けちゃおう」と言って教室の復元作業のペースを上げた。


「今の副会長の馬屋原だな」

「バッジ付けてたけど、生徒会の?」

「うん。会長と違ってあまり目立たないからオレもこの間初めて知ったんだけどな」

「二人共。副会長も一応生徒会選挙で決まるから名前が貼りだされているのくらいは見たことあるはずだけど? 有主君はともかく琉衣君は掲示板見てないの?」

「あんまり興味なくて」


 ということは、彼は時期生徒会長なのだ。生徒会の選挙なんて対立候補が出ることの方が稀で、基本的に信任投票で副会長が会長になるらしいから。


 学校祭が終わると、合唱コンクールの前に生徒会役員や各委員長、部活の部長、外局の局長の交代が行われる。ぼくが所属する図書局でも、鬼丸先輩の代はそろそろ終わりだ。今度の全体会議の時に発表するという話をこの間していたけれど、誰が選ばれるのだろう。亀倉さん辺りかな。


「よーし終わり終わり!」

「今日はもう帰ろうぜー」

「アタシ先生に言ってくるね」

「終わったー!」


 ぼくのストラップ紛失事件があったものの、その後の片付けは特に時間もかからずに終わった。隣のクラスからはがたがたという机や椅子を動かす音が聞こえている。最終下校時間まではまだ時間があるから、もう少し残るクラスもあるんだろうな。


 村岡先生を呼びに行った文化委員が戻って来るまでの間、ぼくはポメラニアンを手にペンケースと向き合うこととなった。ボールチェーンはどうやら外れたのではなく千切れてしまったらしく、マスコットをファスナーに繋ぎ止めることができなくなっているようだ。ポメの頭には紐を待つ金具が残されている。


 かわいそうなポメ……。


「それ……。神山君、それ、手芸屋さんに行けば紐あると思うよ」


 先日の席替えで隣になった女子がそう声をかけて来た。


「手作りでキーホルダーとか作る人もいるもんなあ」


 彼女の前の席の男子がこちらを振り向きながら情報を追加した。


 なるほど、手芸屋さんか。


 こうして助言してくれるクラスメイトの優しさを受け取っておきながら、ぼくは彼らのことをあまり知らない。今度こそ……。今年の学校祭では、たくさん前に進んでいけるといいな。





 璃紗に案内されながら、ぼくは手芸屋さんを訪れた。なぜか琉衣もくっついてきている。


「ボールチェーンでもいいと思うんだけど、カニカンにするのもありだよね。好みの問題だけど、どっちにする?」


 ふわふわの羊毛フェルトを手にした璃紗が言う。今度書くお話の中にキーアイテムとして登場させるため、実際に自分でも作ってみようという考えだそうだ。針で突いていると、このふわふわがだんだん形になってくるらしい。不思議だよね。


 琉衣はレジンアートのコーナーを物色している。


「うーん、どっちがいいのかな」

「元々ボールチェーンだったし、こっちにする?」

「んー、その方がいいかなあ。見た目の印象も変わらないし」


 ぼくがボールチェーンを手に取ったところで、棚の向こうから琉衣がやって来た。そこそこいい顔を歪ませて何やら悩んでいるようである。


「美千留が気になるって言うから見てみたけど、結構難しそうだなレジンってやつ。光の出る機械? とかちょっと高そうだし、道具揃えるのもオレにはハードル高いかも」

「手づくりって楽しそうだけど準備が大変だよねえ」

「わたしは準備も含めて好きだけどね」


 じゃあレジへ向かおうか、と歩き出したぼくは数歩進んで立ち止まる。


「おっ、どうしたんだ?」

「……これも買おうかな」


 棚に置かれていたそれに、ぼくは手を伸ばした。





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