第百三十三面 キミを守ろう
「ねえ、この中に職人街でひったくりとスリをしたやつっている?」
照明を反射して剣が光った。曰く、あれはバスタードソードという種類の剣だそうだ。かなり旧式の剣だけれど、これが使いやすいのだという。アーロンというのは愛剣に付けた名前なのだと語るランスロットはちょっぴり照れくさそうだった。物に名前を付ける人ってたまにいるよね。きっととっても愛着が沸くんだろうな。随分と赤くなってしまっているけれど最初はとても綺麗だった。大切に手入れをしているのがよく分かる。
円卓の騎士ランスロット卿が使っていた剣の名前がアロンダイトだったという説もある。所説あるから実際のところは卿しか知らないのかもしれない。しかし、今ぼくの目の前にいるランスロットが振るう剣はアーロンで間違いないのだ。
「侵入者がいるって聞いてどんなやつかと思ったら、てめえらさっきの人間のガキ共か!」
ハンチングを被って耳を隠したバンダースナッチが出てきた。他のバンダースナッチやラースと共に飛び掛かってくる。
「見ぃ付けた」
アーロンの切っ先が勢いよく空を抉り、その線上にいる獣を悉く斬り伏せた。しかしハンチングのバンダースナッチは寸でのところで回避をしたらしく、無傷でにやにや笑っている。そして体勢を立て直すと、ランスロットに突っ込んできた。
バンダースナッチとラースが斬られていく様を見ながら、そろそろ見ていられなくなるなと今回も思い始めていた。けれど、ぼくは目を離せなかった。突撃してくるバンダースナッチ、アーロンをしっかりと握り直すランスロット。そこに別のバンダースナッチが近付いて来ていた。ランスロットはハンチングに気を取られている。
「もう一人いる! 危ない!」
飛び上がっているハンチングのバンダースナッチの足元を潜って、もう一人が奇襲する。
「しまっ……」
ぼくの声に反応して行動に移すよりも、バンダースナッチの方が早かった。ハンチングの方はアーロンで弾き飛ばしたが、もう一人はその隙にランスロットの左足に噛みついた。
「ぅぐ……!」
「ランスロット!」
噛みつかれた足を引っ張られ、ランスロットは仰向けに倒されてしまった。バンダースナッチの周囲に影が噴き出す。
イグナートさんが襲われた時のことを思い出してしまった。このままでは、ランスロットの足が危ない。恐ろしいほど体が頑丈なイグナートさんだったから無事だったのだ。普通のトランプならばどう考えても命の危機だ。皮も肉も持っていかれてしまう。
この車両にはまだラースが何人か残っているらしく、コンパートメントからこちらを窺っているのが見えた。一人が前の車両へ向かう。ハンチングも血を流しながらなんとか立ち上がってぼくを睨みつけている。
「あぁっ、が、ぁ……っ! うあぁっ」
助けないと。そう思っているのに、ぼくの体は動かない。剣も銃も斧も槍も使ったことなんてない。仮に動けても戦えない。
足元から靴底が床を擦る音が聞こえた。逃げようっていうのか、ぼくは。ここから逃げ出してしまえば、自分の命は助かるだろう。しかし、スートを、ペンを、ランスロットを置いて行っていいのか。ぼくを守って戦っていたんだ、本来の力を出せていなかったかもしれない。それが原因で隙が生まれてしまったとしたら? 自分の所為で味方のピンチを作って、そうして、そんな味方を置いて逃げるのか?
味方……。味方……? 彼はなんだ?
木戸の上に座る彼に出会った日、ぼくは白と銀色の彼に一人の騎士の姿を重ねた。白ウサギと同じ、ぼくの憧れ――。
白の騎士を、ここで散らせるわけにはいかない。
逃げ出そうとしている足に強引に言うことを聞かせ、踏み出す。何か、何かないだろうか。形勢逆転のチャンスを生む、何かは。
だぼだぼのジャケットのポケットに手を突っ込み、内ポケットに手を突っ込む。……何か入っている。
「何でもいいや! くらえ!」
内ポケットから取り出した何かを、ランスロットに噛みついているバンダースナッチに投げ付ける。それは見事に命中し、驚いたバンダースナッチが口を離した。直後、アーロンが思い切り振るわれた。
噛みついていた者も、再び飛び掛かって来たハンチングの者も、纏めて床に叩き付ける。
「ボクに傷を負わせたんだ、楽に死ねると思わないでよね」
ああ、やばい。
ぼくは両手で顔を覆った。視覚的な情報は遮断された。しかし、聴覚的な情報は防げない。ぼくの耳には恐ろしいほど不快極まりないおぞましい音が聞こえ続けていた。
「アレクシス君っ。あったよ、ペンとスートのブローチ」
顔から手を離す。紙袋と黄色いダイヤのブローチを回収したランスロットが笑顔で手を振っている。
「そこのコンパートメントのラースは降参って感じだけど、前の車両からバンダースナッチが流れ込んでくると思う。今のうちに脱出……っ」
アーロンを鞘に納め、歩き出そうとしたランスロットが膝を着いた。崩れ落ちるようなバランスの崩し方だった。
「だ、大丈夫?」
「足が……。戦っている間は動いてたのに……気を抜いたら……」
ランスロットの左足は真っ赤になっていた。どくどくと表現していいほど出血し続けている。
倒れているあれやそれを見ないようにしながらぼくは歩み寄る。スートをTシャツに付け、先程投げ付けてしまったエドウィンの私物を拾う。これは、護身用の小さいナイフかな。カバーを付けたままだったけれど、一応武器だったようだ。よかったよかった。
「立てる? 肩貸すよ」
「キミは本当に優しいね……」
ペンの入った紙袋を受け取ってから、ランスロットの右腕を肩にかけて立たせる。
「今どこだろう。どこの駅で降りればいいのかな……」
「とりあえずデッキに出るよ。アレクシス君、後ろの車両に行ったらそこで連結部を外す。いいね」
「そんなことできるの?」
「分からない。けれど、ここには留まれな……」
戸が破られる音が車内に響いた。大勢のバンダースナッチとラースが車内に流れ込んでくる。
力を振り絞り、ぼくは後ろの車両へ向かう。追い付かれるわけにはいかない。逃げきらないと。一歩、また一歩と進むたびに痛むのか、耳元でランスロットの苦しそうな声が聞こえていた。愛剣を杖にしなががら、守った少年の肩を借りながら、激しい戦いを終えた傭兵は歩いている。
開けっ放しの戸からデッキに出たところで、バンダースナッチがぼくの右手を掴んだ。駄目か! そう思ったけれど、ランスロットが右足でそれを蹴り飛ばした。その反動で勢いをつけ、ぼく達は後ろの車両のデッキに飛び込んだ。
「アーロン、頼む!」
柄の部分を連結部に突っ込んで、ジョイントを外す。しかし、手を伸ばしたバンダースナッチが二人こちら側の柵に掴まっている。
「いっけえ!」
連結部から離したと思ったら、すぐに鞘を抜いて掴まっている二人を斬りつけた。手を離してしまった二人は走り続ける前の車両に残されることとなる。
動力から切り離され、ぼく達の乗っている車両と後ろの車両は線路に停止した。
「ふえぇ、終わった……」
一気に力が抜けてしまった。ぼくはデッキにへたり込む。スートもペンも無事に取り戻すことができた。職人街にいた他の人達の盗られた物は取り返せなかったけれど、終点にいる軍の人や騎士団の人がどうにかしてくれるだろう。
走行中に駅に飛び込む予定だった。でも、今ぼく達は線路上に取り残されている。後ろから次の便がきたら大変だ。どうやってここから移動しよう……。
いや、これからどうするかより、今はランスロットだよね。
「うぅ……」
出血はまだ止まらない。
ランスロットは先程買った包帯をポケットから取り出して左足に巻き始めた。じんわりと赤く染まり始める包帯をどんどん重ねていく。
「あぁ、こんな……惨めだ……。バンダースナッチごときに……」
「ごめん。ぼくがいたから、大きく動けなかったんでしょう?」
「……キミは悪くない。キミが『守ってくれ』と言ったわけではないんだから。キミを守ろうと思ったのはボクだからね」
きつくきつく巻いて手で押さえる。手際がいいな。傭兵の仕事をしていたら怪我をすることもよくあるのだろう。
ランスロットの顔には脂汗が浮かんでいた。顔色も非常に悪い。
「この格好では、ボクは動けない。返り血を浴び過ぎた。地上どころか、駅にも……」
左足を押さえていた手が離された。柵に凭れていた体もずるずると傾いでいく。
「ごめ、ん……。アレク……」
置いていたアーロンに寄り添うような形でランスロットが倒れた。
「えっ……。ランスロット? えっ、ちょっと、しっかりして!」
ぼくの声は、トンネルの中でただただむなしく響くだけだった。




