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アリス少年と鏡ノ空間  作者: 月城こと葉
十七冊目 ドール・ドリーム
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第百二十六面 とっても本に詳しいんだね

 見ているだけで涎が出てきそうだ。


 そんな表現をしてもいいようなものが目の前に広がっている。テーブルの上にはお皿とコップがいくつか置いてあって、大きなパンが鎮座している。そして、コンロの上では野菜と肉がじゅうじゅうという音といい匂いを放ちながらぼくの鼻とお腹を刺激していた。


「お、美味しそう」

「神山君はこうやって外で焼き肉したことある?」


 トングを手に、鬼丸先輩はそう言った。


 散策が終わってからテントに引き籠っていた先輩は、管理事務所の人が食材を持ってきてくれたところでようやく外に出てきた。昼寝をしたり本を読んだりしていたそうだ。その間ぼく達は伊織さんが絵を描いているところをずっと見ていた。おおおそ一時間半程度だったろうか。


 午後五時半過ぎ。少し早いけれど夕食の準備だ。


「あまりないですね。インドア派なんで」

「ボクもだよ。でも、自然の中でこうやってバーベキューっていうのもなんだかいいよね」


 事務所のスタッフさんに全部焼いてもらうこともできるそうだ。しかし、折角の図書局の親睦を深めるキャンプなのだから自分達でやろうということになった。親睦を深める、か。一応みんなにもそのつもりはあるらしい。


 普段家で料理をしている、と言った先輩のところへ自然な流れでトングが辿り着いてから数分。こうして美味しそうに肉と野菜が焼けている。


「鬼丸先輩、食べてもいいですか?」

「駄目だよつぐみちゃん。まだ駄目だ」


 箸を出そうとする寺園さんを伊織さんが制する。亀倉さんも待ちきれない様子でコンロを見ていた。ぼくもうずうずしている。お外でご飯、みんなでご飯、きっと楽しい。


 先輩がテーブルの方を見た。「あ」の形に口が開く。


「焼けまし……」


 目の前に差し出されるお皿。


「た……」

「鬼丸先輩! お肉!」

「……寺園さんお肉好きなの?」

「はい! お肉美味しいです!」


 お皿の上に肉が置かれるや否や、寺園さんは口一杯に頬張った。熱さにやられてはふはふと言っている妹のことを伊織さんはちょっぴり困った顔で見ている。


 みんなの分も取るよ。と言った先輩にお皿を差し出し、ぼくも熱々の肉と野菜をもぐもぐ食べる。うん、美味しい。


 亀倉さんの分を取った後、先輩は一瞬動きを止めた。次は自分だ、とお皿を構えていた伊織さんと視線がぶつかる。睨み付けるような先輩と困惑した様子の伊織さんの間に沈黙が流れていく。


「え……。えと、鬼丸君。僕は……」

「……取りましょうか?」

「僕やっぱり君に何かした?」

「あの人形の作者が目の前にいて緊張しているだけですよ」

「絶対違うよ……」


 違わないです。と言って先輩は伊織さんのお皿に肉と野菜を取った。


「鬼丸先輩が惚れ込むようなお人形なんですか?」


 箸でピーマンを摘まんでいる亀倉さんが問う。伊織さんはお皿をテーブルに置くと、ポケットからスマートホンを取り出した。何回か画面を触り、こちらに向ける。


 そこに映っているのは一体の人形だった。飾りがたくさん付いた帽子を被り、ひらひらのフリルでいっぱいの服を着ている。きらきらした瞳はとてもかわいらしく、短パンからは丸い膝が覗いている。短めの茶髪は少し雑な感じに切られていた。


「……男の子?」


 亀倉さんが伊織さんを見上げる。


「ペアなんだよ」


 伊織さんが画面を指で撫でると別の写真が表示された。先程の男の子が着ていた服と同じ柄の布でできたドレスを纏う女の子だ。


「わあ、素敵! あの、お人形ってどれくらいするんですか……?」


 訊かれて伊織さんは申し訳なさそうな顔になる。


「中学生が買うには少し高いかなあ」

「亀倉先輩、気になるならうちの店に来てくださいよ! 見るだけならタダですよ」

「人形の世話は難しいしね。いつでも見学においでよ」


 日本のお伽噺が好きだという亀倉さんなら、店頭の日本人形も気に入りそうだな。


 ちらりと先輩の方を見てみると、先輩はコンロの脇で伊織さんを睨み付けていた。やはり伊織さんは先輩に何かしてしまったのだろうか。人形が理由だと先輩は言うけれど、どう見ても敵意を持って睨み付けているように見える。


 ぼくの視線に気が付いたらしい先輩が自分のお皿に肉と野菜を取りながらにこりと微笑む。


「鬼丸先輩」


 人形の写真を見て盛り上がっているところから抜け、先輩に歩み寄る。


「楽しいですね」

「うん、楽しいね」


 隠していることなどないというふうに先輩は返事をする。


「先輩、やっぱり伊織さんに……」

「後は適宜追加しつつ焼いて行くね。おーい、椅子に座って食べよう! パンとお茶もこっちだからさー」


 遮られた?


 写真を見ていた三人がコンロに寄って来て、席に着く。それから、ぼく達はテーブルを囲んで夕食の時間を過した。学校での寺園さんについて訊いてきた伊織さんに答えたり、好きな本について語り合ったりした。


 みんなで囲むご飯はおいしい。


 この時間をみんなで過ごせてよかった。





「神山君、とっても本に詳しいんだね」


 キャンプ場の水飲み場で歯磨きをしていたぼくに背後から声がかけられた。振り返ると歯ブラシとコップを手にした亀倉さんが立っている。ぼくは歯ブラシを咥えたまま軽く頷く。他のキャンプ客の方をちらりと見ながら、亀倉さんはぼくに歩み寄って来た。


「わたしは全然。全然駄目。『浦島太郎』とか『桃太郎』とか、あと……『金太郎』とか? 日本の昔のお話は結構読むんだけど、外国のお話ってあまり読まなくてさ。童話は絵本でしか読んだことないし、有名なやつしか知らない」


 蛇口が捻られ、携帯用のシリコン製折り畳みコップに水が注がれていく。


「図書室で仕事してたら、色々な本を知れるかなって思ったんだ。本は好きなんだもん。読むきっかけがほしかったのかな、たぶん」


 図書室であまり会えないからこうしてお話ができて嬉しい、と彼女は語る。全て敵だと思っていたけれど、亀倉さんのようにごくごく普通にぼくに接してくれる同学年の生徒がいたのか。


 ぼくは口をゆすいで、置いてあった懐中電灯を手に取る。亀倉さんは小型の懐中電灯とデジカメをストラップで首から下げていた。


 亀倉七海ななみ。彼女は味方として捉えて問題ないのかもしれない。


 ぼくは水飲み場の脇で意味もなく空に向けて懐中電灯を点けていた。光はとても速いから、この懐中電灯の光はすぐに月へ辿り着くのだと聞いたことがある。もしも月にかぐや姫がいたらこの光も見えているのだろうか、なんて。月の人でもさすがに千年は生きられないかもしれないけれど。


 懐中電灯で星をなぞっていると声をかけられた。


「神山君、戻ろう」


 ぼくの方が先に着いていたけれど、出てきたタイミングは一緒だった。暗いので一人で行くのは避けようという話になって、二人でテントを後にした。けれど、途中で写真を撮りたいと亀倉さんが立ち止まったのだ。懐中電灯は持っていたし、それほど離れてはいなかったから置いてきた。帰りは一緒に戻るとしよう。


「何の写真撮ってたの?」

「湖」

「暗い湖を?」


 亀倉さんはデジカメのプレビュー画面を開く。


「空が映っていて綺麗だったから」


 真っ暗な水面に月や星が映っていた。確かに綺麗だ。とても美しい。


「ふふ、天体観測楽しみだね」

「先輩達が準備してくれてるよ」


 夕食の後に事務所の人が望遠鏡を届けてくれていた。マシュマロなどを焼いてぐだぐだと食後の時間を過ごしていたぼく達は、近くの温泉の日帰り入浴を利用した後さらにぐだぐだとして時間を潰しながら暗くなるのを待った。ぼくと亀倉さんより先に先輩と寺園さんが歯磨きに行って、戻ってきた先輩が望遠鏡の準備をし始めた。


 天体観測。グランピングのパンフレットを見た時に伊織さんが注目していたな。


 ぼく達がテントに戻ると、先輩が望遠鏡の向きを調整していた。寺園さんと伊織さんは並んで空を見上げている。肉眼でも星夜市内より多くの星空を確認することができる。もう少し遅い時期だとペルセウス座流星群という物が見られるそうだ。


「おかえり」


 夜風に髪を揺らす伊織さんがぼくと亀倉さんに気が付いた。昼間は三つ編みにしていたけれど、お風呂を上がってからは柔らかそうなシュシュで一つに括っている。普段サイドアップの寺園さんは髪をおろしていて少し新鮮だ。


「よし、いいんじゃないかな」


 望遠鏡を覗き込んでいた先輩が顔を上げた。


「北極星に向きを合わせたよ」


 手には星座早見盤を持っている。


 一歩退いた先輩と望遠鏡の間に寺園さんが滑り込んだ。早速望遠鏡を覗き込んで感嘆している。「次はわたしね」と亀倉さんが寺園さんの横で待機する。ではぼくはその次かな。早く順番が来ないだろうか。


 わくわくしながら女子二人の様子を見ていると、伊織さんが先輩に近付くのが視界の端に映った。


「片付けは僕がするから、気が済んだらみんなは早くお眠り。鬼丸君、後で望遠鏡の向きを月に合わせてくれないかな……」

「月ですか? ええ、後で合わせますけど」

「いや、寝る前に。最後にもう一度月に合わせてくれないかな」


 先輩は不思議そうに伊織さんを見る。その視線に宿っているのは敵意ではなく純粋に疑問のようだった。


「ボク達が寝静まってから一人で月を見るんですか?」

「いいだろう、別に。見たいのだから」


 パンフレットを見た時にも月を気にしているようだったな……。


 もう少しその会話を聞いてみたかったけれど、順番が回って来た。ぼくは軽く身を屈めて望遠鏡のレンズを覗き込む。


 真っ暗な空。その真ん中に真っ白な星が光っているのが見えた。子熊座の尻尾に位置する北極星だ。北の空の中心にあり、常にその場所に見えるため昔は方角を確認する際に用いていたそうである。


 わぁ、という声が無意識に漏れた。


「あっちの空……」


 先輩の声にぼくは顔を上げる。


「あっちにあるのが夏の大三角形。琴座、鷲座、白鳥座」

「鬼丸先輩、詳しいんですね」

「理科が好きなんだよ」


 ぼくの頭に浮かんだのは白衣を纏う先輩の姿だった。似合っている。星夜中学校にはないけれど、科学部や天文部が似合いそうだ。





 こっちの空だ、そっちの空だ、あの星座だ、どの星座だなどと言っているうちに時間が過ぎた。重くなってきた瞼が視覚情報を得ることを妨害してくる。


「十時半か」


 腕時計を見て伊織さんが呟いた。


「みんなはそろそろお休み。寝ずの番……とまではいかないけれど、僕はもうしばらく外にいるよ」


 その手にはビールがあった。かしゅっといういい音を立てて缶が開けられる。ぼく達の前にお酒を出すのをぎりぎりまで控えていたようだ。缶に口を付けながら湖の方へゆるりと体の向きを変える。


 おやすみなさいと口々に言って、ぼく達はテントに退散した。望遠鏡の向きを月に合わせてから先輩もこちらへやってくる。


 今日は楽しかったけれど少し疲れたな。明日も体験できるプログラムがあるようだし、しっかり寝て体を休めよう。


「おやすみ、神山君」

「おやすみなさい」











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