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ありがとうと伝えたい

作者: 新村彩希

※※クリア推奨、捏造、ネタバレ注意※※

 「お誕生日おめでとう、イヴ。大きくなったわね。月日が経つの早すぎて困るわ……私はもう歳ね」

「そんなことないよ。ギャリーはまだまだお兄さんだよ。……いや、お姉さん?」

「そこはお兄さんでいいわ」


 

 あの奇妙な出来事から数年が経ったある日、二人はたまたま町で再会した。ハンカチもその時に返してもらい、久しぶりの出会いにギャリーが一人歓声を上げて周囲の好奇の目に晒されたのは良い思い出。それが二ヶ月前の出来事で、今はこうして時間が合えば会っている。



 そんな今日はイヴの誕生日。いつもより少しだけお洒落な雰囲気のレストランを予約していたギャリーは、大人としての懐の深さを知らしめようと、いつもは割り勘だが今日くらい奢ろうと奮起していた。案の定最初はイヴは申し訳なさそうに否定していたが、せっかくの誕生日だからと微笑まれ、少しずつだが出されたランチに手をつけている。



 「最近どう? イヴ」

「普通だよ。そうそう、この前ね、家族で伊藤若冲の作品展に行ったの。見たい絵も見れた! すっごく綺麗だったなあ。日本と外国の画家さんは作風も全く違うけど、絵が好きですっていう感情はどの人も必ず伝わってくるんだよね。改めて感じたな。それがすごく嬉しい」

「あら、ついに絵の良さに気がついちゃった?」

「うん。見てて飽きないの」



 イヴは、ゲルテナの作品以降、すっかり絵の魅力に取り憑かれてしまっていた。なので何かしらの展覧会があれば必ず行くようにしていた。……ほんの少し、ギャリーとの再会の期待もありながら。

 結局、町で会ったわけだがそれは置いておくとする。

 絵はイヴの感情を支配していた。イヴは絵から様々なことを学んだ。まあその中でギャリーが頑なに言わなかったあの本の意味も知っちゃった訳だが、それもあまり後悔していない。それくらい、絵を愛するようになっていた。


 

 「……では、そんなイヴにプレゼントをあげましょう」

「プレゼントまであるの? 嬉しいな。ありがとう」

「大したものじゃないわよ? 気に入るかどうか分からないけど」

「ううん、ギャリーからもらったものは何でも嬉しいよ。……開けてみてもいい?」

「どうぞどうぞ」



 貰った小さい箱を開けると、中にはペンダントが入っていた。

 宝石で出来ている三本のバラが先端に付いており、色は赤、黄色、青だ。

 思わず見惚れてしまう。しばらく言葉を失っていたイヴは、少し潤んだ目でギャリーを見つめた。



 「……どうかしら。イヴには似合うと思っていたのだけれど」

「うん。嬉しい。ありがとう、ありがとうギャリー」

「私たちにピッタリだなって思ったのよ。私たちを引き合わせてくれた、あの出来事のバラに似ているなって思った」

「そうだね。……黄色も、ある」



 そう言って少し黄色のバラを撫でた。途端に、あの頃の記憶がよみがえってくる。

 ――――メアリーはあの時、私たちの手で殺してしまった。

 包丁を持っていて、殺気しか感じられなくて、たただひたすらに前へ走ったのを覚えている。

 燃やして見てしまった消えゆくメアリーは、私たち人間ではなく血の通わない無機質なんだなと思った。

 


 でも彼女は、外に出たいという感情を持ったただの可哀想な少女だった。

 あの頃はイヴも幼く見たものしか信じられない純粋な子だったが、でも、今なら? 人の気持ちを推測できるくらいには成長した。だから、……もし自分がメアリーだったら。何となくだけど、今は。



 「黄色があるのを選んだのは、……あの子を忘れないように、と思ったからよ」

「メアリー……」

「その、最後はアレだったけど、やっぱり寂しかったんじゃないかなって思うのよ。ずうっとあの美術館のなかにいたら、いくら絵でも頭が狂っちゃうわ。しかも現実世界からでは、自由な人間の姿を見せつけられて。外に出たいって、否応なしでも思っちゃうわよね」

「そうだね」

「私はあまりメアリーのことは許せないけど……。共に過ごした仲間として、忘れてはいけないと思ったわ。……三人で外に出れたら良かった」

「本当にそう思うよ。もう一回、メアリーに会いたい。そして謝りたい。あなたを消してしまってごめんなさいって。メアリーは、私の友達。ずっと友達。だから信じてほしい。その事実は揺らぐことはないもの」

「次に会うときは、私も一緒がいいわ。“友達”として、外の世界のことを色々教えてあげたいわね」

「うん、メアリーにはきっと知らないことがたくさんあるから……。他の美術館にも行きたいな。三人で、おしゃべりして廻りたい」



そう言って、イヴはペンダントを着けた。胸元に、三つのバラが光る。



 「……どうかな?」

「イヴは何でも似合うわね! 可愛いわよ」

「そうかな? ありがとう。今度からこれ着けてくるね」

「あら嬉しいわ」

「うん。これを着けると、メアリーが近くにいてくれる気がする」

「あの子も、大分イヴのことが大好きだものね」



 ギャリーは窓の外に目を向けた。向かいは花屋さんで、大分繁盛している。

 イヴもそちらに目を向けようとしたが、はっと思い出すようにいきなりカバンを探り出した。

 お目当てのものは見つかったようだ。



 「あのね、ギャリー」

「どうしたの?」

「今度、近くの美術館でまたゲルテナ展をやるみたいなの。家族と行こうとしたけど、良ければギャリーと一緒が良いなっておもって……。来週、一緒に行かない? チケットは取ってあるから」

「え、そうなの!? 知らなかったわ。そう、またゲルテナ展やるのね……。イヴは平気なの? トラウマになったりとか、してない?」

「平気だよ。むしろ、あの経験があって良かったなって思ってるの。ギャリーと会えたわけだし。それに今回は、前に展示されなかったものも展示されるみたいなの」

「それは見に行きたいわね。でも良いの? ご家族さんとじゃなくて」

「ギャリーとが良いな。だって、また、……またね、“メアリー”が展示されるんだって」

「……! あの子は、私たちが燃やしたんじゃ」

「よく分からないけど、作品は残ってるみたい。あのね、もう一度、私はゲルテナの作品を見たい。今度は、少し成長した目で。でも分からないこともあるから、ギャリーにはいてほしいな。一緒にいた方が安心する」

「じゃあ、私も行こうかしら。今度はあのようなことがないと良いのだけれど」

「あったとしても、ギャリーがいてくれるから私は平気かな」

「私は平気かしら……。」

「でっ、でも行こう。多分、あのようなことは無いと思う! だから大丈夫だよ!」

「冗談よ。行きましょ、もう一度、三人で会いましょう!」



 ギャリーが笑うと、イヴも安心したように笑った。

 しばらくするとデザートが運ばれてきた。それもとても美味しく、二人の間に花が咲く。

 


 ギャリーに、イヴに、ゲルテナについての恐怖は全くなかった。

 何故だかあの出来事は大昔のことのようで、たまに夢だったんじゃないかと思うときがある。しかし二人の互いの存在がそれは現実だと打ち消す。

 すごく怖かった。すごく不安だった。しかしメアリーがいたことで楽しかった。見てきた作品はどれも美しく、忘れたくなかった。怖いだ不安だで、なくせる記憶ではないのだ。

 だから二人は何度でも足を運ぶ。メアリーに会うために。ゲルテナの作品を心から知るために。


 もう一度、三人で笑い合うために。





 

 「みんなー、お客さんが来ても今度は怖がらせちゃ駄目だよー?」

「それは前メアリーがそうしてって言ったからでしょ?」

「うっ……そうだけど! 今度は、みんなで楽しませよう。こっちのお父さんの作品も自慢しようよ! そうだ、あっちの世界に帰れるまで、みんなでおもてなししようね!」

「賛成!」 「もちろん!」



 お父さん、ねえ、お父さん。私、外に出たいけど、もう決めたの。私は私の仕事を全うしようって。だから、ちゃんと皆を楽しませてあげるね。怖い意味じゃないよ? たくさんお父さんの作品を自慢して、ちょっとパーティーもして、あっちの世界にみんなでお見送りするの。

 もう一度生まれてこれたのは、きっとお父さんのおかげだからね!

 

 だから、私と過ごしてくれた友達と、今ここにいる皆と、お父さんに。



 

 


 



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